Abend Lied 4
半助はその場をそっと離れると、地下牢を目指した。本丸の北側にある別棟の地下にあることは分かっている。今度は陽動ではないから慎重に闇に紛れる。 が、やはり侍には見えないものも、同じ忍びには見えたらしい。半助の行く手に一人の忍者が立ちふさがった。 ここへ来て半助は、最初に見つかったときの疑念を強くした。うぬぼれるわけではないが、自分の力を冷静に、客観的に評価する目は持っていると思う。こんなにたやすく見つかるなど、ふだんでは考えられないことだ。それもこの忍者、決して自分より「できる」とは思えない。自分に対する敵意が丸見えだ。 おかしい。情報が漏れているのか。もしこれが一人の任務ならば、一度退却するかどこかに身を潜めて、とりあえず様子を見て出直したいところだ。が、一応喜平次という相方もいれば、捕らえられている者の命の保障もない。突破するか。 忍者はその手に苦無を持ち、構えている。 「貴様は俺が捕らえる。これで出世できるぜ」 高揚感が伝わってくる。そんなに冷静さを欠いては無理だね、と半助は胸の内でうそぶく。 そのとき、背後にもう一人の忍者が現れた。新手に向かって、先の忍者が苦々しげに言った。 「こいつは俺の獲物だからな」 「ふん。おまえ一人の手に負えるものか。功を争ってる場合じゃないぞ」 先の者が舌打ちをした。だがそういう新手の声にも、手柄を上げたいという欲求が見え見えだ。 「悪いが人の出世のダシになる気はないよ」 半助はそう言うと、近くの長屋の屋根にふわっと飛び上がった。 その余裕の物言いが神経に障ったのか、カッとした二人がすぐ後を追う。 が、最初に現れた一人は飛び上がったところを顔を瓦で殴られた。カウンターを食らった忍者はそのまま地面に落ちて後頭部をしたたかに打ち、気絶したようだ。 半助のほうはそれを確認もせずに瓦を投げ捨てると、素早く逃げ出す。ほんのわずか遅れたために難を逃れたいま一人の忍者が後を追う。 暗闇の中、不安定な屋根の上を、二人とも全力で走る。長屋の切れ目で半助が大きく跳び、次の棟へと 逃げた。追っ手も飛び移る。が、 「ちょっと急ぎすぎだよ」 背後から半助に声をかけられ、驚愕した忍者が振り返ろうとした瞬間、半助は苦無で思いきり殴りつけ、あえなく二人目ももんどりうって転落した。 半助は飛び移ったと見せて一度下に下りていたのだった。 「二人とも、出世どころかクビだね、これじゃ」 からかうような半助の声は、気の毒な忍者たちには届いていなかった。 そこはあまり陽の当たらない場所で、周囲には目隠しのように木を巡らしてあった。一見すると何かの蔵のようにも見える。灯りとりのための小さな窓が二つだけあり、そこには鉄格子ががっちりとはまっている。 入り口には見張りの侍が一人いるだけだ。城内の騒ぎを聞いてか、緊張した面持ちで視線を周囲に配っている。 半助は気配も無く見張りの背後に回ると、やはり苦無でその首筋を思いきり殴った。見張りは何が起こったのかも分からぬまま気を失った。 念のために半助は見張りを裏の木陰に隠す。だれから通りかかってもすぐには見つからないようにだ。 そしてあっさり入り口の鍵を開けると中へ入った。 小さな灯りをともすと、そこは何に使われているのか一見して分かる部屋。荒縄の切れ端が落ち、さまざまな責め具が並ぶ。土間に染み込んだ血の匂いに、半助はわずかに鼻にしわを寄せた。 見回すとすぐに、隅っこに下へ下りる階段を見つけた。 音をたてずにそっと降りて行く。 地下牢の中には牢番はいなかった。ろうそくの一つもともしていない。じめじめした暗闇。忍者でも気が滅入る。 そっと灯りをかざしてみると、幾つもの牢の中で、人が入っているのは四つ。皆ぼろぼろの着物をまとって倒れているか、膝を抱えて隅で丸くなっているかだ。 その中に、喜平次と同じ色の忍び装束を着た者が一人、うつぶせに倒れているのを見つけた。 半助は灯りを牢の鉄格子に結びつけると、その鍵も難なくはずして中に入った。そっと肩に手をかけて揺すってみる。忍者はうーん、とかすかにうめいて身じろぎをした。 「大丈夫ですか? 井尻の方ですね。救出に来ました」 半助がささやくような小声で言うと、井尻の忍者はまた低くうめいてのろのろと顔を上げた。わずかな光りに目を眇めて半助の顔を見た。 「あ、あなたは…?」 「杉元様の依頼で参りました。土井半助と申します」 半助がそう言うと、忍者は半助の襟をつかんですがりついた。 次の瞬間、半助の喉元に短剣が突き付けられていた。そして、 「両手を高く上げてもらおうか」 後ろの首筋にも冷たいものを感じて、半助は大人しく両手を上げた。 「事情を説明してもらいましょうか、喜平次さん」 冷静な半助の問いかけに、喜平次はにやりと笑った。 |
見え見えの展開でしょうか。すみません。やっと話が動き出しました。 |