彼らの時計のなかには正気ではないものもある。でもそこがポイントではないだろうか?
最初は身につけたくなかったが、初めてピンクのトゥッティ フルッティを手にして以来、私はウブロに魅了され続けている。
今年の初めに新しいビッグ・バントゥールビヨン オートマティック イエローネオン SAXEMの評価を任されたとき、その気持ちはクライマックスに達した。
このレモンタイムピースはダイヤモンドが入っていないにもかかわらず、2696万1000円(税込)と大変高額である。こんなものを買おうとする人は愚かだと思われても仕方ない。あるいは気前よくいうと、あまりにも裕福なために、目隠しした状態のままタップ対応のクレジットカードを持ってショッピングモールに行き、どこかでつまずくまで何が起こるかわからないゲームをするのが好きな人といったところか。
ウブロ時計スーパーコピー 代引きこの2本の時計は格好悪いと思う人がいることはわかっていたのだが、だからこそとても欲しくなった。本物の時計コレクターはそんなものは眼中にないと思っていたからだ。真面目な時計コレクターには無視されることが多いため、この時計が欲しかったのかもしれない。
このユーモアが意図的なものかどうかはわからないが、私はウブロをおもしろいと思った。それと同時に疑問も生じた。いったい誰が実際にこれを買うのだろうか? と。
私はこの質問の答えを見つけたかったが、でも見つけることができるかどうかわからなかった。だから何を思ったか、ブランドCEOであるリカルド・グアダルーペ(Ricardo Guadalupe)氏に電話してこういったのだ。「ちょっとだけ知りたいのだけど、ウブロは一体どうなっているの?」
それから数週間前に、ウブロのマニュファクチュールを見学する機会を得た。さらにスイスのタトゥーアーティスト、マキシム・プレシア-ビューチ(Maxime Plescia-Büchi)氏とのコラボレーションによる新作サンブルーの発表とも重なり、彼とともにミラノに行くことになった。これはSAXEM(サファイア・アルミニウム・オキサイド・アンド・レアアース・ミネラルの略である)がどのように製造されているのか、間近で見られるチャンスだった。
はっきりいうとウブロとは何かを知りたかったのだ。ロレックスは誰もが知っていて欲しい時計に位置付けられ、また高価な時計という概念を文化的に支えているブランドだ。オーデマ ピゲはロレックスだけでなく、時計についてもう少し詳しい人が欲しいものだろう。そしてパテック フィリップは、超一流でスノッブ(お高くとまった)な人たちが集めている。なにも意地悪で言っているわけではない。スノッブがスノッブである理由のひとつは、あるものがほかより優れているということだ。パテック フィリップを強制的につけさせられる世界の誰もが、それに腹を立てることはないだろう。
しかしもしウブロを身につけることを強要されたら、まあ憤りを感じる人も一部存在するだろう。ウブロは多くの人々が野暮だと感じている。大物時計コレクターは、前述したブランドのエレガントな最新モデル(またはヴィンテージ)のセットやリシャール・ミル1本に対して簡単に20万ドル(日本円で約2801万3000円)を費やせるが、しかし20万ドルする光り輝くSAXEMを手首に巻くとこう思うだろう。“怖い!”
エントリーモデルについても考えてみよう。ロレックス オイスター パーペチュアルは、もし手に入れることができれば6500ドル(日本円で約90万円)前後だ。そしてウブロ クラシック・フュージョン オートマティックは約5500ドル(日本円で約77万円)だろうか。前者はウェイティングリストがあるが後者はすぐに手に入る。
このサイトを訪れている人で、私が持つ疑問をすでにここまで読んでいるのなら、ウブロを愛するということはある種の時計愛好家のあいだでは不人気な立場であるという共通認識のもと話を進めることができる。しかし、もちろんそれはウブロのすべてのストーリーではない。ウブロは“人々がいやがるもの”以上の存在として、頑丈な時計をつくり続けているのだ。
ではウブロとは何か? ウブロはどのような感情を生み出すのだろうか。一部の人たちを怒らせて、またある人は財布を取り出してそれを買いたいと思わせるようなものだ。ではなぜウブロを買うのか? それどころか、なぜ22本もウブロを買うのか?
この記事を執筆するにあたり、まさにこれだけの数のウブロを持っているコレクターに話を聞いた。50歳のテッド・グエン(Ted Nguyễn)氏は、ヒューストン在住のゼネコン兼不動産開発業者である。グエン氏が最初にウブロのブティックに足を運んだときはひどい仕打ちを受けたが、次に行ったときにはとてもよくしてもらったという。そこから先はご存じのとおりだ。
ウブロは私の好きなブランドでとても気に入っているんだと伝えたら、彼は「ああ、私も好きですよ」と言って、まだウブロは持っていないけれどと付け加えた。「それではまだ愛が足りませんね」と彼は笑いながら話す。
ウブロ クラシック・フュージョン クロノグラフ アルトゥーロ・フエンテ キングゴールド ブラウン セラミック。
クラシック・フュージョン クロノグラフ アルトゥーロ・フエンテ キングゴールド ブラウン セラミック(彼が手に入れた最初のモデルは2015年だ)、クラシック・フュージョン セラミック ゴールドクリスタル、クラシック・フュージョン アエロ・フュージョン アスペン スノーマス、それとお揃いのペアモデル、クラシック・フュージョン クロノグラフ キングゴールド ブルー45mmとクラシック・フュージョン キングゴールド ブルー38mmなど、彼が所有する22本ものウブロのテキストツアーが始まった。彼が送ってくれた写真に写っていた小さいバージョンは、購入時にヒューストンのブティックが出してくれたというモエ・エ・シャンドンのスプリットによって囲まれていた。
彼は45mmのものしか身につけたことがない。小さいほうは“幸運な女性”が現れたらその人のためにあげるのだと教えてくれた。
ツアーは続く。ビッグバン・コネクテッド E ブルー ヴィクトリー、ビッグバン・ゴールド クロノグラフ、そしてステンレスのビッグ・バンもあった。
そのなかでも、セクシーなブルーのペアウォッチと、クラシック・フュージョン クロノグラフ アルトゥーロ・フエンテ キングゴールド ブラウン セラミックがとても気に入った。シガーからヒントを得たと知ったが、確かに見た目はシガーの色に似ている。そしてロゴの下に赤い字で“FORBIDDEN”と書かれており、響きは悪いようだがいい。
ウブロ クラシック・フュージョン アエロ・フュージョン アスペン スノーマス。
例えばクラシック・フュージョン アエロ・フュージョン アスペン スノーマスなどはそれほど夢中にはならなかった。まるで時計が雪崩から逃げている、あるいはそこに向かって走っているように見えたのだ。それと同様に、元HODINKEEエディターでテキサス出身のローガン・ベイカーが、ビッグ・バン カモ テキサスを好まなかったことについても同意せざるを得ない。ただのビッグ・バンなのに森のなかに隠れようとしているからだ。
なぜパテック フィリップよりもウブロのほうが好きなのかとグエン氏に尋ねたら彼は長いこと回答を考えていた。だから私はそれに対する長い答えを準備していたが、彼は「ああ、私は80歳ではないのです」としか言わなかった。
今、ジュネーブから北へ20マイル(約32km)のところにあるウブロ本社に訪れている。私はこれが初めてのマニュファクチュールツアーではない。だが、まるで婚約者の故郷を初めて訪れ、魔法の始まりの場所を見つけようとしているかのような、ちょっとした期待に満ちたときめきを感じている。
本社にはふたつの建物があり、それぞれが歩道橋で結ばれていた。高さは4階建てで、大量の窓があるとてもきれいなオフィスという意味ではスイスならではのオフィスビルである。まさにクラシック・フュージョン・ブラックマジックを建築形式に落とし込んだようだ。
パンジーのSAXEMパープル、チューリップのSAXEMオレンジなど、鮮やかな春の花がいたるところに咲いている。黄色い花が何かはわからなかったがこれもSAXEMっぽい。なかに敷かれていたカーペットはウブロの象徴であるダブグレー(紫がかった灰色)で、アートを引き立たせるのにふさわしい。当然ながらウブロの時計そのものの写真があり、それに加えて、時計の代わりにウブロの時計で表現されたサルバドール・ダリの記憶の固執や、フランス人アーティストのマーク・フェレーロ氏のリップスティック絵画、そして同じくフランス人アーティストのリチャード・オーリンスキー氏のブルー・コングの彫刻など、皮肉たっぷりのポップアートもたくさん飾られていた。
ウブロの人たちは若い。ツアーガイドをしてくれたブランド・アイデンティティ・ディレクターのミカエル・エンゲンヘイロ(Mickael Engenheiro)氏は30歳だった。昼食時、白髪頭の人たちの数を数えてみたが、基本的に私ひとりだけだった。58歳のCEOリカルド・グアダルーペ氏はそういうのが気に入っているようだ。彼はアイデアが新鮮であることを望んでいる。私はこのポジションに憤りを感じると同時に感謝もしていた。
エンゲンヘイロ氏は、それが迷惑というよりこちらも元気になるくらい、爽快でエネルギッシュだった。彼はもともと時計職人だったがマーケティングの道に進んだという。それがいかにもウブロらしいと感じた。彼はトゥールビヨンに精通しているが、しかしそれ以上に何がそれを際立たせるのか、また華やかにするのかに興味を持った。そしてそれを売ることに長けていたのだ。
彼のおかげでウブロツアーはわかりやすく、でもまったく退屈するものではなかった。彼は歴史から始めたことを半ば謝罪し、おそらく私がすでに知っていることも多いだろうとほのめかしたが、しかしそうでなかったとしても、時間をかけて再確認し、自分自身の体制を整えることは重要だった。ブランドはほかの企業と同様、意思決定を意図的に行っている。例えば、ある日スイスの時計ブランドとして目覚め、タトゥーアーティストのマキシム・プレシア-ビューチ氏とともに直径42mm、厚さ15.7mmのトノー型ファセットウォッチを発表するようなことはない。またある日突然、ブルー・コングの彫刻を鑑賞しながらリチャード・オーリンスキー氏を電話で呼び出して、青いガラスでできたゴリラのような時計を作りたいと案を出すことはないのだ。
ウブロのキャッチフレーズは“The Art of Fusion(異なる素材やアイデアの融合)”である。あまり相性があわない素材を組み合わせるという意味で、1980年にイタリア人のカルロ・クロッコ(Carlo Crocco)氏がゴールドの時計にラバーストラップをつけたことから端を発する。「当時そんなことをするのは本当に奇妙なことでした」とエンゲンヘイロ氏はいう。すでに知っているようなものでも、いまでは正当化されたコンセプトがどのような世界に入ってくるのか、覚えておくことは大切だ。ラグジュアリーウォッチにラバーストラップを採用したのは、実に大胆な試みだったのだ。
この最初の時計が、クラシック・オリジナルと呼ばれていたことを知る。エンゲンヘイロ氏のフランス語訛りを真似しながらこの名前を独り言のように繰り返した。『パルプ・フィクション』のなかでサミュエル・L・ジャクソンが“ロイヤル・ウィズ・チーズさ”と言っているのを思い出しながらそれを味わっていた。クラシック・オリジナルは始まりに過ぎなかったが、そのなかに今日のウブロの姿を見ることができる。ラグジュアリーさとラバーを合わせた無造作感と、そして左腕を波のように振り上げたHロゴは、過去に別れを告げ未来に挨拶をしているようにも見えるし、また親しみを込めて手を振っているようにも見える。
ウブロはラバーストラップを使いながらも高価であることを続けた。それはうまくいってはいたのだが、決して成功を収めていたとはいえなかった。2004年、業界の重鎮であるジャン-クロード・ビバー(Jean-Claude Biver)氏が登場し、実際にアート・オブ・フュージョンについて最初に語り始めた。このフレーズは数年たったいま重宝されており、アーカイブの名前としてもふさわしい響きを持つようになった。ビバー氏にとってのアート・オブ・フュージョンとは、ラバーや金属だけではなくカーボン、ラバー、ゴールド、チタン、ダイヤモンド、研究所で作られた人工サファイアなど、この世にあるありとあらゆる素材を指していたのだ。
彼のビッグ・バンは2005年に発表されたが、今ではトノー型のスピリット オブ ビッグ・バンやスクエア・バンなど、形状的にも広がりを見せる。これらの展開はとても重要だが、私にとってウブロのストーリーとは、2005年のスポーティなオリジナルのビッグ・バンから2012年のビッグ・バン トゥッティ フルッティ、そしてシェパード・フェアリー、村上 隆、ジェイ・Z、DJ スネークや前述したアーティストたちとのコラボレーションなど、まさに素材とアートがやりとりすることが重要であると感じている。またアートといえば、最近(そして私的にはベストな)発表されたアーティストのウェン・ナ(Wen Na)氏との素晴らしい旧正月コラボレーションモデルも紹介したい。それは鮮やかなブルーのパンツと真紅の衣をまとった丸々としたウサギの心臓の真上に時・分・秒針が固定されたものだ。
まさにこれこそ私にとってのウブロの最高傑作である。過剰なまでの時計づくりのアプローチにより、ある人は好き(私のように)で、またある人は嫌いということだ。ある有名な時計コレクターで起業家の人が以前、“ウブロは格好悪い”といった。“でもすごく楽しいものだよ”と私は答えた。すると彼は、“私も時々ケンタッキーフライドチキンを食べるが、だからといって美味しいとは限らない”と言っていた。