Abend Lied 10
伝蔵の話を、半助はまっすぐに伝蔵の目を見据えて聞いていた。 伝蔵は不思議な気がしてきた。それは、今まで伝蔵が出会ったどの忍者とも、半助は違っていたからだ。 忍者同士の話し合いは、当然腹のさぐり合いだ。だが、半助のその態度と瞳には、勘ぐるような疑ぐり深さがなかった。こんな状況だというのに、助けてくれとすがる様子でもない。ただ単に、状況の把握に努めようとしているようだった。 半助もまた、伝蔵に不思議な気持ちを抱いて聞いていたのだ。半助が今まで出会ってきたような忍者たちには、それも伝蔵ぐらいの年齢であれば、しみついてしまったような忍者独特の匂いといおうか、信用ならない胡散臭さをまとっているものだった。 だが、伝蔵にはそうしたところがない。なぜ自分がこの忍者に対して警戒心を持たずにいられるのか、自分でも説明がつかない。 真に一流の忍者は人間としても人格者であるという話だが、この山田伝蔵という男がそれであるのか。あるいは忍術学園という、教師であるという故の特性であるのか、半助には分からなかった。 「で、わたしにどうしてほしいとおっしゃるのですか」 半助は落ち着いた声で尋ねた。 やはりさすがだ、と伝蔵は内心感心した。冷静に相手の意図を読み取り、なおかつ自分の立場を弱くはしない。 当然伝蔵のほうは半助を利用するつもりだ。なにも半助にただ同情して待ったをかけたわけではない。半助はそれを分かっている。 しかし自分から、協力するから助けてくれとは言わない。忍術学園にとっても自分がキーマンであることを察知し、これから何か交渉があればそれを少しでも有利に進められる下地を作ろうとしている。 そうであればこそ、忍びとして名を馳せることができたのであろう。 「これは話が早いようですな」 伝蔵はにやりとした。 「単刀直入に申し上げる。偽書の術を用いるつもりです。和田水軍に向けてそなたからの書状をしたためていただきたい」 「わたしから?」 「そうです。奴らは水軍に向けていわば脅迫状を出すつもりです。それをそなたからの手紙とすり替える」 こともなげに言う。きっとこの男にとってはわけのないことなのだろうと半助は思う。 「それはどのような内容ですか?」 「和田水軍にわれわれに協力していただきたい。むろん、ここからそなたを連れ出してしまえば、とりあえず今回の企みは防ぐことはできる。が、周囲の国々のことを思えば、ここで一度六丸を叩いておく必要がある」 「そのようなこと、水軍の力がなくても可能ではないでしょうか」 「ほう」 軽く言ってのける半助に、伝蔵はまた興味を引かれる。忍術学園のような組織に属しているのでもない忍者風情が、簡単に「そのようなこと」と言うのか。 いや、むろんそれは可能なのだ。少し頭の働く忍者ならば、策を巡らして一軍を動かすこともできる。ある城が自らの手を汚さず、計略によって敵同士を相打ちにさせることもある。そんなとき、暗躍しているのが忍者なのだ。 案外、実際に半助はそんな経験もあるのかもしれない。 これはなかなか手強いぞ。 「じゃが、六丸に二度と水軍と手を結ぼうなどという考えを起こさせないためにも、ここは一つ、和田水軍の協力が必要だと思うがな」 「お断りします」 冷静に、しかしきっぱりと言った半助に、伝蔵は驚きを隠せなかった。 「な、なぜじゃ?」 話の分からぬ男とは思わなかったが。しかも、自分が助かる唯一最後のチャンスをなぜ断るというのか。それほど自分は信用ならぬ人間に見えるのだろうか。 だが、半助の瞳に、そんな暗さも疑い深さもなかった。 「わたしが頼めば、彼らは協力してくれると思います」 「うむ」 「けれど、どのような事情であれ、こちらの都合に彼らを巻き込むことには変わりありません。私は領主でも主人でもありません。だから、そんなことをする資格はないのです」 「しかし!」 「わたし一人のことなら、いくらでもあなたに協力しましょう。けれど、水軍を利用することは許せません」 「うーむ」 伝蔵は頭をフル回転させる。どう言えば説得できるのか。 個人的には、この若者の態度には感銘を受ける。彼は自分では「領主ではない」と言ったが、やはりその血が流れているのだ。少なくとも「忍者」のとる行動ではない。 「あなたの申し出を断った以上、わたしを助けてくれとは言えません。この上は、先ほどの薬の弁償をしていただきましょうか」 そういうわけにはいかない。 「友情に篤いのは結構。じゃが、それは少々狭量というものではありませんかな?」 「狭量ですって?」 さすがにかちんときたのか、半助が反応を返したのを、伝蔵はしめた、と思う。 「そうじゃよ。戦になれば、困るのは民百姓じゃ。兵に取られるのも困るが、田畑を焼き、城下に火を放つ輩もおる。この六丸の波多野という城主は、そういうことをする男なんじゃよ」 半助は、唇をかんで視線を伝蔵からそらした。 「それを防ぐ力があんたにあるというのに、あんたにとっては自分個人の体面のほうが大切ですか」 なだめすかしたり説得するような口調から、一転してきつい言い方をする。伝蔵には、何の証拠もないが、ある確信のようなものがあった。 この青年には、助けるから協力しろと言っても無駄なのだ。自分の身の安全よりもむしろ、罪のない民百姓に気を引いたほうが動くだろう。そう、忍者よりもむしろ領主としての資質を持った者ならば。 その作戦は当たったようだ。が、半助にしても、それならばと簡単に肯んずることができるはずもない。 たった一度、たった一度でも自分がそれをしてしまったら、この先和田水軍とどうやって付き合っていけばよいのだろうか。彼らは頼みを聞いてくれるだろう。だからこそ、自分はそれに甘えてはいけないと思うのだ。一度でも甘えてしまったら、これまでの水軍との関係が崩れてしまいそうで。そうしたら自分はどんな顔をして彼らに会いに行けるというのだろうか。 だが、伝蔵の言うことは正論だ。ならば自分が彼らにどう思われても仕方がない。彼らが今までと同じ友情を感じてくれなくなってしまったとしても……。二度と見たくはないのだ。城下を焼き払われ、逃げまどい、泣叫ぶ人々の姿など。 半助は、断腸の思いの決意をした。 「分かりました。紙と筆は?」 そう言った半助の表情には、迷いはなかった。だからそれが半助にとってはどれほどつらいものだったかは、さすがの伝蔵もこのときには気づいていなかった。 |
伝蔵と半助の息詰まる駆け引き…を書こうとして撃沈。 次回からやっと動き出します。 |