第一章 騎士団




「どうした、シュナイダー!! 反撃してこないのか!?」

「お前こそ、剣に力が無くなってるんじゃないか!?」



大陸にその名を知らぬ者はいないとまで言われている騎士団。

その名を『イオ』と言う。

そのイオの所属する国『オライオン』では、現在武闘会が開かれていた。

一年に一度、力と素質を見極め、騎士としてその資格ありと認めてもらう為に開かれるもので、

この武闘会の成績によっては、どんな身分の者でも国の認める騎士になれるのだ。

騎士という名誉を欲しがる者、優勝賞金に目がくらむ者、城での生活を求める者。

その思いは様々だが、多くの人間が武闘会に参加した。

トーナメント方式で行われているこの武闘会。

勝つことだけに参加者は力を入れる為、年々戦いは予想を超える凄まじいものになってしまっている。

勝負は一対一の真剣勝負。

当然武器の使用は有りだが、それぞれ試合用の物が貸し出されて行われる。

その剣士の部、決勝戦。

多くの豪傑を退けて残ったのは2人の少年だった。

少し弱々しい感じを受けるものの、相手の太刀筋を見切る力と守備に関して驚くべき力で勝ちあがってきた少年。


『シュナイダー=ハーツ』


一方、彼とは正反対の肉体派。 豪快な剣術と力任せの攻撃でひたすら押し切ってきた少年。


『キース=ロンド』


この2人は幼い頃から騎士団に入ることを夢見てきた親友だった。

共に学問を学び、共に剣の腕を競ってきた2人なので、互いの全てを知っていると言っても過言ではなかった。

その両者の戦いは、当然の如く長引いていた。


試合開始からすでに30分。

どちらも決定的な決め手が無いまま、時間とスタミナを消費していった。

それを見ていた観客は大盛り上がりで、ついには客同士で賭けが始まってしまったぐらいである。

観客からそれぞれの応援を受けながら、2人の試合はついに決着を向かえようとしていた。

「いい加減に諦めろ! シュナイダー!!」

大声と共に試合用の剣を上段から振り下ろすキース。

それを巧く受け流し、わき腹を狙って剣をなぎ払うシュナイダー。

「それはこっちのセリフだ! 今日だけは負けられない!!」

決まったと思ったそのなぎ払いも問題なく受け止められてしう。

両者共に一歩も引かない攻防であったが、突然シュナイダーに異変が起きた。

「つっ・・・!!」

体格的に見て、キースよりもシュナイダーは少し小柄であった。

互いに激しく攻めあっている為、先にスタミナが尽きてしまったのである。

無理に体を動かし続けた反動で足をつってしまったのだ。

バランスを崩したその瞬間、容赦なく剣が振り下ろされる。

「もらったー!!」

「くっ!」

足の痛みと悔しさで顔をゆがませるシュナイダー。

「そこまでっ!!」

頭部に剣があたる直前、審判からの声が響く。それと同時にキースは剣を寸止めした。

「よっしゃ! これでお前との通算成績500勝498敗。俺のほうが先に500勝達成だ!」

満面の笑みと同時に過去からの2人の対戦成績を勝ち誇る。

そう。2人には騎士団に入隊する事以外にも、別の勝負が繰り広げられていたのである。

動きを止め痙攣の治まった足をさすりながら、シュナイダーは重苦しい口調で答えた。

「お前の体はどうなってるんだよ? あれだけ動いてまだ動けるのか?」

「鍛え方が違うんだよ、お前とはなっ。」

「うぐっ・・・。」

確かにキースは異常な位、毎日剣の練習をしている。それはシュナイダーも認めるところだ。

かと言ってシュナイダーが練習をしていない訳ではないのだが。

「第一、お前は好き嫌いが多すぎなんだよ、だから背も伸びないんだ。」

「ぐぐっ。」

痛いところを衝かれ、更に言葉が詰まってしまう。

後ろでは審判によって勝ち名乗りが上げられていたが2人は気が付いていない。

「まっ、そこら辺の違いが今日は出たってところかな?」

「・・・。」

「とにかく、騎士団入隊は俺がもらったぜ!」

続けざまに出されたVサインに、シュナイダーの何かが切れた。

「うっ、うるさーーーーいっ!!!」

突然の大声に会場中が驚いた。近くにいた審判はしりもちまでついている。

「今日は昨日興奮して眠れなかったから寝不足で調子が悪かったんだ。

 今日勝ったからっていい気になるなよ。すぐ追いついてやるからな!!」

試合の疲れが嘘の様に大声で捨て台詞を残し、シュナイダーは外に向かって走り出した。

「おい、待てよ! これから表彰式があるんだぞ!」

と、キースの言葉を聞く暇も無く、シュナイダーは会場から走り去ってしまった。

「あ〜あ、あいつもまだまだガキだな〜。」

やれやれといった表情を浮かべたが、実のところそれはお互い様だった。

彼は勝負に負けると暴れだすので、実はシュナイダーよりも始末が悪い。

ともかく、オライオン中から人が集まって開催された武闘会(新騎士選抜大会)剣士の部は

若干16歳の少年二人が、ワンツーフィニッシュを決めて終了した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



オライオンの城下町から少し西に行った所。ハイムの国との国境にもなっている湖。

遥か昔、オライオンとヘイムの国が出来て間もない頃。

川から離れ、十分な水源を持たないハイムの国に水を供給する為、

隣接したオライオンと共同で作った人工の湖、その名をホープスと言う。

両国は互いの友好の証。平和の象徴として2つの苗木を植えた。

現在は大樹として成長したその2本の木の下に、一人の少年がうつむいて座っていた。

先の武道会でキースに敗れたシュナイダーである。

嫌な事や落ち込んだりした時はいつもこの場所に来ていた。

青く透き通る湖と、平和の象徴とされている2本の大樹を見ていると不思議と気分が晴れる。

しかし、いつもなら少し横になって眺めているだけで暗い気持ちが薄らいだのだが、今回だけはそうもいかなかった。

「はぁ。」

もう何回ため息をついただろう? 一向に気持ちが晴れてこない。

自分でも気が付かないうちに涙ぐんでしまったのだろうか? 湖水に映る自分の瞳がうっすら赤い。

「・・・はぁ。」

頭の中で色々な事が交錯してしまい、またしてもため息が出てしまう。

物心の付いた時から親友として、そしてよきライバルとして育ってきたキース。

剣の練習を始めたのも、騎士団入団を夢見てきたのも一緒だった。

しかし、今日の試合で差をつけられてしまった。

勝負に負けてしまった以上、自分がキースを押しのけて入団出来る事はまずありえない。

勝負にしても同じことが言えた。

今まで勝ったり負けたりの攻防が続いてはいたが、2勝差をつけられたのは初めてだった。

しかも、500勝という区切れの勝負に負けてしまったのだ。

出来ることなら499勝のドローに持ち込みたかったのは言うまでもない。

大量の「負」の感情が頭をめぐり、どうしても気分が晴れない。


(今回は立ち直れないかも。)


などと思っていたその時。

「キャーー!! 誰か助けてーーーー!!!」

「!!」

子供? 女の子の声だろうか?

湖沿いにある並木道からどうやら聞こえてきたらしい。

落ち込んでいる暇はない。慌てて身を翻し、声のした方向へ走り出す。

いつもなら常に剣を所持しているのだが、今日は闘技場からそのまま飛び出して来てしまったせいで試合に使っていた剣しかない。

我を失い会場から飛び出してきた為に返すのを忘れていた。

先ほどの自分の行動を少し恥ずかしく思ったが、何もないよりはマシだ。

とにかく全力で走って声の方角に向かった。

「はぁ、はぁ、・・・誰もいない? 空耳だったのか?」

少し息をきらせながら周囲を見回すが、辺りには誰もいない。

幻聴でも聞こえたのだろうか?

だとしたら相当まいっていたのかな? などと思いつつも、もう一度周囲を観察する。

「いやーーー!!!」

さっき聞こえた叫びと同じ声がまた響いた。

「空耳なんかじゃない!!」

どうやらかなり遠くの方まで行ってしまったらしい。

額に少しにじんで来た汗も拭わずに、シュナイダーは再び走りだした。

(いったい何なんだよ!! こんな所でっ!!)

全力で走りながらもシュナイダーは思っていた。

オライオンとハイム。二つの国の平和の証でもある湖と大樹のそばで、しかも小さな女の子(まだ見てないが)を襲うなんて!!

よりにもよって人が落ち込んでいるのに、だ!!

もはや試合に負けた悔しさなどは何処にも残ってはいない。

あるのは女の子を襲う「何者か」に対する怒りだけだった。

「いたっ!!」

前方に必死で逃げている10歳ぐらいの女の子の姿が見える。

かなり高そうなな服を着ているところから、裕福な家の子だろうか?

そのわずかに後ろ、2人組みの男が追いかけていた。

(誘拐しようとしているのか? まさか、ロークシャーの人間か!?)

戦争の準備をしていると言われているロークシャーが軍資金を得るために貴族の子をさらい、身代金を要求するつもりに違いない!

なんとも強引な結びつけであったが、シュナイダーの脳裏にはこれを防げば王様に手柄を認められ

騎士団に入団できるかも等といった考えが浮かんできていた。

走るスピードも自然と上がり、ついに2人組みの男に追いついた。

遠目から見ていても分かったが、どうやらこの2人は武器を持っていないらしい。

たとえ持っていたとしてもナイフ位の物だ。それならこの試合用の剣でも戦える。

勝利を確信したシュナイダーは、片方の男に追いつきざまにタックルを食らわせる。

「ぬわっ!!」

弾き飛ばされた男は突然の事で受身も取れず、顔面から地面に叩きつけられた。

驚いたもう一方の男が立ち止まりシュナイダーの方を振り返った。

走り続けていたせいで、赤く上気した顔を震わせながら男は言った。

「何だお前は! 何をする!!」

「お前らの企みは知っているんだ。オライオンはロークシャーなんかに負けるものか!!」

「ロークシャー?」

怒号と共に剣を構えるシュナイダー。

それとは逆に何の事だかさっぱりといった表情で男はシュナイダーを見た。

「何を言っているのか分からないが、あの子を連れて帰らなければ俺の首が飛ぶかもしれないんだ!」

(・・・間違いない。)

おそらく、あの女の子をロークシャーまで連れて帰れなければ自分の命がない。

任務失敗の責任を取らされて処刑されてしまう。そういう意味だとシュナイダーは捉えた。

「聞いているのか! とにかく邪魔をするなっ!!」

さらに顔を赤くして男が叫んだ。

「問答無用!!」

言うが早いかシュナイダーは男の頭部めがけて剣を振り下ろす。

「ひっ!?」

先ほどまでの勢いとは違って男は情けない声を上げた。

とにかく直撃を避けるために頭部を両腕で覆い隠す。

だが、男の思ったとおりの所に剣は振り下ろされなかった。

頭に来ると思った直撃は男の左に振り下ろされ、その勢いを使って一回転。

がら空きになった右脇腹をめがけ、シュナイダーは剣をなぎ払った。

遠心力もプラスされたその一撃は、思惑通り男の脇腹に直撃を与えた。

「うごっ!?」

声にならない声を発した男はあまりの激痛にその場にうずくまり、動かなくなった。

(よしっ。)

心の中で小さくガッツポーズをするシュナイダー。

ふと、視線を並木道に戻し女の子の姿を捜すがどこにも見当たらない。

どこかに隠れたか、それとも走って逃げ切れたか、とりあえずもう大丈夫だろう。

後はこいつらをどうするか、そう思っていたところタックルで吹っ飛ばされた男が起き上がった。

「!」

一瞬驚いたシュナイダーだったが、すぐに振り向き剣を構える。

砂で埃まみれになった顔からは鼻血まで出ていたが、男は構わずしゃべり出した。

「何のつもりかは知らないが、こんな事をしてただでは済まんぞ。

 城に帰ったらきちんと報告させてもらうからな!」

男には脅しのつもりだったのだろうが、今のシュナイダーにとっては火に油だ。

(逃げられると思っているのか? 状況を把握できない下っ端か。)

もはやここまでイッてしまうと立派だと思うくらい、シュナイダーは自分の勘違いに気づいていなかった。

男の言った城とはロークシャーの事ではなかった。

しかし、騎士団に入隊する事しか頭になかったシュナイダーは気付きもしなかった。

男が身構える隙もなく素早く間合いに入り、みぞおちめがけて突きを放った。

「・・・・!?」

男は・・・気絶した。

「ふぅ。」

戦いが終わり、一つ安堵のため息をつくシュナイダー。

そこには先ほどまでの沈んだ気持ちはなく、嬉しさとすがすがしさに満ちていた。

(これで僕も騎士に・・・。)

期待に胸を弾ませ想像にふけっていたその時、追われていた女の子が木の影からこちらを見ていることに気が付いた。

慌てて駆け寄り声をかける。

「君、大丈夫? 怪我は無い?」

あまりにもお決まりのセリフではあったが、その言葉が自然と口から出てしまった。

「・・・。」

少しの沈黙の後、少女は頷いた。

言葉には出さなかったのだが、とにかく見た目では外傷は無いようだ。

間に合ってよかった。

とりあえず家まで送ってやらないとまずいと思い、シュナイダーは尋ねてみる事にした。

「怪我は無いようだね。君はどこの家の人だい?」

「・・・。」

返事は無かった。こちらに脅えているのだろうか?

まさか、あの男たちの仲間と間違われているのかな?

そんなことはないだろうと思いつつも、もう一度尋ねてみることにする。

「僕はあいつらの仲間じゃないよ。心配だから君を家まで送ってあげようと思ったんだけど・・・。」

「・・・。」

またしても返事は無い。少女は黙ったままだ。

ふと気が付くと、どうやらこちらを観察しているらしい。

少女はシュナイダーを上から下までじっくりと見回している。

「あの・・・。」

これにはシュナイダーもちょっと恥ずかしかった。

いくら少女にとって不振人物とは言え、こうもあからさまに視線を向けられては困ってしまう。

10歳位とは言え、少女の瞳は年齢とは思えないほどしっかりしていた。

(まいったな・・・。)

沈黙を保ったままの少女に対して、どうすればいいのか分からなくなってしまった。

出来るだけ早く戻らないと、男達の意識が戻ってしまうかもしれない。

と、突然少女が口を開いた。

「私と結婚してっ。」

「へ?」

なんとも間抜けな声を出したものだと自分でも思ったが、それ以上に少女の発言に驚いてしまった。

ただ助けてあげただけなのに、まさかこんな子供に結婚を申し込まれるとは!!

子供ゆえの冗談みたいなものかと思ったが、どうやら本気らしい。

目が冗談の目ではない。

「あの・・・。」

返答に困りなんともいえない声を上げると、少女が機関銃の様にしゃべり出した。

「私はあなたが気に入っちゃった! 顔も身長も剣の腕も優しいところも全部好き!!

 悲鳴を聞いてすぐにかけつけてくれたし、あなたなら私を絶対に守ってくれそうだもんね。

 あぁ、やっぱり結婚相手はこうでなくっちゃ。あんな奴と結婚なんてするもんか!!  ねぇ、名前は? 名前はなんて言うの?」

突然の変わり様にあっけにとられてしまい、呆然としていたシュナイダーだったが、

少女の問いかけにふと我に返り質問に答えた。

「えっ、ああ。シュナイダー。シュナイダー=ハーツ。」

「シュナイダーか、いい名前っ・・・。」

しどろもどろに答えはしたが、いまだに頭の整理が付かない。

一体何が起きているのか分からないといった状態だ。

少女は少女でシュナイダーの名前を気に入ったのか、少し顔を赤らめもじもじしている。

「じゃあシュナイダー、あの2人はほっといてどこかに連れて行って!」

嬉しそうにそう言うと、少女はシュナイダーの手を握ってきた。

「ええっ! ちょっ、ちょっと待って。あの2人をそのままにするなんて危険だよ。

 目が覚めたら確実に逃げ出してしまう。って、えーと、そうだ。とにかく君の名前を教えてよ。」

少女はシュナイダーの反応に少し腹を立てたのか顔をしかめる。

頬をぷーっと膨らませたかと思うと、力を抜いて答えてきた。

「私の事知らないの? シュナイダーはオライオンの人じゃないの?

 まあいいや。私はシャルロット。シャルロット=テルミドール=オライオンよ。」

「え?」

シュナイダーは首をかしげた。


オライオン?


(あれっ・・・ちょっと待てよ。)

シュナイダーは気が付いた。そういえばオライオンの王、レオV世には娘しかいない事を。

しかも、その年齢は確か10歳前後で名前は確か・・・。

「ええーー!!」

突然シュナイダーは大声を上げた。

今の今まで確実だった騎士団入隊の夢(あくまでシュナイダーの妄想)が、音も無く崩れ去って行くのを感じていた。

この少女が本当にシャルロット姫なら、後ろでのびている2人は姫のお目付け役に違いない。

そういえば近くで見ると着ている服も高そうと言うよりはかなり高級っぽい。

ふと思い出すと、お姫様はおてんばだって聞いた事が有る様な無い様な・・・。




(あぁーーーーーーーーーーーっ!!!!!)




このときシュナイダーは思った。




『生まれてから今に至るまで、今日は人生最悪の日だ』と。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




オライオン城。

強固に造られた城壁と、大陸屈指の騎士団に守られた鉄壁の守備を誇る城。

豪華な飾りつけは無いが、古くからオライオンの歴史と共にこの城はあった。

すでに建設から200年は過ぎたであろうが、その頑丈さは少しも衰えてはいない。

優雅さや華やかさは無いが、威圧感を感じさせるこの城はオライオンの象徴たる存在でもあった。

その城の一角。

他の部屋と比べると若干小さめの一室から怒声が響いていた。

男2人組み。

片方は顔中あざと貼られたガーゼでいっぱいの顔。更に鼻には詰め物がしてあった。

片方は胴を包帯でぐるぐる巻きにし、左手には松葉杖まで突いて脇腹をさすっている。

そう、シュナイダーが気絶させたあの2人である。


そしてその正面。

罵声を浴びせられながら、正座でうつむいている少年が1人。

もちろんシュナイダーである。

衝撃の事実を知った後。シュナイダーは泣きそうになりながらも事態の収拾に努めた。

倒れていた2人を恐る恐る起こし、考えられるあらゆる手段で介抱した。

痛みのやわらいできた男2人は怒りをあらわにしながらも、シュナイダーの肩を借りて城まで帰ることが出来た。

その間、引っ切りなしに何かを騒いでるシャルロット姫の言葉は、シュナイダーの耳に届くはずも無かった。

城に着いてすぐ今の部屋に案内され、もはや何もすることが出来ずに正座で座っているだけだった。

今、2人の発している言葉(汚い罵声)すらもシュナイダーは聞こえていない。

考えているのは今後の自分に対する処分だった。

(百叩き位ならまだいいかもしれないな、拷問を受けて一生城の雑用係とかかな。

 ま、まさか極刑は下されないよな? まだ16歳なのに死にたくない・・・。)

思い付くあらゆる処分の内容を考えながら時が来るのを待った。




そして・・・。




「シュナイダー=ハーツと言ったな。王がお呼びだ、私の後について来い。」

一人の執事風の男が部屋に入ってきたかと思うと、ついに王様からのお呼びがかかった。

(ついて来いって、これって連行って言うんじゃないの?)

腕を後ろに組まされて手錠をはめられ、大男二人に脇をがっちりと固められて連れて行かれている。

確かに『連行されている』と言った方が正しかった。

少し歩き、階段を一つ上がったところでようやく玉座の間に到着した。

玉座の間と言えど城の外装と同じように豪華と言う物ではなく、質素な感じでまとめられていた。

国中から慕われ、これぞ王と崇められている理由の一つでもある『最低限の税収』の姿がそこにあった。

やっぱり騎士になりたいと思いつつも、この現状をどうする事も出来ず、シュナイダーはただ言葉を待った。

部屋の中央に座らされ待つ事わずか、数人の従者に守られて王が姿を現した。


『レオV世』


正式名称、レオ=テルミドール=オライオン。

数百年と続くオライオン国の、現国王にして絶対の存在。

この国の繁栄は、外敵からの進入を守る騎士団の存在だけではなく、レオV世の力に他ならない。

民を苦しませる政治はせず、柔軟でそれでいて確かな政治手腕には近隣諸国の比にならない。

まさに王の中の王とされるレオV世は、完璧な支配者だった。

唯一不運だった事は、跡継ぎがシャルロット一人だけしかいない事だろう。

王妃ティアはハイムの普通の市民だった。

昔から病弱で体の弱かったティアはシャルロットを生んですぐ病死してしまった。

家臣は第二王妃をめとられるべきだと進言したが、レオは首を縦には振らなかった。

新しい血を王家に伝えるべきだと、新しい妃を受け入れる事を拒否した。

そのシャルロットの夫として名乗りを上げたのが現ハイム王の息子『ハーディス』である。

今日はシャルロットとのお見合いの席を設けるため、武闘会に民衆の目が行っている隙に催された。

ホープスの湖のそばにある王族の別荘で行われていた事を、当然シュナイダーも知らなかった。

その席で23歳になるハーディスは、シャルロットの事を『ガキ』と一蹴した。

それに怒ったシャルロットが別荘を飛び出した所にシュナイダーがいたのである。

追いかける御付の人間と人さらいを間違えるのも分からなくもない。

そんな偶然も合わさって、レオV世の前にシュナイダーは引き出された。

緊張とこれからの事を考えているだけで震えが止まらない。

唐突に、レオが口を開いた。

「そなたがシュナイダーか?」

「・・・ぃ。」

極度の緊張のあまり言葉が声になって出ない。その存在は圧倒的だった。

これほど近くで王に会った事は無い。ましてや自分の生死がかかった状態で、だ。

気が動転しそうなのを堪えるので精一杯だった。

だが、レオの言葉はシュナイダーにとっては意外だった。

「そう緊張するな、なにもお前を罰しようとは思っていない。誰かその手かせをはずしてやれ。」

「えっ!?」

「なぬっ!!」

「何ですとっ!!」

シュナイダーは驚いて声を上げたが、それと同時に例の2人も声に出して驚いていた。

2人にしてみれば、自分達をこんな風にしたシュナイダーに罰を与えないのは納得がいかなかった。

一方、シュナイダーは安心したせいで涙ぐんでしまっていた。

「シャルロットから話は聞いた。そなたはシャルロットを助けるために後ろの二人と戦ったそうだな。

 勘違いとは言え、その姿勢は立派である。罰を与えようなどとは思わん。」

「しかしそれでは私たちの立場がありません。」

男の片方が反論した。

会話の相手がレオの為に言葉は穏やかだが、明らかに不満のこもった声だ。

「そう言うなロブよ。お前とダンテの顔が、それほど凶悪だったという事だ。

 それに彼がいなければシャルロットに逃げられてしまったのではないか?」

「それは・・・。」

さすがに王にそう言われては男も・・・ロブと呼ばれた男も黙るしかなかった。

痛い思いをしたが確かにあのままいけば罰を受けるのは自分達だったかもしれない。

そう考えればこれぐらいで済んで良かったと思うべきか・・・。

レオの話は続いた。

「シュナイダーよ、そなたの剣技武闘会でも見せてもらったぞ。まだ少年とはいえ、見事であった。」

「も、もったいないお言葉、恐れ多いことであります。」

未だ半泣きのシュナイダーだったが、やっと緊張と恐怖から逃れられたようだ。

それに合わせるかのように横から聞き慣れた声が聞こえてくる。

「なに泣いてんだよシュナイダー、泣き虫だな〜お前は。」

「シュナイダーのせいでお城に帰って来たんだからね。責任とってくれるっ!!」

声の主はキースとシャルロットだった。

突然現れた顔見知りに驚き、涙の溜まった両目をごしごしとこする。

「な、泣いてなんかいないよ。それよりもなんでお前がこんな所にいるんだよ!」

待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべ、キースは答えた。

「ふっふ〜ん。これがなんだか分かるか、シュナイダー?」

そう言ってキースは首に掛けられた物を外して見せる。

「何だ? ・・・・・・・あーっ!!!!!」

この国の騎士団イオの隊員である証で、盾に剣の紋章が入った首飾り。この国の少年の憧れの一品である。

それをキースが持っているという事は・・・。

「お前・・・もしかして・・・。」

シュナイダーは恐る恐る聞いてみた。

「ソウ、ワタクシハ『キシ』ニナッタノデゴザイマス。」

「そ、そんな・・・。」

変な片言を使って話すキース。 予想はしていた。だが、いざ現実となるとショックは隠しきれない。

悔しさを必死に隠そうとしたが、どうしても出来ない。また涙が出そうになった。

一方、キースのほうはニヤニヤと絶えず笑みを浮かべている。

その会話を聞いていたレオは、シュナイダーに声を掛けた。

「もういいだろう、キースよ。シュナイダーよ、顔を上げよ。」

はっと我に返り、慌ててレオのほうに向き直る。

「先ほど言ったように、そなたの剣技は見事であった。邪な思いで剣を振るう者には騎士の証は与えられん。

 だが、そなたたちはどうやら違うようだ。よってシュナイダーよ。

 今日この時からそなたを騎士と認め、騎士団イオへの入団を許す。奮って精進するがよい。」

「えっ、あっ、は、はいっ!!!」

絶望から一転、天にも昇る気分となったシュナイダー。

結局、今度は嬉し涙を流しながらキースと抱き合って喜ぶ。

その姿を見て部屋中の人間が声を上げて笑っていた。

この時シュナイダーは心の底からこう思った。




『生まれてから今に至るまで、今日は人生最良の日だ』と。