第四章 特訓T 犬猿の仲を受け流せ?




オライオンの一角にある鍛練場。

この国にいる騎士や兵士がその職務の合間に使う施設。

特に騎士の称号を得た人間は、常にその実力を問われる。

自らを鍛える事、戦いの腕を磨く事は必然の事だった。

騎士としてあるべき条件は、ただ戦闘のプロフェッショナルになるだけでなく、政治の事や戦場での知識。

それらも求められているのではあったが、戦闘の実力があるに越した事はない。


とにかく、シュナイダーは騎士となって以後二週間。

様々な書類や仕事の指示、プリンセスガードの役割を徹底的に説明された。

その溢れんばかりの仕事と書類の山を受け取り、さらにシャルロットの遊び相手として付き合わされていたのだ。

それ故、まだ鍛練場へと足を運んだ事はなかった。

先日のジャンとの一戦後、ようやくそれらの激務から逃れられた暇を見て、シュナイダーは鍛練場へと向かっていた。


時間は午後5時半。


今日もかわらずシャルロットの遊び相手となっていたが、この時期は5時になると暗くなり始めるため、

辺りが闇に浸かる前に城内へと引き返すのが決まりだった。

今日のシュナイダーは気持ち悪いほど機嫌がよかった。

久しぶりに剣の稽古が出来る。しかも、尋常じゃない実力を持っていたジャンが相手をしてくれるのだ。

雲が空を覆う天気とは違い、シュナイダーは天晴れなほどウキウキしていた。

「久しぶりの稽古だ。やっぱり体を動かしてたほうが楽しくていいや。」

一日中緩みっぱなしの顔。

うかれて注意力が散漫になっていたシュナイダーはある物を見落としていた。


しっかりと目立つ場所に立ててあった立て札。

『弓練場』


そんなものには気が付かず、ただ鍛練場へと向かっていたシュナイダーの前を遮るようにロープが張られている。

・・・どう見ても道の邪魔だった。

「なんだよこれ、意味無い所に張ってあるなぁ。特に工事とかしてる訳でもなさそうだし、通り抜けても大丈夫だろ、よっ・・・。」


ヒュッ!!!


ロープを越えて進み始めた瞬間、シュナイダーの鼻をかすめて何かが飛んできた。

「うわぁぁぁぁぁぁ〜!!」

その悲鳴に合わせてドスッと二つの音がした。

1つはシュナイダーのしりもち、もう一つは高速で飛んできた物体・・・矢。

この位置からさらに50m程先で立っている、ワラの束ねた物を人に見立てて作られた的に命中している。

しかも、その人形の心臓部分を鋭く的確に射抜いていた。

月明かりも無く、闇に包まれた空の為、矢の飛んできた方向には何も見えない。

立ち上がろうと試みたが、どうやら腰が抜けてしまっていてまるで力が入らないようだ。

「今の声はシュナイダーか? どうした!?」

先ほどの悲鳴を聞きつけてやってきたのはジャンだ。

それともう一人、暗闇の向こう、矢の飛んできた方角から誰かが走ってやって来た。

「誰かいたのか?」

初めて聞いたその声。

月の出ていない闇の為に、完全に近づくまでそれが誰なのかシュナイダーは分からなかった。

二人がほぼ同時にシュナイダーの元に駆け寄る。


先に付いたのは誰か分からない男の方だった。

「新顔・・・シュナイダー・・・だったか?」

「えっ? あ、はい。」

話し掛けられるぐらい接近してようやく分かった。

見知らぬ声の主は第三部隊長、イリアス=フリードだ。

続いてやって来たジャンがシュナイダーに駆け寄る。

「おい、どうしたシュナイダー、大丈夫か・・・って、イリアス。てめーが何かしたのか?」

肩を怒らせ、見下ろすようにしてイリアスに近づいていくジャン。

そのジャンに怯む事なく、明らかに怒気を含んだ声でイリアスが答えた。

「俺が何かした? おまえのような単細胞と一緒にするな。俺はここで弓の練習をしていただけだ。

 何かをしたのはこのシュナイダーの方だ。練習中にロープを越えて入って来て、死ななかっただけマシだろう。」

「まだシュナイダーはここに来るのが初めてだ。知らなくたってしょうがないだろう!

 お前がこんな暗くなってから矢を撃つほうが危ねぇだろうが!!」

「弓兵はどんな状況でも的確に敵を撃つ必要がある。闇夜でも同じ事だ。」

「はっ、それならもっと周りの気配をよんでやれよ。仲間にあ・て・な・い様にな!!」

「お前こそ部下の教育はしっかりやっておけ。立て札の読み方くらい、お前でも教えられるだろう。」

「自分の事を棚にあげて人に注意するのか!?」

「それはこっちのセリフだ。」

「んだと! やる気か!!」

「フン・・・!!」


・・・何か自分のせいでとんでもない事になってしまったとシュナイダーは思っていた。

イリアスの言った事が本当なら悪いのは確実に自分だ。

ただ、すぐに誤ろうとしたが二人の口論の激しさに圧倒されてしまい、口を挟む事が出来なかった。


数秒が数分にも感じられた一瞬。


一触即発の状態のまま更に数分。


殴り合いにでもなるかと思われたジャンとイリアスの両者だったが、無言のままイリアスが来た方角へと帰ると、

ジャンもまた無言のままシュナイダーの服の首筋をつかみ、猫のように持って歩き出した。

「ちょっ、あの、ジャン隊長! 離して下さいよ。悪いのは僕なんです、イリアスさんに誤らないと・・・。」

バタバタと暴れるシュナイダーの言葉を無視して、ジャンは鍛練場へと向かって行った。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




深夜。

稽古を終え、自分の部屋へと戻ったシュナイダーは考え事をしていた。


ジャンとイリアスの口論の後、ペットの様に鍛練場へと連れて行かれ中に入ってみると、

そこはシュナイダーの通っていた剣術場とは比べ物にならない広さだった。

そこまで来てようやく降ろされたシュナイダーは、その凄さに驚きポカンと口を開けて魅入ってしまったぐらいだ。


・・・オライオンの騎士団イオに正式に入隊した自分。

だが、ここでは自分のやってきた事がまるでちっぽけな物のように感じられる。

一日一日が全て勉強だった。

今日この鍛練場の稽古もまた、シュナイダーには成長するきっかけの一つに違いない。

「おい、ボーッとしてんな。始めるぞ。」

いつのまにか二つの剣を持ってきたジャンが話し掛ける。

「あっ、すいません。え? ジャン隊長も剣を使うんですか?」

「・・・俺は馬鹿力でブンブン斧を振り回すだけの野蛮人じゃねぇよ。とりあえず剣も使えるの。

 それにあの斧じゃ剣の稽古にはならないだろ? まぁ、実力は見てのお楽しみだ。」

「はぁ、分かりました。では、よろしくお願いします。」

「おう、どっからでもかかってきな。」


昨日のジャンのあの姿を見ていただけに、持っている剣が何ともちっぽけに感じられた。

シュナイダーはとにかく『未知』のジャンの剣の腕を確かめようと、構えるや否や打ち込んだ。

「だぁぁぁぁ!!」

とりあえず正面から一気に間合いを詰め、上段から剣を振り下ろす。

ジャンの実力が高いとはいえ、シュナイダーの剣の腕も確かな物だ。

ジャンがどう対応してくるのか? この一撃で見極めるつもりだった。


が、申し分ないスピードと体重の乗ったその一撃は、信じられないやり方で無効化される。

一歩も動かなかったジャンだったが、シュナイダーの攻撃を見極めると自分は剣を振り上げた。

剣と剣とがぶつかり合った瞬間、シュナイダーの持っていた剣が真っ二つに折られ、宙を舞った。

「う・・・そ・・・っ?」

そのあまりにも意外な光景に、シュナイダーは衝撃を受けた。

振り下ろされる剣を受け止めた側が折られるならともかく、振り下ろした剣が折られる事はまず有り得ないからである。

(剣の強度があまりにも違いすぎる場合は別だが。)

呆気に取られているシュナイダーを尻目に、ジャンは笑って答えた。

「わりぃわりぃ、剣を持つのは久しぶりでよ、力の加減をミスっちまったい。」


・・・と言うか、そんな問題ではない。

普段は明らかに『馬鹿』に見えるジャンの凄さを、シュナイダーはまた知った。


折れた剣の代わりを持ってくると、シュナイダーに手渡す。

「じゃあ続けるか、今度は俺から行こうかい。」

唖然としているシュナイダーをよそに、ジャンは剣を構える。

それを見て慌ててシュナイダーも剣を構えるが、一瞬にして間合いに入られた。

「ボーっとして怪我すんなよ。今から30発お前に打ち込むぜ、それを防ぎ切れたらお前の勝ちだ!」

「ええっ!?」

「そら、まずはこいつから!」

シュナイダーの右を狙ったなぎ払い。

特に工夫も無いその一撃、防御に自信を持っているシュナイダーには簡単に防げる攻撃だ。


キィィン!!


「よしよし、初めの10発は小手調べだ。ちゃんとガードしてくれよ。」


キン!

キィン!


普段なら何も問題なく防いでる敵からの攻撃。たとえ相手がジャンだとて例外ではない。

身のこなし、目線、腕の振り。

それらから相手の攻撃を読む力、その点に関してはシュナイダーは一流である。

いや、超一流と言ってもいいかもしれない実力を持っていた。

2、3、4・・・休むことなく繰り出されるジャンの攻撃を完璧に防ぎ続ける。

「よし、こいつで10だ!!」

(・・・ここ。)


ガキッ!


ジャンの動きを読み、問題なく防いだシュナイダー。

交差した剣を挟んでジャンが笑顔で話しかけてくる。

「よしよし、いい動きじゃねぇか。そんじゃ続けていくぜ。」

両者共に後ろへ飛び退き、再び間合いを取って剣を構え直した。


ジャンの言う小手調べの10回の攻撃を防いだシュナイダー。


一方、ニヤニヤと嬉しそうに笑いながら剣を構えているジャン。


昨日のジャンとはまるで違うその様子に、シュナイダーは少し苛立っていた。

今受けた攻撃の全てが、明らかにシュナイダーを馬鹿にした攻撃である事は間違いない。

しかし、なんとなく自分の体が重いのにシュナイダーは気が付いた。

(おかしいな・・・?)

今まで感じた事のない感覚を不思議に思う。

それでも考えている暇はなかった。

「ここからはちょいと本気でいくぞ、俺がお前に何を教えたいか分かってくれよ。」

それだけ言って再びジャンが攻撃を始める。

(特に変わりはないけど・・・僕に何かしてるのか?)

先の攻撃と同様、特に工夫もない攻撃がシュナイダーに向けられる。

それを防ぐため向かってくる剣の軌道上にガードを固める。


ガギッッッ!!


「うっ・・・!」


簡単に受け止めたその一撃。

だが、その一撃は先程までの攻撃とは明らかに違った。

(重い・・・。手が・・・。)

たった一撃受けただけで、シュナイダーの剣を握る手は震えていた。

その様子をジャンはしっかり見ていた。

へらへらと笑っていた顔が、急に真剣な表情になる。

「今のでちょっとは分かったか? 次からは反撃していいぜ。で・き・れ・ば・だが。」

再度間合いを詰めて攻撃を開始するジャン。

反撃をしても良いと言われた以上、シュナイダーもそれを迎え撃つ体勢をとる。

「せいっ!」

ジャンの何の変哲もない攻撃。

また同じようにシュナイダーが受け止める。

すかさず反撃・・・のつもりでシュナイダーはいた。

これまでの攻撃を全て受け止めてきたが、どれも攻撃の後が隙だらけで反撃してくれと言わんばかりであった。

反撃の許可が下りたのだから遠慮する必要は無い。


ガギッ!!


互いの剣がぶつかり合う鈍い音。

続けてシュナイダーの反撃・・・のはずだったが、それが行われる事はなかった。

「く・・・うぅ。」

ジャンの一撃は凄まじく重かった。

攻撃はしっかりと受け止めた。受け止めたが、その衝撃に自らの手が耐えられなかった。

「ほれ、そのままじゃ次が受けられないぜ。」

間髪入れず、ジャンの攻撃が繰り出される。

「う、ああっ!!」

その一撃をシュナイダーは受け止めきれず、剣を弾き飛ばされてしまう。

痺れていた手は握力がなくなり、その衝撃に耐え切れなかったのだ。

慌てて剣を拾うシュナイダー。

しかし、体勢を整える前に、ジャンの剣がシュナイダーの顔に突きつけられる。

「チェックメイト、だな。」

「・・・。」

「そんな、暗い顔をすんなよ。俺が言いたい事が何なのか分かったか?」

「腕力が足りない・・・ですか?」

「はははっ、まぁ、確かにもっと力をつけた方がいいかもな。」

「そうじゃないんですか?」

「そ、今の俺の攻撃をどう感じた?」

「特にスピードが速い訳でもなく、フェイントもかけていたようでもない。

 ただ一撃一撃がとても重くて・・・耐えられませんでした。」

「そうそう、そこが問題。今お前の言った事が全てだ。

 お前の戦い方は武闘会で見せてもらったんだが・・・まだ才能を生かしきれてないんだな。」

「えっ?」

「今の俺の攻撃、確かにフェイントはかけてないがスピードはそれほど手を抜いてない。

 それを全て受け止めたのはお前の才能と言うか実力だ。」

「はぁ。」

「そうだ。守備に関して、特に相手の動きを見切る力に関してだけならお前はおそらくネルソン隊長よりもレベルが高いぜ。」

「本当ですか!?」

ジャンの口から出た言葉。

その言葉にシュナイダーは正直嬉しかった。

まさかジャンほどの実力者から、しかも『ネルソン隊長より上』なんて言われるとは思ってもみなかったからだ。

「だがな、『受け止める』じゃ駄目なんだ。万が一俺みたいな力押しのタイプの敵と戦えば今みたいな事になる。

 『受け止める』じゃなくて、『受け流す』をもっと鍛えたほうがいいぜ。そうすりゃお前の防御は完璧になるかもしれねぇ。

 下手すりゃ、ほんの一撃相手の攻撃をかわすだけで、勝負が決まるようになる事も出てくるだろ。」

「受け流す・・・。」

「手だけじゃない、全身を使って覚えなきゃな。まぁ、そのためにはもっと体の線を太くしたほうがいいかもな。」


「・・・。」


「・・・。」


「・・・。」


・・・。


・・・。


・・・。


今日の出来事を思い出しシュナイダーは天井を見つめていた。

いかに自分の力が足りないのか、未熟なのかを思い知らされた。

騎士団に入り改めて世界を知ったような、そんな気がしてならなかった。

だが、後悔するつもりもなければ、落ち込む気持ちもなかった。

自分の可能性を新しく見出す事が出来たのも事実だからだ。

ジャンの言った『完璧な防御』、そこから繰り出すカウンター。

それを体に覚えさせる事が出来れば、更に上のレベルに進む事が可能になる・・・。


それを教えてくれたジャン。

隊長クラスの実力とはあれ程までに凄い物なのだと実感した。

あの後、約一時間ジャンと手合わせをしたが、いいように遊ばれただけだった。


そして、他の3人の隊長達。

ネルソン騎士長、フォル副長、今日弓の練習の邪魔をしてしまったイリアス弓隊長。

その3人の実力をこの目で見たい。

更に剣や弓の稽古をつけてもらえたらなぁ。

そんなことを考えているうちに、いつのまにかシュナイダーは眠りに落ちた。



その夜見た夢。

『ライバルのキースと闘い、一方的に勝利する』といった内容だった。