落日・第二章 前編
思惑と誤算−3回
「お嬢様、上手く行きました。山形は私がおどおどした表情で対応したら、勝ち誇 ったような顔で帰りました。あの様子でしたら今頃祝杯を挙げているかも知れませ んね。ですがお嬢様、本当に大丈夫でしょうか」山本は山形が帰ると社長室の瑞希 に報告に来た。浩貴は清水と出かけていて、瑞希とナターシャ、アイリーンが居て コーヒーを飲んでいた。 「山本、心配するな。後の事はうちが処理するから任せとき。それより離れの工事 に来ている大原工務店のみんなには良くしてやってや」瑞希が言うと山本は分かり ましたと部屋を出た。瑞希は英建設に害を及ぼす害虫は早めに摘み取る事にし、小 林真二に電話して事後処理を頼んだ。 翌日の昼前に私立探偵の大岩から電話があり、昨日までに分かった事を詳しく話し た。大岩の話を聞きながら瑞希の顔が険しくなった。瑞希は田畑靖彦に電話して頼 み事をすると溝口昭二に電話して指示を伝え、アイリーン、ナターシャと相談して 細かな打ち合わせした。
夕方、業務が終ると秘書の小島香名子を帰し、瑞希とナターシャ、アイリーンは会 社を出るとナターシャたちのマンションに向かった。マンションに入るとベッドの 下から綺麗に包装している段ボール箱を2つ取り出した。暫くすると瑞希の携帯に 電話があり、3人が2つの段ボール箱を持って降りると、マンションの前に溝口の 車が止まっていた。 「姉さん、久しぶりです」溝口が笑ってトランクを開けるとダンボール箱を入れ、 3人が乗ると英建設に向かった。地下駐車場への入り口でガードマンに止められた が、ガードマンは瑞希を見て慌てて入り口のバーを上げた。 「彼だけ直ぐに帰るからな」ガードマンに声を掛け、地下の駐車場に車を止めて段 ボール箱を出すと溝口が車を出した。3人は段ボール箱を持ってエレベーターに乗 ると役員室のある8階で降り、社長室に入ると続きの瑞希の部屋に入った。浩貴と 清水は遅くなるからそのまま帰ると言っていた。 瑞希は机から双眼鏡を出すと2人に声をかけて屋上に上がった。ナターシャとアイ リーンに双眼鏡を渡して指差すと2人は交代で双眼鏡を覗いて確認した。
翌日の午後、高麗社に電話すると山形が会う場所の変更を言ってきた。大岩の報告 どおりだったがそれは困ると反論すると、それが嫌なら話は終わりや。どうなって も知らんで、と山形が高飛車に出た。瑞希が渋々了承すると電話の向こうで笑い声 が聞こえた。電話を切ると携帯で田畑に掛け、話しが終ると浩貴を呼んで今夜の事 を指示した。 6時前に瑞希がロビーに降りて作業着姿の3人を迎えて会議室に案内した。8時丁 度に全館にベルが鳴り響くと残っていた社員が退社を始めた。浩貴の通達で今日は 夜間作業のために8時以降の残業を禁止していた。 「孝二、行こうか」時計の針が8時半を指すと瑞希が声を掛け、孝二が頷いて作業 着を脱ぐと下はスーツ姿だ。 「兄(あん)ちゃん、頼むね」瑞希が作業着姿の小池に声を掛けた。
「お嬢はん、気をつけなはれや」小池は心配そうな顔で瑞希を見ている。作業着姿 の男は小池と孝二、元自衛隊の岡村だ。 「ナターシャ、アイリーン、頼んだよ」瑞希が2人の手を握ると2人も強く握り返 した。孝二がバッグを持って瑞希と一緒に下に降り、山形の指定した山本金融に歩 いて向かった。瑞希たちが出た後ナターシャとアイリーンがロッカーからダンボー ル箱を出して捲るとジュラルミンケースが出て来た。2人はジュラルミンケースと バッグを持って屋上に上がった。2人が屋上に上がると小池が階段にバリケードを 置いた。2人はバッグから防寒シートを出して敷くと、ジュラルミンケースからナ ターシャがドラグノフ―SVD―S新型セミオートマチックを、アイリーンがダコ タARMS T-76ロングボウの銃床を組み立てるとスコープと消音器を付け、マ ガジンをセットすると風を見てスコープを調整した。
イヤホーン付きマイクを付け、スコープを覗くと山本金融の部屋の中が直ぐそこに 見え、壁のカレンダーの日付まで手に取るように見える。スコープをビルの入り口 に向けると瑞希と孝二が入って行くのが見え、2人は窓に向けて照準を合わせた。 「あんたが英建設の若社長の姉さんか、いい面構えをしてるな」瑞希と孝二が部屋 に入ると窓側の椅子に座っている男が声を掛けた。その男の他に3人の男が居た。 1人は営業部長の山本に聞いていた通りの男で、この男が山形だと思った。窓側に 座っている男は伊能忠久だろう。探偵の大岩が言ったとおり左の頬に大きな黒子が ある。他の2人は伊能の部下だろうか壁側に立って瑞希たちを見ている。 「山形さん、えらい話が違うやんか、どういうこっちゃねん」瑞希が言うと山形は 伊能を見ながらおどおどしている。大岩の言っていたとおり、伊能に捕まって脅さ れていると分かった。
「実はこの事はわしから伊能さんに移ってしまったんや。後は伊能さんと話してや」 山形は瑞希の顔をまともに見られずに俯いたまま話した。 「聞いたとおりこの話はこの伊能が貰う事になったからな。理由なんかどうでもい い。そのバッグ、一体幾ら持って来た」伊能が孝二の持っているバッグを見た。 「慌てんときや。これはほんの手土産やねん。それにしてもこの部屋、煙草臭くて かなわんわ。窓を開けて空気を入れ替えぇや。ちょっと待ってや」瑞希が伊能に言 って携帯電話で一言二言話すと電話を切った。伊能が部下に目配せすると男が窓を 開けた。 孝二、瑞希が孝二に言うと孝二は恐る恐るバッグを開け、震える手つきで伊能の机 にメロンを2つ置いた。孝二の迫真の演技に瑞希は笑いそうになって抑えるのに苦 労した。 「何の真似じゃ。おぅ、俺をバカにしているんか」メロンを見て伊能の顔つきが変 わった。山形と2人の部下も唖然とした顔でメロンを見ている。
「ほんの手土産やと言うたやろ。そのメロン高かったんやで」瑞希が笑うと部下の 1人が懐に手を入れ、もう1人の部下も懐に手を入れた。 「兄ちゃん、懐に手を入れてチャカでも出すつもりか」瑞希が大声で怒鳴ると男が 懐から拳銃を出して瑞希に向け、孝二が身構える姿勢をとった。 「ほぅ、ここでうちを殺す気か。そんなオモチャを持ってると命を落とす元やで」 瑞希が笑って煙草を咥えるとライターで火を点けた。 ヒュン、空気を切り裂くような音と同時に拳銃を向けていた男が壁側にのけ反り、 そのままズルズルと壁にもたれるように倒れた。伊能が驚いて男を見ると額に穴が 開き、壁には血が染み付いていた。もう1人の部下が慌てて拳銃を取り出した瞬間 額を撃ちぬかれて倒れた。伊能と山形は一瞬の出来事に言葉が出なく、口を開けた まま驚いた顔で瑞希を見つめた。
「だから言ったやろ。こんなもん持ったら命を落とすって」瑞希は涼しい顔で言う と倒れた男の拳銃を拾い上げ、伊能の額に狙いを定めた。 「山形玄三、伊能忠久、英建設を脅すとは良い根性やな。英建設に手を出して生き てるもんは居らんのやで。あんたら、死神を本気で怒らせてしまったんや、明日と いう日は来ぃへんで」瑞希はソファーのクッションを取ると山形の顔に押し当て、 銃口を押し付けて引金を引いた。ボン、鈍い音がしてクッションの羽毛が飛び散っ た。伊能が机の引き出しに手を掛けると、動くんやない、と瑞希が怒鳴った。 「伊能さん、動いたらあきまへんがな。動いたらそのメロンみたいになりまっせ」 瑞希が伊能に言って手を上げると、ブシュッと音がした瞬間2つのメロンが砕け散 った。伊能は慌てて両手を机の上に出すと引きつった顔で瑞希を見つめている。
「伊能さん、残りの部下も東大阪での恐喝や殺人で大阪府警に捕まってる頃や。関 東連合会だか何だか知らんが大阪をなめたらあきまへんで。東京と大阪のヤクザ同 士の戦争だけならあんたも生き延びれたかも知れんが、英建設に手を掛けたのは誤 算やったな。去年、大阪の暴力団で浅野興業っていうのが叩き潰されたのは東京の ヤクザでも知ってるやろ。あれはなぁ、英建設に手を掛けたからやで。たとえ関東 連合会でも英建設に手を出せば生きてはいられんのや。あんたも運が悪かったなぁ。 もうちょっと待っててや。直ぐに会長の伊瀬利満もあの世に送るから会えるのを楽 しみに待ってるんやで」伊能は瑞希の言っている事の意味が理解出来なかった。大 阪の暴力団、浅野興業の組長が神戸で射殺されていた事件は知っていた。浅野が殺 されて浅野興業は壊滅していた。その犯人がこの女とは。伊能は信じられない思い で瑞希を見つめた。瑞希が右手を振った。伊能にはその意味を知る時間は無かった。 後頭部から撃ち抜かれた伊能は、メロンの残骸が散らばっている机に崩れ落ちた。
孝二は田畑からお嬢を助けてやってくれと頼まれ、手筈を聞いて同行していたが、 正直どうなるのか孝二にも分からなかった。伊能の部下が拳銃を構えた時は死を覚 悟したが、お嬢さんは顔色一つ変えず、平然と煙草に火を点けた瞬間伊能の部下が 倒れ、もう1人の部下も拳銃を抜いた瞬間倒れた。拾い上げた拳銃で伊能と山形を 威嚇し、伊能の目の前に置いたメロンが砕け散った時には孝二も驚いたが、伊能は 恐怖に引きつった顔をしていた。死ぬ事など恐れないはずのヤクザが、それも武闘 派と言われていた伊能でさえお嬢さんの前では見る影もなかった。前にお嬢さんが、 イスラエルのモサドという組織の外部機関で、血反吐を吐きながら訓練を受けたと 言っていたが、これがその組織で訓練を受けた実力なのか。平気な顔で敵地に乗り 込み、事も無げに叩き潰す。香田の事務所に顔を出した時やみんなと食事している 時のお嬢さんと、山形や伊能を恫喝した時のお嬢さんの違いに驚いたが、孝二はお 嬢さんの敵じゃなくて良かったと心底思った。
「孝二、行こうか」お嬢さんが何処かへ電話を掛けて声を掛けた。頷いてビルを出 たところで驚いた。数台のパトカーと大勢の警官が道路を封鎖し、ビルの入り口に は迷彩服を着た数人が待ち構えていた。孝二たちが出て行くとお嬢さんが指揮官ら しい人に目配せし、指揮官らしい人の合図で迷彩服の集団がビルに入った。 「孝二、怖くなかったか?それにしても震えながらメロンを出した演技には笑いそ うやったわ。アカデミー賞もんやで」歩きながら孝二に向けた笑い顔は何時ものお 嬢さんの顔に戻っていた。 翌日の新聞には『大阪新町の山本金融の事務所でトラブルがあり、4人の射殺死体 が見つかった。東京の暴力団伊能組と大阪の政治結社憂国の会との間での揉め事と 思われる。検証の結果、お互いが撃ち合い共倒れしたようです』孝二は新聞を読ん で驚いたがどういう経緯でこういう結果になったのかは考えない事にした。
ガリル 
前編 終
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