「のぞみの日記・冬休み」
第5回
「パパ〜、あそこに登るん?」すぐ近くに見える岩だらけの尖った山を指差して聞き ました。何人か登っているのが見えます。 「いや、あそこは宝剣岳っていって岩だらけの山で希には無理やで。ここからは見え んけど、あの山の向こう側やねん」パパが笑いながら反対側を指差しました。パパの 言った方を見ると直ぐ近くに山小屋があり、その向こうに少し高い山があります。 の〜の達より先に登った人達が歩いているのが見えます。休憩している時に繭ママが チョコレートをくれました。汗が引いて少しヒンヤリします。の〜のはウールのパン ツにウールのシャツ、下には山用の長袖のTシャツを着ています。これは全部ロコの 製品で、パンツは裾を合わせて3日前に尚美姉ちゃんが持って来てくれたものです。
登山靴はいつも六甲山で履いている靴でゴアテックスの靴です。ロコの靴も持って来 てくれたけど 「アホか。アルプスに登るのにサラの靴で行けるか。肉刺(まめ)が出来て歩けんなっ たらどうすんねん」とパパが尚美姉ちゃんに怒っていました。そういえばゴアテック スの靴を買ってくれた時もいきなり六甲山で履くんやなくて、サチのお散歩やおばあ ちゃんと買い物に行く時に何度か履いていました。 行きましょうか、大橋さんが声を掛けて歩き出しました。山小屋の前を通ってなだら かな道をゆっくり歩きました。岩の間を少し登ると頂上に着きました。ここは中岳と いうそうです。正面になだらかな山が見えます。
「あそこやで」パパが正面の山を指差しました。ここから少し下った所に山小屋があ りました。頂上小屋という山小屋の前を通ってゆっくり登ると頂上です。頂上には駒 ケ岳山頂という看板が有って標高2956メートルと書いてあります。 「パパ〜、凄〜い、とうとう登ったんやね」の〜のは嬉しくて看板の横に立って写真 を撮ってもらいました。繭ママとも一緒に撮り、繭ママがパパと一緒に撮ってくれま した。その間にカメラマンの助手の人が三脚をセットして、リュックから大きなカメ ラを出して用意しています。用意が出来ると、大橋さんがリュックから出したシャツ に着替えて写真を撮りました。
3回くらい着替え、シャツの他にもフリースやベスト、マウンテンパーカー、靴も履 き替えました。曇っているので助手の人が折りたたみのレフ版というもので明かりを 当てています。の〜のが写真を撮っていると何人かの人が見ていました。家族連れの 人達もいます。 「はい、希ちゃん、OKだよ」カメラマンの人がOKを出すと、大橋さんもお疲れさ んと言ってくれました。 「あの〜、すいません、ひょっとして大原希ちゃんですか?」撮影を見ていた家族連 れのお母さんが声を掛けました。の〜のが頷くと子供と一緒に写真を撮らせて欲しい と言いました。の〜のと同じくらいの女の子が笑っていました。の〜のが頷くと女の 子は嬉しそうに横に並び、お母さんがカメラを構えました。
「ありがとうございます。私もキャットハウスを愛用しているんですよ」女の子は小 さな声で嬉しそうに言いました。の〜のもキャットハウスの服が大好きなのでありが とうと言うと、女の子は嬉しそうに笑いました。 その間にパパはストーブでお湯を沸かしていました。最初のシャツに着替えると大橋 さんが他の物をリュックに仕舞っています。カメラマンの人が持っているカメラは大 きなカメラで、パパの持っている大きなカメラより大きそうです。パパと話している のを聞いていたけど、ロクロク版とかロクキュウ版とか言っていたけどさっぱり分か りませんでした。パパがお湯を沸かして熱いお茶を作り、少し早いけどおにぎりを食 べました。時計を見ると9時を少し過ぎていました。
少し風が出てきたのでパパに言われてカッパの上着を着ました。ウィンドブレーカー の代わりです。少し休憩してから歩き始めました。もう帰るだけです。中岳の近くま で来ると遠くでカミナリの音がゴロゴロと聞こえます。パパとカメラマン、大橋さん が顔を見合わせています。中岳の岩場を越えたところで全員がカッパを着てリュック にカバーを掛けました。カミナリの音が更に大きくなって近づいて来ました。カミナ リの音に合わせて雨も降り出しました。まだ小雨だったけど風が吹いているので横か ら降っている感じです。山小屋の近くまで戻って来ると雨と風が激しくなり、カミナ リの音も激しくなったので山小屋に避難しました。この山小屋は宝剣山荘と看板が掛 かっていました。の〜の達以外にも大勢の人が山小屋に入ってきました。
カミナリの音は更に大きくなり、バリバリバリ〜ンと何処かに落ちたような音がしま した。の〜のはあまりの音の大きさにびっくりして耳を塞ぎました。2度、3度、カ ミナリが落ちたような音がすると静かになりました。みんなは小屋の外に出て様子を 見ています。の〜のも外に出てみると、雨は止んでいたけどまだ曇っていて降りそう な雲です。宝剣岳の方を見ると、何人かの人がカッパを着て歩いているのが見えまし た。小屋に避難していた人達もカッパを着て出て行きました。の〜の達も早く降りよ うと小屋を出て乗越し浄土まで行くと大勢の人が降りています。
登って来た時は千畳敷ホテルが見えていたけど今は雲に隠れて見えません。の〜のは 自分が雲より高い所に居る事に気がついてびっくりしました。 「パパ〜、の〜のは雲より高い所に居るん?」の〜のが驚いていると繭ママが笑って います。 「そうやで、アルプスに登ったら何時もこんなんやで。でも、こんな時間に天気が崩 れるとはねぇ」繭ママも雨やカミナリに驚いていました。の〜の達が降りようとした 時、山小屋の方から大声で叫びながら誰か来ました。周りに居た大勢の人が話を聞い て驚いています。の〜のにはよく聞こえなかったけど、さっきの落雷でロープウェー が止まっているようです。動くようになるまでどれくらい時間が掛かるか今の段階で は分からないそうです。ロープウェーが動かないと帰れません。
の〜のは典子姉ちゃんの何かが起こりそうな気がするって言った言葉を思い出し、不 安になってパパの手を握りました。繭ママも不安そうな顔をしています。パパは心配 せんでもいいからと優しく言いました。パパが少し離れて携帯電話で話しを始めまし た。パパの表情が険しくなっているのが分かります。 「一旦小屋に戻りましょうか」パパがみんなに言って宝剣山荘に戻りました。小屋に はまだ大勢の人が居ます。
「落雷は変電所とロープウェーの鉄塔に落ちたらしいねん。変電所の方は直ぐに回復 するとして、鉄塔の方が大変らしいわ。ワイヤーが弛んでいるらしいし、滑車が欠け て外れているらしいわ。滑車が欠けたとなると簡単には直らんやろ。新しい滑車を取 り寄せて鉄塔に登って取替え、ワイヤーを張るのにどれくらい掛かるか見当もつかん けど、下手したら2、3日足止めやで。あとは自分の足で歩いて降りるかやな」パパ がみんなに言いながら心配そうな顔での〜のを見ています。ロコの大橋さんが山小屋 の人と何か話をしています。小屋の人が来て地図を見ながら説明を始めました。他の 人も側に来て話を聞いています。
「さっき電話があって修理にどれくらい掛かるか分からんそうです。歩いて降りる事 は可能です。最短距離は千畳敷カールからスキー場を降りるコースですが、ベテラン 向きの難路だから子供連れでは無理でしょう。前山から下るコースも子供さんには辛 いかも知れませんね。少し時間は掛かるけど、岩清水からこのコースを降りて黒川渓 谷沿いの方が歩きやすいでしょう。宮田高原の手前から車は入れないけど車道になり ますから。もしかしたら場合が場合ですから、宮田高原まで車が来るかもしれません ね。時間的に4時間半から5時間くらいですかね」山小屋の人の話を聞いて小屋を出 る人もいました。パパはカメラマンの人や大橋さん、繭ママと相談して歩いて降りる 事にしたようです。
「希、ロープウェーが動かんようになったから歩いて降りなあかんねん。少し時間が 掛かるけどゆっくり歩くからな。何が有ってもパパが一緒やから心配せんでいいから な」パパの言う事を聞きながら、歩いて下まで降りれるのか不安だったけど、パパや 繭ママが一緒なので少しは安心です。リュックの荷物を整理するとパパが尚美姉ちゃ んに電話で話をして歩き始めました。小屋の少し先の方から下に降りて行くとさっき の雨で濡れていて滑りそうです。パパと手を繋いで慎重に歩きました。岩の所はあま り滑らなくて歩きやすいです。少しずつ下って行ったけどそれほど急な下りはなく、 途中の分かれ道の所ではパパとカメラマンの人が地図を確認しています。
「の〜の、大丈夫か?ゆっくりでいいからな」繭ママが声を掛けてくれました。大橋 さんやカメラマンの人、助手の人も励ましてくれました。の〜のはパパと一緒に行っ た六甲山の天狗道や黒岩尾根の方がもっと急な下りだったような気がして、思ったよ りもいいペースで歩けたと思いました。ただ、途中から小雨が絶え間なく降り続いた のは辛かったです。途中で休憩しながら2時間くらい歩くと、右側の登山道から何人 かの人が降りてきました。ここから右手に川を見ながら下りました。更に30分くら い歩いたところから少し足が痛くなってきました。それでもパパや繭ママに心配をか けたくないので我慢して歩きました。 「希ちゃん、足が痛いんやないか」後ろから大橋さんが言いました。の〜のは大丈夫 だよ、と言ったけどどんどん痛くなってきました。パパがの〜のの歩き方を見ていま した。
戻る | 6回へ |
|
|