三人模様


・・・センスが無い。

その一言で片付けてしまえるほどの不器用さだった。

数十、数百を超える素振りの最中、何度剣が手から離れ宙を舞っただろうか?

実戦を想定した手合わせで、何度自分の足につまづいて転倒しただろうか?


・・・鈍い。

あまりにも鈍すぎる。


形容し難いほどに・・・センスが無かった。

「ハッ、ヤッ、ハッ、ヤッ・・・あっ・・・あれっ!?」

今日も今日とて、ここ数日と変わらぬ光景が続いている。

手からすっぽ抜けた剣を慌てて拾いに行った成年。

赤い瞳はガラの人間の証拠だが、年齢から考えるとあまりにも低すぎるその身長・・・アルベルトである。

アルカの町で初めて剣を所持して以来、彼は剣の稽古を続けている。

特に、一日千回となった素振りだけは欠かすことなく毎日続けている為、

手にマメが出来ては潰れるといった状態を繰り返していた。

剣を振り続ける事で、腕の筋肉はついた気がする。

初めの頃に比べれば、この回数も少しは楽になってきていた。

しかし・・・上手くなっている気がしない。

何回かに一度、無意識に手から剣が飛んでいく。

「も、もう一度・・・ヤッ、ハッ、タァッ、ヤッ、ハッ・・・!!」

剣を拾い再び素振りを始めるアルベルト。


それを眺めている人物が二人いた。

アルベルトよりも細身の剣を腰から下げ、見つめている女性。

金色の髪に雪のような白い肌、ラキの人間を証明する青い瞳。

そして、何よりも目立つのが耳に付けている十字架のイヤリング。

伝説として語られているマリアヴェールの力を受け継いだ者・・・アリア。

その視線はアルベルトではなく、何処か遠くの方へ向けられている。

彼女の予想では、アルベルトがこれほど剣を扱えないと思わなかった。

ガラの人間にしては確かに体が小さいが、それでも自分よりは充分大きい。

叔父フランクの下で雑用にいそしんでいた日々の体験もあり、腕や脚と言った部分の筋力はしっかりしていると思える。

そんな自分の見立てが甘いのか、見当違いなのか・・・やっぱりアルベルトが情けないだけなのか。

もはや言葉のかけようが無かった。

「ああっ!!」

しばらく落ち着いていたと思ったが、再びアルベルトの手から剣が飛び出した。

「あああ・・・ううっ、またやってしまった。ん? なんだいジーナちゃん・・・いっ、いいじゃないか。

 最初はみんな下手なんだから、僕だってそう簡単に上手くなる訳無いんだよ。

 お願いだからやめてよ・・・そんな目で見るのは。」


ジーナと呼ばれたのは、まだ10歳前後の幼い少女だった。

アリアの・・・マリアヴェールとしての旅に加わった新しい同行者。

アルカの町に立ち寄った時に起きた事件。その中心人物となったのが彼女だ。

ジーナは生まれつき口が利けなかった。

神父ウイッツの教会で生活していた孤児だったが、言葉を相手に伝えることが出来ない事に加え、

内気な性格とおっとりした雰囲気を持っていたため、共に暮らしていた子供たちのいじめの対象になっていた。

・・・結果として彼女はその感情を暴走させてしまった。

世界が恐怖の存在としている、イレギュラーチルドレンとして覚醒してしまったのである。

孤独の辛さを知っているアルベルトの必死の説得とアリアの呼びかけに、ジーナは心を取り戻した。

奇跡と言っていいだろう。

今までイレギュラー化した人間が心を取り戻したことは無い。

獣のような姿へと変貌し、強靭な肉体を得る。

そして目に映る物、目に止まる者を傷付け、破壊し・・・殺す。

そんな『化け物』と共に生きる事が出来るはずもなく、最終的に何かしらの手段によって抹殺される。

・・・そこには容赦や情けなどなかった。

ジーナの例は世界初だろう。

ただ、一度イレギュラーとして姿を変えた子供が元の姿に戻ったからと言って、再び人々に受け入れられるのか?

答えはNOだ。

人は恐怖を知っている。

一度起きた事を忘れる事は出来ず、二度と起きないと信じる事も出来ない。

そういった感覚がある限り、もう一度心を傷付けるだけだ。

それ故、アリアはジーナを旅に連れて行く事にした。

ここ数日で分かった事。

ジーナは口が利けないが、その分他人に対して直接言葉を伝えることが出来るらしい、と言う事だった。

テレパシストとでも呼べるだろうか?

『声にしなくても離れた場所にいる人間に言葉を伝える』

これがジーナの力なのだ。

今もアルベルトに対して何かを伝えたらしい。

・・・おそらく下手とかそういった内容の言葉だろう。

アルベルトの言い訳がそれを物語っている。

ジーナはここ数日でとても笑うようになっていた。

アリアとアルベルトによって失われたモノを取り戻したとでも言うように、可愛い笑顔を見せている。


アルベルト

ジーナ


アリアの旅、マリアヴェールの旅にとって、二人は邪魔な存在だった。

邪魔な存在だった・・・はずなのに。

この場に二人がいる事が、当たり前のように思えている。

こんなはずではなかった。

誰とも関わらずただ一人で旅を続け、十字架を振るう。

そのつもりだった。


自分の何処かに、二人を拒絶するアリアがいる。

それとは別に、二人を受け入れているアリアがいる。


どちらが正しいのか考えると、その時激しい頭痛がすることも分かった。

ともかく、今の自分はこの旅を楽しいとさえ思い始めている。

・・・今はただそれだけでいい。

アリアは考えるのをやめた。

「998・・・999・・・1000!! やった、今日の素振り終了です。

 見ててもらえましたか、アリアさん!」

ほとんど同時にアルベルトの今日の稽古のノルマが終わる。

「まだまだだな。戦いはおろか、試合すら出来るレベルじゃない。

 ともかく今日はもう遅い、宿でゆっくり疲れを取って明日この町の中心街へ行こう。

 もしも私が戦いを始めたら、二人は決して近付くな。そして手助けに入ろう等とも思うな。

 ・・・死にたくなければな。」

「分かり・・・ました。」

アルベルトが返答する。

ジーナも頷いて答えた。


この旅は旅行でもなければ遊びでもない。

アリアがマリアヴェールとして、罪人(つみびと)を裁くための旅だ。

アルカの町から約10日。

道中のほのぼのとした雰囲気は、アリアの一言によって打ち払われた。

明日は目の前に切り刻まれた人間が横たわっているかもしれない。

・・・あるいはその戦いに巻き込まれた自分が、生の無い屍として横たわるのかもしれない。


(私についてくるのなら、必ず死の危険と隣り合わせになる。

 アルベルト、あなたがもしも殺されようとしていたとしても、私はマリアヴェールの意志の通りに動く。)



・・・あなたを見殺しにするかもしれない



パルメラで聞いたアリアの言葉を思い出し、口の中に湧いてきた苦い味をアルベルトは飲み込んだ。