月光下


ドガッ!!


激しい破壊音と共に、大男が二人の前に現れた。

その風貌は、ただひたすらに相手を威圧するために特化した姿だった。


男の名前はフランク。


アルベルトの叔父であり、今は養子としてアルベルトを引き取った男。

身長は260cm、軽々と2mを越す巨漢。それに伴って体重は150キロを越していた。

眉は雷の如く、口は裂け、瞳は大きく丸く剥き出ている。

丸太のような手足、歩く度に大地を揺らすその姿はパルメラの町中の恐怖の存在だった。

(なるほど・・・。)

アリアは心の中で納得した。

街を支配するだけの威圧感は感じられる。

その容貌、体格、そして悪魔のようなその顔を見れば、生身のラキの人間では抵抗するのは不可能であろう。


(だから私がいる・・・か。)


フランクに向かって話しかけようとした瞬間、怒声が屋敷中に響いた。

「アルベルトーーーー!!!! お前は育ててやった恩を忘れ、ワシを殺そうと企むとはなんて奴だ!!」

その声に浮かれて舞い上がっていたアルベルトは我に返った。

「えっ・・・?」

あまりの唐突な言葉に、アルベルトは自分の耳を疑った。

「お前のその軟弱さにはほとほと愛想が尽きておったが、我が兄の子と今まで情けをかけておった。

 だが、お前の心の内はよく分かった!

 町の住民への見せしめのためにも、わしを殺そう等と考える奴は返り討ちにしてくれる!!」

フランクがサッと手を上げる。

すると、屋敷の中から20人ほどの武装をした男達がやって来た。

現れた男たちは、フランクの前でそれぞれの武器――剣や槍など様々――を構えて陣取る。

アルベルトは急に血の気が引いてくるのが分かった。

何かの間違いであって欲しい。

だが、フランクの性格をアルベルトは良く知っていた。

ここまで怒りを見せていて、言い訳など聞いてもらえるはずも無い。

それでも言わずにはいられなかった。

「叔父さん・・・? 何の事だか僕には分かりません! 僕は叔父さんに感謝こそすれ、殺そうだなんて思った事も無いです!!

 なぜ、なぜ僕が叔父さんを殺そうだなんて思うのですか!? 訳を・・・訳を聞かせてください!!!」

力の限り、可能な限り声を振り絞った。

だが、フランクにその悲痛な叫びは届かなかった。

「お前はまだ白を切るか!? お前が連れて来たその女は、屋敷の門番に立っていた男に斬りつけおったのだ。『門を開けねば殺す』と脅し文句をつけてだ。

 命からがら逃げ出した門番の男は言っておった。『アルベルトが雇った刺客に違いない』とな!!!」

フランクはアリアに向かって指して言った。

アリア自身は黙って二人の会話を聞いているだけだった。

「嘘だ・・・そんなの嘘だっ!! そうでしょう、アリアさん!!

 何かの間違いですよね? あなたがそんな事をするなんて嘘ですよね・・・?」

アルベルトの問い掛けにも、アリアは腕を組んでただ黙っていた。


「嘘だと言ってください!!!」


自分でも信じられないほど大声をアルベルトは出していた。

成長するにつれて周りの目を気にするようになっていた自分。

両親を失い、叔父に引き取られてから受けてきた、他人からの疎外に耐える自分。

そんな生活に少し嫌気が差していた所に現れた、初めて自分を見てくれた人。

この生活で、初めて自分の存在を受け止めてくれた人。


なのに。

裏切られた・・・。


そんな気持ちが体から込み上げて来た。

それでもアルベルトは忘れられなかった。

何年ぶりかに見た、自分に微笑みかけてくれた事。


アリアの笑顔を・・。


その迷いを破ってフランクの怒声がまたも響き渡る。

「この期に及んでまだ言い訳するとは未練がましいにもほどがある!!

 おまえらかかれっ!! アルベルトを八つ裂きにしろっ!!!!!」

その言葉を待っていたと言わんばかりに武装した男20人が一斉に飛びかかる。

アルベルトは死を覚悟した。

突然の事ではあったが、これも自分の運命だと思えばそれでいい。

最後に自分に微笑みかけてくれた女性の笑顔が、たとえ本物ではなかったとしても・・・。


だが、振り下ろされた武装兵の武器は空を斬った。

アルベルトが目を開けたときは、アリアと抱き合った状態で雪の上に転がっていた。

何が起こったか理解が出来なかった。だが、アリアの顔が自分の目の前にある事に気が付くとアルベルトは全身が真っ赤になった。

そんなアルベルトを尻目にアリアは立ち上がると、ゆっくりと話しかけてきた。

「あの男、あなたの叔父の話は嘘じゃない。私はあの男を滅するためにここに来た。」

淡々と話しながら腰に刺さっていた細身の剣を引き抜いていく。

更にアルベルトから少し距離を置いて立ち止まった。

「でも、アルベルトに会いに来たのも本当。だから・・・今助けた。

 だけど、これからここでおきる事をあなたは見ないほうがいいかもしれない。」

その様子を見ていたフランクは、武装兵に向けて荒々しく叫んだ。

「お前たちもこれで分かったな。その女はアルベルトを守った、つまりは刺客という事に間違い!!

 あのような女、お前らの相手にもならんだろうが首を取ったものには褒美をやろう。」


ウオォォォォォーーーー!!!


その言葉を聞いて男達は雄叫びを上げた。

先程までの目つきとは違う。

完全な殺気をみなぎらせ、今度はアリアに向かって一斉にやって来た。



――――。



アリアの何かが変わったような気がした。

だが、それに気付いた人間はこの場には誰一人いない。

「私に武器を振り上げた事の愚かさ、その身を持って味わうといい。」

一人口ずさみ、アリアは男たちの中に切り込んだ。

「ギャァァァァァーーー!!!」

「うわぁぁぁぁぁーーー!!!」

刹那だった。

先頭になって突っ込んできた男二人の武器が振り下ろされるより早く、アリアの剣が二人の両腕を切り落とした。

「なにっ!?」

その光景を見たフランクは、一瞬、驚きの声をあげた。

男二人の悲鳴をよそに、アリアは更に別の兵に切りかかる。

三人目、四人目、五人目の男達は足を斬られその場に倒れた。

続けて一人、また一人と紙のようにアリアによって切られていった。

そして十人目の男は振り下ろした武器の上に飛び移られたアリアに、首を刎ねられて絶命する。

残った十人の兵はその様子を見るや、武器を捨てて逃げ出し始めた。

アリアはそれを慌てて追う事は無かった。

息一つ切らさずに、フワリと地面に着地する。

と、逃げ出した男達がそろって地面に倒れていった。


息はしていない。


いつの間にかアリアの剣によって命を絶たれていたのだ。

男たちの体から流れた血液は、白く輝く雪の地面を朱色に染めた。


地獄のような光景。


その様子にもアリアは顔を変えることなく、フランクに向けて剣をかざした。

「フランク。貴様のこの町での振舞いは、この大陸で生きる人間にとって害にしかならない。

 苦しみに耐える人々に変わり、今日、今をもってその命、私が滅する!」

その言葉は限りなく冷たかった。

アルベルトは、男達が切り刻まれていく様をはっきりと見つめていた。


声は出なかった。

目を背ける事が出来なかった。


自分の姿を馬鹿にしていた男達が、更に小さな、しかも女性の手によっていとも簡単に切られていった。

不思議な光景。

普通の人が見れば、この光景はまさに地獄そのものだ。

腕、足、首・・・巨漢の男たちの四肢が散らばり、流血によって赤く染まった雪。

アルベルトは自分でも気がつかないうちに涙を流していた。

だが、その涙の意味を理解出来ていなかった。

嬉しい訳ではない。

人が死んでいくのを見て、この光景をみて嬉しいなんて思うはずがない。

それなら自分は悲しくて泣いているのだろうか?

だが、自分の知っている人間が死ぬのを見ても、悲しみの感情は湧いてこなかった。

アルベルトはただ呆然と雪の上に座り込んでいるだけだった。


一方、フランクもアリアの剣の実力に驚いていた。

まさかじぶんの誇る精鋭部隊20人が、一瞬の内に殺られるとは思っても見なかった。

しかも、あんな小さな人間――ラキの女に――だ。

それでもフランクは自分が殺されるなど微塵も思っていなかった。

むしろ久々に骨のある相手、そんな考えが湧いて出た。

アリアの言葉に返すように、フランクは叫んだ。

「まさかお前のような女にワシの部下が殺られるとは思ってもみなかった。どこで覚えたのか知らんが大した剣の腕だ。

 だが、それでもワシには勝てん。あいつらとワシを同じだと思うなよ。」

そう言って得物を手にして構える。

フランクの持っている武器、それは巨大な鉄槌だった。

どんなに相手が守りを固めようと、それを粉砕して叩きのめす。

常人には持ち上げる事すら出来ないその武器は、フランクにはぴったりの物だった。

その鉄槌を構え、じりじりと間合いを詰めていく。

「フンッ!!」

先に動いたのはフランクのほうだった。

先程のアリアにも劣らないスピードで、一瞬にして鉄槌のリーチに入り振り下ろす。

しかし、鉄槌は雪の地面だけを叩き潰した。

アリアは難なくそれを交わした。

「なるほどな、ワシの一撃を交わす者などここ数年現れなかった。こいつは楽しめそうだな。」

舌なめずりをしながらフランクは尚も攻撃を仕掛けた。


・・・激しい攻撃を幾度と交わすうちに、アリアは何かに足をとられてバランスを崩した。

武装兵の切り落とされた足。

「・・・!?。」

無言のままアリアは倒れる。


ニヤリ。


フランクはその隙を見逃す人間ではなかった。

アリアの体目掛けて、ゴルフのスイングのように鉄槌を降りぬいた。

その渾身の一撃に、アリアは交わす事が出来ず直撃を食らった。

剣を体の前に構え両手で受け止めようとはするが、アリアの体と細身の剣では受けきれるはずが無かった。

剣を叩き折られがら空きになった体を、鉄槌が吹き飛ばした。

4、50メートルも吹っ飛ばされたアリアは、その場に倒れて起き上がってこない。

「がっはっはっ!! まさか自分で切り殺した人間の足につまずくとは馬鹿な奴だ。

 こんな形でけりがつくとは思わなかったな。もう少し楽しめばよかったわ。」

フランクは勝利の雄叫びを上げた。

だが、それと同時にアリアが服の汚れを払いながら立ち上がった。

「何だと!? そんな馬鹿な!!!」

その驚きはこの僅かな間の中で、最も大きな驚きだった。

部下が殺されたのには確かに驚いた。屋敷の門番が言っていた事は全く信じていなかったのが事実だ。

むしろアルベルトを殺すための、良い口実が出来た位にしか考えていなかった。

だから、アリアの剣技を見た時は確かに驚いた。

が、今の自分の一撃は確かに全力を込めて振るった一撃だ。

それを受けて何事も無かった様に立ち上がってくる、目の前の得体の知れない人物に心から驚いていた。

「なるほど、この力は危険だ。私も少し油断していたという事か。」

アリアはそう言って左耳の十字架のピアスをはずした。

「結局これを使うしかないのか。運命から逃げる事は出来ない、か。」

折れた剣を捨て、代わりに外した十字架を手に持ってアリアは身構えた。

その姿を見たフランクは、乱れかけていた心を落ち着け、冷静さを取り戻した。

「クックックッ・・・ガッハッハッハッ!! 何だそれは? まさかその十字架で戦いを続けるつもりか? とうとう諦めたな。

 少し驚かされたが何かの間違いだったようだ、容赦はせん、次で終わりにしてくれる!!!」

先程と同じように、 だが、あらん限りの力で鉄槌を振りぬいた。

アリアはその場を動かない。その一撃は再び直撃するはずだった。


だが。


周囲に凄まじい冷気がほとばしった。

ガラのクリスタル??のおかげで寒さが和らいでいるとはいえ、それでもマイナスまで気温は下がっている。

その気温を遥かに超える冷気がアリアを包んでいた。

振りぬかれた鉄槌は、アリアの体の前で止まっている。

それを受け止めているのはアリアの持っていた十字架・・・のようだった。

だが、十字架はアリアが先程まで使っていた剣の柄の大きさまで巨大化している。

更にその先端、十字架を柄に見立てたその先端から、紫色の冷気をまとった光が現れていた。

それは美しく、そして神々しくもあった。

「何だこれは!? いったいどうなってるんだ!!」

突然目の前に現れた不可思議な「モノ」に、フランクは戸惑いの声を上げた。

それだけではない。

アリアの持つ十字架の光と交差している鉄槌が、見る見るうちに凍りつき始めたのである。

「!?」

慌てて間合いを取り直すフランク。

「ぐっ・・・、なっ、何なのだ? 貴様はいったい・・・。」

そこまで言って再び視線を戻した。

今までそこにいた人間とはまるで違う、自分に突き刺ささって来る氷のように冷たい視線・・・。



「イ、イレギュラー・・・・!!」



紫の瞳。

300年前に現れ、ラキの大陸を我が物顔にしていたガラの亡者を裁いた伝説の存在。

マリアヴェールと同じ瞳。

しかし、現在では紫の瞳を持つ者――ラキとガラの混血児――は、凶暴かつ残忍な性格と、恐ろしいほどの身体能力を持つとされ、

ラキとガラ、どちらの人間からも忌み嫌われ続けてきた。

「私はアリア、アリア=マリアヴェール。今や伝説となっているマリアヴェールの血を引く者。

 暴走する者(イレギュラー)か。まあ、何とでも呼ぶがいい。」

そう言い終わると、手に持っていた十字架・・・もとい、光の刃を数回振った。

「マリアヴェールの伝説は知っているな? これがその裁きの十字架だ。もはやお前は逃げられん。

 ・・・汝の罪の重さ、その身をもって味わうがいい。」

その言葉を聞いてフランクは笑みを浮かべた。

「そうか、マリアヴェールの力とやらはイレギュラーの力だったとは。汚らわしい存在よ。

 だが好都合。今ここで貴様を殺してしまえばもはやワシのたてつこう等と考える奴はいないだろうて。

 わしは伝説など信じてはおらん。ここで死ぬのは・・・貴様のほうだーーーーーー!!!!!!」

フランクが再びアリアに襲いかかった。

それを交わすことなく、アリアは光の刃で受けていく。


ギィィン


ガキッッッ


二人の武器が打ち合うたびに、不可思議な音が鳴り響いた。武器と武器とが共鳴しているかのように。

数十回の打ち合いの最中、不意にフランクがアリアから鉄槌を外して地面を叩いた。

両腕で振り下ろしたために大きな隙が出来てしまった。

瞬時にその鉄槌を交わしたアリアは、フランクの武器を持つ右腕に切りかかる。

「くくっ。」

だが、フランクは冷静だった。

振り下ろされた鉄槌の衝撃で、一瞬間をおいて衝撃波が発生したのだ。

それは彼の思惑通り、アリアの体制を崩し、体ごと空中へと舞い上げる。

「マリアヴェールよ、ワシに手を出した事を後悔して死ぬがいい!!」


今度こそ決まった。

フランクの絶対の確信。

空中ならば受身も取れまいっ!!

次の瞬間、粉々に砕けたのはフランクの鉄槌だった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




もはや驚きを通り越していた。

信じられない。ただそれだけだった。


マリアヴェールの血を引くとは言え、こんなちっぽけな女に殺される事などプライドが許さない。

何か、何か逃げ延びる方法は無いか・・・?

フランクは僅かな時間で思考した。


そして・・・。


アリアが着地するやいなや、フランクは落ちていた部下の剣を拾い上げ、慌ててアルベルトに突きたてた。

「動くなっ、こいつの命が惜しければそこから一歩も動くんじゃないっ!!」

その声を聞き、アルベルトは放心していた状態から開放された。

「叔父さん・・・?」

「動くなよマリアヴェール。こいつを助けに着たんだろう? だったら大人しくワシの言う事を聞けっ!!」

「マリア・・・ヴェール??」

形勢は逆転したかに見えた。

地面に降り立ち体勢を立て直すと、アリアはその場に立ち止まった。

「そうだ、そのままワシの話を聞けっ。お前の力は分かった。ワシはお前には勝てん。

 だがワシを殺してなんになる? お前には得する事など無いはずだ。

 だからどうだ? ワシの屋敷で働く気は無いか? お前は口は悪いがなかなかの上玉だ。特別にかわいがってやるぞ?」

この言葉を聞いたアリアは、冷たい笑いを浮かべた。

「何だ? 何が可笑しい? 良い話だろう、お前は一生贅沢をして暮らせるんだぞ。」

「犬は飼い主に似ると聞いていたが、本当の事らしいな。」

「・・・今なんと言いやがった!?」

「お前のこの屋敷の門番も同じ事を言ってたよ。飼い主がゲスなら飼い犬もゲスってことだ。」

「・・・!!」

それを聞いてフランクの怒りが爆発した。

頭に血が上り、先程までの自分の劣勢さを忘れ、アルベルトを放り出してアリアに突進した。

「この小娘め!! ワシを侮辱しおったなっ!!!!!」

両手で剣を握り締め、アリアの真上から振り下ろす。

が、その剣はアリアには届かなかった。

「終わりだ、貴様は死では生ぬるい、魂をも滅してくれる。」

同時に光の刃へ凄まじい冷気が凝縮していく。

「魂を殲滅する氷の墓標・・・。」



『ジ=エンド』



声と共に、アリアは光の刃を十文字になぎ払った。

・・・。


・・・。


刃に見えた光はフランクを確かに切った。

切ったはずだが流血をしている気配はない。

フランクはもちろん、アルベルトにも何がおきたのか分からなかった。

だが次の瞬間、十文字に切られたフランクの体が勢いよく氷の中に飲み込まれていく。

「うう、あっ、あぁぁぁぁーーーー!!!」

それがフランクの最後の言葉となった。

彼の体を飲み込んだ氷は急速に成長し、全身が氷付けになっていた。

両手を左右に広げ、両足をそろえた上体で直立の姿勢をとっていたのだ。

その姿は、あたかも氷の十字架に貼り付けにされた、咎人の様にも見えた。

その姿を確認し、アリアは小さく言葉を口にする。


「汝の罪、汝の咎、マリアヴェールの名の下に、月へと滅せよ。」


光の刃は氷の十字架を貫通し、フランクの体――心臓を――も貫いた。

同時に彼の体を覆っていた氷は砕け散り、その体ごと幻のように消滅した。

彼女は一人つぶやいた。


「罪無き者に、来世の祝福あらんことを・・・。」