外伝



 突然場面が切り替わり、鼠色のスーツ姿をしたキャスター、高橋京希がにこりともせずに今これを読んでいるあなたに向かって、喋りだした。
「写生文の途中ですが、ここで臨時ニュースの時間です。今日未明、自称文士・高橋京希氏の書いた『吾輩は猫である』部門の小説『風する猫は相及ばざる』中に登場する劇中作品『吾輩はタチである』内に描かれていた実験が読者の想像と化学反応を起こし、現実の世界で実際にその現象が具現化するという世にも信じられない事件が起きました」
 更に画面は切り替わり、VTRが再生される。


吾輩猫の写生文コーナー・外伝

『吾輩はタチである』現代に現る


「うわー、本当だ。猫耳だ。猫耳がついてる」
「本物だー、嗚呼。彼女は現代のラムちゃんだ」
 人だかりが出来ているけど、その人だかりはなんだか変。全員男子、眼鏡、長髪、小太り、リュックサック、シャツはジーパンにしまうスタイル、のいずれか或いはそれ総てが見受けられる姿をしていた。
「やっぱりこういう現象あるのですね。ヒエロニムス的であります」
「あ、原作どおり、尻尾が生えている!」
 人だかりの中心に居たのは3人組で、女子2人に男子1人。女子二人は19、20歳ぐらいだろうか。見た目もタイプもまったく異なるが、どちらも魅力的である。反面、20代半ばぐらいと思える青年は周囲を取り囲んでいる青年たちと同様の匂いを感じる。冴えない感じだった。
「一体これ、どういう事?」
「わ、わかりません。しかし、実験は成功したようです。ここはもしや異次元なのでは?」
「この馬鹿巨根! 異次元に来ちゃってどこが成功にゃんだにゃ!」
 胸の大きな女の子が発する「にゃ」という小倉優子も真っ青なヘンテコ語尾に周囲の股間まで引きこもった男子たちがどよめく。女の子は動じず青年をヘッドロックしていた。
「ね、ねえ凛子。これ、ちょっと変だよ。私たちなんか、見られてない?」
「ん? そー、言われてみればそうにゃ。有名人になったようにゃ気分?」
「何のん気な事言ってるのよ。多分私たち、いきなりこんな場所に現れたから目立っちゃってるんだわ。とにかくどこかに逃げましょう」
「逃げる? ふにゃん! なんであたしたちがそんにゃ事しないといけないにゃー!」
「り、凛子さん。おかしいですよ、この人たち、僕たちのこと知ってるみたいです。原作通りってどういう意味でしょうか」
「そういうの考えるのはあんたの役目でしょうにゃ! ちょっとそこの眼鏡してる割りに馬鹿そうな人たち! 説明しなさい!!」
 凛子のそんな尊大な態度にも「原作どおりだ」「原作どおり」とまるで天孫降臨した神を崇め奉るようにしてヲタクたちは理由を説明した。
「そ、そんな」
「馬鹿な……」
「意味わかんにゃい」
「だからぁ、私たち、どうもこの世界では空想の産物らしいのよ」
「それってユニコーンとか、フェニックスと一緒にゃ?」
「うん」
「あー、そんな事になるなんて! やはり私は天才だっ!!」
「あんたにょ実験が失敗したからこんにゃ事ににゃってるんでしょ!!」
 と、言い争いをしているうちにヲタクたちの鼻息が荒くなっていく。
「確か凛子ちゃんは股旅を嗅がせると誰にも見境無くやってくれるんだよ……」
「小春たんは耳が性感帯なんだ……」
 じわり、じわりと眼鏡たちが近づいてくる。
「現実の人たちじゃないんだし、何したって捕まらないだろぅ」
「ね、ねぇ。私たち、一体どんな風に伝わってるわけ?」
「にゃんでそんなプライベートな事知ってるんにゃ、こいつら。きもいにゃー」
「ふむふむ。あー、これが僕たちの出てくる本か。うわ、懐かしいなぁ。あはは。こんな事もあったあった」
「何読んでるの飯倉さん」
「そこの人から借りたんです。これが僕らの出てくる本らしい。どうやら僕たちは官能小説の登場人物らしいですよ」
「あー、にゃっとく」
「じゃ、この人たち……」
 見回すと、全員目付きがヤバイ。あと、なんかちょっと変な匂いがする。
「もしかして私たち……襲われちゃう?」
「いにゃぁーん」
「飯倉さん、なんとかしてよ、男でしょ!」
「男でしょ、たって。僕はそういうのはからっきしで……。ね、ねえ皆さん。冷静に話し合いましょうよ」
「あー、そんにゃの聞く耳持ってるわけにゃぁでしょ!」
 あわや男たちは凛子と小春を乱暴に掴み、服を脱がそうとする。全員童貞なので前戯のやり方なんて知らないぞ。
 人だかりが増えていき、周囲には報道陣と思われるスタッフやカメラマンが居る。レポーターが、
「襲われている気分はどうですか?」
 なんてマイクを差し向けてくる。
「どこの放送局にゃ、こんなの放送していいにゃ!?」
「人でないあんたたちが何をされても問題じゃない。それに、TVの報道とは人の観たいものを魅せて視聴率を稼ぐんだ。人の姿をした人でない君たちなら性器を丸写しにしても何しても問題ではない。こりゃ視聴率が稼げるぜ。ひっとひっとひっと」
 プロデューサーが下品に笑う。
「人が嫌がる姿を見せて笑うあんたらの方がよっぽど人間じゃにゃいにゃぁああ!!」
「いやぁー! 凛子、助けてぇ!」
「あー、くわばらくわばら。女の登場人物じゃなくて良かったです」
 ほっと飯倉が胸をなでおろしたのも束の間。
「ぼ、僕、エロ小説に出てくる男に目が無いんです」
「ひっ、ひえええ!! 助けてぇ! 凛子さぁああん!!」
「むにゃああああああ!!!!!」
 凛子は叫び、猫と融合したDNAを覚醒させる。その筋力は並みの人間の比ではない。次々とヲタク青年をぶん投げ、放り投げて行く。
「今よ。逃げるにゃ」
 凛子は小春と飯倉を抱えて跳躍した。ビルの屋上まで飛び上がり、また飛び移り、はるか彼方へと消えて行く。
 画面はまた変わり、キャスターの高橋京希。
「いやぁ、もう少しで大手を振ってエロ画像をTVで流せたんですけどね。惜しい事でした。では今の放送にメールで意見をいただいているので読んでみましょう。ええっと……『即出会い生ハメ可能!』。あ。これじゃなかった。さきほどのニュース映像は酷かったと思います。と、こういう意見読んでおけば公平になるからね。どんなの放送しても構わないんだよ。へらへら」
「へらへらしてんじゃにゃぁあああ!!!!」
 ドロップ・キックが高橋京希の顔面にクリーン・ヒット。回転して着地した凛子が吼える。
「あんたがこんにゃ小説書いたせいで酷い事ににゃっちゃったじゃにゃいの!」
「うわぁあ。ごめんなさい、こんな小説書いて! つまりその、エロス表現の光と影についてやメディア及びマスコミ批判をやりたかった訳で」
「こんにゃの書いてる時点で、あんたも同罪!!」
「ぼ、僕に夏目漱石みたいな小説書けるかな? ろくでなしの僕に」
「不可能!!」
「つーか、これ、作者が同じって思ってもらえるかな?」
「不可能!!」
「あー、もう完璧な脱構築」
「外伝どころか小説の枠組みからも外れ始めたにゃ」
「ぼ、僕はどうしたら」
「罰としてみんなの前でオナニーしなさい!!」
「えええ!? そんなんできるかぁ!」
「あんたさっき私たちに酷い事させようとしたじゃにゃい!」
 飯倉ががっちりと高橋京希を抱え、小春が彼のねずみ色したズボンを下ろす。凛子がかわいらしい文士の筆に手をかけ上下に擦り始めた。やがて文士は普通に果てて、修正液を発射する。
 これが本当の射精文、なんちって。

  おわり