Abend Lied 5




「どうも変だと思ったんだ。あんたが情報を漏らしていたのならそれも納得がいく」
半助は不敵にも、笑いを含んだ声でそう言ってのけた。
 半助の前で喉元に短剣を突き付けている忍者は、半助のその態度に顔をこわばらせる。
 だが、喜平次はそんな半助を揶揄するように言った。
「ほう、変だと思ったのにここまでのこのこ来たか。だから言ったろう。人の命がどうのと甘いことを言ってると、自分の命を落とすってな」
 喜平次のこの物言いには、半助はどうにも気に障る。
 それをあえて隠して半助はさらに尋ねた。
「まさかわたし一人の命を取るために、こんな大掛かりな芝居をしたわけじゃないでしょうね」
 あくまでも落ち着いている半助の物言いは、逆に喜平次を苛立たせていた。
「そのまさかだ、と言ったらどうする?」
「理解できないね」
 それは正直な感想だった。半助はこの二つの城に今までかかわったことはない。彼らがほしい情報を持っているとは思えないし、まして自分の命をとってなんの得があるのか分からない。首謀者がこちらの六丸なのか井尻の杉元なのか知らないが、こんなにまで周到に用意してまで捕らえる価値のある忍者とも思えない。
「今は理解しなくていい。とりあえず、両手を上げたままゆっくり立ち上がってもらおう」
前と後ろから刃を突き付けられてはどうしようもなく、半助は言われたとおり、両手を上げたまま立ち上がる。
「貴様にへたに時間を与えるのは危険だからな。詳しい説明は後だ。逃げられては困るんでな」
 喜平次は言うやいなや、刀を後ろから半助の足首に振り下ろした。
 半助は、ぷつりと何かが切れる音を聞いた。
 激痛が走り、立っていられなくなってくずおれるところを、今度は思いきり腹を殴られて息が詰まり、そのまま気を失った。





 どれほど時間がたったのか。
 半助は足の堪え難い痛みのために意識を取り戻した。
 身につけていた衣服は頭巾から足袋にいたるまですべて剥ぎ取られ、代わりに古い単衣がかぶせられていた。
 徹底している。忍者の着物など、どこに何が隠してあるか分からない。足を斬って歩けなくした上、武器どころか忍び服まで奪うとは。
 半助は歯を食いしばってどうにか体を起こすと、そばに落ちていた帯を締め、壁に寄り掛かった。
 足首はひどく痛む。血は止まっているようだが、腱を斬られた。もう二度と歩けないかもしれないと、頭のどこかでぼんやり考える。
 見回すと、そこは先ほどの地下牢だった。半助が来た時には本当の闇だったが、今はいくつかの蝋燭が廊下に灯されている。
 牢番はいなかったが、階段の上には見張りがいる気配がする。
 どう考えても分からなかった。なぜこうまでして自分をここに捕らえておく必要があるのか。
 井尻と六丸が協力してのことなのか。あの二人の忍者が裏切ったのか。それとも杉元がこちらに通じているのか。こちらに、井尻側に寝返った者がいるのか。だとしても、それと自分と何の関係があるのか。
 痛みのためにまとまらない頭で思案を巡らしていると、ぎーと扉の開く音がして、数人の足音が階段を降りてきた。
 先頭を喜平次。その後ろにここの殿様か家老か、そんな風情の男。そして護衛の侍が二人。
 彼らが半助のいる牢に入ってくるのを、半助は壁に寄り掛かったまま面倒臭そうに見ていた。
 喜平次の後ろにいた男は、尊大げに半助を見下ろした。
「こやつか」
「は!」
「おまえが土井半助なるものか」
「あんたはだれだ?」
半助はその男を上目遣いで見やってそう言った。
 男は面白そうにふっと笑った。
「さすがに勝ち気じゃな。わしはこの六丸城城主波多野じゃ。井尻の杉元殿の手土産におまえをもらい受けたのよ。なに、命までは取らんから安心せい」
 この言葉で大体構図は見えた。杉元が井尻城主を見限ってこちらに寝返った。そのしるしとして、部下の忍者を使って半助を六丸に差し出したということなのだろう。しかし、何のために?
「喜平次、こやつを逃がすでないぞ」
波多野はそう言いながら牢を出て行こうとした。
 行きがてら、半助を嘲笑うように言い捨てて言った。
「しばらくは不自由でしょうが、大人しくしていてくださいよ、若君」
 その言葉に半助の表情が凍り付いた。
「何! どういうことだ!」
 半助は思わず波多野を追いかけようとして、足の痛みのために立ち上がることさえできずによろめいて手を付いた。
 波多野は答えようとせず、くつくつと小馬鹿にした笑いを漏らしながら去ってしまった。
「どういうことだ! 答えろ! 何のためにわたしなんぞを捕らえた!」
半助は激しく動揺し、まだその場に残っていた喜平次に噛みつかんばかりに怒鳴った。
「つまり、あなた自身がわれわれにとって利用価値があるということですよ、土井の若君」
勝ち誇ったように、喜平次が答える。
 半助はその言葉に愕然とした。
「な、なんの……ことだ……」
さっきまで落ち着き払っていた半助が動揺しているのが、喜平次は愉快でたまらない。
「12年前になりますか。わたしはあなたの行方を追っていたんですよ。定明様のご命令でね」
 半助の頭にかーっと血が上った。この12年、必死で忘れようとし、忘れたと思っていたその名を思いもかけない今この場で聞かされて……。








ここからは「雑記」を参照の上お読みいただけると分かりやすいかと。ありがちですが、ま、そういう話です。




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