落日・第二章  後編




核の疑惑−2回



「用意が出来ました」山高組の若い組員がドアを開けて声を掛けた。奥の部屋には
組長の山高健吾と幹部の柳本、組員数名が出発の用意をして車を待っていた。
「柳本、留守は頼んだぞ」山高は柳本に声を掛けると組員5人とドアに向かった。
柳本は山高を見送るべく立ち上がり、何気なしに窓の外を見て驚いた。
「組長、待って下さい。今出たらヤバイです」柳本が大声で山高を止めると、山高
は不機嫌そうな顔で柳本を睨んだ。
「今になって・・・・・」山高が言いかけると組員が慌てて飛び込んで来た。
「組長、サツです。サツが事務所を取り囲んでいます」若い組員が窓を指差すと、
山高は窓に寄って外を眺めた。事務所の外にはパトカーが赤色を回しながら道路を
塞ぎ、警察官、機動隊の制服姿が事務所を取り囲んでいる。
「なんじゃぁこりゃぁ」山高は外の警察官、機動隊の姿を見て大声で怒鳴った。事
務所の入り口で若い組員が数名、警察官と押し問答をして揉めている。警察官の胸
倉を掴んだ組員が機動隊に押さえつけられ、パトカーの後ろに止まっている護送車
に連行された。

「おい、チャカを仕舞え」柳本が山高と同行する予定だった組員に怒鳴った。5人
の組員は奥の部屋に走るとトイレの裏にある隠し棚に拳銃を隠した。
「これはどういうこっちゃ」山高は今にも爆発しそうなほど顔を赤らめている。
「組長、警察も本腰入れてるみたいですよ。我々を大阪に出さんつもりでしょう。
今出て行けば拳銃不法所持や公務執行妨害で否応なしに連行されますぜ。ここは大
人しく引き下がるしかないでしょう」柳本は山高に言いながら、何故山高組が大阪
に行く事が分かったのか理解出来なかった。
「山高健吾、家宅捜査令状だ。みんなそこを動くなよ」玄関で令状を示した捜査官
が2階に上がって来ると再度山高に捜査令状を示した。おい、山高が組員に顎を振
るとみんなは大人しく椅子に座った。
「ふざけんじゃねぇ、何が家宅捜査じゃ。てめぇらマッポに舐められてたまるか」
1人の若い組員が捜査官に食ってかかった。組員は2人の捜査官に両腕を捻り上げ
られ、公務執行妨害で表に連れ出された。

「組長、やつら本気ですぜ。あいつは室田という、マル暴対策本部でも徹底して叩
く事で有名な奴です。奴に睨まれたら屁理屈ででも引っ張られますぜ。ここは黙っ
てやり過ごすしかないでしょう」山高の横で柳本が囁いた。山高も室田の徹底した
やり方は聞いていたが、よりによって今日ガサ入れとはあまりにもタイミングが良
過ぎる。何処から情報が漏れたのかと考えたが、興奮している山高には考えるだけ
の余裕は無かった。
捜査官の1人が事務所奥に飾ってある鎧の横の日本刀を手に取って見ている。
「おい、それに触るな。それは備前長船(びぜんおさふね)の由緒ある名刀やぞ」山
高が大声で怒鳴った。
「こんなもんを置いといて無事に済むと思っているのか」捜査官が鞘から刀身を半
分ほど抜いている。
「ちゃんと届けは出しているわい。第一、それほどの名刀を喧嘩に使う訳ねぇだろ
うが」山高が机の引き出しから銃砲刀剣類所持許可証を出して捜査官にチラつかせ
た。捜査官が許可証を調べたが正式な許可証だった。

「だいたい暴力団にこんな許可証を出す筈がない。どうせ裏から手を回して不正に
手に入れたもんだろうが、一応正式な許可証だからな」捜査官は渋々日本刀を鎧の
横の刀掛けに立てかけた。奥の部屋を調べていた捜査官が短刀を3本持って来た。
「山高、こんなもんが出て来たぞ。これは誰の持ちもんや。持ち主が居なかったら
山高、お前に来てもらうぞ」室田が山高に言うと座っていた組員が名乗り出た。
「チンピラのお前1人で3本も使うわけないだろうが」室田が組員を睨むともう1
人の組員が名乗り出た。
「2人で3本か、まぁいいだろう。山高、今日はこれで引き上げるが大阪なんかに
行くんじゃないぞ。今度はお前を引っ張るからな。お前を引っ張る理由は揃ってい
るんだが今日のところは見逃してやる。いいな、東京を出るなよ」室田は山高を威
嚇するように言うと、山高は眉を吊り上げて殴り掛かろうとしたが柳本がかろうじ
て抑えた。
「くそ、どうなってるんじゃ。ガサ入れはうちだけか。他の組織はどうなってるか
聞いてみろ」捜査官が帰ると山高が怒鳴った。組員が数人慌てて電話を掛けている。

「組長、ガサ入れはうちだけのようです。ですが、どの組も表に警察が張り付いて
動けないと言っています。関東連合会以外の組には警察は居ないようです」電話を
掛けた組員が報告すると山高と柳本は顔を見合わせた。
「組長、関東連合会の狙い撃ちですぜ。伊能の事件で大阪の警察とも連携している
かも知れませんな。ここは暫く様子を見た方が良いでしょう。東京でこれだと大阪
ではどうにも対処出来んでしょう」柳本が諭すように言うと、山高もどうしょうも
ないといった感じでソファに座り込んだ。
「野村さん、警視庁の室田という方から電話が入っています」大阪府警の刑事が声
を掛けた。
「室田です。上手く行きました。たっぷり脅してやったからこれで山高も暫くは動
けんでしょう」野村が電話を取ると室田の笑い声が聞こえた。
「室田さん、感謝します。こちらもテロの首謀者と思われるアハマドの手掛かりが
掴めそうです。ですからもう少しの間関東連合会を引き止めて下さい」野村は室田
にお礼を言って引き続き動きを封じ込めるよう頼むと、室田も快く引き受けた。

          ☆

3月も中日(なかび)を過ぎると日差しも柔らかくなり、和歌山の方では桜の開花が
言われ始めた。一宮家の桜も蕾が弾けんばかりに膨らみ、一気に開花しそうな勢い
だ。離れの方の工事も順調に進み、だいぶ家らしくなって来た。浩貴は早めに清水
が迎えに来て出社していて、瑞希も8時過ぎにタクシーが迎えに来たら出る予定で
いた。玄関を出て離れを見ていると工務店の車が数台入って来た。
「一之宮さん、おはようございます。だいぶ暖かくなって来ましたね。工事の方は
ほぼ予定通りに進んでいます」大原さんが車が降りると声を掛けた。瑞希も挨拶し
て話しかけようとした時タクシーが来てクラクションを鳴らした。
「よろしくお願いします」工務店のみんなに挨拶してタクシーに乗ると会社に向か
った。9時少し過ぎに会社に着くとアイリーンはすでに来ていてコーヒーを飲んで
いる。

「おはようございます」秘書の小島香名子が挨拶してコーヒーの用意を始めた。
「ナターシャは?」ナターシャの姿が見えなかったので小島に聞いた。
「先ほどロマノフ様が来られまして社長と一緒に設計部の方に行かれました」小島
がコーヒーを入れながら返事した。
「こんなに早い時間に来たんか。ロシア人はそんなにせっかちな人種やったか?」
瑞希が笑いながらアイリーンを見るとアイリーンも笑っている。
ロマノフは東京に住んでいるロシア人実業家で、日本語は片言だが何とか理解出来
る程度だ。大阪に商業ビルを建てるために英建設に依頼して来た。大手ゼネコンを
含めて何社か検討したらしいが、ロシア大使館の薦めもあり、ナターシャが通訳出
来る事も有利に働いたようだ。瑞希がコーヒーを飲んでいるとアブドールから携帯
に電話が掛かって来た。瑞希は社長室から奥の部屋に入って電話を聞いた。

アブドールの話は、近江舞子から逃れたアハマドは舞鶴から芦屋に入った事を知ら
せて来た。芦屋の場所は突き止めたが翌日にまた移動したため、今、移動先を調査
しているから分かり次第連絡すると言った。アブドールは神戸の華僑で『劉』とい
う人物に注意するようにと警告した。劉は神戸の南京町に数件の店を持っているが、
裏では密輸入や不法入国などを生業にしている人物で、裏の世界にも顔が効く人物
だそうだ。アハマドを助けている組織は全国に有るがその総元締めが神戸の劉で、
劉の保護下にいる限り探し出すのは難しいかも知れない。しかし、何処かへ動けば
モサドの力で探し出すから心配するなと笑った。
芦屋か神戸か・・・瑞希はアブドールからの電話を切ると1人で呟きながら部屋の
中を歩き回った。芦屋は高級住宅街で、大きな屋敷の中に匿われてしまえば探し出
すのは難しいだろう。神戸の南京町は中国系の人種が多く、アラブ系の人間は目立
ち過ぎるので南京町には居ないだろうと考えた。

瑞希は田畑に電話して夜に会うよう手筈した。その後で私立探偵の黒岩に劉の事を
調べてくれるように頼んだ。
「兄ちゃん、神戸の暴力団で香田興業と友好関係にある組織はないん?」会社が終
って香田興業の事務所に顔を出すと田畑に聞いた。
「お嬢はん、東京の次は神戸でっか。まぁ、神港組の中にも知り合いはおますけど
どないしたんでっか」田畑の横に座っていた小池貞夫が笑いながら聞いた。
「南京町に劉って男が居るらしいんやけど、その男、裏も表もややこしい男らしい
わ。その男の屋敷や別荘、隠れ家的な場所を調べて欲しいねん。もちろんそんな男
やから裏の世界とも繋がっているらしいし、簡単じゃないから無理には頼めんけど
ね」瑞希はアハマドの名前は出さずに劉の身辺を探って欲しいと頼んだ。
「劉でっか。噂には聞いてますが中々の大物らしいでんな。ただ、知り合いが劉と
繋がってたらややこしい事になりそうやけど、まっ、お嬢はんの頼みやさかい、こ
こは何とかしてみますわ」小池が瑞希の顔を見ながら笑うと、田畑も笑いながら頷
いた。

「それよりお嬢はん、孝二に聞きましたで。伊能と山形を始末した手口、鮮やかな
もんでんな。これで関東連合会も動けんようになりまっしゃろ。親父も喜んでまし
たわ。しかし何でんな、ニュースでは伊能と山形が相撃ちになってましたが、どう
いう筋書きか知らん方がよろしゅうおまんのやろ?」小池が瑞希の顔を覗き見るよ
うに笑った
「けど、関東連合会は動きそうな気配やで。伊瀬が生きてる限り大阪進出の野望は
捨てへんやろね。大阪に出てくれば神戸も黙っていてへんやろし、下手したら大戦
争になりそうやん。何とか伊瀬に眠ってもらう方法は無いもんかねぇ」瑞希も小池
の顔を覗きながら笑った。
「お嬢さん、その劉とかいう人物、俺たちも調べてみますわ。神戸にも族の仲間が
居るからそれとなくね」溝口も話を聞いて瑞希に頷いた。
「けど、あんまり無理したらあかんで。相手は華僑の大物で裏との繋がりもあるみ
たいやからな」瑞希は溝口に念を押した。



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