落日・第二章  後編




春爛漫−2回



3月の終わりに一之宮家の桜も開き始め、4月最初の日曜日に花見を催した。圭爺
と芳江婆や、瑞希と浩貴、奈緒子、瑠美と優子に工藤も一緒に楽しんだ。会社から
も清水や石田、営業や設計部の数人にナターシャとアイリーンも居た。他にも取引
先の数人が来ている。これだけの大人数では料理を作るのも大変なので宝塚の料理
屋に頼んでいた。瑞希は大原工務店や太田工務店の人たちも招待したかったが、こ
れだけ会社の人間が多いと逆に気を使うんじゃないかと思って声は掛けなかった。
話では工務店のみんなは伊丹の昆陽池という所で花見をすると言っていた。瑞希は
昆陽池には高校生の時に一度だけ行った事が有る。クラスメートに誘われて白鳥を
見に行ったが、休日などは大勢の家族連れで賑わっているそうだ。瑞希は花見の時
間を聞いていたので、希ちゃんが喜ぶだろうと思って宝塚のケーキ屋に配達を頼ん
でいた。

圭爺が奈緒子が妊娠している事を話すとみんなからお祝いの言葉を掛けられ、浩貴
と奈緒子は照れくさそうに笑っている。
「お嬢様、離れの方ももう直ぐ完成ですな。さっき見せて頂きましたが結構な造り
で驚きましたよ。柱や梁も規格品やないから大変だったでしょう。玄関横の白壁は
昔ながらの竹編み左官ですか?最近は良い仕事の出来る左官が少なくなっています
からね。英(はなぶさ)さんは良い職人をお持ちですね」西宮の取引先であるサカエ
建設の社長、麻田が瑞希に話しかけた。娘の弘枝も一緒に来ていた。
「いえ、ここはうちでやっているんじゃなくて、伊丹の工務店に頼んでいるんです
よ。個人の小さな工務店だけど腕は良いらしいです。大原工務店と太田工務店でや
ってもらっています」瑞希が話すと麻田は少し考える素振りをしながら
「太田工務店は聞いた事が有りますが大原工務店は知りませんなぁ」と首を捻った。

「大原さんは太田工務店で働いていて、昨年の夏に独立しはったらしいです。太田
工務店も先代が引退して息子が継いでいるようですよ」瑞希の言葉に麻田は思い出
したように頷いた。
「太田工務店は建売や下請けは受けず注文建築がほとんどらしいですね。それだけ
自信があるんでしょう」麻田はそう言いながら離れの方に振り向いた。
「この前はありがとう」麻田の横に居る弘枝に挨拶すると弘枝も微笑みながら挨拶
を返した。
「こちらこそお嬢様と御一緒出来て楽しかったです。本日はありがとうございます。
また是非ご一緒に」弘枝がボートに乗った時の事を話した。瑞希も是非一緒に乗り
ましょうと笑った。
「お嬢様、お電話が掛かっておりますが」瑠美が声を掛けた。
「誰から?」
「希ちゃんです」瑠美が笑いながら名前を言った。瑞希は急いでリビングに入ると
受話器を取った。

「希ちゃん?どう、お花見、楽しんでる?」
「お姉ちゃん、こんにちは。はい、みんなで楽しんでいます。お姉ちゃん、ケーキ
をありがとう。さっき届きました。とても美味しいです」瑞希は希ちゃんの笑顔が
目の前に有るような気持ちになっていた。
「また遊びにおいでね。もう直ぐお父さんのお仕事も終るから、それまでにおいで
ね」
「はい、ありがとうございます。また行きます」希ちゃんが言った後大原さんが電
話に出てケーキのお礼を言った。大原さんの横で嬉しそうな顔をしている希ちゃん
の顔が浮かんだ。

          *

「野村君、小林君、ご苦労だったね。君たちのお陰でテロの脅威は消えたよ。本当
にご苦労さん」東京に戻った野村と小林は首相官邸で総理の大山、内閣調査室室長
の黒部に会っていた。
「いえ、私たちより防衛省や警察庁、各担当者が職務を全うした結果です。私ども
の意見を総理を始め各大臣に承認していただいたからです。総理も今回は苦しまれ
た事と思います。私たちの指揮権も今日でお返しいたします」野村と小林が頭を下
げ、瑞希たちのために貰っていた身分証明書を返還した。
「これはこのまま君たちに預けていても良いんだが、私が総理を辞めたらタダの紙
切れになってしまうからな。これはこちらで処分しよう」大山は笑いながら満足そ
うな顔で頷いた。
「ところで野村君、君たちは青木圭三氏とは昵懇(じっこん)の間柄だと聞いていた
が、青木氏は元気かね」大山が青木圭三の事を聞いた。
「いえ、昵懇というほどではありません。何度かお会いして面識は有りますが」野
村の言葉を聞いて大山は笑った。その笑いが意味するものを野村にも分かっていた。
「野村さん、最後の1つが残っていますね」官邸からの帰り小林が野村の顔を見た。
「すでに手は打ってある。結果次第で瑞希様たちに東京まで来てもらう事になるが」
野村が小林に笑いかけると、小林は野村の自信有りげな顔を見て頷いた。

「どうする、稲田。悪い話じゃないと思うがな。このままでは関東連合会はいずれ
分裂するのはお前も薄々感じている筈だ。伊瀬が死んでお前が関東連合会をまとめ
上げれば万事上手く行く。西との戦争を避けるためにもお前の力が必要なんだ。稲
田、腹を括れ」関東連合会副会長の稲田順二は政界の陰の黒幕と言われている倉田
重蔵と赤坂の料亭で会っていた。
稲田は150人の部下を持つ稲田組の組長で関東連合会の副会長だが、倉田の前で
はその面影も無かった。倉田がその気になれば暴力団など赤子の手を捻るより簡単
だろう。稲田には倉田の話を断る事が出来なかった。
「稲田、お前が手を下す事はない。ゴルフに誘うだけで全て上手く行く。分かった
な」倉田の一声に稲田は頷くしかなかった。

          *

「稲田、お前がゴルフに誘うとは珍しいな。最近悪い事が続いているから気晴らし
するには絶好の日和だ」伊瀬は気持ち良さそうにクラブを振った。東京でも桜が咲
き始め、上野公園では連日のように花見客が訪れ賑わっていた。
多摩市にあるゴルフ倶楽部は今日は週の中日(なかび)という事もあってコースも空
いている。メンバーは関東連合会会長の伊瀬利満、同じく関東連合会の旭真会組長
の熊田久寿夫、熊田は伊瀬のお気に入りで強硬派だ。それぞれボディガードが1人
ずつ付いている。稲田順二は幹部の藤崎を連れて来ていた。プレーをするのは3人
で、ボディガードは周辺に目を配りながらカートを引いて一緒に歩いた。午前中に
ハーフを回ってクラブハウスで昼食を食べ、休憩してから残りのハーフを回る。
午後から少し雲が出てきたがプレーに影響する事はなかった。伊瀬は思ったよりス
コアが伸びた所為か機嫌よく後半のコースに出た。コースに向かう途中で稲田が通
路を外れて嘔吐を繰り返した。組長、藤崎が慌てて駆け寄り背中を擦ったが苦しそ
うな顔をしている。

「どうした稲田、変な物でも食べたんだろう」伊瀬は笑いながら稲田を見ている。
藤崎はムッとした顔をしたがクラブハウスに戻り救急車を手配した。
「会長、せっかくですからお2人で続けてください。病院に行けば大丈夫ですので」
稲田は血色をなくした顔で伊瀬に言った。
「分かった、そうしよう。お前も体を大切にしろよ」伊瀬は戻って来た藤崎に体を
支えられながらクラブハウスに向かう稲田に声をかけた。10番をプレー中に救急
車のサイレンが聞こえた。
「稲田も長くないかも知れませんなぁ。稲田が居なくなれば関東連合会は伊瀬さん
の意のままですな」熊田が笑いながら言うと伊瀬もクラブハウスの方に目をやり笑
って頷いた。10番をパーで上がると11番のティショットはフェアウェイをキー
プし、伊瀬は益々機嫌を良くしている。

伊瀬がフェアウェイのボールを確認してカートからクラブを抜いた。熊田は横で素
振りを見ている。伊瀬がクラブを構えてそのまま倒れた。会長、熊田が声を掛けよ
うとしたが、伊瀬の体が揺らいだ瞬間熊田の意識が途切れた。2人のボディカード
も何が起きたのか考える時間は無かった。フェアウェイのコース上に4人の男が倒
れた。クラブハウスの2階から4人が倒れるのを見ていた小林が無線機に喋ると、
直ぐにヘリが飛んで来て4人を収容して飛び去った。
コースに散らばっていた6人が集合すると車に乗ってゴルフ場を出た。ゲート前に
居た男がゲートを開け、車を出すと再びゲートを閉めた。ゲートには『コース整備
の為3日間休業します』の看板が掛かっていた。



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