星に根付いた病の姿
アリアと別れた後、アルベルトは屋敷に向かって再び走り出した。
その表情には笑顔が浮かんでいる。
幼くして父を亡くし、続けて母も亡くした彼にとって唯一の身内はフランクだけであった。
嫌な顔をせず自分を引き取ってくれた叔父には、とても感謝していた。
いまや18歳となり、少年から青年へと成長している。
だが、年を取り、成長していくに従ってその愛情は失われていった。
自分の、ガラの人間の血を引いている自分の成長の特異性に。
当然理由は分からない。父や母に不思議な所があったかと言われてもまったく見当がつかない。
ただ、他人とは違う、普通じゃないというだけで町の人間からも馬鹿にされ始めた。
街を支配しているフランクには逆らう事が出来ない。
逆らえばただではすまない、死が確実に襲ってくる。
だが、義理の息子のアルベルトはどうだろうか?
フランク自身、息子として引き取ったアルベルトを愚物扱いしている。
それを見た町中の人達の、フランクへの不満が集中した。
アルベルトを直接馬鹿にする者、陰口を利く者、石等を投げつける者、様々だった。
しかし、アルベルトはその事を決してフランクに話す事はしなかった。
話せばフランクは怒り狂って街の人々を殺しに行くだろう。
ただ、それはアルベルトを助ける為ではない。自分に反抗する人を叩く為だ。
そんな事になる位なら自分が耐えればいい。
少し位嫌な事があってとしても、叔父のおかげで僕は生きる事に困る事が無いのだから、と。
もちろん、そんなアルベルトを哀れに思う人がいない訳ではない。
それでも救いの手を差し伸べようとすれば、次に被害にあうのは自分だという事を皆知っていたのだ。
たった一人の欲望が、このパルメラの町の全てを狂わせてしまった・・・。
アルベルト自身もそんな生活に少し嫌気がさしていた時だけに、アリアの言葉は嬉しかった。
もう一度会いたとは思ったが、彼女は彼女なりの都合があるだろうと思い、まさか来るとは思っていなかった。
そうは思っても万が一って事もあるし・・・と、その足は自然と速くなるのだった。
屋敷に着くとアルベルトは頼まれた荷物を屋敷のメイドに預け、自室へと戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、アリアは町の中心街に足を運んでいた。
耳の十字架の飾りにいぶかしげな表情を見せる人間もいたが、アリアがただの旅人でフランクの屋敷の人間ではないと知ると
皆、口々に同じ事を話しかけてきたのだった。
「街の外れの屋敷には近づいちゃ駄目だ。」
「あそこにはフランクって奴がいて、金と暴力でこの町を仕切っている。」
「逆らったら殺される、あんたは早いうちにこの町から出て行ったほうがいい。」
話をしたほとんどの人間がこう答えてきた。
先程会ったアルベルトはその屋敷に住んでいると言ったので不思議に思い、その事を尋ねてみると
フランクはアルベルトの叔父であり、息子として一緒に暮らしている事を知った。
だが、ガラの人間に似つかわしくないその体格の為に、もはや息子とは思われてはいない事、
街の人間から怨みのはけ口になっている事実を知った。
そんなアルベルトの事を心配している一人の老婆と最後に話をしたアリアは、「そう。」と、ただ一言呟いた。
そして、どの人間も最後だけはこう言うのだった。
「伝説のマリアヴェールが再び現れ、救いの手を差し伸べてはくれないだろうか。」
アリアはそれを聞く度に不快な気分になった。
自らに課された運命を呪って。
町を仕切るフランクと、同じことをやっているのに気が付かない住民に。
しかし、やるべき事は決まった。
そう思った途端、自然と足が動き出す。
彼女が拒もうとしても逃れられない。
運命という鎖からは・・・。
アルベルトとの会話を思い出し、ふと思う。
私は紅茶をおいしいと思うだろうか?
アルベルトは私の行動をどう思うだろうか?
その想いとは裏腹に、徐々にフランクの屋敷へと近づいていくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
フランクの屋敷、それはむしろ城とも言うべきほど巨大な家だった。
その屋敷の出入り口である巨大な門の前に辿り着いたアリアは、門番の男らに遮られた。
門番は二人いた。
そのどちらもガラの人間で、身長2mはあるに違いない。威嚇するようなその体格に、更に腰には巨大な剣が差してある。
これでは町の人間、特にラキの人間は逆らう事は出来ないだろうとアリアは思う。
すると、唐突に片方の男が口を開いた。
「この屋敷は我らが主、フランク様の御自宅である。」
続けてもう一人が明らかに威嚇して言った。
「女、何の用でここに来た? 殺されたくなければさっさと引き返せ。」
その問い掛けに、アリアは冷たい表情で返答する。
「この屋敷に住んでいるアルベルト殿に用事が合って来た。ここを通してくれないか。」
アルベルトの名前が出た瞬間、二人は顔を合わせて笑い出した。
「アルベルトに用事があるだって? こいつは傑作だ!!」
一人がこう言うと、もう一人も頷いて言った。
「あの軟弱野郎に客が来るとは思わなかったぜ!! 明日は大雪が降るな、こりゃ。」
それを聞いて更に二人は笑い転げている。
アリアは怒りを表情に出さず、静かに話しかけた。
「お前らがどう思おうと勝手だが、私はアルベルトに用事があるんだ。
早くこの門を開けろ、貴様らの無様な顔を、長く見るのは耐え難い。」
「あぁ!?」
それを聞いて二人は視線をアリアに戻した。
最初とは違い、舐め回す様な視線をアリアに注ぐ。
それが終わったかと思うと、男の片方がもう一人に向かって耳打ちした。
すると男はアリアに向かって答えた。
「何の用事でアルべルトなんぞに会いに来たかは知れねぇが、フランク様に用事が無いんだったらここを通す訳にはいかねぇな。
それよりどうだ? あんな貧弱野郎なんかは無視して俺たちと楽しい事しねぇか?
あんたは口は悪いが、なかなかの美人だからなぁ、可愛がってやるぜぇ?」
それを聞いた瞬間、アリアは嫌悪の表情を剥き出しにして答えた。
「今言ったばかりだろう、貴様らの顔を見ているのは耐え難い、不快な気分になるとな。
お前達のような人間にかまっているほど私は暇じゃない。殺されたくなければ早く門を開けろ。」
それを聞いて、門番の二人は怒りをあらわにし剣を抜いて振り被った。
「言葉には気をつけろよ、てめぇが俺たちを殺すだと!? 大人しくしてやりゃあ調子に乗りやがって!!」
一人がそう叫ぶと、もう一人も同じように声を荒げて言った。
「アルベルトの野郎、こんな女に手を出しやがって! ぶっ殺してあいつの前に引きずり出してやらぁ!!!」
言うが早いか、男達はアリア目掛けて剣を振り下ろした。
だが、本来あるはずの人を斬った感覚は二人に伝わらなかった。
あるのは地面を全力で叩いたための痺れのみ。
アリアの姿が見えず二人が困惑していると、その背後から声が聞こえた。
「下賤の輩が・・・私に触れられると思うなっ!!」
言い終わると同時に片方の男の両腕から血が吹き出した。
「ぎゃぁぁぁぁぁーーーー!!!」
男は大剣を落として地面にうずくまり、痛みにもがいている。
「おっ、おい! 大丈夫・・・」
そこまで言いかけて男は言葉を飲み込んだ。
アリアの細身の剣が喉元に突きつけられている。
「早く門を開けろ、このまま貫かれたいか?」
男は脂汗を掻きながら急いで門を開け、腕を切られたもう一人の男を担いでその場から逃げ出した。
アリアは剣を収め、何事も無かったかのように屋敷の中へと入って行った・・・。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アルベルトは自室で休んでいた。
期待してはいけないと思いつつも、もう一度アリアに会っていろいろ話をしたいと願ってしまっていた。
そんな自分が情けなくとも、未練がましいとも思えた。
アルベルト自身、気が付いてはいないのかもしれない。
必死で自らの思いに封をし、耐えてきたこの屋敷の生活の中で欲していた物。
他人に認めてもらう、自分自身の存在を認めてもらうことを何より欲している事に。
アリアの言葉は、そんなアルベルトの心を解き放つきっかけとなっていた。
初めて何かが欲しいと願ったのかもしれない。
たとえもう一度会うことが出来なくても、何か変われるような気もする・・・。
そんな思いにふけっていると、外から男の叫び声が聞こえた気がした。
気のせいではない、何事かと慌てて外に出てみると、アリアが門から屋敷の中に入って来るのが見えた。
自分の思いが通じ、嬉しさで急ぐあまり足がもつれて顔からその場にこけてしまった。
そのせいで男の悲鳴のような声が聞こえた事は、一瞬で頭から消えてしまった。
アルベルトが雪から顔を上げると、アリアが微笑んで話しかけた。
「大丈夫か? 約束通り、紅茶をご馳走してもらおうと来たのだけれど・・・。」
アルベルトの顔は真っ赤になった。嬉しさと恥ずかしさが限界を超えてしまっている。
それは初めて会った時より、アリアの瞳が優しく感じたこともあったのかもしれない。
なんとかアリアに話し掛けようとするのだが、言葉が上手く出てこなくてまとまらない。
「あっ、あの、ええと、え〜と、ア、ア、ア、アリアさんですよね。よくきっ、かっ、きっ、来て下さいました。
すごい狭くて窮屈な部屋なんですけど、どっ、どっ、ど、ど、どうぞのんびりして行って下さい。」
「ああ、そうさせてもらおうかな。じゃあ案内してくれるかな?」
「はっ、はい! ぼっ、ぼっ、僕について来て下さい。」
この時、アルベルトは嬉しさで心臓がドキドキしていた。
後ろに振り返って歩き出すが、手と足が一緒に出てしまう。
(おっ、落ち着けっ! 何で手と足が一緒に出るんだよっ!! みっともないじゃないかっ!!!)
自分にそう言いかけて、アルベルトは大きく深呼吸した。
そんな彼とは逆に、アリアは冷静に現実を見つめていた。
(のんびりしている暇は無いだろうな・・・。あいつらが黙っている訳が無い。)
その時、屋敷の中から地響きのような音が聞こえてきた。
一瞬思考が停止し、すぐに次の考えが浮かんでくる。
(この音は足音だ。だとすれば、おそらく・・・。)
アリアの想像は当たっていた。
数秒後、屋敷の正面の扉を破壊して大男が現れた。
だがそれでもまだ、アルベルトは手足を同時に出して歩いていた。