第六章 特訓V 対峙、オライオンの獅子




シュナイダーの目に飛び込んできたのは、武器を持って対峙する二人の男の姿だった。

その二人の男を知らない人間は騎士団にはいない。

この国に生きる人ならば誰もが敬い、感謝し、子供たちの夢であり憧れであり希望でもある人物。

レオ三世に次ぐ人望を持つ男。

騎士団総隊長『ネルソン=グローリー』

そして、そのネルソンと対峙しているのは、のんびりとした物腰柔らかな口調が特徴的な男。

騎士団副長『フォル=グローリー』

その二人であった。

「俺達も行くぞ。ネルソン様には叱られるかもしれんが、あの二人の手合いはめったに見れるモノじゃない。

 シュナイダー、お前は運がいいな。騎士として『力』を磨こうと思うのなら、あの二人を最終的な目標にするべきだ。

 ・・・まぁ、強さには限りが無いという事を知るかもしれんがな。」

イリアスは普段なら確実に見せないほどの興奮した様子で話しかけて来た。

そんなイリアスの姿も以外だったが、何より意外だったのはフォルの事だ。

騎士としてしばらく過ごしたが、フォルの実力がどれほどなのか全く分からなかった。

むしろジャンやイリアスの強さを見た後では、全く強いとは思えなかった。

なぜならフォルは常にニコニコしており、武器を持って戦うような人間にはまるで見えなかったし、

初めて会った印象から、この人は騎士団の軍師的な存在なのだとシュナイダーは思ってしまっていた。

「ネルソン総隊長が強いのは誰でも知っていると思うんですけど、フォル副隊長は強いんですか?」

昨日の事はすっかり忘れてしまった感じで、シュナイダーはイリアスに聞いていた。

イリアスは逆に、シュナイダーを不思議な物を見るような目つきで答えてくる。

「フォルが強いか・・・? お前は人を見かけで判断するなという言葉を知っているか?」

イリアスのその馬鹿にしたような質問にシュナイダーは少しムッとしながらも頷いて返答する。

「なら答えは簡単だ。あいつはその言葉の良い見本だな。真剣勝負で戦えば、

 多分・・・俺はあいつに一撃も入れられずに負けるだろうよ。」

それだけ言うとイリアスは再び視線を二人へと戻した。

その視線にはやはりどこか興奮しているような様子が感じられる。

「とにかく見れば分かる。いや、見ても分からないかもしれないが。」

・・・?

意味の分からない言葉だったが、シュナイダーもイリアスと同じ様に二人の方へと視線を戻した。

しかし信じられない。

どうやってもフォルが強いというイメージが浮かんでこない。

と、そんなシュナイダーの思考を止めるように、二人が武器を構えた。

「いよいよだな。」

イリアスのその言葉を最後に、あれほどざわめいていた場内が、水をうったように静まり返った。

ゴクッ・・・!

その異様な雰囲気に気圧されて、シュナイダーは唾を飲み込んだ。

ネルソンとフォルの視線が合うと、一瞬の時間を待って2人は動いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



ネルソン=グローリー。


大陸最強の騎士団イオを束ねるオライオン軍の総隊長である。

ネルソンが総隊長となって以来、オライオン城が戦火に包まれた事は無く、

その鬼人の様な剣の実力と軍を指揮する統率力が、『最強』という雷名となって大陸中に広まった。

四十を過ぎ、すでに五十という年齢が近づいたにも拘らず、剣の腕は衰える事を知らず。

数々の経験によって研かれたその戦技は、今もなお、成長し続けていると言われている。


フォル=グローリー。

そのセカンドネームが示す通り、ネルソンとフォルとは親子である。

ただ、血の繋がりは無かった。


ネルソンがまだ、オライオンの一兵士として戦場を生きていた頃、一つの町で盗賊との激しい戦闘が行われた。

その戦闘の最中、ネルソンの耳に届いた泣き声が赤子の時のフォルの物であった。

ネルソンが兵士となるきっかけとなった事、それは戦争によって家族を失った為であった。

それ故、彼は一人で泣き叫ぶその子を見捨てることが出来なかったのだ。

自分はすでに戦場でしか生きる事が出来ないとネルソンは考えていた。

いつ死ぬかもしれない自分。

その事を考えると妻を得て、子を得て、家族を持ちたいとは思っていなかった。

死がもたらす物。

悲しみ、絶望、後悔、苦悩・・・。

そういった人の持つ感情を、家族を持って残してしまうのを恐れたのだ。

しかし、この小さな赤子を誰かに託してしまおうとはなぜか思えなかった。

オライオンへ戻ると、ネルソンは許可をもらい、自分の住む兵舎でその子を育てる事にした。


不器用。


剣の腕は日毎、年毎に上達していったが、子育ては毎日が悪戦苦闘だった。

仲間からも、城に使えている人間達からもからかわれたりした。

それでも毎日が充実した日々になっているのは間違いなかった。

・・・数年間で、戦は幾度となく繰り返された。

一人、また一人と戦友が倒れていく中、ネルソンは生き抜いて来た。

オライオンの為にという気持ちは当然あったが、何よりフォルのために生き続けたかった。

戦場を生き抜くたびに剣の腕は上がり、ただの兵士から騎士しての称号を受け、小規模の部隊長になった。

この頃からだろう。

オライオンの獅子と呼ばれるネルソンの実力が発揮されたのは。

わずか数年で騎士団の総隊長まで上り詰めたその実力は、国からは信頼となり、他国からは恐怖となった。

ネルソン自身はそんな自分の変化に対して何も感情を抱かなかった。

ただ・・・生きたいと思った。

息子となったフォルの成長を長く見ていたかった。

男手一つ、しかも不器用な自分が持った唯一の家族。

フォルに対して何故そこまで自分がこだわるのか分からなかったが、いつしかネルソンは行き続けたいと願うようになっていった。


フォルはそんなネルソンの姿を誇りに思っていた。

母親がいない事は苦痛ではなかった。

父とその大勢の仲間に囲まれて育ってきたので寂しい思いはしなかった。

その反面、父の存在が重く重圧となってのしかかって来た。

何の特徴もない一介の兵士から、騎士団総隊長まで上り詰めた父。

その息子である自分に向けられる周囲の期待は多大なものだった。

ネルソンはフォルを兵士にしようとは思っていなかった。

だが、幼い頃から兵舎で育ってきたフォルは、父がこの国においてどれほど重要な人物かを知っていた。

そんな父に恥をかかせたくなかった。

比べられる事は嫌だったが、父の愛するこの国の為に何かをしたいと思った。

・・・行き着いた先は、戦う事。

剣や槍、弓といった武器の扱い方を学んだ。

国の政治について、軍の戦略について、あらゆる事を学んだつもりだった。

それでも、父を超えるどころか追いついたと思える時は一度もなかった。

越えることの出来ない壁、そんな感じがしていた。

時は過ぎ、いつしか自分が騎士団副隊長を務める事になってはいたが、それは父の存在の為だとしか思えない。

振り払えない何かがフォルにはあった。

ただ、父との手合わせは好きだった。

全てを忘れて、目の前の父と本気で向き合う事が出来る。

自分を確かめる事が出来る。

静かな高揚感がフォルの全身を包んでいた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



先手を取ったのはネルソン。

一瞬の踏み込みから放たれた剣閃が、フォルを捉えようとする。

恐ろしく鋭いその一撃、それをわずかな動きと共に受け止めるフォル。

両者の武器が激突した瞬間、鍛錬場を破壊するのではと思うほどの気合がほとばしる。


「ぬうぅぅぅぅっっっ!!」

「はあぁぁぁぁっっっ!!」


ほんの数秒の押し合い。

均衡した互いの力が気合と共に弾けて消え、吹き飛ばされたように後退した。

見物人の内の数人は、あまりにも激しいその気合に押されて尻餅をついていた。



・・・・・・。



音もなく静かな空間、そこには嵐のような闘気の渦。

再び二人の間合いが近づく。

ネルソンの得物は長剣。

特に変わりのない品だが、ネルソンと共に幾度もの戦場を戦い抜いた剣である。

一方、フォルの得物は槍、それもただの槍ではない。

『突く』を中心に考えられたのが槍だが、フォルの槍は『払う』の攻撃も行えるように片側にだけ刃がついている。

俗に言う『ハルバード』と呼ばれる物だった。

リーチ差で考えればフォルの槍のほうが圧倒的に長い。

つまりフォルは離れた距離を自分の間合いとし、ネルソンはそこに飛び込む形だった。

フォルのその槍の間合い、言葉を代えれば『結界』とも呼べるその範囲に踏み込めるのはネルソンしかいない。


一度だけ呼吸を取ってネルソンがまた動き出す。

それを待っていたようにフォルの槍がネルソンに襲いかかる。

踏み込みに合わせて繰り出されたフォルの突きを紙一重の差でかわし、間合いを詰めようと前に出るネルソン。

そこにかわしたと思ったフォルの突きが、すかさず側面へのなぎ払いとなって向かって来る。

かわせずにその攻撃を剣の腹で受け止めるが、フォルの攻撃は止まらない。

手前に引かれた槍の先が、ネルソンを貫かんと迫る。

完全にフォルの間合いとなり、連撃がネルソンの体を左右へ振り回す。

繰り出される攻撃を長剣で打ち払いながら隙を窺うネルソン。


そんな光景をシュナイダーは瞬きもせずに見つめていた。

自分の想像をはるかに超えた二人の実力に、驚愕していた。

稽古なのだというのに、二人の攻防は命を削る様なものだった。

この場で見ている限りでは、二人の実力はかなり拮抗していると思えた。

武器の特性上、槍を使っているフォルの方が一般的には有利だと言う人間もいるだろう。

だがここでは、この『戦場』では、そんなものは言い訳としかならない。

槍が剣より有利だと思うのならば、剣を捨て、槍を持てばいい。

フォルは槍の腕を磨き、ネルソンは剣の腕を最大限にまで極めているだけだった。

はっきりと思う事、それはこの二人には間違いなく『勝てない』という事。

ネルソンの攻撃を防ぎきる事、自分には無理だ。

一撃目、二撃目までは防ぐ事が出来るかもしれない。

だがそれで終わりだ。

次の攻撃に反応する前に次の一手が打ち込まれる。

それほどまでにネルソンの動きを予測できない。


ではフォルならどうだろうか?

・・・イリアスの言った事、そして自分の甘さが身に沁みて分かる。

あの槍の間合い、そこに飛び込む事など自分には出来ない。

かと言ってフォルの攻撃の隙を窺って守りを固めれば、ネルソンと対戦した時の想像と変わらない結末だろう。

あれこそが『絶対防御』なんだとシュナイダー感じていた。

しかし、そこにネルソンは踏み込んで行く。

興奮している自分がはっきりと分かった。


不意に、同じ様に興奮している様子のイリアスが隣から離しかけてきた。 「これがこの国の騎士団を束ねる人間の実力だ。そして副隊長の実力も分かっただろう?

 あいつの凄さはこの程度じゃない。よく見ていろ、信じられない技が出るぞ。」

口には出さず、頷いて返答するシュナイダー。

すでにこの二人の手合わせから目が離せなくなっていた。

信じられない技が何なのか考える事も無く、ただ夢中になっていた。

繰り返されるネルソンとフォルの攻防。

見る者を威圧するその両者の姿、しかし、この場にいる全ての人間が引き付けられていた。

と、常人には分からないほんのわずかな隙、若干大きく向けられた突きの戻るタイミングを計って槍を大きく弾いた。

その一瞬でフォルとの間合いを詰め攻撃を繰り出すも、フォルは武器を弾かれた勢いを利用して槍を反転させると同時に、

繰り出されるネルソンの長剣の攻撃を逆に槍の柄の部分で弾き、がら空きになった体目掛けて切り上げる。

イリアス以外の人間は、何が起こったのか分からないだろう。

それほどまでに高速の技だった。

全力で振りぬかれたフォルのその一撃は空を切った。

空を切ったように思えたが、ネルソンの上着を斜めに断ち切っていた。

・・・少しだが血が滲んでいるようにも見える。


そこで二人は構えを解いた。

「見事だ、また腕を上げたな。」

「いえ、今のは偶然です。ほんの一瞬反応するのが遅ければ、私の方がやられていました。」

「その一瞬が、今の私とお前の差なのだ。」

「・・・。」

「そろそろ自分の実力を認めたらどうだ。お前はもう私を超えている。」

「・・・私は―――。」



うおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!!



言いかけたフォルの言葉をかき消すような大歓声が上がった。

シュナイダーはもちろん、イリアスも声を上げて歓声を送っている。

「何をしておる! ここは見世物小屋ではない、己を研く場であろう!!

 鍛錬が終わったのならさっさと夕食を済ませ、体を休ませよ!!!」

先程のまでの気合と同じ様な怒声が響き、場内の兵士たちは慌ててその場から立ち去った。

再び静まり返った場内には、ネルソンとフォル。

そして、イリアスと腰が抜けて立ち上がれなくなったシュナイダーの4人だけが残っていた。

「いつ見ても恐れ入ります、ネルソン様。そしてフォルの槍さばき。」

二人を心から尊敬している様子で、イリアスが最初に口を開いた。

「・・・お前も隊長としての自覚があるのなら、兵士達をもっと引き締めぬか。」

「皆は御二人の戦う姿を、自らの糧にしようとしているのですよ。祭りの様になってしまってますが。」

「見世物として手合わせをするのではないぞ。お前も部隊を率いる者の一人なのだ、うかれるのは程々にせよ。」

「分かっています、ネルソン様。しかしフォル、また槍の腕を上げたな。」

「イリアス、今のはたまたまですよ。偶然が重なっただけで次に上手くいくかは分かりません。」

「それでも勝ちは勝ちだ。過度な謙遜は周りを不愉快にするぞ。」

「気を付けます。・・・ところで。」

3人の会話の視線からふとフォルが目を落とし、シュナイダーへと振り向いた。

「シュナイダー君、いつまでそうしてるんですか?」

「・・・へっ? あ、はいっ!!」

まだ体をへなへなとさせながら、シュナイダーは力なく立ち上がった。

「大丈夫ですか? ずいぶん体が弱っているように見えますが。」

「今の御二人の手合いを見ていたらなんだか腰が抜けてしまって・・・でも平気です、大丈夫です!!」

「情けない奴だな。そうだ、気合を入れるために今からフォルに手合わせしてもらえ。」

「私はいいですけど、シュナイダー君はどうですか?」

「ええぇぇぇええぇぇぇぇっっっっ〜〜〜〜〜〜!!」

何故そんな話になるのか全く分からなかった。

思わず声が裏返ってしまった程の叫び声をシュナイダーは上げた。

どこをどう考えたらそういう方向に進んでいくのか、イリアスは何を考えているのだろうと思った。

「もう少し手合わせがしたいと言っていただろう。食事は逃げないが、手合わせの相手はそう毎日いないぞ。」

(うっ・・・。)

痛い所を突かれた。

今の自分と、このフォルとでは力の差が歴然だが、こんなチャンスは滅多にない。

更なる上を目指すには、一度この人の実力を肌で感じておくのも悪くないかもしれない。

そう考えがまとまるとシュナイダーの決断は早かった。

「・・・お願いします!」

床に頭が着いてしまいそうな位の深いお辞儀。

「分かりました。じゃあ、始めましょう。」


シュナイダーは剣を、フォルは槍を持って構えた。

もちろん先程のように殺傷能力のある得物ではない。

訓練用の物を使っての手合わせだ。

「お願いします。」

「おっ、おっ、お願いします。」

覚悟は決めたがどうしても体がびびってしまっている。

普通に話したつもりなのに、シュナイダーは声が詰まってしまった。

大きく息を吸い、吐く。

気持ちを落ち着かせて冷静に目の前のフォルと向き合った。

っ・・・!!

ニコニコと微笑んでいたフォルの瞳が、獲物を狙う蛇のようにシュナイダーを射すくめている。

蛇に睨まれた蛙。

金縛りにあったように体が硬直してしまっていた。

ジャンと向き合ったあの夜以来の感覚。

ただ、フォルは殺気を放っているのではない。

普通に対峙しているだけなのに、シュナイダーは体の震えが止まらなくなっていた。

「来ないのならば、こちらから行きます!」

その言葉が、シュナイダーの金縛りを解いた。

とにかく何も考えず、ただがむしゃらに突進した。

面を狙った攻撃。

フォルは反応しなかった。 普段の感覚から、シュナイダーはその一撃が命中したと思った。

その瞬間、腹部に強烈な衝撃を受け、後方へと吹っ飛ばされた。

「え・・・っ? あれ?」

何が起こったのか分からないと言った表情で、瞬きを繰り返すシュナイダー。

気がつけば、持っていたはずの剣が右手からなくなってしまっている。

「あ、れっ、僕の剣は?」

「ここだ、ほらっ。」

なぜかイリアスが剣を持っていて、シュナイダーに投げ返してくる。

「あ、すみません。」

剣を受け取るも、何がなんだかさっぱりと言った表情で、フォルへと向き直るシュナイダー。

「今のは私のたった一つの技で、『一閃』と言います。簡単な話し、カウンターの技ですね。」

「イッセン・・・ですか。」

「そうです、先程の隊長との手合いの最後に放ったのが今の技です。加減したつもりでしたが、少し強すぎましたね。」

「はぁ・・・。」

フォルはいつもの顔に戻っている。

優しそうで、のんびりした、おっとり口調のあのフォルだ。

「今ので本気じゃないんだからな、恐れ入る。」

横からイリアスが口を挟んだ。

そして・・・。

「今日はもう終わりにしておけ。あまり遅くなると料理長にどやされる。」

イリアスの横で見ていたネルソンが、鍛錬の終了を告げた。

幸運だった事は、それだけではなかった事だ。

「シュナイダー・・・と言う名だったな。良い機会だ、私から一つアドバイスをしておこう。

 『焦りは余計な力を使い、己を見失う』今のは手合わせと呼べる物ではなかった。

 実力差はあったかもしれない。だが、己を見失ってしまっては勝機は決して見えては来ぬ。

 どんな相手どんな状況でも冷静さを忘れてはならぬ。

 覚えておけ、お前はプリンセスガードとしてシャルロット姫を守るのが使命なのだからな。」

「はっ、はいっっっ!!」

そのネルソンの言葉に、シュナイダーは興奮して真っ赤になっていた。

自分の事をネルソンもフォルも覚えてくれていた事がまず嬉しかったが、

自分に与えられた『プリンセスガード』という役目について、あのネルソンから助言を貰えるとは思っていなかったからだ。

真っ赤になって立ち尽くすシュナイダー。


すると鍛錬上の外から地響きが聞こえて来る。

小さな音が次第に大きくなり、扉の前で止まった。

「あああぁぁぁ〜〜〜!! 終わっちまってるじゃねぇか!! ちくしょ〜、飯なんて食ってる場合じゃなかった。

 せっかくのチャンスを見逃しちまうとは、っ〜〜〜ついてねぇ〜〜〜〜〜!!!」

勢いよく扉が開いたかと思うと、入ってきたのはジャンだった。

どうやらネルソンとフォルの手合いを見に来たらしい。

が、右手にはフォーク。

左手にはどうやら今日の夕食の入った椀を持っている。

「やれやれ、本能馬鹿がやって来たか。」

冷めた口調でイリアスがポツリとつぶやいた。

「ううっ、ちくしょぉぉぉ〜っておい、そこの人形ヅラ!! 今、俺のことを馬鹿にしやがったな!?」

イリアスの微かな声を聞き取り、ジャンが言い返した。

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い、その手に持っているのはなんだ? 行儀の悪さも大概にしておけ。」

「お前の趣味の悪い服に比べたら可愛いもんだろうが! いつも自分は棚に上げて、口だけは達者だな。」

「なんだと、貴様・・・!!」

「おっ、やるのかこの野郎!!」

一触即発の二人の状態。

どうしたらよいか分からず、シュナイダーはおろおろするだけだった。

その時、フォルがシュナイダーを抱えて走り出した。

「フォル副隊長!? あの、えっと、どうしたんですか?」

「雷が落ちる前にここから逃げます。まずいなぁ、あとそうだな、10、9、8・・・。」

何の事かまた分からないと言った顔のシュナイダーだったが、フォルのカウントダウンが0になった瞬間、その言葉の意味が分かった。

「この大馬鹿者が!!!! お前達はいつまでそのような愚かな言い争いをしているのだ。

 そのような情けない精神、今叩き直してやる!!!! そこに座れっ!!!!」

フォルとの手合いを見ていた兵士達に放ったのが雷名なら、今度は豪雷とでも言うのだろうか?

ジャンとイリアスのやり取りを聞いていたネルソンが、凄まじい叫び声を上げた。

掴み掛り合いになる寸前とも思えた両者が、腰を抜かしていたシュナイダーの様にへなへなとその場に座り込む。

一方、シュナイダーを抱えて猛然とダッシュしたフォルは、耳を澄まして聞いていた。

すると聞きなれた声の悲鳴が聞こえて来る。

「痛ぇぇぇぇぇっっっーーーーー!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

ふぅ、と一呼吸してフォルはシュナイダーに語りかけた。

「ギリギリセーフでしたね。言ったでしょう? 雷が落ちるって。」

(・・・確かに)

にっこり笑いながら言ってくるフォルの言葉に、シュナイダーは納得した。

その夜、夕食を取る兵士の耳に、しばらくの間ジャンとイリアスの悲鳴が聞こえ続けたと言う・・・。