落日・第二章 後編
支援者−2回
偵察衛星の画像の解析、日本海を偵察しているP3Cのレーダーに北朝鮮北部の港 を出航した3隻の船舶が映っていた。漁船にしては動きがおかしく、北朝鮮中部、 南部の港に入港、出航を繰り返した。野村康介は海上保安庁、航空自衛隊小松基地、 海上自衛隊舞鶴基地に情報収集と警戒を促し、防衛省、国家公安委員会、警察庁外 事課にも情報の分析を促した。日本海に面する漁港で北朝鮮からの魚介類を陸揚げ している漁港にも、全ての北朝鮮の漁船の入港を地元の警察に臨検するように連絡 した。一方、瑞希からの連絡を受け、テロの首謀者と思われるイスラム過激派幹部 が潜んでいた貸し別荘を急襲したが、すでに何処かへ移動した後で別荘は空だった。 急襲に失敗したとの連絡を受けた野村は激怒したが、急襲をいち早く察知し姿を隠 したイスラム過激派の機敏な行動に、警察の中にスパイがいるのではないかという 疑惑が沸いた。野村は小林と一緒に瑞希に会って失敗した事を謝り、警察の中にス パイがいるのでは、という疑惑を話した。
瑞希は話を聞きながら、今の時代、お金のために国を売る人間がいても不思議じゃ ないと思っていた。そういう人間がいないとスパイや情報組織を維持する事が出来 ない。良いにつけ悪いにつけ、お金で動く人間がいるから組織が維持出来るし国が 成り立つと思っている。瑞希が先日の新町の後始末の礼を言うと小林は笑っていた。 「関東連合会は伊能が死んだ事で動けなくなるでしょうな。それとも伊瀬は新たな 組織を送る気でしょうか」小林が野村に聞くと、伊瀬はすでに動き始めている事を 掴んでいると話した。 「野村さん、小林さん、伊瀬が生きている以上大阪進出は諦めないでしょう。伊瀬 さえいなければ関東連合会も分裂するんじゃないですか?」瑞希が笑うと野村と小 林も笑った。 「しかし警察が直接動くわけには・・・・・」野村が言い掛けると瑞希が笑った。 野村には瑞希の笑いが何を意味するのかは分かっていたが、直接口に出す訳にはい かなかった。
「それより瑞希様、テロの首謀者と思われる人物が潜んでいた貸し別荘がよく分か りましたね。警察もあらゆる情報網を使ったが探せなかったのに・・・・」野村が 瑞希を見つめた。野村の顔は情報の出所を知りたそうな顔をしている。 「私にも僅かだけど情報網はあります。相手が日本を脅かすテロ組織だけに、出所 を開示するのが筋でしょうし日本国民としての義務かも知れません。しかし、これ だけはどうしても明かす事は出来ません。たとえあなた方でもです。ただ、逃げた テロの首謀者たちの次の潜伏先はすでに捜査中です。分かれば直ぐに連絡します」 瑞希は野村と小林にそれだけを言った。モサドの事を彼らに話すわけにはいかない。 昔から日本はスパイ天国と言われ世界中のスパイ組織が活動している。イスラエル の組織が日本で暗躍している事を日本の警察に言える筈がなかった。野村と小林も それ以上の事は聞かなかった。
「しかし、瑞希様から情報を貰っても、警察内部にスパイが居れば急襲する前に連 絡されて逃げられるでしょう。専門の特別隊を編成する必要が有るようですね」野 村の言葉に小林が頷いた。 「警察では人選が難しいでしょう。東京の警察が他の地方で動く事は難しいし、大 阪の警察は野村さんには誰が信用出来て誰が怪しいかなんて無理でしょう。ここは 小林さんに頼んで、特務機関の協力者の中から選んで編成した方が良いんじゃない でしょうか。あまり大勢じゃなく、4、5人くらいの少人数の方が動きやすいと思 いますよ」瑞希は自分の意見を言いながら小林を見た。 「私もその方が良いと思います。近畿に何人か居るので人選してみます。それは私 に任せてください。それより野村さん、北の方の動きはどうなんですか?本当に北 が絡んでいるですか?」小林が野村に聞いた。
「絡んでいるかどうかは今のところ断定できない。漁船らしい船舶が3回ほど港に 出入りしていたが、それ以後今のところ動きは見られない。北が絡んでいれば目標 が決まった時に何らかの動きがあるかもしれません。北の動きとテロを支援してい ると思われる人物が国内に居る筈だから、その特定も急務を要します」そう言う野 村の顔には焦燥感が漂っていた。
*
赤阪洋一は滋賀県近江舞子にある貸し別荘に急いでいた。時刻は夜中の2時を回っ ている。赤阪は近江高島の国道沿いでガソリンスタンドを経営している。夜10時 に店を閉め、売上金を計算して数キロ離れた家に帰って風呂に入り、風呂上りに冷 蔵庫からビールを出した時、けたたましい電話のベルが鳴った。こんな時間に電話 が掛かって来る事は滅多に無いのに、ひょっとしたらと思って大急ぎで受話器を取 った。 「赤阪か、大至急貸し別荘の3人を舞鶴に運んでくれ。今、大津署が出動の準備を していて一刻の猶予も出来ない。送り先は舞鶴の高岡商店だ。急いでくれ。5時に はそちらに着くからそれまでに若狭に抜けるようにな。頼んだぞ」電話の主は大津 署の木本だ。赤阪は大急ぎで着替えると四輪駆動車に飛び乗り近江舞子に向かった。
近江舞子の貸し別荘に着くと直ぐに3人が出て来て、赤阪が声を掛ける前に3人は 後部席のドアを開けて乗り込んだ。3人のうちの1人は日本人のようだが2人は外 国人だ。赤阪は3人を乗せると国道161号線を北に向かって走った。赤阪は2年 前、ガソリンスタンドが経営不振に陥り不渡り手形を出した事が有る。倒産しかけ た赤阪を助けてくれたのは、大津で運送会社を経営している木本明という男で、弟 の木本庄司は大津署の警部補だ。それ以降、木本運送会社のトラックの給油地とし て契約し、順調に業績が伸びたお陰で倒産を免れていた。それ以来木本に頭が上が らなかった。何度か木本の依頼で人を運んだ事があったが、全て弟の木本庄司の指 示だった。大津署の警部補が後ろ盾にいるという事で、赤阪は多少の法を犯しても 罪の意識というものは無かった。
仕事の後には報奨金としてそれなりの金額を貰っていた。赤阪はガソリンスタンド の経営より美味しい仕事と思っていたが、そう度々有るわけじゃなく、この2年で 3回だけだ。警部補の木本とは何も言わず何も聞かず、何も見なかったという事が 条件だった。赤阪にとってどんな犯罪人だろうが殺人鬼だろうが関係なかった。指 定された場所に無事に送ればそれで終わりだ。 2間前、木本からの電話で三重県の四日市まで行き、指定された場所で3人を乗せ て近江舞子の貸し別荘まで運んだ。この貸し別荘も木本が用意していたらしく手書 きの地図を渡されていた。貸し別荘で降ろして2週間後に再び舞鶴まで運ぶように 電話を受け、大急ぎで貸し別荘に着いたのは2時半を少し過ぎていた。赤阪は近江 今津で国道161号線と分かれて303号線に入った。
2月末のこの時期、たとえ四輪駆動車でも凍結に注意が必要だ。赤阪は何度も走っ ている道だが、細心の注意を払って峠を越え、上中(かみなか)というところで27 号線に合流して舞鶴を目指した。この時間の27号線は車も少なく、時たま長距離 輸送のトラックとすれ違うくらいだ。小浜を抜け、若狭本郷、若狭高浜を通って舞 鶴に着いたのは5時を回っていた。その間、後部座席に乗っている3人は一言も喋 らず、赤阪は時々ルームミラーを覗いたが外国人は目を瞑ったままで時折日本人が 耳打ちしている。赤阪は舞鶴市内に入ると何度か来た事がある高岡商店を目指した。 高岡商店に着くと店の前には1人の男が待っていた。店には何時でもシャッターが 降りていてどんな店なのか分からない。
後ろの3人が降りると待っていた男が赤阪に封筒を差し出した。赤阪は封筒を受け 取ると黙って頷き、車を出すと近江高島に向かった。車を走らせながら封筒の中を 見ると20万円入っていた。僅か3時間ほどの車の運転で20万は悪くない仕事だ。 国道沿いにある終夜営業のコンビニエンスストアで弁当を買い、国道を少し離れて 海岸線に車を止め、鉛色の海を見ながら弁当を広げた。 ここからはどんなに急いでもガソリンスタンドの営業開始の8時には到底間に合い そうにない。赤阪はアルバイトに雇っている大島という男に電話を掛け、遅くなる から店を開けておくように頼むとゆっくり弁当に手を伸ばした。
赤阪から3人を受け取った高岡純一は直ぐに隣の家に案内し、用意していた暖かい 食事を出した。高岡も昨夜遅く、というより真夜中過ぎの2時半に電話を受け3人 が到着する事を知らされていた。店のシャッターに『荒天のため臨時休業』の張り 紙を出して到着を待っていた。3人の食事が終わると寝床の用意がしてある2階に 案内した。 高岡は舞鶴市内で鮮魚店を経営しているが、この店を冬に開く事は滅多になかった。 高岡は大型漁船を5隻所有し、舞鶴の漁協に貸して生計を立てている。そのうちの 1隻だけは安藤という男に貸しているが、これが高岡の高収入を支えている。高収 入の理由は密入国者の運搬に輸出入禁制品の輸入と輸出だ。 安藤と一緒に乗り込んでいる乗組員も高収入を目当てに手伝っている漁民だ。安藤 は普通の漁船と同じように漁にも出るしカニの季節にはカニを獲りにも行く。漁の 途中で韓国の漁船や北朝鮮の漁船と接触して禁制品の受け渡しをしていた。
高岡は今年で62歳になる。元々は小さな漁船の漁師だったが45歳の年の冬、日 本海が荒れ続いて漁に出られない日が続き、借金が膨らんで漁船を手放さなければ ならなくなった時、舞鶴の金田という男に話を持ちかけられ、北朝鮮からの麻薬を 密輸入したのが始まりだった。金田は西舞鶴でレストランや飲み屋を経営する中国 人で芦屋の乾(いぬい)商店と繋がっている。乾商店は芦屋にある小さな会社だが、 後ろには神戸の華僑が絡んでいて乾商店は中継地的役割だけの商店だ。高岡は初め ての密輸の時は借金のため嫌々だったが、報酬に味をしめると密輸にのめり込んだ。 その後10年で大型漁船を持ち、漁船を持たない漁協の組合員に貸すようになり、 漁協での発言力も増して3年後に漁労長に就任していた。
その日の夕方、高岡は3人を車に乗せると舞鶴自動車道路を走り、中国縦貫自動車 道路を宝塚インターチェンジで降りて芦屋に向かった。 夜の10時過ぎに芦屋の乾商店に3人を送り届けた。乾商店の事務所で責任者であ る大里に3人を渡し、トランクから覚醒剤の入っているバッグを渡した。大里は3 人を奥の部屋に案内するとバッグの中身を確認し、金庫から分厚い茶封筒を高岡に 渡した。高岡が中身を確認すると帯の付いた札束が5束入っていた。5束のうち2 束は安藤たちに渡し、残りの3束が高岡の取り分になる。高岡は運転しながらの帰 り道、危ない橋ではあるがこの仕事を辞める気はなかった。仮に捕まってもすでに 62歳、後ろに手が回っても先は知れている。そう思いながら煙草に火を点け、中 国縦貫道路から吉川ジャンクションで舞鶴自動車道路に入り快調に走っていた。
綾部を過ぎ、西舞鶴のインターチェンジが近づいてきた所で煙草に火を点けようと 一瞬目を逸らした。次の瞬間車は左の側壁に当たり、慌ててハンドルを切った高岡 の車は弾みで対向車線に飛び出して横転した。 ブァ〜ン、大きなクラクションを鳴らしながら大型トラックが急ブレーキを踏んだ。 ガシャーン・・・鈍い音とブレーキの焦げ臭い匂いを撒き散らして、大型トラック は高岡の車を車体の下に巻き込んだまま数十メートル走った所で停車した。トラッ クの運転手が降りた途端に高岡の車が爆発して炎上した。後続の車も停車して何人 かが消火器を持ち寄って消火したが、乗用車と大型トラックの運転席は無残に焼け 落ちた。警察が来て事故処理を始めたが、トラックの運転手に落ち度はなく、乗用 車が側壁にぶつかって対向車線に飛び出し、横転して避けようがなかった事は後続 の運転手たちが証言した。
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