落日・第二章  後編




核の疑惑−1回



『核の疑惑』

滋賀県警本部長の田宮から野村康介に電話が掛かって来た。近江舞子の貸し別荘を
急襲した時、それより少し前に貸し別荘から走り去った不審な四輪駆動車を目撃し
た人物が現われという。田宮の話では、不審な四輪駆動車の捜査は田宮直接の人選
による限られた特別捜査班で掛かっているという。近江舞子の貸し別荘への急襲準
備は極秘に行われていて限られた人数しか知らされていなかった。それにも係わら
ず情報が漏れたという事は、それなりの役職の人物が係わっていると判断しての極
秘捜査だ。野村は田宮の配慮に感謝し、出来るだけ早く不審な四輪駆動車と持ち主
を割り出すよう要請した。
「小林さん、どうやら大津署に協力者がいるようだがはたして1人だけだろうか?
今回はたまたま大津署が急襲したがもし大津じゃなく京都だったら?或いは名古屋
とか静岡とか、何処に潜んでいるのか分からないのに、その地域の警察の動きをキ
ャッチする事は不可能やろ。全ての警察に協力者が居るとは考えられんし・・・」
野村は考え事をしながら小林に話した。

「そうかも知れんしそうじゃないかも知れん。全国全ての警察署に協力者なんて考
えられん。野村さん、今回はたまたま大津署じゃなくて、大津署に協力者が居るか
ら安心して近江舞子に潜んでいたんかも知れん。大津署の動きをいち早くキャッチ
出来るしね。次に潜んでいる場所も、警察に協力者のいる場所という事になると思
うが、それが何処なのかは・・・・・」小林もテロの首謀者と思われるアハマドが
近江舞子から姿を消し、未だに行方が分からない事に苛立ちを隠せなかった。
「滋賀県警があの日、貸し別荘から走り去った不審な車を目撃した人物から話を聞
き、何とか車と人物を特定できればいいが、協力者に分からないように本部長が直
接人選した捜査官が捜査しているが、密かにやっているだけにどれだけ掛かるか」
野村も今のところ手詰まり状態だ。だが、事件はひょんな事から思わぬ方向に発展
した。

京都府警舞鶴署管内の舞鶴若狭自動車道路で交通事故が発生し、死亡した乗用車の
男性の身元を調査していた舞鶴署は、死亡した男性は舞鶴市に有る高岡商店の高岡
純一であると確認した。高岡純一の事故死を聞いて京都地検特捜部は愕然とした。
事故の内容は目撃者の証言などから自損事故だと分かったが、半年ほど前にある漁
業関係者から密告が有り、高岡の羽振りの良さから犯罪を犯しているんじゃないか
というもので、京都地検特捜部が内偵に着手した矢先だったからだ。被疑者が死ん
だ事で内偵捜査は取り止めになり、捜査は地検特捜部から京都府警舞鶴署に委託さ
れた。舞鶴署は密告内容から高岡の身辺調査を開始、僅か10年で大型漁船を5隻
持ち、漁協の漁労長まで上り詰めた背後を仔細に調べた。高岡から船を借りていた
4人には怪しい所はなく、1人だけ漁の内容と羽振りの良さが不似合いな男が居た。
安藤という男で船団を組む事を嫌って何時も単独で漁に出かけていた。出漁の時間
に比べて漁獲量が少ないにも係わらず、日頃の羽振りの良さが周りでは話題になっ
ていた。だが漁労長の高岡のお気に入りだけに誰も声高に言う者はいなかった。

舞鶴署が安藤と乗組員を任意で事情聴取したところ、あっさりと麻薬やその他禁制
品の密輸入を認めた。被疑者死亡のまま高岡商店に家宅捜索が行われたが、高岡が
死亡した日の早朝、犬の散歩をしていた近所の人が、高岡商店に不審な四輪駆動車
が止まり、外国人らしい3人連れが高岡商店に入るのを見たという証言を得られ、
その後の聞き込みで夕方3人を乗せて車で出て行くのを見たという証言も得られた。
舞鶴署の署長は警察庁の野村から全国の警察に出されている、不審な外国人の捜査
の通達を受けていたから、大阪府警に居る野村に大急ぎで連絡した。
舞鶴署からの連絡を受けて大阪府警は色めき立った。あれだけ姿が見えなかったア
ハマドと思われる人物の姿が朧気ながら見えて来た。直ぐに捜査会議を開き、高岡
が舞鶴若狭自動車道路の下り線で事故死した事、中国縦貫自動車道路から入ったの
か舞鶴自動車道路なのか、各インターチェンジの監視カメラの分析が始まった。

事故を起した時間から逆算すれば大体の時間が分かるため、それほど時間は掛から
ないだろうと思われた。一方、不審な四輪駆動車の捜査も滋賀県警と京都府警舞鶴
署の両方で行われ、同日の早朝、コンビニエンスストアで弁当を買った人物があり、
店内の防犯カメラに映っていた人物が特定された。滋賀県警の特別捜査班が近江高
島のガソリンスタンドへ急行し、経営者の赤阪洋一に任意同行を求めた。
赤阪は取調べには素直に応じ知っている事を全部白状した。供述内容は滋賀県警本
部長の田宮に知らされ、大津署の木本庄司と兄の木本明が逮捕された。だが、赤阪
が3人を四日市まで迎えに行った場所は国道沿いのバス停だっため、それ以前の協
力者の足取りは不明のままだ。
野村は滋賀県警の本部長にお礼を言い、京都府警舞鶴署にもお礼の電話を入れた。
舞鶴署は高岡の後ろ楯であった金田という中国人を麻薬密輸の容疑で調べている事
を知らせた。安藤と乗組員の自供から北朝鮮との麻薬取引だと教えられた。

「やっぱり北が絡んでいましたね。問題は高岡が荷物を何処へ運んだかだが、高岡
の後ろに居たのが中国人となると、やはり神戸の華僑あたりかな」小林が野村の顔
を見た。
「一概に神戸とは言えんが、暴力団が絡んでいると少し厄介になるな。それでなく
ても関東連合会の大阪進出に神経を尖らせているだろうし。ここは焦らずに、先ず
高岡の行き先を探す事、それがアハマドと思われる3人の潜伏先かも知れんし。
しかし、近江舞子の貸し別荘から高岡商店に行き、その日のうちに移動している事
から、すでに別の場所に移動した可能性も有るやろ。ただ、高岡が舞鶴を出たとこ
ろを目撃されていて、帰りに事故を起した時間から考えたら大阪か神戸が最有力か
も知れん。早くインターチェンジのカメラを分析して、何処で降りて何処で乗った
かを突き止めないと、時間が経つほど次のテロが起きる可能性が高くなるからな」
野村は小林に話しながら、堺の臨海工業地帯や神戸の浜側にあるガス施設などに対
し、よりいっそう警戒を厳重にするよう通達した。その一方で、日本側の密輸船を
摘発されて麻薬の密輸が出来なくなった北がどう動くのか、そちらの方も心配にな
って来た野村は、防衛省や海上保安庁などに警戒を促した。



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