落日・第二章 前編
思惑と誤算−1回
『思惑と誤算』
東京から戻って来た瑞希はアイリーン、ナターシャと一緒に本町でビルを探した。 探偵の大岩が調べてくれた高麗社の入っているビルだ。住所を頼りに探し当てたビ ルは8階建ての雑居ビルで、いろんな会社の看板が掛かっている。ビルに入り、エ レベーター横の案内板で高麗社が6階にある事を確認してエレベーターに乗った。 6階で降りるとエレベーターの前にフロアの地図があり、会社の所在が書いてあっ た。地図を確認して廊下を右に行き、左に曲がると突き当たりのドアに高麗社と金 文字で書いてあった。ビルの配置と高麗社の位置を確認した3人は下に降りてビル を出た。ビルを外から見ると6階の北西角の窓に高麗社と書いてある。北側と西側 に窓があり、ビルの少し南側に阪神高速道路が走っている。高麗社の場所を確認し た3人は新町に向かった。
新町は立売堀の英建設からは目の前だ。瑞希は悟に聞いていたビルに行くと2階の 窓に山本金融と書いてあり、エレベーター前のフロア案内板にも山本金融の名前が 2階にあった。3人はビルの周りをひと回りして地形を確認し、周りの建物も確認 した。 「お嬢様、大原様からお電話がありました。社長が対応されて今度の土曜日に伺う ようになっています。社長はいま設計部で図面の確認をしておられます」3人が会 社に戻ると秘書の小島香名子が報告した。 「大原さんから電話があったんか。土曜日といったら明後日やな」瑞希は壁のカレ ンダーを見ると小島にコーヒーを頼んだ。瑞希は窓に寄るとブラインドを開けて外 を眺めた。先ほど見て来た山本金融の入っているビルはここから見えるはずだ。瑞 希は机から小型の双眼鏡を取り出すと、なにわ筋に面しているビルの2階に山本金 融の文字を見つけた。伊能もとんだ所に店を出したもんやな。瑞希は独り言のよう に呟くと双眼鏡を引き出しに仕舞った。
ドアをノックして小島がコーヒーを持って来て、瑞希が手を伸ばした時浩貴が入っ て来た。 「姉さん、大原さんから電話があって明後日の土曜日に会う事になったからな。大 原さんの話では、今の仕事が今日で終わって月曜日から掛かれるらしいわ。今、設 計部から図面を貰って来てん。会うのは大原さんの事務所にしたけど太田さんも来 るし、土曜日で学校は休みやから女の子も連れて行くからって言ってたわ。その方 が良いやろ」浩貴が瑞希の顔を覗くように笑った。 その後、アイリーン、ナターシャと一緒に屋上に上がった。瑞希は万一の事を思っ てヘリポートをと思ったが、ヘリポートを作るには狭過ぎる。周りは1メートルほ ど壁を立ち上げ、高さ1メートル、幅が20センチくらいのフェンスで囲んであり、 英建設の大きな看板がボルトで留めてある。瑞希はフェンスの隙間からしばし大阪 の街を眺めた。
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土曜日、9時半頃に清水の運転する車で伊丹に向かった。約束の時間は10時だっ たが30分あれば伊丹に着く。電話で聞いていた場所に着くとプレハブの2階建て の建物が建ち、1階と2階の間に大原工務店の看板が掛かっている。2階が事務所 らしく、1階にはシャッターが降りていて倉庫のようだ。建物の前は駐車スペース と芝生の植えて有るスペースが有り、芝生のスペースには東屋と手作りと思われる テーブルとベンチ、横にブランコが作ってある。ブランコと東屋に4人の子供が遊 んでいた。 「お姉ちゃん、いらっしゃい」瑞希と浩貴、奈緒子が車を降りてフェンスの扉を開 けると女の子が声を掛けた。 「希ちゃん、こんにちは」声を掛けた女の子は大原さんの娘の希ちゃんで、瑞希も 笑いながら声を掛けると奈緒子もこんにちは〜と笑っている。一緒に居る女の子は 前回訪問した時、途中から来た太田さんの娘だと思った。古タイヤで作ったブラン コには小さな女の子が乗って、希ちゃんの弟がブランコを押している。
「パパは2階だよ」希ちゃんが横の階段を指し示した。2月中旬で冬のど真ん中に ブランコに乗って遊んでいる子供たちは、ダウンのコートらしい物を着ているけど も寒くないのだろうか。子供は風の子というが見ている方が寒そうだ。 「こんにちは、お邪魔します」階段を登って浩貴がドアを開けた。 「こんにちは、こんな所まで来てもらって恐縮です。どうぞ」大原さんに案内され て入ると中央に応接セットが1組、壁の方にはL形に配置したソファーとテーブル がある。窓と反対側の壁にはスチール製の書庫が置いてあり、奥の壁には4つ切く らいの山の写真がアルミフレームに入れて掛かっている。部屋の中はエアコンが効 いていて暖かく、3人はコートを脱いでスタンド式のコート掛けに掛けた。応接セ ットの方に太田さんと奥さんが居て奥さんを大原さんに紹介された。清水が言って いた大原さんの妹だと分かったが、瑞希は挨拶をしながら綺麗な人だと思った。
「インスタントだから口に合うかどうか」妹さんが笑いながらコーヒーを用意して いる。瑞希が買って来たケーキのボックスを渡すと、ありがとうございますと受け 取った。 「子供さんは外で遊んでいるけど寒くないん?」奈緒子が笑うと大原さんと太田さ んも笑った。 「えぇ、寒いはずなんですけどね。今日は一之宮さんが来られるということで、前 回ケーキを頂いたから今日もってケーキを目当てに来ているようで困った子です」 大原さんは笑いながら言ったが、清水に聞いていたように子供を可愛がっている様 子が伺える。子供たちも休みの日には親と遊ぶのが楽しいそうだ。 「良かったら呼んであげたら ? 一緒にケーキを食べましょうよ」瑞希が笑うと大 原さんも笑いながら窓を開け、上がってくるようにと子供たちに声をかけた。直ぐ に階段を駆け上がる音がして4人の子供が入って来ると、こんにちは〜と言いなが ら壁側のソファーに座った。
妹さんと希ちゃんが子供たちにココアを入れている。しょう、ななみ、と言ってい るのが聞こえた。希ちゃんの弟は翔と言っていたから、ななみというのはもう1人 の女の子だと思った。大原さんが子供たちにケーキを渡し、お仕事の話やから静か にしてるんやで、と言うと頷いている。 「お姉ちゃん、ありがとう」希ちゃんが言うと、他の子供もありがとうと言って美 味しそうにケーキを食べ始めた。 「月曜日から掛かれますが、とりあえず現物を見てから段取りを組みたいと思って います」大原さんが仕事の話にかかった。浩貴が図面を取り出して説明を始めた。 解体用の重機とオペレーター、廃材搬出用のダンプカーも英建設の方で用意するか ら、大原さんの方では使えそうな柱や梁をチェックして敷地内に保管、撤去後の基 礎から大原さんたちに取り掛かってもらう様に話しが進んだ。
最初の話では解体から大原さんに頼む予定だったが、先日電話が掛かって来た時、 重機のリースやダンプカーのリース代もバカにならないし、それは英建設の方で用 意するからと浩貴が話していたそうだ。大原さんはその話の後、解体費用やリース 代金を差し引いた新しい見積書を作ったらしくてそれを提示した。浩貴と瑞希は解 体費用を抑えるために英建設の重機を使うんじゃなく、大原さんたちの出費を抑え るためだからと最初の見積書通りで話を進めた。大原さんと太田さんは驚いた顔を したが、瑞希は人の良さそうな大原さんと話していると、何故か気持ちが落ち着い て来るような感覚を覚えた。 瑞希がロンドに留学して2年後に父が亡くなり、それからの瑞希には心の休まると いう時がなかった。何時も殺伐とした無量感みたいなものを感じていたが、大原さ んと話していると妙な安心感みたいなものを感じていた。瑞希には弟の浩貴だけし か居ないから、こういう兄が居たら気持ちも安らぐのかなぁと思った。
ふと我に返り、自分が何を思っているのかに瑞希自身が驚いた。瑞希は有希さんの 人柄、子供たちの嬉しそうな笑顔を思い出しながら、話している時の妙な安心感み たいなものは大原さんの人柄によるものだと感じていた。 「それでいいやろ?」浩貴の言葉に我に返った瑞希は話の内容が分からなかった。 瑞希の戸惑った顔を見て、浩貴が笑いながら説明した。 「それで、とりあえず月曜日にみなさんに来てもらって、圭爺や芳江婆、工藤や佐 伯、長岡たちに会ってもらってる方が良いやろ」最後に浩貴が付け加えると、瑞希 もその方が良いだろうと思って頷いた。 「瑞希さん、帰りにお店によってカットして帰ろうか」奈緒子が笑いかけた。 「しかし、予約はしてないやろな」 「有希さんの予約はしてないけど、香織さんと奈央さんの腕も良いんよ。混んでた ら待たなあかんけどね」と笑った。
「パパ〜、お仕事の話は終わったん?」希ちゃんが大原さんに声を掛けた。大原さ んが頷くと希ちゃんが嬉しそうに大原さんの横に座った。 「希ちゃん、お父さんが大好きなんだね」瑞希が希ちゃんの表情を見て笑うと、希 ちゃんは笑いながら頷き、嬉しそうな顔で大原さんを見ている。瑞希は清水に聞い た、希ちゃんは大原さんの婚約者だった、有希さんのお姉さんの生まれ変わりじゃ ないか、と言った言葉を思い出し、目の前の親子の表情を見ているとそうかも知れ ないと思った。大原さんが携帯電話で話し始めた。 「店の方は2人だけだそうです。有希は予約でいっぱいやから無理やけど、香織と 奈央で良かったらそんなに待たなくてもいいそうですがどうします?」大原さんが 聞いて奈緒子が頷くともう直ぐ行くからと電話で話した。
「お姉ちゃん、ママのお店に行くん? じゃぁ一緒に行こうよ」希ちゃんが嬉しそう に笑うと、瑞希は嫌と言えない、逆らえないような感覚に陥った。浩貴は先に帰る からと言って清水の車で帰る浩貴を見送った。太田さんと子供たちも帰るからと別 れ、瑞希は希ちゃんと手を繋いで住宅地の中を歩いた。奈緒子は瑞希たちの後ろか ら2人を見て歩きながら笑っている。弟の翔という子は大原さんと後ろから歩いた。 瑞希は希ちゃんと繋いだ手に何とも形容しがたい気持ちの安らぎを覚えた。希ちゃ んは繋いだ手に力を込め、時々瑞希を見上げて嬉しそうな表情をしている。5分ほ ど歩いて角を曲がると、カットハウス・サロン・ド・ユキの看板が見えてきた。
月曜日の朝8時に大原工務店、太田工務店のが全員揃った。瑞希と浩貴は今日の事 は会社にも言っていたから、出社が遅くなる事はみんな分かっている。大原工務店 が大原さんを含めて4人。太田工務店の方が太田さんを含めて6人だった。浩貴と 瑞希が英建設の担当者、三上英次と新藤達也を紹介した。三上は解体の専門家で新 藤は設計部門の担当者だ。他にも下請けの解体人夫が数人来ている。解体用の足場 は数日前に組み上がり埃除けのシートを被せて重機も搬入していた。みんなで離れ の中を見て回り、残しておく梁や柱を大原さんと太田さんが印を付けた。打ち合わ せが終り、解体工事に掛かったところで大原工務店、太田工務店の全員を本宅のリ ビングに呼び、青木夫妻と工藤に佐伯、長岡と森下、浩貴の秘書の清水にみんなを 紹介した。工藤と佐伯には特によく覚えておくよう念を押した。
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