Abend Lied 14




 伝蔵があわてて半助に駆け寄った。よくこの足であれだけ立っていられたものだと思う。正直を言うと、伝蔵は半助がしくじるのではと思っていた。一応痛み止めの薬を塗り、経口でも薬を飲んでいたものの、動き回らないにしても弓を引くには足に力がいる。
 だが、「喜平次はこの手で始末をつけたい」というのが、半助が伝蔵に唯一突きつけた条件だった。
 そう、本当に唯一だった。
 当然伝蔵は水軍に協力させることと引き換えに半助を救出するつもりでいた。あまりにも当然の成り行きに、そのことを互いにはっきり確認し合ったわけではなかった。

   伝蔵が経過報告と脱出の打ち合わせのために再度牢内の半助のところに現れたときだった。
「首尾よくいきましたか」
抑えた声で、半助のほうから問いかけてきた。
「上々じゃよ。あんたのおかげだ」
そう言われても、半助はべつに嬉しそうな顔の一つもしなかった。
「では、代わりといってはなんですが、一つだけ頼みを聞いていただけますか」
 言われて伝蔵は驚いたのだ。何を今さら。しかし半助の表情はひどく真剣で、
「一つだけなどと言わず、何なりとお力になりますよ」
と、伝蔵もまた真面目に答えた。
「ありがとうございます」
律儀にそう言って持ち出した条件が、喜平次を討ちたいのでここから出たい。その手助けをしてほしいということだった。
 むろん、伝蔵に拒む理由などありようもなく、先日の一件を知らないものの、半助のいとこを手に掛けた超本人だということは聞いていたから、半助が仇を討ちたいと思うのは当然だろうと思えた。
「得物は?」
「弓を」
「なるほど。刀で斬り合ったのではその足で勝ち目はないだろうからな」
伝蔵は遠慮なく言った。
「だが、弓を引くにも辛いだろう。わしに手助けをさせていただけませんかな」
心からの親切心に満ちた、丁寧な言い方だった。
 しかし、半助はそっと首を横に振った。
「あの男だけはどうしてもわたしがこの手で始末をつけなければなりません。もし返り討ちに遭うなら、わたしの命数が尽きたということでしょう。どうか、構わず逃げていただきたい」
冷めた言い方をしてみたものの、半助は自分がしくじるとは思えなかった。きっと自分は弓であの男を倒せる。なぜかその確信があった。
「しかし……」
「他人の手を借りたのでは意味がないのです。どうか」
潔いと言うよりはむしろ切実な様子の半助の頼みに、伝蔵は、では手出しはしないから最後まで見届けるということを、逆に条件として引き受けた。
「もしあんたが首尾良く成し遂げたときに連れて逃げなければならんからな」
半助がふっと笑った。
「それもお構いなく。ここから出してさえいただければ。元々しくじったのはわたしですし、あとはわたしの才覚ということでしょう」
「しかし、あんたを利用したのはこちらですからな。そのあんたを見捨てては寝覚めが悪い。ここはわしのために、本懐を遂げたときには無事に逃れてもらいたい」
「あなたのためにですか?」
半助は意外そうな顔をした後、思わずぷっと噴出した。
「妙な方ですね、あなたは」
「あんたほどではないがな」
そう言って、伝蔵は初めて見る半助の笑顔に、これは必ず生かさねばならないと思った。
 こんなにも明るく素直な笑顔を見せられるのだ、この若者は。音に聞こえた忍者としての冷徹さや、伝蔵に見せてきた武士のような頑固さよりも、何よりもこの笑顔がこの青年の本質ではないか。そう思われたからだ。

「さあ、行くぞ。あちらに馬をつないであるから」
 伝蔵は半助の腕を引っ張って立たせようとした。
 だが半助は力なく座り込んだまま立とうとしない。
「何をしている! 急げ!」
伝蔵が叱咤するように怒鳴った。








うーん、なんか予定より長くなっちゃった。20話ぐらい行っちゃいそうだ。しかもこの後はあんまり半助さんのかっこよい場面はありません。開き直ってどうする。




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