落日・第二章 前編
密入国−3回
5日の土曜日。昼ご飯を食べてからタクシーで出かけた。瑞希と浩貴、奈緒子も一 緒だ。仕事の話だからと言ったがカットしたいからと笑った。 「予約してたんか?」瑞希が笑うと奈緒子も笑いながら首を振った。2時少し前に 着くと美容院の方には入らず横の玄関に向かった。奈緒子はこんにちは〜と言いな がら美容院のドアを開けた。瑞希がインターホンを押すと女の子がドアを開けた。 この前会った希という女の子だ。 「希ちゃん、こんにちは〜。今日はお父さんにお仕事の話で来たの」瑞希が微笑み ながら話すと、女の子は嬉しそうな顔で頷いた。 「お姉ちゃん、いらっしゃい。入ってください」女の子に促されて入ると 「パパを呼んでくるから座ってて」とソファーを勧められ、女の子は螺旋風な階段 を駆け上がった。
「どうや浩貴、このリビングいい感じやろ」瑞希が言うと浩貴はリビング、ダイニ ング、玄関を見渡しながら頷いた。直ぐに女の子がお父さんらしい人と降りてきた。 「わざわざこんな所まで足を運んでもらって恐縮です。大原といいます」40代と 思われる男の人は丁寧に挨拶すると名刺を差し出した。瑞希と浩貴も立ち上がって 挨拶すると名刺を渡した。どうぞ、と勧められて腰を下ろすと大原さんが向かいに 座り女の子も嬉しそうに座っている。瑞希が手土産を差し出すとありがとうござい ますと受け取った。 「希、仕事の話やから二階に上がっとき」大原さんが言うと女の子が立ち上がった。 「良かったら希ちゃんも一緒に」瑞希が言うと女の子が嬉しそうな顔で笑った。 「それ、生ものですから早めに召し上がった方が良いかと。ケーキですから」瑞希 が言うと女の子が嬉しそうな顔をしている。清水に話を聞いた時、希ちゃんはケー キが大好きらしいですと聞いていたから宝塚の有名なケーキ屋で買って来たものだ。
「年末に電話をもらって驚いているんです。英(はなぶさ)建設さんほどの会社がう ちみたいな個人の工務店にどんな話でしょう」祖母らしい人がお茶の用意を始める と女の子がケーキの箱を持ってダイニングに行った。瑞希と浩貴には紅茶を、大原 さんと女の子にお茶を運び、ケーキを小皿に取り分けてテーブルに置いた。 「先日姉がこちらでお茶をご馳走になった時、この内装を気に入りましたね。近々 離れの方を建て直そうと思っていて、それで是非大原さんにお願いしたいと言われ て。大原さんの仕事の予定も有るでしょうがいかがでしょうか」浩貴が正月前に撮 っていた離れの写真と手描きの見取り図を出して広げた。外観から細部に至るまで 30枚ほどの写真だ。大原さんは写真と図面を手にとって見ている。
「お姉ちゃん、このケーキ美味し〜い。ありがとう」女の子が嬉しそうに微笑むと、 瑞希はその笑顔に吸い込まれそうな感覚になった。 「ねっ、この前いた弟さんは?」 「今ね、お店で髪を切ってもらってるの。もう直ぐ終わると思うけど」女の子が笑 いながらお店の方を指差した。 「良い建物ですね。建て直しでもこの梁や柱は磨いて再利用出来ますね。いい柱や し処分するのは勿体ないですよ。ただ、今掛かっている仕事が来月の中頃までは掛 かりそうなんですよ。その後は太田工務店との仕事が入っているけど・・・・・ち よっと待ってもらえますか?」大原さんはそう言って何処かへ電話を掛けると再び 写真に目を落とした。瑞希は大原という人を見て人の良さそうな人だと感じていた。
「啓兄ちゃん、どうしたん」5分ほど待っていると男の人が女の子と入って来た。 の〜の、女の子が希ちゃんに手を上げると希ちゃんもまゆ〜と笑っている。大原さ んが瑞希たちの事を男の人に説明している。 「初めてお目に掛かります。太田といいます」男の人はそう言いながら名刺を出し た。瑞希と浩貴も自己紹介をして名刺を渡した。大原さんが離れの建て直しの話を している。 「それで、今掛かっている仕事が来月の中頃まで掛かるやろ。その後はどないなっ てるんや」大原さんが聞くと太田さんがバッグから手帳を出して見ている。 「基礎込みの上物が2件入っているから当分無理やで。基礎だけでも1件10日と みて20日やろ。雨が降ったらもっと伸びるし。仮に啓兄ちゃんと広岡さんがそち らに掛かっても2人では無理やで。基礎からの建て直しやったら1ヶ月半から2ヶ 月はみらんといかんやろ。啓兄ちゃん、これは日数的にも無理やで」太田さんが言 うと大原さんも頷いている。
「大原さん、こんな事を言っては失礼かと思いますが、次の仕事の基礎工事の方は うちの下請けにさせてもらえませんか。その間にみなさんでうちの方に掛かっても らって、もし、それでも間に合わなような時には次の上物の時にうちから何人か回 しますが。もちろん人件費はこちらで持ちますから。何とか2月の中頃から掛かっ てもらえませんか?」2人の話を聞いて浩貴が口を挟むと2人は驚いたように顔を 見合わせている。その時店の方から男の子と奈緒子、有希さんが入って来た。 「翔、ケーキやで。お姉ちゃんのお土産やで」希ちゃんが声を掛けると男の子は嬉 しそうな顔をしている。 「いらっしゃい。年末に奈緒子さんと来はった、確か瑞希さんというてはったね。 ありがとうございます」有希さんが瑞希と浩貴に挨拶してケーキのお礼を言った。 「希、パパはお仕事のお話やから邪魔したらあかんよ」有希さんは微笑みながら女 の子に声をかけ、ダイニングの方でお茶を入れている。女の子はは〜いと返事をす ると、まゆ〜と呼んだ女の子、男の子と一緒にダイニングに移った。
奈緒子が浩貴の横に座ると有希さんがお茶を持って来て大原さんの横に座った。 「しかし、そうまでして何でうちに」大原さんが不思議そうな顔で浩貴を見ている。 浩貴が笑いながら瑞希を見て話し始めた。 「先日、姉さんがこちらでお茶をご馳走になった時、この内装を気に入ったってい うのは話しましたね。実はお嬢さんの事なんです。うちの姉はこう見えてもけっこ うキツイ性格なんやけど、先日お嬢さんと話した時不思議な気持ちになったそうで す。滅多に人を褒めない姉がお嬢さんと話しがしてみたいなんて言い出して、離れ の建て直しの話になった時、こちらの家を大原さんが建てられたということで、そ れで大原さんに頼んでみようかっていう話になったんです。姉も一度言い出したら 人の言う事を聞く耳をもたん頑固もんでして」浩貴が笑いながら言うと奈緒子が笑 い、大原さんと有希さんも笑い出した。ダイニングの方で女の子も笑っている。
「大変失礼な事ですが、この話をするに当たって大原さんの事を調べさせていただ きました。阪神淡路大震災での事も承知していますし、奥さんが理容業界でどれほ どの方かという事も承知しています。また、お嬢さんが奥さんのお姉さんの生まれ 変わりらしいという噂も承知しています。だから姉がお嬢さんに不思議な感覚を感 じたのもその所為かなと思っています。姉が言うには、そういう人なら安心して頼 めるだろうと判断してお願いに伺いました。出来ればこれから、伊丹や川西、西宮 の方の仕事があれば大原さんにお願いしたいと思っています。あっ、勘違いなさら ないで下さい。うちの下請けとかじゃなく、英建設と大原工務店の契約としてお願 いしようと思っています。もちろん金額が折り合えばですが」浩貴が話すと大原さ ん、有希さんが驚いた顔をした。太田という人も驚いている。
「お兄ちゃん、いい話やん。お受けしたらどう?浩史ちゃん、何とかならんの?」 有希さんが大原さんの事をお兄ちゃんと言った事に瑞希が驚いていると、奈緒子が 笑いながら大阪のお店に行っている時に聞いていた事を説明してくれた。 「ありがとうございます。英建設さんにそこまでして頂くのではお受けしない訳に はいきませんね。浩史、良いやろ。これが上手く行けば仕事も増えるし、悪くない 話やで」大原さんが太田さんに話すと太田さんも頷いた。 「しかしこれだけの建物だと解体、基礎を別にして坪65から68くらいになるや ろ」太田さんが写真と手描きの図面を見ながら大原さんに話した。 「そうやなぁ。梁や柱の何本かは再利用出来るけど磨くのはうちでは無理やから山 岡に頼むとして、60以下は難しいなぁ。高く見ても65迄で出来るやろうけど、 それでも65坪くらいやから4000から4200くらいやな」大原さんが太田さ んに言っているのを聞きながら浩貴も頷いている。
「店に戻るわ。ゆっくりして下さいね」有希さんが時計を見て立ち上がると声を掛 けて店に戻った。 「一之宮さん、このお話受けさせて頂きます。今の仕事にメドがついたら連絡させ ていただきますがどちらに連絡すれば・・・」大原さんが浩貴を見た。 「会社の方に電話を頂ければ分かるようにしておきます。これから正式な図面を起 しますが、細かい事は図面が上がってから詰めましょう。よろしくお願いします」 浩貴が手を差し出すと大原さんも手を出して浩貴の手を握った。瑞希も大原さんの 手を握ると女の子が来て大原さんの横に座り、もう1人の女の子が太田さんの横に 座った。男の子も来て座ると嬉しそうな顔で大原さんを見ている。 「希ちゃん、パパがお姉ちゃんのお家のお仕事をするようになったら時々遊びに来 てね。宝塚までは来にくいから車で迎えに来さすからね」瑞希が女の子に笑いかけ ると、女の子は嬉しそうな顔で大原さんを見ると瑞希を見て頷いた。
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