第五章 特訓U 隊長クラス




前日に引き続き、シュナイダーは鍛錬場へと足を運んでいた。

プリンセスガードの仕事をしている以上、ここに来れる様になるのは午後六時ごろ。

この時間帯は夕食前のひと運動のため、この施設を利用している人間は多い。


今日はジャンとの約束もしていないので、シュナイダーは一人で来ていた。

たとえ一人でも十分鍛錬が可能なほどの種類の設備が揃っている。

揃ってはいるが、シュナイダーは昨日ジャンに言われた『受け流す防御』の感覚をつかみたかった。

それにはどうしても相手が必要である。

場内に入るや否や、とりあえず知った顔を捜してみるが誰もいない。

そのついでに誰か暇を持て余している人間がいないかどうかも見てみるが、そんな人間がいるはずもなかった。

「う〜ん。」

新しい自分の可能性を試そうと、期待して今日は来ていただけに残念だった。

・・・溜息が出てしまうのも当然と言えば当然だ。


仕方なく打ち込みの練習でもやろうと歩き出した瞬間、不意に後ろから声がかかる。

「剣の相手を探しているのなら、俺が相手をしようか?」

「えっ? はいっ!!」

思わぬ申し出にシュナイダーは喜び振り向く。

しかし、そこに立っていたのは・・・?


「あ゛あ゛!!」


なんとなく聞いた事のある声だとは思ったが、まさか声をかけてきた人物が昨日のあの一件の相手。

イリアスだとは思いもしなかった。

「変な声を出すな。こっちが驚くだろう。」

「えっ、あっ、あの・・・。」

昨日の事を思い出すと、非常にバツが悪い。

自分が悪いのは明らかのに、ジャンとイリアスの口論のきっかけを作ってしまった。

それに結局のところ、一言も謝ってはいない訳だ。


そんなシュナイダーの様子を見て察したのか、イリアスが声をかける。

「昨日の事ならすまなかった。気に入らないがあのバカの言う通り、あれは俺のミスだ。」

「ええっ!! そんな、悪いのは僕です、僕のほうです。本当にすみませんでした。」

まさかイリアスの方から謝ってくるとは思わなかった。

だが、それが逆に旨く謝るきっかけとなり、シュナイダーは深々と頭を下げ、心を込めて謝った。

「気にするな、悪いのはこちらだ。バカの挑発に冷静さを失ってしまったが、お前の気配を感じ取れなかった俺のミスだ。」

「僕の気配・・・ですか?」

「ん? ああ、距離が遠くなればなるほど敵に当たるまでの時間がかかる。相手の気配を感じ、動きの先を予測しなければ矢は当たらない。」

「でも、あの時僕からはイリアスさんの姿は全く見えませんでしたけど・・・。」

「今の俺の弓の射程はおよそ200m。昨日はその距離で練習していたからな。」

「に・・・ひゃく・・・。」

それほど遠くの人間を気配を感じることなど、常人には不可能に近い。

しかも、その先で動く人間に当てようと言っているのだ。


獣のような敏感さ、集中力。

そして、驚くべき弓の腕。


イリアスもまた、自分の想像をはるかに超える力を持った人間なんだとシュナイダーは知った。

とにかく、騎士団イオの隊長と呼ばれる人達は皆、『常人』を超えた実力を持った人なのだと。

「昨日の事はもういいだろう? それより今日は俺も剣の稽古に来たんだが。どうだろう、一つ手合わせ願えないか?」

「はい。こちらこそよろしくお願いします!」

これはシュナイダーにとって再びチャンスとなった。


『弓騎士長、イリアス』

その剣の実力をこの目で見れる。


確かに昨日の一件で少し躊躇はした。

初めて会った時から感じていた、寡黙で人を寄せ付けないような鋭い視線に良い印象は持たなかった。

でも、実は結構優しい人・・・。


ジャンとの仲が気になる所だが、とりあえず今はこの瞬間に集中するのみ。

昨日と同じように稽古用の剣を準備し、鞘から引き抜く。

両者互いに剣を取り、そして構えた。

イリアスはジャンとは違い、それほど身長が高いわけでもなければ、パワーファイターと呼べる見た目でもない。

だとすると技巧派の剣士なのだろうか?

もしそうなら戦いがいのある相手、自分の稽古に最も必要な相手だ。


だがそこで、シュナイダーは自らの持つ感覚が少しおかしい事に気付いた。

(ん? 何だろう、この感じ・・・。)

昨日のジャンとの稽古では、その圧倒的な『力』によって腕の感覚を封じられた。

結果的に剣を持つ握力が無くなり、得物を弾き飛ばされた。

それとはまるで違う感覚。

当然だが、腕がしびれているなどといった事ではない。


不可思議な違和感。


それが何であるかつかむ事の出来ないまま、イリアスが先手を取って動き出す。

「こちらから行くぞ、お前は全力で来い!」

「っ!!」

イリアスの先制攻撃に、完全に反応が遅れたシュナイダー。

それは油断が生み出したものではない。

どんな相手であろうと見切ってきた、相手の動きを読む力がまるで無くなってしまったように思えたのだ。

今日の稽古で練習しようとしていた、受け流し防御なんて出来るはずもない。

イリアスの攻撃をかろうじて受け止めるだけで精一杯だった。

「俺のような相手と戦った事はないか? ならいい練習だ。気配や殺気を消して移動し、

 攻撃のほんの一瞬だけそれを表に出す敵がいる事を知っておけ。」

「うっ! くぅっ!!」

ジャンのように一撃一撃が重い攻撃ではない。

しかし、イリアスの動きを読むことが出来なかった。

目に見えているはずなのに、消えたり現れたりしているような感覚だ。

初めて味わうその感覚に加え、尚且つ凄まじいスピードで繰り出される攻撃。

反撃するどころか、ほんの一瞬の攻撃の意思を感じることに全神経を使わなければ、イリアスの攻撃を受け止め切れなかった。

「お前の剣の特徴は防御だろう? ならば自分の持っている感覚を研ぎ澄まし、俺の動きの先を読め。

 やってみろ、目で追っているだけではいずれ受けきれなくなる。」

「くっ、そ、そんな事を言われても・・・!」

イリアスの剣技は、単純に見てもレベルが高かった。

ジャンはそれに、強靭な筋力を使って自分の剣の形を作っている。

イリアスは逆に、自分の気配や殺気を断つ事で剣閃を読み辛くしていた。


キン


キィン


なんとかその攻撃に耐えていたシュナイダーだったが、徐々に体制を崩され始める。

それを立て直そうと、イリアスの言う通り動きの先を読もうとするのだが、そう簡単に分かるものではなかった。


一撃、そしてまた一撃。


昨日のジャンの時と同じように、防戦一方の状態が続く。

そして・・・。


ギィン!!


一際高い剣のぶつかり合う音が響いたかと思うと、シュナイダーは剣を取り落とした。

そのシュナイダーの眼前に、イリアスの剣先が向けられる。

「チェックメイトだ。」

「・・・。」

その言葉を聞いて、シュナイダーは思わずイリアスを見つめてしまった。

「・・・どうした?」

「イリアスさんとジャン隊長って、実は仲がいいんですか?」

「なっ・・・馬鹿な事を言うな! どうして俺があのアホと仲良くしなきゃいけないんだ!!」

「いえ、その・・・さっきの『チェックメイト』って台詞、昨日のジャン隊長も使ったんです。」

「そういうことか、あいつと俺は同期入隊だ。今のお前のように俺達もネルソン様に稽古をつけてもらっていた事がある。

 その時から聞いていたネルソン様の口癖が『チェックメイト』と言う訳だ。それが頭に残っていたのでついな。」

「そうなんですか。」

「まぁ、あいつは確かにバカだがあの戦闘センスは認めてやる。

 俺と違って周りの人の和にすぐ溶け込める分うけも良いし、部下の面倒見も良い。」

「じゃあ・・・」

シュナイダーが口を開いた瞬間、イリアスは急に怒りの表情を浮かべ、シュナイダーの顔を覗き込むようにして言い放つ。

「だがな、あの能天気な性格! だらしない服装! 騎士らしからぬ不真面目さ! あいつのそういう所が大嫌いなんだよ!!

 いいか? 俺と奴の仲がいいなんて二度と言うな!!」

「は、はぁ。」

しかしこの時、シュナイダーは先日の事を思い出していた。


昨日のジャンとの稽古が一段落した後、思い出して慌ててイリアスに謝りに行こうとするシュナイダーを、ジャンが引きとめていった言葉。

「あいつの事は気にすんな、お前が誤りに行ったって誤り返されるに決まってる。

 ・・・弓の腕なら確かにどんな人間もあいつには勝てねぇだろ。弓に関してはプライド高いからな。

 やれと言われた事は必ずその期日前までに仕上げてくるし、戦場では常に冷静だし・・・っておい!!

 何だシュナイダー、その顔は!! ニヤニヤしてんじゃねぇ!!

 いいか、今のはなんとなく言っただけだ。俺はあいつが細かい所に神経質だったり、何やっても回りの人間と馴染もうとしなかったり

 チャラチャラ気取った服装とかが嫌いなんだよ!! この野郎、いつまで笑ってんだ・・・」

なんだかんだ言って、お互いの良い所を認め合っているんだとシュナイダーは知った。

昨日の一騒動の時も、口論と言うか口喧嘩にはなったが、つかみ合いの殴り合いはしていない。

実はいいコンビなんじゃないかとすら思えてきてしまう。

それはなんとなく自分とキースの関係みたいにも思える。

そんな二人の関係をちょっとだけ知る事が出来て、シュナイダーはつい笑顔になってしまった。

しかし、そんなシュナイダーの表情に、怒りの表情でイリアスが話し続けている。

「返事が曖昧だ。いいか、そもそもなんであんないいかげんな奴が騎士になって・・・」

イリアスの長い小言が続くかと思われたその時、鍛練場がざわざわとうるさくなり始めた。

怒りの矛先を上手くかわされたイリアスはプルプルと震えているが、シュナイダーは全く気にしていない。

「どうしたんだろう、何かあったのかな?」

きょろきょろと辺りを見回すシュナイダーに対し、イリアスはそのざわつきの原因が何なのか素早く見つけていた。

一瞬で怒りの表情は消え、いつもの淡々とした口調が戻っている。 「シュナイダー、お前は運がいいな。ろくな稽古になってないが、今日はこれで終わりだ。」

「えっ?でも、たった一度だけしか手合わせしてないですよ。時間はまだ十分ありますし・・・。」

確かに今日はわずか十数回の打ち込みを受けただけの稽古だ。

シュナイダーにしてみれば、せっかくの稽古相手を手放すのは惜しい。

初めて体験したイリアスのような剣術を、もう少し体で体験したかった。

だが、イリアスのこの一言。



「よく見ておけ。この国の最強の兵士二人が、本気で戦う姿を。」



数分後、シュナイダーはその言葉の意味を理解する・・・・・・。