Abend Lied 15




 伝蔵が腕を引いても、半助は立ち上がろうとせず、のろのろと伝蔵を見上げた。
「もう、放っておいてください」
「何じゃと!?」
今さら、と伝蔵は腹が立ってきた。
「何もしたくない……もう動くのも嫌なんです。わたしにはもう何もないのですから……」
「何を言うか。ぐずぐずしていたら危ないぞ!」
 城内からは陣太鼓の音、半鐘の音、馬のいななきや大勢の人間のうごめく音が聞こえてくる。どうやら出陣するようだ。
「せっかく仇を討ったんじゃろう!」
半助はゆっくりと首を横に振った。
「討ってはいけなかった……わたしは父の遺言を破ったのです」
「遺言?」
 伝蔵に聞き返されても、半助はそれ以上詳しくは語らなかった。もちろん、形だけ守ってきたにすぎないことは分かっている。けれども、父の最期の言葉を守ることが、自分にとっては一つの歯止めになっていたのだと、今半助は気付いた。無用な殺生はすまいと。自分に殺された人間の恨みを忘れまいと。そのことが半助の精神の均衡を保っていたような気がした。
「わたしには帰るところはありません。待っていてくれる人もおりません。唯一の仲間だった水軍は、わたし自身が裏切った……」
「う……だからそれは……」
「この足ではもう忍びの仕事もできないでしょう。自分が生きてきた道すべてが無意味になりました」
半助の目から、すうっと涙がこぼれた。
「もう……疲れたんです……」
 伝蔵は絶句した。自分に何ができる。今この若者を無理にでもここから連れて行くことはできる。だが、それがこの者にとっての救いになるのだろうか……。
 ならば本人の望みどおり、ここに一人残していくのが親切か。伝蔵はしばし、本当に精魂尽き果てたような半助の頬に流れる涙を見ていた。
 この男は、では本当に死にたいのだろうか。それが望みなのだろうか。
 やおら、伝蔵はかがみ込むと、半助の腕を自分の肩に回し、力いっぱい引き上げた。
「?」
なおも自分を構おうとする伝蔵の横顔を、半助は驚いて見つめた。
「あんたがこんな死に方をしたら、あんたを生んだ母御はそれこそ無意味なことをしたことになりますな」
「……」
「これはあんたより大分長く生きた人間として言うんじゃがな」
伝蔵の声に、怒りはなかった。
「この世に本当に無意味なことなんぞ、滅多にあるもんじゃない。今までのあんたが生きてきた道も、そしてこれからあんたが生きる道にも、きっと意味があるんじゃよ」
「……どんな?」
「そんなことはわしは知らん」
「はあ?」
「あんたの人生じゃ。あんたが考えろ。*意味があるかないかではない。意味は必ずある。だからそれを考えるんじゃ。そしてそれこそが人生そのものではないのかの」
「意味が……ある?……」
鼻声で半助が聞いた。
「ああ」
「わたしなんかの存在に?」
「ああ、必ず」
 半助の頬を、また涙がつたった。が、それはさっきの涙とは少し違うように伝蔵には思えた。
 伝蔵の肩につかまる手にぐっと力を入れ、馬をつないである場所まで必死に足を進めた。伝蔵もまた、何かに祈るような気持ちで半助を支える腕に力を込めた。








*故三原順氏の「はみだしっ子12巻 つれて行って その3」P151より。
 少々言い回しが違いますが、グレアムがアンジーに言った言葉としてアンジーが語っています。
この言葉以上に的確な言葉を考え付くことができなかったので使わせていただきました。
 今回ちょっと説教くさいですね。すみません。




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