トラブルメーカー!?
夜が明け、朝が来る。
しかしそれは太陽が昇るわけではなく、ガラティスによって光りが生まれるだけの事。
ラキではそれが『朝』なのだ。
夜明けの時間とともにガラティスの光が町を包む。
空を見上げれば闇。
これがラキの朝だ。
アルカの町からの長旅の疲れを、三人はゆっくりと取る事が出来た。
この町の名はオーウェイ。
かなりの大きさを誇るこの町は、多くの人々で賑わっている。
だがそれは見せかけだ。
アルカの町は、この町へと足を運ぶための通加点に過ぎなかった。
ジーナという思わぬ同行人を加える事になったが、
十字架はアリアをこの町へと向かうよう、導きの音を伝えていた。
気が付けば響いている音。
この音が深く強く流れるたびに、十字架を振るい人を裁く。
・・・あまり好い音色ではなかった。
起床した3人は宿で朝食を摂り、町の中心へと出かけて行った。
「凄いですね・・・パルメラやアルカの町とは比べ物にならない位大きい町ですね。」
アルベルトが感心した様子でつぶやく。
ジーナは身た事の無い風景に驚きと戸惑いを隠せないらしく、
アリアの背にぴったりと付いたまま、きょろきょろと左右を見回している。
「この町はラキの中でもかなりの規模の多きさだ。それは即ちこの町の近くでラキティスが採れるという事だな。」
アリアの口調は淡々としている。
「取り合えずこの町の中心にいる人物を特定しないといけない。人が集まりそうな場所を探そう。」
アリアは普段から落ち着いた口調で話す事が多い。
笑ったり、怒ったりする事もあるが、それは極めて稀な事だ。
アルベルトもジーナも、いつものアリアが好きだった。
だが、もっと感情を見せた方がいいのに・・・等とアルベルトは思ってしまう。
ジーナもわずか10日ほどしかアリアと過ごしていないが、アルカの町で見せたあの笑顔が忘れられなかった。
ただ、二人が感じていた事は、それがマリアヴェールという伝説の人物の力を継いでいるからなのだという事。
幼いジーナでさえ、マリアヴェールの話は知っている。
自分がイレギュラーとなり、その力の暴走を止めた時の姿をうっすらとではあるが覚えている。
ただ、救われたのは事実だ。
アリアがいて、アルベルトがいてくれたからこそ、今自分は笑う事が出来るのだと。
ジーナにとって二人は姉と兄のような存在だ。
まだマリアヴェールとして力を使うアリアを見た事が無いが、この二人といつまでも一緒にいられたら・・・。
そんな事を彼女は考えた。
と、それぞれ別の事を考えながらアリアの後に付いていく二人。
だが、アルベルトとジーナにとって見る物目に止まる物がどれも珍しい物ばかりで、
ついついきょろきょろと周りを見てしまう。
その二人の姿に目をつけた一人の男が、アリア達の前へと近付いて来た。
「は〜い、こんにちは! あなた達は何処からこの町に来たんですカ? おおっと、失礼失礼。
私、世界各地を渡り歩いて商売をしているマーネと言います。よろしくネ。」
マーネと名乗った中年風の、恰幅の良い男は、素早く三人と握手をした。
「どうですカ? 私の持っているめっずらすぃ〜商品の数々。見ていきませんカ?」
突然現れた変なオヤジにもっとも驚いていたのはジーナだ。
アリアは関わるのを避ける様に話を無視している。
一方でアルベルトは謎の男の持っているという珍しい商品が何なのか、少し気になった。
「どうかなお兄さん。例えばこれ、一日一回飲むだけで力がビンビン湧いてくる。
一月飲めばあら不思議。ムキムキマッチョになってしまうという優れ物。
その名も『マッスルZ』どうだいどうだい? 隣の彼女に男らしさを見せてやんないかい?」
思わずアルベルトは吹き出した。
「ちッ、チっ、チちち、違いますよ。アリアさんは彼女なんかじゃないです。
あっ、あっ、アリアさんが僕の彼女なんて・・・。」
顔を真っ赤にして否定するアルベルト。
だが、正直に自分で否定している自分が虚しくなった。
「違うのかネ? まぁいいか、じゃあこれなんかはどうだ? 「フラワースノー」って言う品物だ。
こいつはラキティスを使って空に人工的に雪の結晶を作り出す装置だ。
雪の結晶が花みたいに広がるからフラワースノーって言うんだがネ・・・」
尚も話を続けようとしているマーネの止める様に、アリアが割って入った。
「マーネさん・・・だったか、すまないが私たちは用事があるので失礼する。商売の相手は他を当たってくれ。」
それだけ言うと、アリアはマーネを押しのけるように歩き出した。
アリアの行動に少し驚いたアルベルトだったが、慌ててアリアの後を追う。
・・・マーネにとっては田舎者丸出しのカモを逃がす訳にはいかない。
飛び付くようにしてアルベルトの手を取って食い下がる。
「ちょお〜っと待って下さいよ、せっかくの貴重な商品を買わないのかネ?
ここでの出会いも何かの縁、もう少し見て行ってもい・・・」
そこまで言ってマーネは言葉を止めた。
いつのまにか鞘から抜かれたアリアの剣が、自分の髭の下で光っている。
「二度は言わない、これ以上私達に付きまとうのはよせ、いいな?」
「ひゃ・・・ひゃい!!!!」
まさか剣を突き付けられると思っていなかったマーネは、裏声で返事をしながら、走り去った。
「・・・何か一つぐらい買って上げてもよかったんじゃないですか?」
今のはちょっとやりすぎだと言わんばかりに、アルベルトがアリアに問う。
「ああいった輩に甘さを見せるものじゃない。付け上がって紛い物まで買う事になる。
大きな町では気を付ける事だ。ジーナ、あなたも注意すること。」
アルベルトもジーナもこの場は頷いた。
ただ、密かに二人の気持ちは共通していた。
ジーナは空に雪の花が咲く所を見たかった。
そしてアルベルトは・・・マッスルZがちょっと欲しいな、なんて思っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
三人は町の一角にある公園に来ていた。
マーネの急襲から逃れ、町の情報を得ようとこの場へと足を運ぶ。
情報を得るためにもっとも人の集まる場所に行くならば、酒場が恐らく一番手早い場である。
だが、アリア等の年齢を考えればあまり好ましい場所ではない。
子供扱いされることが多く、まともな情報を得ることが出来ない可能性が高い。
それ故、アリアは後編のような場所に赴き情報を得ることが多いのだ。
ジーナは設置されている遊具で遊び始めた。
その姿はやはり10歳前後という年齢を見せている。
アルベルト、そしてアリアは他愛も無い会話から情報を得始めていた。
張り切っているのはアルベルトだ。
おだてる為に使ったとしか思われないマーネの一言。
『隣の彼女に男らしさを見せてやんないかい?』
何を意識したのかは分からないが、すごくやる気が出ているのは確かだ。
ただ、それが空回りしている事に自分で気が付いていない。
情報を得る・・・と言うよりは、暴走してしているような感じだ。
アリアは手慣れた様子で話をしている。
アルベルトやジーナと話をしている時のアリアを見ていると、冷たいというか威圧するような感じがある。
だが、それでも何か引き付けられる魅力がある。
それはラキに暮らす人々も同じらしく、どこかアリアに引き付けられる所があるのだろう。
楽しく弾む会話とまではいかないが、ポイントをしっかり聞いて行く辺りはアリアの今までの経験からだろう。
華やかに見えるこの町でも、やはりこの世界に巣食っている病魔は生きていた。
この町を支配する者の名は『ゴードン』
ラキの人間らしく、ガラの暴力的支配を非難するという行動を取っている数少ない人物だ。
しかし、町の外から来る人々には気が付かない、裏の顔を持っていた。
町で騒動が起きぬよう、大規模な自警団を配置し、巡回させている。
それ故治安は良いはずであった。
だが、これこそがゴードンの支配の姿なのである。
町の自警団は全てゴードンの配下や手下達だ。
彼らは街を巡回していると見せて、小さな事で因縁を付け連行して行く。
その連行先・・・それが即ちラキティスの発生場所であり、そこで死を迎えるまで働かせるのだ。
その一連の事件は神隠しと呼ばれ、町の住人を恐れさせていたが、あまりにもその数が多い為、疑問に思っているのだと言う。
疑問は疑惑を生む。
しかし、町の住人は口には出さない。
この事件の中心にいるのが、もしかしたらゴードンなのではと。
この話を聞く限りでは、ゴードンは町の住人には慕われている。
一方で、恐怖の存在としても君臨している事になる。
このまま時間が過ぎれば、おそらく後数年で力による支配に乗り出していた事だろう。
アリアがこの町に辿り着いたタイミングは絶妙だった。
「あんたも気を付けな。最近物騒だからね。」
「ありがとう、お婆さん。町にいる間は充分注意します。」
会話をしていた老婆から情報を得て、アリアは礼を言った。
・・・耳の十字架がまた強く鳴ったような気がする。
「裁けと・・・言うのだな・・・。」
彼女にだけ聞こえる音。
その音の真意を読み取り、アリアは一言つぶやく。
その時、公園内に大きな音が響いた。
どうやらジーナが遊んでいたブランコの鎖が外れてしまったらしい。
その勢いでジーナは雪の上に投げ出された。
泣き声は聞こえてこないが、起き上がったジーナの目には涙が滲んでいるのが分かる。
「大丈夫かい、ジーナちゃん!?」
アルベルトが慌てて駆け寄ってみると、着地の際にどうやら膝下を擦り剥いたらしい。
うっすらとだが、血が滲んでいる。
「・・・薬屋にでも行ってみるか。念の為に旅に必要な薬の類も買っておいた方が良さそうだな。」
無言で近付いていたアリアの口から出た言葉はそれだけだった。
・・・心配はしていないのか?
・・・それともこの程度の怪我なら問題無いと判断したのか?
ジーナを気遣うような言葉は、アリアの口からは出てこない。
そこがアルベルトには不思議だった。
マリアヴェールの使命とは、裁きと救いではないのか?
こんな小さな事には関わっていられないと言う事なのだろうか?
アルカの町でも思った事を再び考えていると、アリアは続けてアルベルトに話しかけて来た。
「必要な情報はある程度集まった。だが、肝心なゴードンの持つラキティスの採掘場の位置は特定できていない。
迂闊に手を出して騒ぎを大きくしたくない・・・もう少し様子を見よう。
私はこれからジーナを連れて町の薬屋に行こうと思う。アルはどうする?」
「それなら僕も・・・」
言いかけてアルベルトは考える。
今日はまだ剣の練習をしていない。
自分を守る為と言う目的もあるが、他人を救う為の力を付けると言う事を忘れた訳ではない。
今は助けてもらっているだけ、守ってもらっているだけのアリアの手助けをしたい。
その為には少しでも多く剣を振るう事が、今自分に出来る事だ。
「・・・僕は先に宿に戻って今日の分の素振りをしようと思います。今日は手合わせをお願いしたいです。」
「分かった。なるべく遅くならないように戻ろう。」
少し笑ってアリアは答えると、ジーナを促して町の中へと向かって行った。
それを見送ったアルベルトは宿へ向けて歩き出す。
が、それを物陰から見ていた人物がいた。
・・・マーネである。
「今日はホントに商売あがったりだったけど、やはり神様は私を見捨てなかったネ。
最後の最後に大きな獲物を残しておいてくれたよ。あの女もいなくなったし・・・突撃!!」
マーネはアルベルトを逃がすまいと、全力で追いかける。
「そこのお兄さ〜ん、ここでまた会ったのも何かの縁。何か買って・・・」
どんっ!!
そこまで言ったマーネの体に何かがぶつかる。
勢い余って逆にマーネは弾き飛ばされ、二回、三回と転がった。
「な、なんでこんな所につっ立ってるのカ? 邪魔しないでほしいネ!!」
そう言ったマーネの顔が青ざめていく。
ぶつかったのはこの町の支配者とも言える存在、自警団の人間だった。
「貴様、自分からぶつかっておいて何という物の言い草だ。
我らがこの町の自警団と知っての態度か? ならばこのまま返す訳にはいかん。我々に付いて来てもらおう。」
マーネとて、この街の噂ぐらいは知っている。
この自警団にだけは手をだしてはいけない事。
連行されれば再び帰って来れる保証はない事。
「大変申し訳ございません。急ぎの用事がありまして慌てていました。
まさか自警団の方とは知らず、無礼な振る舞い。誠に誠に申し訳ございませんんんん。」
頭を地面に付け、土下座をするマーネ。
だが。
「知らなかったでは済まされんぞ。もはや言い逃れは認めん。」
「そんな理不尽な話は許されません!!」
手錠を架けられて連れて行かれるマーネを引き止めるように、アルベルトが立ち塞がった。
「自警団の人だからって、何も悪い事をしていない人を連行するなんてやり過ぎです。」
「何だ貴様、邪魔をするなら容赦はせんぞ。」
「その人を放して下さい。僕の知り合いなんです。」
「少年・・・。」
マーネは感動していた。
名も知らないような人物を助けようと、ここまで抗議してくれる人間がいるだろうか?
金欲にドス黒く染まったマーネの心は、洗い流されていくようだった。
「ならば貴様も同罪だ。こいつの罪を共に償うがいい。」
自警団の男はそれだけ言うと、アルベルトのみぞおちに拳を打ち込んだ。
「ぐっ!!」
息の詰まる感覚と、強烈な衝撃によってアルベルトは吹き飛ばされた。
「そいつも連れて行くぞ。念のため手錠を架けておけ。」
「・・・。」
マーネは絶句した。
そしてアルベルトは、気絶した状態のまま連行されて行った・・・。