落日・第二章 後編
支援者−3回
「何だと、伊能が殺られた?相手は誰や、大阪の組織か」伊瀬が大声で怒鳴った。 伊瀬は伊能と相撃ちしたのは元憂国の会の山形玄三と聞いて机を叩いた。 「山形みたいなチンピラに伊能が殺られただと?あんな小物に伊能を殺るほどの度 胸がある筈がない。きっと大阪のヤクザが絡んでいる筈や。山高、お前もしっかり 伊能を援助していたのか。聞いたところによると伊能に任せっきりだったらしいな。 ここは伊能の弔い合戦やぞ。山高、関東連合会の面子にかけても伊能を殺った奴を 探して叩いて来い。遠藤、栗田、2人は山高をサポートしてやれ」伊瀬は連合会本 部事務所で叱咤した。 「しかし会長、伊能が解散届けを出して大阪に潜り込んだのは、関東連合会の偽装 だと警視庁も大阪の警察も気付いているし、今動くのはまずいだろう。下手したら 関東連合会の存続問題にも発展するかも知れんぞ。ここは暫く様子を見た方が良い と思うが、みんなはどうだ」副会長の稲田組組長稲田順二が口を挟んだ。他の組長 も今直ぐ行くべきだと言う者と稲田組の自重する方に分かれた。 伊瀬は稲田が口を挟んだ事が気にいらなかったが、ここで関東連合会を分裂せる事 は避けたかった。
「稲田がそう言うんなら暫く様子を見ようか。しかし、東京にいても大阪の様子は 分からんだろう。誰か大阪に潜り込む奴がいるんか?」伊瀬はみんなを見渡したが、 誰一人として行くと言うものが居なかった。 「会長、わしが行ってきましょう。可愛がっていた伊能が殺られたのに黙っていた ら山高組の名前が泣くわ。見つけ次第叩き殺してやる」山高が激高したように怒鳴 ると伊勢は黙って頷いた。 「しかし山高、あんまり暴れ過ぎると連合会がヤバくなるぞ。そこそこにな」稲田 が諭すように笑うと山高は黙って腰を下ろした。伊勢は稲田の言い方が気に入らな かった。稲田はどちらかというと穏健派で、今までにも何度となく伊勢の言う事に 反対してきた。だが、伊勢の大阪制覇の野望の前には稲田の力と稲田を支持してい る組織の協力が必要だった。暫くは稲田の出方を見守るしかなかった。 組事務所に戻った山高は、組員を前にして伊能の仇を討ちに大阪へ行く事を話した。 山高の言う事に反対する組員は居なかったが幹部の柳本が反対した。
「組長、伊能の二の舞は御免ですぜ。今大阪に行ったら仇どころか、警察の餌食に なるだけですぜ。ここはほとぼりが冷めるまで様子を見た方が良いと思うけど」柳 本が興奮気味の山高に言うと、山高は益々激怒して灰皿を机で叩き割った。 「馬鹿野郎、てめぇ何時からそんな臆病者になった。大阪が怖けりゃ来なくて結構。 臆病者はとっとと失せろ」山高は柳本に怒鳴ると椅子に腰を下ろしてみんなを見据 えた。幹部の柳本を怒鳴った事で組員にも動揺が広がっている。山高は煙草に火を 点けると深く吸い込み、自分を落ち着かせた。 「柳本、お前の言う事も分かるが、このままではわしの腹の虫が治まらん。ここは ひとつ大阪見物と洒落こむか。しかし空身で行くのはヤバ過ぎるしチャカはどうす る?」山高は気持ちを落ち着かせると柳本を見つめた。 「幾らなんでもチャカ無しでは死にに行くようなもんですぜ」柳本は山高が落ち着 いて来たのでほっとしていた。だがどうしても大阪へ行くようだ。部下に拳銃を持 たせて同行させるしかないだろう。柳本はそう思いながら不安を払拭できなかった。
*
「野村さん、関東連合会が動き出したようです。伊能の上部組織の山高が行くよう です」大阪にいる野村に警視庁の捜査員から電話があった。野村は伊勢ではなく、 伊能の上部組織の山高と聞いて納得していた。伊能が殺されれば上部組織の山高が 動くと予想はしていた。だが、山高を叩いても伊勢まで叩く事は出来ない。関東連 合会は広域指定暴力団だが、山高組が連合会を抜ければ広域指定暴力団として対処 出来なくなる。 「野村さん、小林さん、伊瀬が生きている以上大阪進出は諦めないでしょう。伊瀬 さえいなければ関東連合会も分裂するんじゃないですか?」野村は瑞希の言った言 葉を思い出し、テロの脅威が消えないのにこれ以上暴力団の問題で捜査員を割きた くなかった。小林はテロの首謀者を急襲するための特務機関の協力者の人選に掛か っているから数日は手が空かない。とりあえずここは東京の警察で山高を牽制して 大阪進出を抑えておこうと考え、警視庁の暴力団対策本部に電話で指示した。
翌日には小林から3人の人選を終ったと連絡が有った。もう少し掛かると思ってい たが、思ったより早く小林が戻ってくる事になる。野村は滋賀県警の本部長に電話 をかけ、大津署が貸し別荘を急襲する際、何処から情報が漏れたのか大至急調べる ように要請した。野村は貸し別荘急襲に失敗した翌日、イスラエルから送って来た パレスチナ過激派の幹部、アハマドの顔写真を全国の警察に送付し、交番やコンビ ニ、駅などに貼って市民の協力も要請していた。直ぐに効果が表れ、全国で十数件 の情報が寄せられたが、地元の警察官が確認に行くと別人である事が分かった。普 段アラブ人など滅多に見る事がない国民には、どれも同じような顔に見えるらしい。 特に髭を生やしていたら見分けがつかない。国民からの通報はあまり期待出来ない と思いながら、今の段階ではどんな小さな情報でも喉から手が出るほど欲しいのが 現状だ。
一方瑞希も野村に貰ったアハマドの顔写真をパソコンを使って細工し、髭を落とし た顔、メガネを掛けた顔、本来の顔と3種類の顔写真を作り、香田興業の組員、溝 口を始めとしたローリング族仲間、浪速連合会の暴走族たちに配った。 「この男以外に一緒に居る男、接触した男を見かけたら居場所を突き止めて欲しい んや。ただし危険人物やからヤバイと思ったら絶対深追いせんときや。それと、自 分たちで捕まえようなんて考え起したらあかんで」瑞希は笑いながら言ったが、ア ハマドが大阪に潜伏している可能性は低いと思っていた。ローリング族や浪速連合 会の縄張りは大阪だから見かける可能性は皆無に等しいだろう。藁に縋るようなも のだが何もしないでいるよりはマシだろうと思った。今の瑞希には他に動きようが なかった。アブドールも今のところ行方を掴んでいないのか、電話が掛かって来る 事はなかった。
ここ1週間で数回、仕事が終ると浩貴と一緒に北新地に行っていた。浩貴や石田が 接待に使えそうな店を探していて、瑞希は有希さんに聞いた店に顔を出した。 「一之宮様でいらっしゃいますね。有希さんから連絡を貰っています。真弓といい ます。今後ともよろしくお願いいたします」瑞希と浩貴が席に着くとママが挨拶に 来た。2人もこれから接待に使いたいからと名刺を出して挨拶した。 「ママさんは有希さんやご主人の大原さん、子供の希ちゃんの事も良くご存知だと 伺っています。私も希ちゃんが凄く可愛くて可愛がってしまいそうなんです」瑞希 が笑いながら話すと、真弓というママも有希さんと希ちゃんの話になったら嬉しそ うに笑いながら饒舌になった。2人があまりに楽しそうに話すから浩貴が呆れた顔 で見ている。この店の他に真弓ママが友人が経営しているというクラブを紹介して くれた。そこのクラブのママは弘美という名前で、この人も有希さんや希ちゃんを 可愛がっているそうだ。浩貴も店の雰囲気が気に入ったようで、これから接待に利 用したいと言っていた。
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