落日・第二章  後編




包囲網−2回



「守(まもる)、博俊(ひろとし)、行くぞ」日曜日の昼前、克己(かつみ)は2人に声
を掛けてオートバイのアクセルグリップをひねった。大阪市内から新御堂筋を走り、
吹田から中央環状線で池田、宝塚と走り、宝塚から六甲山を目指した。
神戸から表六甲ドライブウェイは有料だが、宝塚から上がる道路はタダなので何時
もこちらを走る。ジグザグの道を登ると芦有ドライブウェイの宝殿インターに着く。
そのまま六甲山上の道路を快適に走った。3人は浪速連合会のメンバーだ。
頭(かしら)やお嬢さんからは暫く大人しくしているように言われたが、何日もバイ
クに乗らないと調子が狂う。特攻服を脱ぎ、一般のライダーらしい格好で大人しく
走った。六甲山のガーデンハウスに少し遅い昼ごはんを食べに入ると、窓側のテー
ブルは満席で中央のテーブルに座った。周りを見渡すと家族連れでドライブと思わ
れる客、デート中と思われるカップルなどが楽しそうに食事やお茶を飲んでいる。

奥の方のテーブルに2人の外国人が食事をしていた。克己は何ともなしに見ていた
が何処かで見たような顔だと思った。何処で見たのか思い出せないまま出て来たカ
レーを食べ始めた。カレーを食べながら、思い出せない苛立たしさに表情が変わっ
たのか守が肘で突いて笑った。
「何をイライラしてるんや。のんびり走るのは仕方ないやろ」
「そうやないねん。奥のテーブルに座っている外人の2人連れ、何処かで見たよう
な顔やけど思い出されへんねん」克己が囁くように呟いた。守もチャーハンを食べ
ながらそれとはなしに見ていたが、急に声をひそめて克己の脇腹を突いた。
「克己、あの男や。お嬢さんが似顔絵を配ってたやろ。あの外人やで」守の言葉に
克己もじっくり観察した。確かに髭は無いが、お嬢さんが髭を落とした顔とメガネ
を掛けた顔、元々の顔の3種類の顔写真を配っていた、あの中の髭を落とした顔の
男だと思った。3人は素知らぬ振りで食事を続けた。

克己たちより先に奥の外国人が席を立った。2人が店を出たのを確認して克己たち
も店を出た。2人連れは軽自動車に乗ると駐車場を出て西に向かった。克己たちも
バイクに乗ると軽自動車の後を付けた。克己、守、博俊はそれぞれ50メートルほ
どの間隔を開けて走った。軽自動車は高山植物園の前を通り、オリエンタルホテル
の前を抜けると六甲ケーブルの山上駅から少し走った所で1軒の別荘に入った。克
己は軽自動車の直ぐ後ろを走っていたから、怪しまれないように素通りした。後ろ
から来た守が別荘の名前を確認すると博俊も確認して通り過ぎた。少し走って克己
がバイクを止めると2人も止まった。
「名前を見たか?」克己が2人に確認した。
「確か・・・フォート・ジョーンズって書いてあったみたいやけど」博俊が言うと
守も頷いた。

「どうしょう、今直ぐお嬢さんに連絡した方がいいんやろか?お前、お嬢さんの携
帯番号知ってるか?」
「俺は知らんで」守が首を振ると博俊も首を振った。
「誰も知らんのんか。困ったなぁ。頭(かしら)は知ってるやろ」克己が溝口の携帯
に掛けたが、電源を切っているのか側に居ないのか、電話には出なかった。
「しゃぁないな、帰ってから言おうか」克己が言ってバイクに跨ると守と博俊も頷
いてバイクに跨った。3人は来た道を走って宝塚に降りると、池田から吹田に出て
新御堂筋で大阪に戻った。大阪に戻って溝口に電話を掛けたが出なかった。
「頭(かしら)は何してんのやろ。こんな大事な時に」克己はイライラしながら電話
に怒鳴ったがどうにもならなかった。
「そうや、香田興業の孝二さんに言えばお嬢さんに伝わるやろ」守が言うと克己は
慌てて香田興業に電話を掛けた。
「浪速連合の克己といいます。うちの頭(かしら)は居てまへんか」電話に出た香田
興業の組員に克己が聞いた。時刻はすでに6時半を回っている。

「克己か、何や」電話口で溝口が怒鳴った。
「頭(かしら)、何度も電話しましたんやで、電源を切ってますんか」克己が言うと、
んっと言いながら会話が途切れたが直ぐに喋りだした。
「お〜っ、すまんすまん、電源が切れたままやったわ。どうしたんや」溝口が聞く
と、克己が例の外国人を見つけた事を話した。途端に溝口の声が変わった。
「何処や、何処で見かけたんや。今何処に居るんや。直ぐにここへ来れるか?」
「今は梅田です。直ぐに行きますわ」克己は電話を切ると守と博俊に目配せしてバ
イクを走らせた。3人はここまで来れば浪速連合会の走りで、一方通行を逆走して
最短距離で走り、香田興業の入っている雑居ビルに飛び込んだ。
「克己、何処や、何処で見つけたんや」3人が香田興業のドアを開けるなり溝口が
叫んだ。
「六甲です。六甲山で見かけたんですわ。退屈やったさかい、ノンビリでもいいか
ら走ろうと・・・・」

「それはどうでもいい。六甲の何処で見かけたんや」克己が言いかけると溝口が遮
って聞いた。香田興業の若い男が道路地図を持って来た。六甲山近辺のページを開
いたが、大まか過ぎて詳しい場所が示せなかった。
「靖夫、地図を買って来い。心斎橋筋に大きな本屋が有ったやろ。六甲山の地図を
買って来い」小池が靖夫に怒鳴った。靖夫は事務所を飛び出すと心斎橋筋の本屋に
走り、店員に聞いて六甲山の登山用の地図を広げた。細かく書いて有るのを確認し
てそれを買って帰った。
「ここです。この六甲ケーブルの山上駅から少し走った所の別荘です。別荘の名前
はフォート・ジョーンズって書いてありました。間違いないです」克己が興奮気味
に言うと守と博俊も一緒に頷いた。小池が瑞希の携帯に電話したが、呼び出し音が
鳴るだけで出なかった。小池は一之宮の屋敷の方に電話を掛けた。
「はい、一之宮でございます」女の声で電話に出た。

「瑞希お嬢さんは居てはりまっか。小池貞夫というもんですが」小池は電話しなが
ら自分でも焦っているのが分かった。
「暫くお待ちください」保留のメロディが流れている間小池はイライラしていた。
「兄(あん)ちゃん、こんな時間にどうしたん」瑞希が電話に出た。
「お嬢はん、見つけましたんや。例の外国人を見つけましたんや」小池は自分でも
興奮しているが分った。
「例の外国人って、アハマドか・・・アハマドが見つかったんか」電話口の瑞希も
興奮しているようだ。
「へぇ、今日の昼間、浪花連合会の3人がツーリングで六甲山に行ったそうです。
そこで見かけて後をつけて隠れている別荘まで分かりましたで。お嬢はん、六甲の
詳しい地図は有りまっか?道路地図では分かり難うおまんのや」小池の言葉に、ち
ょっとまっててや、と言って暫くメロディが流れた。小池は僅かな待ち時間が途方
もなく長く感じた。3分ほどで瑞希が電話に出た。

「兄(あん)ちゃん、用意出来たよ。六甲のどの辺なん?」
「六甲ケーブル山上駅は分かりまっか。その山上駅を左に少し行った所に有る別荘
らしいです。別荘の名前はフォート・ジョーンズっていうらしいです。3人で確認
したから間違いおまへんわ」
「六甲ケーブルから左に少し行った別荘やね。名前はフォート・ジョーンズやね。
兄(あん)ちゃん、ありがとう。見つけてくれた子に礼を言ってな」瑞希が場所と名
前を確認して電話を切った。
「お嬢はん、喜んでたで〜。ようやったな」小池が3人を褒めると3人も嬉しそう
な顔で頷いた。



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