第七章 デート!?




ジャンとのあの夜以来、シュナイダーは積極的にシャルロットの相手をしてあげるようになっていた。

それは、未だにこれといった紛争や、争いが起こっていない証拠でもある。

それがシュナイダーにとって幸福なのか不幸なのかは分からない。

だが、シュナイダーが今の生活に不満をもらす事がなくなってきているのは事実である。

あれほどストレスを溜めていた、シャルロットの遊び相手になることも嫌ではなくなってきていた。

気持ちの変化も大きいが、素直な性格(少しわがままだが)のシャルロットは、

兄弟のいなかったシュナイダーにとって妹のような存在になりつつあった。

そして夕方には道場へと足を運び、剣の稽古をする

シュナイダーの一日は、そんな流れになっていた。


口約通り、ジャンはシュナイダーに剣の稽古をつけてくれた。

時にはキースも稽古に加わり、お互い意地になって剣を振り続けた事もあった。

更にシュナイダーにとって幸運だったのは、弓隊長イリアスや副長のフォル

そして騎士長ネルソンにも稽古をつけてもらえたことである。


ネルソンの実力は確かだった。

噂に名高いその剣技は、話に聞くよりも更に凄いものだった。

ジャンには多くの事を教えてもらった。

からかわれてムッとする事はあるが、その実力に圧倒された。

イリアスの剣技は、かつてない感覚をシュナイダーに与えた。

捉え様の無い動き、全く読めない気配といった物だ。

そして、何より驚いたのがフォルの実力である。

ハルバードと呼ばれる斧に近い槍を自在に操り、間合いと言う存在を支配している。

シュナイダーは少しでも、一歩でも彼らに近付こうと、熱心に稽古を繰り返した。


その稽古ぶりとシュナイダーとシャルロットの仲の良さは、国王レオの耳にも届いていた。

一度だけではあるが、レオから直々に『期待している』と言われた事が、

シュナイダーのやる気を起こさせたのにかなりプラスになったのは間違いない。

そんな日々を二週間過ごし、騎士として任命されて一月が過ぎたのだが、

唯一、シュナイダーはシャルロットに答えられない事があった。


『結婚』


その言葉を言われる度にどう答えればいいのか分からなくて、毎回うやむやにしてさりげなく答えをはぐらかしてきていたのだが、

ついに、業を煮やしたシャルロットがついに行動に出たのである。


「シュナイダー、明日デートしよ?」


突然の申し出に、シュナイダーは頭をハンマーで叩かれたような気分になった。

プリンセスガードとしてシャルロットの側にいる内に、シュナイダー自身はシャルロットを妹のような存在だと思い始めている

だが、シャルロットはそんな事をこれっぽっちも感じていない。

今はプリンセスガードとして自分の側にいてくれるが、ゆくゆくは自分の夫としてオライオンの王となり、国を統べる人物になる。

その傍らに王妃として自分の存在があるのが当然だと思っていた。

そんな気持ちを知ってか、シュナイダーはシャルロットを『妹』扱いするのは避けていた。

はっきりしないシュナイダーの態度に我慢出来なくなってしまった結果が、とりあえず『デート』という形になったらしい。

シャルロットにとっては何も問題無いという素振りではあるが、シュナイダーにとってはそうはいかなかった。

『デート』に関しては特に問題は無い。

自分くらいの人間なら、別に当たり前の様にこなしているに違いない。僕にだって何とかできるだろう。

そう思っていた。


しかし、それは相手が普通の女性ならだ。

デートの相手はシャルロットである。

年がどうこういう問題はこの際どうでもいい。

オライオン現国王レオの唯一の子供にして、その夫となる存在なら確実に国をも継ぐ事になる。

国王なんて自分に出来るはずがない。

政治の事なんて全く分からないし、外交、徴兵、商業、物品売買・流通、考えれば考えるほどいろんなことが浮かんでくる。



無理、無理、無理。

絶対に無理!!



シャルロットがデートの誘いをしてきたその夜。

シュナイダーはジャンからネルソンに話をしてもらい、王様に直に話す機会をもらった。

当然、ジャンに話した時に大爆笑されたのは言うまでもない。

更に他の隊員にも話をしたらしく、兵舎中がその話でもちっきりになった。

シュナイダーはジャンに話をした事を後悔したが、とりあえず王様に面会出来る事になったのは感謝した。

普段から城外に出ることを禁止されてるシャルロットが、戦争の始まるかもしれないこんな時に城下外に行く事を許すはずがない。

そう思ってシュナイダーはレオに話をしたのだが、それが逆に裏目になった。

ありえないと思っていたシャルロットの外出を許可すると言い出したのである。

その場に連れ添ったネルソンは危険だと弁明してくれたのだが、普段から一人ぼっちで母も失ったシャルロットから、

まさかこれほど心を奪う存在が現れるとは思ってもいなかったらしい。

シュナイダーの仕事と稽古の真面目ぶりは以前にも聞いていたので、警護を兼ねて許可すると言われてしまったのである。

これにはどうする事も出来なかった。

王様から許可を貰ってしまっては、断る理由が見つからない。

何でこんな胃の痛くなるような事ばかりが自分に降りかかるのだろうと、シュナイダーは己の運命を嘆いた。


結局、シャルロットの希望通りのデートをする事になってしまった。

その噂はたちまち城内に広まり、ジャンを始めとする兵舎にいる全ての人間の耳に届き、

その数日後、約束通り明日に迫ったデートに向けて、兵舎では大宴会が始まってしまったのである。

酒を飲んだことのないシュナイダーにもその魔手は届き、しこたま飲まされてしまった。


「二日酔いしたらどうするんですか!」


幾度となくシュナイダーは言ったのだが、もはや出来上がってしまっている酒乱には聞こえるはずもない。

「がははははは!!! もっと飲めシュナイダー!!」

と、もはやジャンには手が付けられない状態だった。

無理やり飲まされて気分の悪くなったシュナイダーは、かろうじて兵舎から逃げ出す事に成功した。

とにかく立っているのが辛いので、花壇の柵に腰掛けて風にあたる事にする。

「うぅっ。」

気をぬくと吐いてしまいそうになり、シュナイダーは何とかこらえていた。

実際は吐いた方が楽になると言われているが、彼はそんなことを知るはずもなく、ただ酔いを醒まそうと必死だった。

時間が経つにつれて少しづつ酔いが醒め、意識がはっきりしていく中でシュナイダーは空の星を見た。

城下町にいる吟遊詩人の話だと、人にはそれぞれ自分の星があると言う。

その者が強く、雄々しく、たくましく生きているのなら星は光輝き、

逆に弱く迷いや不安のある者ならば、その星は輝く他の星に隠れて見えないのだと言う。

初めてこの話を聞いた時はなんとも馬鹿げた話だと思った。

吟遊詩人独特の、神話や迷信を基にしただけの歌だと思っていた。

だが、最近ではそうは思わない。

騎士として、プリンセスガードとして過ごしてきたこの一月が、今までの何倍も長く感じられた。

一月前は星を眺めているような気持ちの余裕はなかった。

だけど今はそうでもない。

いろいろと騒動を起こしたり巻き込まれたりはするけど、それが充実した毎日だと思えるようになった。


もし本当に自分の星があるのなら、少しは輝き始めただろうか?


今、空で光輝いている星達は、国王レオ様や、騎士長ネルソンの星に違いない。

いつかそんな人達と肩を並べるほどの人間になれたらいいと思う。

ここ数日は、星を見るたびにそう思った。


・・・兵舎の方では徐々に騒ぎが収まりつつある。

もう飲まされることは無いだろうとシュナイダーが立ち上がったその時、背後から声がした。

「酔いは醒めた? シュナイダー君。」

声の主はプリンセスガードとしてシュナイダーの先輩でもあるイリアだった。

「あっ、はい。風にあたっていたら大分良くなりました。」

少し照れながらシュナイダーは答えた。

「そう、明日のデートはシャルを可愛がってあげてね。私以外にあれほど心を開いているのは初めてだから。」

「そうなんですか? ・・・初めて聞きました。」

「本当よ。あの子はオライオンの姫としてしか回りに見てもらえなかった。それがストレスを溜めてたみたい。

 自分と同い年の子供と遊ぼうとしても、町の子の親は彼女を特別扱いしていたから。

 もしシャルロットに何かあれば、ただでは済まないもの。」

確かにそれはシュナイダー自身も思っている事だ。

ただ親しくなればなる程に、そんな考えが薄らいでいってしまっているのは確かなのだが。

「それは理解しているつもりです。」

「そうよね、あなた達を見ていればそう思えるわ。」

そう言って、イリアは柵に腰掛けた。

「束縛されるのは苦痛だわ。何をやるのにも自分の意思なんて無い。命令されるがままに動くなんて人間と呼べるかしら?

 人は自由を求めて歩んできた、その進む道で様々な犠牲を払ってでも。」

「・・・。」

シュナイダーはただ聞いていた。

イリアの話が良く理解できなかったのは事実だが、その顔が悲しそうに見えたからだ。口を挟めなかった。

「でも、自由だと言う事は、逆に辛い事でもあるの。

 全てにおいて自分で考え、自分で行動し、自分に責任を持たなければいけない。

 それに耐えられる人間だけが自由を手にしていいんだわ・・・。」

悲しげな表情でイリアはうつむき黙ってしまった。

それを見てシュナイダーは答えた。

「僕は束縛されるぐらいなら自由を選びます。たとえその先に何があっても、結果はついて来る物ですから。」

「あなた達はその方がいいかもね。でも私は自由を選ぶことが出来なかった。だから今ここにいる・・・。」

シュナイダーはイリアが何を言いたいのか分からなかった。

それ以上答えることが出来ず、難しい表情で固まってしまった。

それを見たイリアは慌てて話しかけてきた。

「ああ、ごめんなさい。私も少し酔ってるのかもね。変な話をしちゃったみたい。気にしないでね。

 そうそう、これを渡そうと持ってきたんだけど・・・。」

そう言ってイリアはシュナイダーに一つの小ビンを渡した。

「これって何ですか?」

「酔い覚まし。明日二日酔いじゃ、せっかくのデートが台無しでしょ?」

「す、すいません。ありがとうございます。」

イリアの笑顔を見て、シュナイダーは安心した。むしろその笑顔に照れてしまう。

それぐらいシュナイダーはイリアに憧れていた。

それは彼の初恋と呼べるものだったのかもしれないが、本人は気が付いていなかった。

明日の事を考えるとシュナイダーは少し憂鬱になる。

デートの相手がシャルロットではなくて、イリアだったらどんなに良いかと考えてしまった。

しかしそんな事を言える訳もなく、シュナイダーは兵舎に向けて歩き出した。

イリアはそのまま策に腰掛けていた。

シュナイダーに向けた笑顔はもうない。

更に深く沈んだ表情。その目には涙を浮かべていた・・・。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



次の日、空は真っ青に晴れた。

雲一つ無いその様子は、あたかもシュナイダーとシャルロットを祝福するかのようだった。

慣れない服装に身を包んだシュナイダーは、シャルロットの部屋の前にいた。


『慣れない服』というのは、フォルに借りたスーツである。

シュナイダーはシャルロットとつり合う様な高価な服は持っていなかった。

それに気が付いたのはイリアと別れて自分の部屋に戻った後。

当然買いに行けるような時間帯ではなく、途方にくれてしまった。

悩みに悩んで宴会場に行き、服を貸してくれそうな人物を探した。

キースは駄目。自分と同じで高価な服など持ってはいない。

ジャンも駄目。それこそ何を着せられるか分かったものではない。

他に・・・。

部屋中を見渡してはみるが、よく考えたら皆自分と同じような服しか着ていなかったことに気が付いた。

「あぁ〜。」

突然頭をかきむしるシュナイダーを見て、話しかけてきたのがフォルである。

「どうしたんですか? シュナイダー君。」

部屋にいる人間の半数が眠りにつき、それ以外の人間も顔を真っ赤にしているのだが、フォルだけは素面のままだ。

「明日は早いんでしょう? さっきあれだけ飲まされてましたが大丈夫ですか?」

むしろフォルはどうなのかとも思ったが、あえてそれを無視してシュナイダーは尋ねた。

「明日着ていく服が無いんです。今から買いに行ってももう遅いし、だから誰かに借りようかと・・・。」

「格好を気にする事は無いんじゃないですか? ようは心の問題なんですから。」

「駄目なんですよ、シャルロット姫はそうは思ってくれないんですから。」

フォルは少し考えたようなふりをして、あごに手をあてて答えた。

「う〜ん、確かに言われてみればそうかもしれませんね。いいでしょう、私の服でよければお貸ししますよ。」

それを聞いてシュナイダーの顔がぱぁーっと輝いた。

「ホントですか? ありがとうございます!!」

フォルなら大丈夫だろうとシュナイダーは思った。

そうだ、自分の知っている限り一番誠実で、真面目で、面倒見がよくて、頼れる存在なのだ。

その事を忘れていたシュナイダーは、フォルが声をかけてくれて心の底から助かったと思った。

「じゃあ今日はもう遅いから、明日の朝早く私の部屋に取りに来て下さい。ちゃんと用意はしておきますから。」

「はいっ、お願いします。おやすみなさい、フォルさん!」

「ええ、おやすみなさい。」

シュナイダーは喜びのあまり、スキップで部屋まで戻った。

酒が入っている分、すぐに眠りにつく事が出来た。

フォルは・・・まだ飲み続けていた。


そんな夜を過ごし、シュナイダーは朝を迎えた。

フォルの用意してくれた服は、シュナイダーの想像していたよりもかなり大人っぽかった。

それでもこれなら大丈夫だと、その服を着てシャルロットを迎えに来た。



コンコン。


ドアを軽くノックする。

「シャル、迎えに来たよ。」

「どうぞ。」

シャルロットのその言葉を聞いて、シュナイダーはゆっくりドアを開けた。

部屋の中央にはいつもより綺麗に着飾ったシャルロットが、ちょこんと立っていた。

「うわ〜、シュナイダーかっこいい。」

「シャルのその服も似合っているよ。かわいいね。」

お互いにお互いを褒め合った後、シュナイダーはシャルロットの手を取って城の外に出た。


二人のデートはシュナイダーがリードする・・・と言うよりも、シャルロットの行きたい所が優先された。

普段、滅多に外に出る事の無かったシャルロットには、普通に町で見かける物でも珍しかった。

何かを見つけるたびに夢中で駆け回るシャルロットを見て、シュナイダーは可愛く思った。

そんな二人は、一見自由に行動しているように見えるが、レオ三世とて愚かではない。

さすがにシュナイダーが側にいるとはいえ、見張りをつけない訳ではなかったのである。

一般庶民に紛れて、騎士の数人がシュナイダー達に常に目を光らせていた。

シュナイダーも馬鹿ではない。その視線にうすうす感づいてはいたが、あえて気が付かないふりをすることで、

シャルロットの機嫌が悪くならないよう気を使っていたのである。

だが、シュナイダーは気が付いていなかった。

自分に向けられている視線が、オライオンの騎士だけではなく、別の者の視線が向けられていた事を・・・。


シュナイダーは考えていた。

確かに城下町に出た事は、シャルロットにとって楽しい事だろう。

だが、本人は気が付いていないとしても、こんな監視された状態では可哀想ではないか。

どうにかして一度だけでいいから本当に自由にさせてやりたい。

そう考えているうちに、一つ良いことを思いついた。

・・・膳は急げ。

シュナイダーはその計画を実行に移した。

「シャル、ちょっといいかい?」

返事を待たず、シュナイダーはシャルロットを抱きかかえた。

「えっ、あれっ、シュ、シュナイダー。ねぇ、突然どうしたの?」

「シャルを僕の一番好きな場所に連れて行ってあげるよ。」

その状態のまま、シュナイダーは人込みの中に飛び込んだ。

人込みを上手くすり抜け、裏道や住宅の隙間などを抜けて走り抜ける。

突然の事態に見張りの騎士達も対処する事が出来ず、二人を見失ってしまった。

シュナイダーはこの時、シャルロットに対して少し哀れみの感情を持っていたのかもしれない。

デートは嫌だったが、いざ城下町に出て来た時のシャルロットの喜び様を見て少し考えが変わったのだ。

昨日の夜、イリアの言っていた事をなんとなく思い出したと言うのもある。

束縛される事、自由になる事。

せめて今日だけ、ほんの一瞬でもシャルロットを自由にしてやりたいと思ってしまったのだ。


この時、シュナイダーの頭にはシャルロットが狙われる事など考えてもいなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



とにかく全力で走った。

どうせ怒られるのなら、このデートが終わった後だ。

そう考えてシュナイダーは全力で走った。

ぜぇぜぇと息を切らしながらも、目的のあの平和の湖ホープスのほとりに着いていた。

「ここがシュナイダーの一番好きな場所なの?」

ようやく降ろされたシャルロットがシュナイダーに聞いた。

「うん、ここが僕の一番好きな場所。オライオンとハイムの平和の象徴の湖、ホープスさ。

 そしてこの二本の木がその証、この下で寝っ転がるのが僕の一番好きな事なんだ。」

そう言って木の下の芝の上に横になった。同じようにシャルロットも横になる。

「僕は昔から、悩んだり、困ったり、迷ったりした時はここに来てたんだ。

 この湖と二本の木は、見てるだけで自然にそういったものを消してくれていった。不思議と勇気が湧くんだ。」

「うん。なんかあったかい感じがする」

「シャルもそう思う? 僕も同じ。この側でシャルと初めて話をした時もちょっと悩んでたんだ。

 武道会で親友に負けて、騎士になれないんじゃないかってさ。」

「あの時のシュナイダーはカッコよかったよ。」

「はは、ありがとう。でもあの時は驚いたよ。まさかシャルがオライオンのお姫様だったなんてね。」

「・・・。」

シャルロットは黙ってしまった。

何か傷つけるような事を言ったかなと、シュナイダーは不安になる。

「どうしたの? 僕、なんか悪い事言っちゃったかな?」 

「・・・私、分かってるんだ。」

「ん?」

「シュナイダーと私は結婚出来ないって。」

「・・・。」

今度はシュナイダーが黙ってしまった。

あまりにも唐突なその言葉に、内心、驚いてしまった。

「あの時、ハイムの人と結婚するって話をしてたの。でもそいつは私の事『ガキ』って言ったんだよ。

 私やだよ、いつか結婚する時は本当に好きなった人がいい。」

シャルロットは泣き出してしまった。

そんなシャルロットが、シュナイダーには意外だった。

彼女は幼いなりに自分の立場を理解している。

外で遊びたいのも我慢し、王族としての自覚をきちんと持っていた。

まだまだ幼い子供だと思っていたが、それはシュナイダーの完全な間違いだったのだ。


偶然にもシュナイダーに会えた事はシャルロットにとって幸福だったに違いない。

物心付く前から母を失い、王の背中だけを見て育ってきた彼女は甘えられる相手がいなかった。

その中でイリアの存在が大きかったのは言うまでも無い。初めてで唯一の甘えられる存在だった。

だからシュナイダーがプリンセスガードになった事で、甘えられる相手が増えたのである。

シュナイダーはシャルロットが自分なんかよりもずっと大人だと思えた。

いい言葉は思いつかなかったが、もしかしたらと言う考えを伝えてあげた。

「そんな事は無いよ。もし僕が騎士としてネルソン騎士長ぐらい活躍すれば、

 シャルのお父さんのレオV世様も僕とシャルロットの結婚を許してくれるかもしれないよ?」

それまで泣き顔だったシャルロットの顔が、途端に明るくなる。

「そうかな、それホント?」

可愛らしく首を傾げて聞いてくる。

「ああ、本当さ。だからシャルも僕が活躍するのを応援してくれよ。頑張るからさ。」

「うん、応援する。シュナイダー頑張って。」

そう言ってシャルロットはシュナイダーに抱きついた。

嬉しそうな彼女の顔を見て、シュナイダーは思っていた。

(今はこれでいいんだよな。戦争が始まるかも知れないって時になんだけど、とにかく僕は努力するしかないんだし・・・)


・・・。


何かの気配がした。

それを感じ取ってシュナイダーは現実に引き戻された。

何かの間違いじゃない。おそらく人間がこちらの様子を窺っている。


ッ・・・。



今のは人間の足音だ。

シュナイダーは服に隠しておいた剣を取り出し、とっさに構えた。

「誰だ!!」

突然怒鳴ったシュナイダーにシャルロットは驚いていた。

だが、真剣な表情で辺りを窺うシュナイダーを見て話しかけることが出来ない。

シュナイダーは全身全霊を掛けて気配を読む。


ッッ。


足でステップを踏んだ様な音がすると、突然シャルロット目掛けて何者かが剣を振りかざしてきた。

瞬間的にその動作を見極めたシュナイダーは、シャルロットを抱えて横に跳ぶ。



ざっ。


シャルロットをかばって避けた為、肩から地面に擦った。

フォルに借りた服なのだがそんな事は言ってられない。

「かわしたか・・・・。」

顔を隠してはいるが、シャルロットに攻撃を仕掛けてきた人間は男の太い声でそう言った。

シャルロットを後ろに守り、再び剣を構えたシュナイダーは叫んでいた。

「お前は誰だ!? 何の為にこんな事をするっ!!」

男は表情を変えずに言った。

「この大陸に真の平和をもたらす為・・・オライオンの王族には消えてもらう。」

「なんだとっ!!」

この大陸に平和をもたらす? 何でその為にシャルロットやレオ陛下が殺されなきゃいけないんだ!!

男の言っている事が理解できず、シュナイダーはただ睨み続けた。

その後ろで、恐怖のあまりシャルロットが震えているのが分かる。

男はもう一度答えた。

「お前達はここで死ぬ!!」

凄まじいスピードで男は距離を縮めてくる。

その瞬間、シュナイダーは昨日のイリアの言葉の続きを思い出していた。





(でも、自由だと言う事は、逆に辛い事でもあるの。

 全てにおいて自分で考え、自分で行動し、自分に責任を持たなければいけない。

 それに耐えられる人間だけが自由を手にしていいんだわ・・・。)





「僕は・・・自分の行動に責任を取る・・・。

 束縛されるだけの人生は、幸せなんかじゃない!!!」



シュナイダーは吼えた。