「のぞみの日記・冬休み」

第3回


         ☆

あれは夏休みが終わって10日くらいしてからの事です。
「啓兄ちゃん、有希ちゃん。の〜のに、子供用のアウトドアウェアのカタログに載せ
る撮影の話が有るんやけど」夜の八時過ぎくらいに尚美姉ちゃんが繭ママと来てパパ
とママに話しました。
「別にかまへんで。何時もの村瀬さんのスタジオで撮るんやろ?」パパがお茶を飲み
ながら笑って聞きました。の〜のも一緒に聞いていました。
「うぅん、今回はロコっていうメーカーで、ちゃんとしたアウトドアのメーカーと提
携して、アウトドア専用の服やから山で撮りたいらしいねん。金曜の夕方に出発して
向こうで宿泊、翌日に登って午前中に撮影してその日のうちに帰って来るねん。ロー
プウェーで登るからそんなにしんどくないと思うけど」尚美姉ちゃんがスケジュール
表みたいな物をパパとママに見せています。の〜のも覗いてみたけど、難しい漢字で
書いているからよく分かりませんでした。

「カメラマンは村瀬さんが行くんか?村瀬さんは登山の経験なんかないやろな。一緒
に行くコーディネーターやロコの社員はどうなんや。登山の経験者やろな」パパが少
し厳しい顔で言いました。
「登山の経験者は居ないけど、ハイキングなんかはしているみたいやし、ロープウェ
ーでの登り降りやから大丈夫やわ。中央アルプスの木曽駒ケ岳って子供でも簡単に登
れるらしいやん」尚美姉ちゃんがパパとママに言っての〜のを見ながら笑いました。
「アホか、山をなめるなよ。もし、ロープウェーが止まったらどうするんや。駒ケ岳
のロープウェーは何年か前に動かんなって、登山者が降りれんなった事があったやん
やで。ノロノロ動いて最後に降りてきた人は明け方やったらしいやんか。もし、ノロ
ノロでも動かんなったらどうやって降りるつもりや。お前が希を背からって歩いて降
りてくるんか」パパがあまりに大声で怒鳴ったのでみんながびっくりしました。

「今回の話は断れ。ロープウェーが止まったり悪天候になった時に対処も出来ん連中
と一緒に行かす訳にはいかんわ。木曽駒ケ岳っていったらアルプスやで。なにを気楽
に考えてるんや。9月の中旬でも悪天候になれば命に係わるんやで。そんないい加減
な話を持ってくるな。お前らしくもない」とパパは本当に怒っているようです。
の〜のはこんなに怒っているパパを見るのは初めてです。ママも繭ママもパパの言う
事に賛成で、今度の事は断った方がいいと言っています。尚美姉ちゃんがカメラマン
や社員の人選を考えるから何とか了解して欲しいと言うと、パパとママはもう一度人
選をし直してちゃんとした人選やったら考えると言いました。
パパは普段は優しくて滅多に怒らないけど山の事に関しては厳しくて、の〜のも何度
か六甲山に連れて行ってもらった時に怒られた事があります。次の週に再び尚美姉ち
ゃんが来て話をすると、天気が悪かったら絶対に登らないで撮影は中止する、という
事でパパとママはなんとか了解したようです。

          ★

「の〜の、の〜の」の〜のを呼ぶ声がして目を覚ますと典子姉ちゃんが笑っていまし
た。典子姉ちゃん・・・大声で言いそうになって慌てて口を押さえました。翔を起こ
さないようにベッドから降りて典子姉ちゃんの前に座りました。
「の〜の、もうすぐ山に撮影に行くやろ。今回はパパもママは行かんみたいやけど、
の〜のも行ったらあかんで」典子姉ちゃんはの〜のの手を握りしめると悲しそうな顔
で言いました。
「どうして?どうして行ったらあかんの?尚美姉ちゃんはロープウェーで上がるから
大丈夫って言ってたよ」の〜のは理由が分からなくて典子姉ちゃんに聞きました。
「お姉ちゃんにもよく分からんねんけど嫌な予感がするんよ。パパが一緒やったら安
心やけどの〜のだけやと心配やねん。もう二度とパパに逢えなくなりそうな気がする
んよ」典子姉ちゃんは本当に心配そうな顔をしています。

「パパに逢えなくなるってどういう事なん?の〜のが山で死んじゃうん?そんなん嫌
だよ。そんなんやったら行きたくない。今度パパに言って断ってもらうわ」の〜のは
パパに逢えなくなるかも知れないって聞いて怖くなりました。
「うん、その方がいいような気がするわ。もし、どうしても行かなあかん時はパパと
一緒に行きや。パパと一緒やったら安心やし、万一の時にはパパが助けてくれるから
な」典子姉ちゃんはの〜の手を握って優しく言いました。の〜のも典子姉ちゃんの手
を握って頷きました。

出発の1週間前に最終確認のために尚美姉ちゃんが来ました。
「パパ〜、の〜のは行きたくない。このお話断って〜」の〜のは典子姉ちゃんの言っ
た事を思い出してパパに断ってくれるように頼みました。
「どうしたんや希。この前は高い山に登れるって喜んでいたのに」パパが驚いた顔で
の〜のに言いました。
「の〜の、心配せんでも大丈夫やで。カメラマンは村瀬さんから変わったけど、山の
写真を撮りに何度も登っているベテランやし、助手も学生の頃から登山していた人や
から心配要らんで。ロコの社員も登山経験者やから安心しぃ」尚美姉ちゃんは笑いな
がら言ったけど、の〜のは典子姉ちゃんの言った、パパと逢えなくなるかも知れない
という言葉が頭から離れませんでした。

「嫌、行きたくない。絶対行きたくない」の〜のはつい大声で言うと、パパやママ、
翔もびっくりした顔をしています。おばあちゃんも驚いての〜のを見ています。
「どうしたんや希」ママがびっくりして聞きました。
「どうしても嫌〜、行きたくない。パパと・・・」の〜のは後の言葉が出て来なくて
涙が零れて来ました。の〜のの涙を見てみんなは更に驚いたようです。パパが横に座
り、肩を抱いての〜のの顔を覗きました。
「パパ〜、ママ〜、あのね、この前典子姉ちゃんが来て、行ったらあかんって言った
よ。行ったらパパと逢えなくなるようになるかも知れないって。もし、どうしても行
くんやったらパパと一緒に行きって・・・」の〜のが話すとみんなは驚いた顔をして
います。

「希、お姉ちゃんが逢いに来たんか?山に行ったらあかんって言ったんか?」ママが
驚いての〜のを見つめました。の〜のもみんなを見ながら頷きました。
「そうか、典子が行ったらあかんって言ったんか。どうしても行くんやったらパパと
一緒に行きって言ったんか。尚美、聞いた通りや。典子の事はお前も知ってるやろ。
典子が止めるくらいやから何かが起きるんかも知れん。悪いがこの話は断ってくれ」
パパはの〜のを抱きしめると尚美姉ちゃんに言いました。
「啓兄ちゃん、もうスケジュールは決まってるんよ。カメラマンもわざわざスケジュ
ールを入れてくれたし、ホテルや車の手配も済んでいるんよ。何とかならんかなぁ。
啓兄ちゃんが一緒やったら安心らしいし、何とか一緒に行かれへん?」尚美姉ちゃん
は困った顔でパパに言いました。パパは厳しい顔で尚美姉ちゃんを睨みました。

「お兄ちゃん、うちもお姉ちゃんの言った事は気になるんよ。でも、お兄ちゃんが一
緒やったら大丈夫みたいやし、撮影とはいえ希もアルプスに登るのを楽しみにしてた
から一緒に行ってやったら?何とか土曜日に休まれへん?」ママが尚美姉ちゃんの困
ったような表情を見てパパに言いました。パパはママの言う事を聞くとおばあちゃん
やの〜のを見ています。
「分かった、何とかしてみるわ。しかし尚美、もし何か有ったらお前に責任を取らす
ぞ。それと、俺が行くんやったら希は俺の車で連れて行くからな」パパが厳しい顔で
言うと、尚美姉ちゃんは頷きながら少し安堵の表情をしています。

「パパ〜、翔は行けないん?」今まで黙っていた翔がパパに言いました。
「翔、今度は我慢し。遊びと違ってお仕事やからな。その代わり、来年の夏に山のキ
ャンプに連れて行くからな」
「パパ〜、ほんま?ほんまに山のキャンプに行くん?夏休みに旅行に行った時に見た
山のキャンプ場に行くん?」翔はお盆休みに立山に行った時、室堂のエンマ台という
所から見たキャンプ場の事を言っています。
「うん、来年の夏休みにあそこのキャンプ場に連れて行くからな。だから今回は我慢
しぃや」パパが笑いながら翔を抱きしめると嬉しそうな顔で頷きました。


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