「のぞみの日記・冬休み」

第6回



「ちょっと休憩しようか」少し広くなっている所でパパがみんなに言いました。でも
小雨は降り続いています。時計を見ると2時半になっていました。パパがリュックか
らツェルトというものを出すとカメラマンの助手の人もツェルトを出しています。細
い紐を木に縛ってツェルトを2つ繋げて張りました。ツェルトというのは万一の時に
使う簡易テントみたいなものです。ツェルトの裾を広げて入ると、パパがストーブを
出してお湯を沸かしています。
「希ちゃん、寒くないか?寒かったらこれを着ぃ」大橋さんがリュックからフリース
を出してくれました。の〜のは少し寒く感じていたのでカッパの内側にフリースを着
ました。パパが沸いたお湯でインスタントのスープを作ってみんなに配っています。

「希、これを食べ」パパがバナナとカロリーメイトを出しました。他のみんなもカロ
リーメイトや乾パンなどをスープを飲みながら食べています。の〜のはバナナを食べ
ながらパパを見ていました。パパはカメラマンの人と地図を見ながら話しています。
六甲山や大阪の金剛山、葛城山などに行く時でも、パパはいつも非常食と言っていろ
んな食べ物をリュックに入れています。六甲山は上に登ったらレストランや売店など
お店がいっぱい有るのに、なんで持って行くんだろうって思っていたけど、今日初め
て非常食の意味を知りました。大橋さんも話してくれたけど、こういう事は普段から
癖になるくらいにしていないと、いざという時に忘れたりするんやでって笑っていま
した。の〜のはバナナを食べるとチョコレートも少し食べました。熱いスープを飲む
と体が温まってきました。

          *

その頃お家の方は大変だったそうです。おばあちゃんがお昼の用意をしていると、テ
レビのニュースで
「今日、中央アルプスの木曽駒ケ岳のロープウェーと変電所に落雷があり、電気が止
まってロープウェーの滑車も破損した模様です。地元ではロープウェーの復旧に全力
をあげていますが、今のところ復旧のメドは立っていなそうです。なお、落雷があっ
たのは10時頃で、すでに800人近い人が入山している模様ですが、どうして下山
させるか話し合いが行われているようです」と言って山の方に向かってカメラの映像
が映っています。おばあちゃんはびっくりしてお店に入るとママに言いました。ママ
がお店のテレビを点けると同じ内容のニュースが繰り返して流れていました。

ニュースを見て香織姉ちゃん、奈央姉ちゃんもびっくりしたようです。直ぐに繭パパ
も繭子、菜々美と一緒に来ました。ニュースが終わってもママは放心状態だったそう
です。おばあちゃんに言われて直ぐにロコの企画部に電話をしたけど、こちらでは状
況が掴めないので社員を現地に向かわせていると言っていました。
「有希、お兄さんと智姉ちゃんが一緒に行ってるんやから心配いらんわ。お兄さんや
ったらの〜のを担いででも降りてくるわ」奈央姉ちゃんが励ますように言うと頷きな
がら、それでも心配そうな顔をしていたそうです。

お昼前に尚美姉ちゃんから電話が掛かってきて、歩いて下山するらしいという話を聞
くとの〜のの体力を心配したようです。六甲山や大阪の金剛山辺りだと1時間半から
2時間くらいで降りられるけど、中央アルプスの3000メートルクラスの山だと、
どんなに短くても5、6時間は掛かるだろうと思ったそうです。
「の〜のだけで行ったら二度とパパと逢えなくなるような気がするんよ」ママはの〜
のが言った典子姉ちゃんの言葉を思い出し、今度の事は辞めさせればよかったと後悔
したそうです。典子姉ちゃんには今までの〜のやパパが何度も助けられているのに、
ロープウェーで登るから大丈夫、と安易に考えた事をすごく後悔したようです。

お昼になってご飯に戻ってもテレビにかじり付いてご飯を食べなかったそうです。繭
パパと繭子、菜々美と翔も心配そうにニュースを見ていたそうです。真弓姉ちゃんや
弘美姉ちゃん、藤岡サロンのお姉ちゃん達から心配して電話があったそうです。京都
の由香里姉ちゃんは心配してお店に来たそうです。でも、まだ詳しい事は分からない
からって言ったそうです。お昼からお店のテレビを点けっぱなしにして、ニュースの
時間になるとカットの手を止めてニュースを見ていたようです。お客さんも心配して
一緒にテレビを見ていたと言っていました。3時前に手が空いてくるとお家の方から
尚美姉ちゃんに電話をして様子を聞きました。

尚美姉ちゃんの話では、ロープウェーの復旧には2、3日掛かるそうで、歩いて降り
て来る人のために各登山口に送迎用の車を配備すると言っていたそうです。何か分か
ったら直ぐに連絡するからと言いました。ママは大人ならともかく、小学3年生のの
〜のの事が心配でたまらなかったようです。でも、お兄ちゃんが一緒やから、お兄ち
ゃんならどんな事があっても希を連れて帰って来ると信じていたようです。枚方の桂
子おばちゃんは3時前に来ておばあちゃんや翔と一緒にテレビのニュースを見ていた
と言っていました。夕方の4時になっても5時になっても連絡が来なくて、不安がど
んどん大きくなっていったようです。5時過ぎに深雪姉ちゃんも来たそうです。久保
田のお兄ちゃんや広岡のおじちゃん達も心配して来てくれたと言っていました。

          *

「希、ここからは背負って行くからな。智、悪いが俺のザックを持ってくれよ」パパ
が繭ママのデイパックの中身をパパのリュックに入れ、の〜ののデイパックを丸めて
パパのリュックに入れました。繭ママのデイパックは丸めて助手の人のリュックに括
りつけました。谷筋の登山道で周りは山に囲まれ、小雨が降っているから薄暗くなっ
ていました。みんなはヘッドランプを出して頭に付け、何時でも点けられるように用
意しています。ツェルトを畳んでリュックに入れると歩き出しました。3時半を少し
過ぎていました。

の〜のはパパに背負われています。途中、少し急な所では背中から降りてゆっくり歩
きました。
「希、寒くないか?」パパが歩きながら声を掛けました。の〜のは本当は自分の足で
歩きたいけど、最初の降り口の所で少し緊張して足に力を入れ過ぎたのが悪かったみ
たいです。パパの背中で頷きながら、何だか自分が情けなくて涙が出てきました。こ
の辺りから暗くなってきたのでみんながヘッドランプを点けました。
「大丈夫ですか?お嬢ちゃん、もう少しだからね、頑張るんだよ」後ろから来た人が
追い越す時に声を掛けてくれました。時々休憩しながら1時間くらい歩くと少し広い
道路に出ました。車が通れるくらいの広さの道路です。

いつの間にか雨は止んでいたけど、の〜のはカッパを着たままでパパの大きな背中に
しがみついていました。更に30分くらい歩くと大勢の人がいて車がライトを点けて
何台も止まっていました。ロープウェーの会社の人が歩いて降りて来る人のために送
迎用の車を手配していたそうです。パパの背中から降りると、無事に降りて来れた事
が嬉しくて涙が零れてきました。
「希ちゃん、よく頑張ったね。偉かったよ」カメラマンの人や助手の人、大橋さんに
褒められると嬉しくなってパパの手を握りしめたまま涙が止まりませんでした。菅の
台の駐車場方面に行く人、駒ヶ根の駅の方に行く人と別々に車がありました。

の〜の達は菅の台の駐車場方面のマイクロバスに乗ると大勢の人が乗っていました。
そこから30分くらい走って、朝、バスに乗った菅の台の駐車場に着くと、尚美姉ち
ゃんとロコの企画部の人が2人待っていました。ニュースを見て直ぐに車を飛ばして
来たと言っていました。他にも新聞社やテレビ局の人が居て何人かが話を聞かれてい
ます。
「の〜の、ごめんな〜。怖かったやろ〜、ほんまにごめんな〜」尚美姉ちゃんは泣き
ながらの〜のを抱きしめました。
「啓兄ちゃん、智ちゃん、ほんまにごめん。まさかこんな事になるなんて。啓兄ちゃ
んの言う事を聞いて登山の経験者にしてよかったわ。最初のままのスタッフやったら
とんでもない事になるとこやったわ。大橋さん、高村さん、すいませんでした」尚美
姉ちゃんはみんなに謝っています。

「太田さん、謝らなければならないのはこちらの方です。まさかこんな事になるなん
て予想もしていませんでした。大原さんに、アルプスに登るのに山の経験者が居ない
ってどういう事やって言われて、その時はそれほど深刻には考えんやったけど、山で
は何が起きるか分からないから万全の準備をっていう事を改めて知らされました。軽
く考えていたこちらこそ謝らなければなりません。大原さん、高村さん、申し訳あり
ませんでした」と大橋さんも頭を下げて謝りました。

「いやいや、みんなが無事に降りて来れてよかったですよ。希ちゃんの荷物と妹さん
の荷物を最小限に抑えられたって事は、万一の場合は希ちゃんを背負って降りるつも
りだったんですね。最悪の場合、田辺に大原さんのザックを背負わせるつもりだった
んですけどね。彼は学生の頃から登山をやっていて40キロくらいの荷物なら担ぎま
すから」カメラマンの人はみんなに言いながら助手の人を見ています。
「啓兄ちゃん、風呂には入れるようにしているから。とりあえずホテルに戻ろうか」
尚美姉ちゃんが言ってみんながホテルへ戻ると、新聞社の人やテレビ局の人が大勢居
ました。

ホテルの手前でパパが携帯電話でお家に掛けました。少し話しての〜のに電話を渡し
ました。
「希、無事やったんか?怪我はしてないんか?」電話からママの声が聞こえてきまし
た。の〜のは嬉しくてつい声が大きくなりました。
「うん、大丈夫だよ。途中で足が痛くなったけど、パパがずっと背負ってくれたから
大丈夫だよ」の〜のが嬉しそうに言うとママが泣いているのが分かりました。おばあ
ちゃんや香織姉ちゃん、奈央姉ちゃん、繭子や翔も電話で喜んでくれました。車から
着替えを出してお風呂に入りました。パパと一緒に入りたかったけど繭ママと一緒に
入りました。

「の〜の、今日は頑張ったな。こんなに長い時間と距離を歩いたのは初めてやから途
中で足が痛くなったけど、一度経験すると次からはペースが掴めるからな。だけど典
ちゃんの話を聞いた時は驚いたけど、典ちゃんの言った事を信じてパパと一緒で良か
ったな。他の人やったらの〜のを背負ってよう降りて来んで」繭ママの言う事を聞き
ながら、パパに逢えなくなるかも知れないと言った典子姉ちゃんの言葉を思い出し、
典子姉ちゃんの言ったようにパパと一緒で良かったと思いました。また典子姉ちゃん
に助けてもらったと思いました。風呂から出て来るとパパ達はロビーに居ました。パ
パはジーパンとシャツに着替えています。の〜のもジーパンとシャツに着替えまし
た。パパ達はいろんな人から話を聞かれています。

パパ達以外にも歩いて降りてきた人が話を聞かれています。の〜のがパパの側に行く
とビデオカメラが回ってストロボが光りました。さっきバスを降りた時に写真を撮っ
ていた人もいました。
「お嬢ちゃん、怖くなかった?」暫くするとの〜のが聞かれました。
「パパが一緒やったから怖くなかったよ。それに、カメラマンの人や助手の人、大橋
さんも登山のベテランやったから安心していました。でも、途中で足が痛くなった時
は困ったけど、パパが背負ってくれてすごく安心しました」の〜のが嬉しそうに話す
と、カメラマンの人や大橋さんも嬉しそうな顔をしていました。

「そろそろ帰ろうか」パパが言って時計を見ると7時を少し過ぎていました。
「啓兄ちゃん、なんやったらもう1泊したらどう?何処か部屋を探してみるけど」尚
美姉ちゃんが言うとパパ首を振りました。
「いや、みんな心配してるやろうから帰るわ。今7時過ぎやから10時半には帰れる
やろ。途中でご飯を食べたら11時くらいやな」パパが言うとカメラマンの人達も帰
ると言いました。ホテルの人やロープウェーの会社の人達、新聞社やテレビ局の人達
に見送られてパパが車をスタートさせました。カメラマンの人と助手の人、ロコの大
橋さんはロコの車で帰ります。尚美姉ちゃんは来る時はロコの車で来たけど、帰りは
の〜の達と一緒です。

帰りはの〜のがパパの横に座り、尚美姉ちゃんと繭ママが後ろに座りました。高速道
路に入って直ぐに今から帰るからと繭ママが電話を掛けました。途中のサービスエリ
アでご飯を食べ、名神高速道路の吹田ジャンクションまでロコの車と並んで走りまし
た。ジャンクションの手前でクラクションを鳴らして合図をすると、ロコの車もクラ
クションを鳴らして合図をして別れました。お家に着いたのは11時を少し過ぎてい
ました。お家に着くとママと翔が真っ先に飛び出してきました。おばあちゃんや繭パ
パ、繭子、菜々美も一緒にいます。

桂子おばちゃん、京都の由香里姉ちゃんもいました。
「希、無事やったんか、何処も怪我はないんか?」ママがの〜のを抱きしめると、お
ばあちゃんや由香里姉ちゃん、繭子や翔も大丈夫か?と心配してくれました。明日は
日曜日なのでお茶を飲みながら山のお話をしました。おばあちゃんは話を聞きながら
の〜のの痛かった足を優しく揉んでくれました。
「パパ〜、今日はパパと一緒に寝たい」の〜のがパパに言うと、翔はママと寝る〜と
言いました。パパとママが笑うとみんなも笑いました。


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