Abend Lied 11




六丸城の波多野は、居室に喜平次を呼び、祐筆に書状をしたためさせていた。
「……土井半助の身柄をお預かりしている、と。こんなものでよいのか? もう少し脅したほうがよいのではないか?」
和田水軍に送る、いわば脅迫状を書いているらしい。
「いえ、あまり高圧的になると、かえって水軍の反発を買うやもしれません。むしろ、今のところは客人として遇しているが、言うことを聞かねば保障はしないぞとほのめかしたほうが良いでしょう。裏稼業に携わっているものは、これぐらいで十分通じるものでございます」
「さようか。しかし、もしあの者が我らの手にあることを奴らが信じなかったらどうする」
「信じないならば、土井半助を浜からでも見えるところで磔にしてやると言ってやります」
「ふむ。で、本当にそれで水軍は言うことを聞くのだな。あやつを見捨てるということもあるのではないか? どうせ海賊ふぜいではないか」
「海賊というものは案外に陸におるものよりも情に厚いものでございます。それでももし言うことをきかぬなら、そのときは本当にあれを殺してしまえばよろしゅうございましょう」
「ふむ。殺してしまうにはいささか惜しい男に見えるがの」
波多野はそう言って下卑た笑いを見せた。
「あの者を手なづけようなどとはお考えなさいますな。寝首を掻かれるのがおちですぞ」
喜平次は厳しい口調で忠告した。
「さようか」
波多野は少々物足りない顔をした。
「ならばそのときも水軍に見えるように磔にでもしてやろう。そのことは書かないでもよいのか?」
「書かずとも察するでしょう」
「そうか。では書状はこれでよいな。しかと届けるのじゃぞ」
「おまかせを」
「殿」
黙って筆を走らせていた祐筆が声をかけた。
「こちらに花押を」
「うむ。そうじゃったな」
波多野が花押を記すと、祐筆はそれを巻いて細い筒にいれ、しっかりと封印し、喜平次に渡した。
 その翌日のこと、喜平次が地下牢に入っていたとき、半助は牢の壁にもたれ、膝を抱えて顔を伏せていた。
 半助の左足には、自分で着物の裾を破ったらしい布で包帯がされていた。
 実は半助は伝蔵から応急処置の薬をもらっていた。伝蔵はしっかりとした手当ができないことを何度もわびたが、そんなことをすれば何者かが侵入した痕跡を残すことになってしまうから、半助には鎮痛剤と止血薬だけで十分だった。
 その上伝蔵は幾つかの飢渇丸までくれたが、これは必要がなかった。逃げられては困るが、あるいは水軍に半助の姿を見せなければならないことを考えて虐待するわけにはいかず、波多野は食事は十分なものを入れさせていたからだ。
 本当は万一を考えて、半助は何か武器を置いていってほしかったが、そこまで要求するのはいささか気が引けた。伝蔵のほうはまた別の理由で、あえて武器を渡さなかった。もし何かあって、また半助が心変わりして自殺でも図ってはと案じたのだ。
 浅く眠っていたらしい半助は、喜平次の気配にゆっくり顔を上げた。
 半助の瞳には、前日のような怒りに燃えた色はない。ただ暗く沈んでいた。その半助を、喜平次は勝ち誇ったように見下ろした。
「和田水軍は、六丸の申し出を受け入れたぞ」
 半助はふいと横を向いた。
「さすがは水軍だ。盟友の忘れ形見を見捨てるわけはないと思っていた」
やはり半助は何も言わない。
「今回の殿さんのほうが思い通りに動いてくれそうだ。定明などよりはな」
 その言葉に、はっと何かに気づいたように、半助が喜平次を見上げた。
その顔を見て喜平次も察し、面白そうにこう言った。
「そうさ。今頃気づいたのか? あれはおれが計画してそそのかしたのさ。定明ごときにそんな才覚があるもんか」
 半助の瞳が、驚愕に大きく見開かれた。
 この男か。この男だったのだ。本当の一族の仇は。手を下したのは定明であっても、それを裏から画策していたのはこの男なのだ!
 半助は今、あらん限りの憎しみを込めて喜平次をにらみつけた。
 が、喜平次はそれさえも面白がるように半助を見下ろしている。
「ふん。所詮きさまのような者には分かるまいよ。いくら下克上ったって、俺らみたな生まれの者が、そうそう大名になんかなれるわけじゃない。だったら、せいぜい大名どもを動かして、裏でいい思いさせてもらって何が悪い」
 喜平次が、立ち上がることのできない半助の髪をぐいと掴んだ。
「だからおまえも、一言協力すると言やあいいんだ。そうすればなかなかいい待遇をしてくれそうだぜ、ここの殿さんはよ」
 半助は一言も答えず、唇を固くかみしめた。
 喜平次は答えない半助を壁にぶつけるように一度強く揺さぶって髪から手を放し、牢を出て行った。
 








やっぱりあんまり動かなかったですかね。動いたのは半助の気持ち、なんちゃって。




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