運命
一日。
いや、日にちと言う概念は初めから存在しないのかもしれない。
空の彼方に在り続け、そして、輝き続ける月の光に覆われた大陸『ラキ』。
その大陸に存在する多くの街の一つ『パルメラ』。
少女がたどり着いた町は、そのパルメラだった。
人口12万人の、ラキの大陸では中程度の大きさを誇る町だ。
商売は栄え人々の交流も盛んな町、と言うのは昔の話。
今は大陸『ガラ』から来た男、『フランク』がこの町の全てを牛耳っていた。
ラキとガラの大陸の人間が和解して後、人々が別の大陸に移民する話は珍しく無い。
フランクもその一人だったが、腕っ節の強さを頼りに町のごろつきを従え、ついには町中を制圧してしまった。
重い税に人々は苦しめられ、逃げ出そうとする者は後を絶たない。
しかし、見つかったときには容赦ない仕打ちが待っており、もはや涙を流す事さえ出来なくなっていた。
もはや、この町で生きる住民は待つしかなかった。
誰かが救いの手を差し伸べてくれるのを。
伝説の女神『マリアヴェール』の再来を・・・。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
タッタッタッタッ・・・。
町から離れた一本道。
普段からあまり人の通らないその道を、自分の体を覆い隠すほどの荷物を持った少年が、忙しそうに走っていた。
この少年の名前は『アルベルト』。
町の支配者フランクの屋敷で働いている雑用係だった。
だが本来、彼は雑用係などをする立場にある人間ではない。
いや、無かったと言うのが正しいだろうか?
アルベルトの父『フリック』とフランクは兄弟の間柄であった。
二人は共にガラの出生で、幼い頃からラキに対して興味を持っていた。
フリックが25歳、フランクが22歳になった時、念願叶いラキに移住する事ができたのだ。
それだけでは満足せず、二人はラキの大陸中を旅して回る事にする。
旅の最中、フリックは一人の女性と恋に落ち、子供を授かった。
その子供がこのアルベルトである。
だが、彼が1歳になった所で兄弟は再び旅に出てしまう。
再び旅に出た兄弟はその旅の中で奇跡に出会う。
吹雪に耐えられずに避難した洞窟で、驚くほど大量の結晶ラキティスの生成地に足を踏み入れたのだ。
それを見た時、仲のよかった兄弟に亀裂が生じてしまった。
「お金も無く、苦しい生活をしている人達にこれを売って助けをしよう。」と、フリックは言った。
それに対して「そんな馬鹿げた事をする必要は無い。これを売った金で一生豪華に暮らそう。」そうフランクは主張した。
激しい口論の末、勢い余ってフランクはフリックを殺してしまった。
フランクはその瞬間ひどく後悔したが、この宝の山を独り占めできる事を考えるとそんな後悔など無いに等しいものだった。
早速大金を手に入れたフランクはその財力と本来持ち合わせていた武力とでパルメラの町を牛耳るようになったのである。
偽りの死の報告を聞かされたアルベルトの母は、そのショックから病気がちになり、アルベルトが10歳の時に病死してしまった。
子供を授かる事ができず、更にフリックと兄弟の間柄にあったフランクはアルベルトを義理の息子として引き取ったものの
そのあまりにも愚図で役立たずな姿を見るや、全く相手にしなくなった。
かろうじて豪邸に住める事になったアルベルトは、それからというもの召し使いの様に働いているのである。
今日もいつもの様に、義理の父フランクの為に買い物に出かけて来ていたその帰り道。
誰が見てもその手に持っている荷物の量が尋常ではない。
ガラの人間としては異常なほど小さい(と言っても180センチ近くあるのだが)体には、その荷物の量は多すぎた。
全く前を見れない状態で横の景色を見ながら走り続けていたアルベルトだったが、
不意に何かにぶつかってその荷物を地面にばら撒いてしまった。
衝撃ですっ転んだアルベルトは、ぶつかった物が人だと分かると、すぐに深々と頭を下げて誤った。
「す、すみません。慌てるあまりこの道を人が歩いているとは気が付きませんでした!!」
そう言って顔を上げたアルベルトは、相手の方に恐る恐る目を向けた。
その瞬間、アルベルトは凍りついたように体が動かなくなった。
ぶつかった相手はアルベルトと同い年ぐらいの女性だった。
アルベルトとぶつかった衝撃で、彼女もまた地面に倒れこんでいた。
だが、彼女の持つ雰囲気はとても自分と同じぐらいの年齢だとは思えなかった。
金色の髪、雪のように白い肌、十字架の耳飾り、腰につけた細い剣、何よりも氷のように冷たい輝きを放つ瞳。
その瞳と視線が合った瞬間、体が射すくめられる。
ゆっくりと立ち上がったその女性はアルベルトに返答した。
「すまない、私も少し考え事をしていて気が付かなかった。」
その言葉を聞いてアルベルトは少しほっとした。
もし腰の剣で切りかかられたら、逃げる事も、おそらく動く事もできなかっただろう。
そう思うと体がすっと楽になっていく。
そんなアルベルトの状態を知ってか知らずか、落ちていた荷物を拾い出した。
「急いでいたようだけど、のんびり座っていていいのか?」
それを聞いて慌ててアルベルトも荷物を拾い出した。
全てを拾い、元通り前の見えない姿になってからアルベルトは再び話しかけた。
「僕からぶつかったのに、荷物拾ってもらってありがとうございました。おわびに何か差し上げたいのですが・・・。」
「そんなに気にする事じゃない。ぶつかったのはお互い様だから。」
「本当にすみませんでした。あっ、そうだ! もしよかったら僕がお世話になっている屋敷に来てください。
この道をまっすぐ行って町とは反対側にある屋敷です。と言っても僕には紅茶ぐらいしか出せませんが・・・。」
「・・・時間があれば寄らせてもらう。」
「はいっ! 門番の人にアルベルトと言ってもらえれば分かってもらえると思います。
あっ、アルベルトは僕の名前なんです。」
そこまで言うとアルベルトは言葉を詰まらせた。
そしてほんの数秒の沈黙の後、不思議そうに尋ねた。
「あなたは僕の事を変だと思わないんですか?」
「変? どこかおかしい所でもあるの?」
「どこって・・・僕はガラの人間なのに、こんなに背が低いんですよ? 変じゃないですか。
初めて僕を見る人は、必ず不思議そうな目で見るんですけど・・・。」
アルベルトは顔を横にしたままうつむいた。
女性はそれを聞いて初めて笑みを浮かべ、真剣な眼差しで答えた。
「身長が低い事だけで変だとは思わないけど。少しぐらい他人と違う所があっただけでそれが変だと言うの?
私からすればあなたの方が身長は高い。むしろガラの人間の高すぎる身長の方が私にとっては不思議だけど。」
その言葉を聞いてアルベルトは驚いた表情を見せた。
少女は更に話を続ける。
「同じ人間に生まれたのに、変だなんて言うはずは無い。たとえそれがラキとガラの人間であっても。
自分で気にすれば気にするほど、他人は面白がってからかうから・・・。」
そこまで言うと女性は少しうつむき、寂しそうな表情を浮かべた。
アルベルトはその表情の意味を理解できなかったが、彼自身は笑顔で答えた。
「そんな事を言ってもらえたのは生まれて初めてです。
・・・そうですね、自分の事を自分で変だなんて思っていたら、周りの人だってそう思いますよね。」
その嬉しそうな表情が少し困ったようになると、アルベルトは少し遠慮しがちに訪ねた。
「あの・・・名前を教えてもらってもいいですか?」
その声は聞き取れないくらい小さなものだった。
少しの間をおいて女性は答えた。
「私の名前は・・・アリア・・・。」
言葉に出したのはそこまでだった。
だが、頭の中で彼女は確認していた。
(私の名前はアリア、私は・・・アリア・・・マリアヴェール・・・。)