Abend Lied 9




 伝蔵の語った事情とは、おおよそ次のようなものであった。
 井尻城主から忍術学園の学園長・大川平次渦正に相談がもちかけられたのは、1か月以上前のことだった。
 この辺りは小さな大名がひしめきあっているようなところで、かえって争乱は少なかった。それぞれに戦を続けられる体力がないため、それぞれの領地を守ることに汲々としており、他国に戦を仕掛ける余裕がなかったからだ。
 そのため、幾つかの小国がいわば不可侵同盟を結んで、図らずも平穏が続いていたのだ。
 だが、ここへきて、六丸が富を蓄え、軍事力を付けてきた。そして井尻の領地を伺い始めた。井尻のほうとしては強いて六丸と闘いたいわけではないが、黙って屈するわけにはいかない。しかも井尻が六丸に併合されれば、より強大になった六丸が他の小国にも戦を仕掛けるのは目に見えている。そうなれば今までの拮抗が崩れ、戦に次ぐ戦になってしまうだろう。
 さらに、海沿いに位置する六丸が水軍を持とうとしていることが明らかになってきた。自前の水軍を一から作るのは容易ではない。したがって、海賊連中の中で有力なものを味方に付けるほうが手っ取り早い。六丸も幾つかの水軍に打診していることが伝わってきた。それに対抗しようとすれば、他の国々も軍拡に走ることになろう。
 そうした状況の中で、井尻は六丸と国境で小競り合いを繰り返していた。が、やがて井尻城主は内部に裏切り者がいることに気づいた。
 喜平次は城主を、情報戦などできない男と評したが、それは半分はずれており、半分は当たっている。何も気づかないような愚鈍な男ではないが、身内の裏切り者を突き止めることができるほどの忍びを抱えているわけではなかった。
 悩みあぐねた井尻城主は、忍術学園に依頼することにしたのだ。
 忍術学園は基本的には中立である。が、いわゆる人道的立場から、あるいは一般庶民のためになるかどうかという観点から依頼を受ける。
 学園長の大川は、少しでも戦を回避するために、井尻の要請を受け入れた。一つは六丸が水軍を持つことを阻止すること。そして井尻の内通者を突き止めること。
 井尻と六丸の双方に教師、つまり忍者が派遣された。そして六丸側に送り込まれたのがこの山田伝蔵だったのだ。
 伝蔵にとって、内通者を突き止めることはわけのないことだった。井尻に潜入した同僚とも連絡を取り合い、1週間もすればそれが家老の杉元であり、喜平次という忍者を使っていることが知れたのだった。
 が、どこの水軍とどのような取引をするつもりなのか、それをつかむのは簡単ではなかった。波多野は余裕の構えを見せていたが、これといった動きがない。
 伝蔵は、内通者が分かった以上、喜平次を捕らえてはどうかと一度学園長に伺いをたててみた。大川は伝蔵にこう返事をした。
「その者が口を割りそうな男であれば捕らえて吐かせよ。が、口が堅く、あるいは自害する恐れのある者ならば、今しばらく辛抱して探れ。判断はおぬしに任せる」
 大川はそれだけ伝蔵に信頼を置いていた。
 伝蔵は、喜平次が主人に忠義だてして命を絶つとは思わなかったが、一筋縄ではいかぬ相手と見ていた。それでその後もずっと六丸城内に忍んでいた。
 やがて、喜平次が「和田水軍を指一本で動かせる男がいる」という話を波多野の元に持ち込んできた。その男は味方にするのは難しいが、捕らえてみせるので人質にするとよい。そして六丸が井尻を打ち破った後には杉元を取り立ててほしい、ということだった。
 その男が何者なのか、どのようにして捕らえるのか、詳細はやはりつかみかねた。
 伝蔵はそのことも大川に報告した上で、その男と会ってみようと考えた。喜平次の言うことが本当ならば――それがどのような立場の者なのかも分からなかったが――このまま放置しておくのは危険かもしれない。話の分からぬ男ならば、あるいはたやすく六丸の言いなりになるような人物ならば、場合によっては喜平次が捕らえてくれたのに乗じて、こちらで息の根を止めたほうが、とまで考えたのだった。
 喜平次が言うところの「和田水軍を指一本で動かせる男」の名が、土井半助とい うことを伝蔵がつかんだのは、それから数日後のことだった。その名を、伝蔵はす でに聞いていた。全国に情報網を張り巡らせている忍術学園では、売り出し中のフ リーの忍者の名ぐらいは把握していたのだ。
(はて、忍者が水軍にそのような強力な影響を持てるものだろうか。しかもまだ若い という噂だが……)
 伝蔵は首をひねった。が、それが本当ならば、これは益々放置できない。忍者と水 軍の組み合わせなど、危険きわまりない。その忍者が水軍を動かして何か企むことが ないとはいえない。たとえ、このたびは六丸に協力しなかったとしてもだ。
 伝蔵とて冷酷非情な男ではない。むしろ喜平次のような忍者がいることには嫌悪感 すら感じる。だが、今回は仕方がないかもしれない。そうして伝蔵はことの成り行き を見守っていた。
 そして今夜、土井半助の姿を見た伝蔵は、まずその若さに驚いた。その評判から、 若いとはいっても20代後半ぐらいと想像していたのだが、青年というにはまだその頬 にあどけなささえ残る。この若者が水軍を動かせるというのだろうか。
 さらに、波多野や喜平次との会話から、なぜそんな若者が水軍に影響力を持つのか も知れた。それに対する土井半助の考え方も態度も分かった。まさか自分自身を利用 させないために、自らの命を絶とうとするとは。
 とっさに、伝蔵は決意した。考えるより先に声をかけていた。「およしなさい」 と。  








また説明くさくてすみません。




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