近藤英隆 雑誌 Training Journal 2006.12


投球障害を予防するための若田接骨院の試み2
~野球選手の機能的検査について考える~


野球選手のための機能的検査

 機能的検査(ファンクショナルテスト)を行い、野球選手の筋バランスや身体の機能を評価するときに、当院ではオーバーヘッドスクワット(写真1)を活用している。さらに、肩と股関節のスクリーニングを行い、体幹部を中心とした筋バランスを評価している。
 前号でも述べたように、成長期の野球選手は姿勢的な問題から肩関節の機能障害を抱えている頻度が高く、そのため、全身的な身体バランスを評価する必要がある。従来の評価法では前額面、矢状面、水平面において静的な姿勢観察を行い、各関節の可動域を検査して、腱や靭帯、関節包などの軟部組織の病変を含めて検査していた。しかし、このような一般的なテスト法は、1人の選手の評価に時間がかかりすぎたり、サイペックス、ゴニオメーターなどの特別な測定器具・装置が必要となる短所がある。それに比べてファンクショナルテストでは特別な道具を必要とせず、一度に多関節(動き)の評価を行うことができる。つまり、客観的かつ短時間に代償作用(アンバランス)を見つけることができる。実際に投球障害を起こした選手をみるときは、損傷部位以外にも機能障害があり、その代償で痛みが出ていることも多いために、運動学的連鎖による代償動作を理解し、評価を行わなければならない。しかし、ファンクショナルテストは評価する側の主観が入りやすいため、解剖学や運動学などの知識の差によって評価に差が出る可能性があることも付け加えておく。



写真1 オーバーヘッドスクワットで筋バランスや身体の機能を評価する
写真1
オーバーヘッドスクワットで筋バランスや身体の機能を評価する


オーバーヘッドスクワットでわかること

 オーバーヘッドスクワットの方法は、まず頭の上に手を伸ばして万歳をした姿勢でバーベル(バーのみ)を持ち、その姿勢のまま選手には何も言わずにゆっくりとスクワットを3回以上やってもらう。選手に対して何も言わずにやってもらうのは、「身体のこの部位がこのようになるとここに問題がある」などと先に伝えてしまうと意識してしまい、普段の動きができず機能異常を引き出すことが難しくなるためである。
 負荷をかけた状態でのスクワット動作を行うと、機能すべき筋肉が働かずに、その代償作用として本来のスクワットの動きには使わない筋肉を使う異常な動き(代償)を客観的に評価することができる。これによって、身体の軸ができているか、さらに足関節、膝、股関節、肩、体幹部の柔軟性および安定性など、たく さんの情報を短時間で得ることができる。障害を起こしてしまった選手にオーバーヘッドスクワットを行わせ、身体各部の柔軟性を含めた評価を行うと、ほとんどの野球選手が真っ直ぐに腰を下ろすようなスクワット動作ができない。たとえば、野球の動作の中では同じ方ばかりに身体を捻ることが多く、片側の足で蹴り出すような動作が多くなる。そのため左右で足部の柔軟性に違いができて、膝、股関節、骨盤、脊柱と運動学的な連鎖が起こっていることが多い。そうすると、 しゃがむときに殿部はどちらか側方にずれてしまう。そのような代償(アンバランスな動き)を診て、身体各部のどこに異常な動作が出るのかで機能評価をすることができる。


オーバーヘッドスクワット時の頭部の位置を見て頸部を評価する

 投球障害のリハビリのためには身体の各部位のバランスをチェックする必要がある。オーバーヘッドスクワットをする際に頭部が前に傾いてしまうことがある(写真2)。このような異常な動作は、胸鎖乳突筋や斜角筋が硬いことによって起こる。この姿勢を前方頭位と呼んでいる。 日常生活において、普段から姿勢が悪い選手に多くみられる。さらに、前方頭位になる選手は上腕部が内旋しており、肩甲骨間部が広がった円背姿勢がほとんどである。野球では打撃時や投球時のどちらの動作においても、頭部を体幹部に合わせて回旋させて行うため、ほとんどの選手において回旋方向とは反対の胸鎖乳突筋が発達している。したがって、安静時においても右側の胸鎖乳突筋が過緊張を起こしている場合に顔面部は少し左を向いて回旋し、頭部が右に傾き、右肩が下がった姿勢となりやすい(写真3)。
 東洋医学的な考え方では、とくに夏場は暑さから胃腸が弱っている選手が多く、胃腸が弱っている選手ほど前方に頭を突き出し、腹部をかばうような前かがみの姿勢になっていることが多い。呼吸時に胃腸が弱っていることで横隔膜が硬くなり(働きが弱くなり)、その代償から肩で息をするために胸鎖乳突筋や斜角筋 が過緊張している選手をみることもある。


写真2
頭が前に傾いている
写真3
右の胸鎖乳突筋が発達している選手


オーバーヘッドスクワットで肩の高さを評価する

 バーを持って両手を伸ばしたときに、肩が上がってしまうのは上部僧帽筋や肩甲挙筋が硬く、下部僧帽筋や前鋸筋が弱化している。そして、どちらか片側の上部僧帽筋が硬い場合に硬い側の肩は上がり、反対側の肩はより下がって見える。
 このような場合、持ち上げたバーは上部僧帽筋が硬い側が高く、反対側が下がって見える(写真4)。肩が上がって見える理由として、たとえば、右の上部僧帽筋が緊張していると右の肩甲骨は上方回旋がしずらくなる。しかし、バーを持って上肢を挙上すると強制的に肩甲骨は上方回旋し、さらに上部僧帽筋は緊張するため上部僧帽筋が硬いことで頭部が上部僧帽筋に引っ張られるように右にスライドして見える。そして、頭が右にスライドすることで左の斜角筋が緊張する。 斜角筋の緊張から上位肋骨の動きが硬くなり、左の肩甲骨は右の肩甲骨に比べ上方回旋しにくい状態となる。
 右投げ右打ちの選手の肩は投球側の方が安静時には下がりやすいが、肩が下がっているのは上部僧帽筋の弱化ではなく運動学的連鎖によるものが多いため、多 くの場合下がっている投球側の上部僧帽筋が緊張しているのは前号で述べた。したがって、投手にオーバーヘッドスクワットを行わせると、ほとんどの投手は投球側の上部僧帽筋が硬く、前鋸筋が弱化していることが多いため、非投球側のバーが傾いて下がることが圧倒的に多い結果となる。この結果から、どちらの肩の上部僧帽筋が硬いかわかる。
 上部僧帽筋が硬いことで肩甲骨の上方回旋がうまくできず、投球時に肘が下がりやすくなる。肩甲骨の肩甲棘と上腕骨が一直線になる位置をゼロポジションと 呼ぶが、投球時のボールリリースにはゼロポジションでなければ肩や肘の障害を起こしやすいと言われている。したがって上部僧帽筋が硬いと、肩関節よりも肘の下がった位置での投球となるため投球障害を起こす頻度が高くなる。



写真4 片方が下がっている
写真4
片方が下がっている


オーバーヘッドスクワットで上肢の位置を評価する

 両方の腕が前方に下がる場合やその代償で腰を過度に反るように見える場合は、大胸筋が過緊張して硬くなり、下部僧帽筋は弱化している。左右どちらか一方の腕が前に下がるように片方のバーが前に出てしまうのは、前に出ている側の大胸筋が硬く、同側の下部僧帽筋が弱いことに よる(写真5)。肘が曲がって見えるような場合には、広背筋の過緊張と下部僧帽筋の弱化がみられる(写真6)。右投げ右打ちの選手の多くは、投球側のバー が前に出て両方の肘が曲がっていることが多く、とくに投球側の肘は非投球側に比べより曲がっていることが多い。さらに、上肢の位置は下垂した安静時での観察も大切である。とくに前腕部を観察すると、上腕に対し前腕部が回内位であったり、体幹部と腕の位置とが左右対称でない場合には運動学的連鎖による側弯などを見極めるポイントとなる。
 前腕部が安静時に回内傾向が強い場合は、上腕骨も内旋傾向が強くなり、運動学的な連鎖によって外旋可動域が狭くなり、肩甲平面もそれに伴って前方への傾きが強くなり、肩が前に出たような姿勢となるため前方頭位になりやすい。このような傾向がみられる選手は投球障害を起こしやすいため、積極的に大胸筋・広背筋のストレッチを行い、下部僧帽筋をトレーニンクさせる必要がある(写真7)。



写真5 片方が前に出ている 写真6 肘が曲がっている 写真7 前腕部が捻れ、前腕と体幹がずれている
写真5
片方が前に出ている
写真6
肘が曲がっている
写真7
前腕部が捻れ、前腕と体幹がずれている


オーバーへッドスクワットで肩甲骨の位置を評価する

 オーバーヘッドスクワットを行ったときに翼状肩甲がみられる場合は、小胸筋の過緊張と下部僧帽筋、前鋸筋の弱化がみられ、両方の肩甲骨が離れて見える場合には両方の大胸筋、小胸筋、広背筋の過緊張と菱形筋、下部僧帽筋、小円筋、棘下筋の弱化がみられる。
 このような傾向がみられる選手は、安静時にも円背となっていることが多く、最も投球障害を起こしやすい姿勢と言っても過言ではない。その理由は、肩甲骨間が離れて下方回旋した姿勢では棘上筋がオーバーユースを起こしやすく、肩甲骨は上方回旋がしにくいために投球時に肘が下がった位置で投げていることが多いからである。


オーバーヘッドスクワットで体幹部を評価する

 オーバーヘッドスクワットを行ったときに殿部が左右どちらか側方にシフトする場合には、股関節周囲筋、大腿筋や下腿筋など、下肢筋のアンバランスが原因の運動学連鎖によることが多い(写真8)。たとえば、腰の位置が右にシフトする場合には右側の梨状筋、腸腰筋、大腿二頭筋、外腹斜筋が過緊張して硬く、左の腓腹筋、ヒラメ筋、内転筋、大腿筋膜張筋、内腹斜筋が過緊張している。さらに右の大殿筋と左の中殿筋も弱化している。
 腰が丸まって見える場合(写真9)、腹直筋やハムストリンク筋の過緊張や大殿筋、中殿筋、骨盤底筋群の弱化がある。腰が過度に反ったような姿勢になる場合には(写真10)、腸腰筋、大腿直筋、脊柱起立筋、広背筋の過緊張と大殿筋、中殿筋、骨盤底筋群の弱化があると考える。野球選手の場合、体幹部が捻れていることが多く、真っ直ぐに膝が曲がり、殿部も真っ直ぐにしゃがむ選手はほとんどみられない。
 さまざまなタイプの選手がいてどちらが多いとはいえないが、腰椎が過前弯または過後弯している場合がある。体幹部が安定していないと、投球や打撃時に腰痛の原因になりやすく、とくに近年では脇腹の痛みを訴える野球選手が増えており、体幹部の筋バランスを整え、深部筋をトレーニンクすることが重要視されて いる。

写真8 殿部が右にシフトしている 写真9 腰椎後弯(丸まっている) 写真10 腰が反っている
写真8
殿部が右にシフトしている
写真9
腰椎後弯(丸まっている)
写真10
腰が反っている


オーバーヘッドスクワットで膝関節を評価する

 スクワットでしゃがむときに膝が内側に入る場合(写真11)、内転筋と大腿筋膜腸張筋の過緊張と同側の中殿筋の弱化と反体側の大殿筋の弱化がある。反対に膝が外に開く場合には大腿二頭筋、腸腰筋、梨状筋の過緊張と同側の大殿筋の弱化と反体側の中殿筋の弱化がある。たとえば、右投げ右打ちの選手にスクワッ トをさせた場合、わずかに左の膝が内に入って右膝が開き、殿部は右にシフトするようにスクワットをすることが多く、もしこれが反対の動作になるようであれば、どこかほかに病変があると考えるべきである。投球時に踏み込んだ膝が外に開いてしまうことを「膝が割れる」と呼んでいるが、膝が割れるような投げ方をすると運動学的連鎖から投球時に肘が上がりにくくなり、肩関節がゼロポジションをとりにくくなって肘や肩の障害を起こしやすい。したがって、肩や肘のリ ハビリをしても効果がみられず、患部を安静にして治ったとしてもすぐに再受傷してしまう。


写真11 左膝が内に入り、右膝が外に開いている
写真11
左膝が内に入り、右膝が外に開いている


オーバーヘッドスクワットで足関節を評価する

 スクワットでしやがむ際に足のつま先を上に向けるように足部を回内させるような動きがみられる場合(写真12)、腓腹筋、長・短腓骨筋が過緊張して前・後脛骨筋が弱化している。つま先が外を向くように回外して見える場合、ヒラメ筋、大腿二頭筋、梨状筋の過緊張がみられる。足部の異常な動きは下肢-体幹-上肢と連鎖するため、上肢の機能異常を起こす。とくに野球選手の場合、投げる動作、打撃動作どちらにおいても下肢でつくられた運動エネルギーをうまく上肢に伝えることが大切である。運動学的連鎖が細部にわたって起こっており、肩や肘の機能障害が他の身体機能の障害から二次的に起こっていることが少なくな い。とくに下肢の機能障害からの影響で上肢の機能障害を起こしている例は多く、ファンクショナルテストと合わせて下肢のアライメント評価も必要に応じて行っている。



写真12 左足が回内し、右足が回外している
写真12
左足が回内し、右足が回外している


肩関節周囲筋と股関節周囲筋のスクリーニング

 ファンクショナルテストと同じく、簡単に肩と股関節の周囲筋の筋バランスを評価する方法があるので紹介する。まず1つは肩が前方に出た円背姿勢に影響する3つの筋肉について検査する。上を向いて寝て両手を万歳したときに両手が耳に着くように腕を伸ばす。真っ直ぐに伸びて床につくのが正常である。肘が曲がってしまうのは広背筋が過緊張しているためであり、床に腕がつかないのは大胸筋が緊張し、腕を下ろした状態で肩が浮いて見えるのは小胸筋が緊張しているためである(写真13)。
 股関節の前後左右の筋バランスを見るためにトーマステストをアレンジして行う。一方の下肢をベッドから下ろすようにして、もう一方の下肢は膝と股関節を最大屈曲する。そうしたときにべッドから下ろした下肢がベッドの高さより上にあるようなときは腸腰筋の過緊張がある。膝が90°屈曲位よりも伸展している ときは、大腿四頭筋の緊張がある。股関節が外転すれば大腿筋膜張筋や中殿筋などの外側の筋が緊張している(写真14)。股関節の内転筋群の筋バランスをみるのにパトリックテストを採用している。股関節の開きが悪いほうの内転筋、中殿筋前部線維、大腿筋膜張筋の緊張が硬いことがわかる。



写真13 肘が曲がり、床につかない状態 写真14 トーマステストでの評価 股関節、膝が屈曲し大腿が外を向いている
写真13
肘が曲がり、床につかない状態
写真14
トーマステストでの評価
股関節、膝が屈曲し大腿が外を向いている


まとめ

 立位での姿勢観察を野球選手に行うと、ほとんどの選手に前後左右に筋肉のアンバランスがみられ、脊柱も側弯していることが多いなど、多くの選手が姿勢的な問題を抱えている。しかし、姿勢的な問題があれば必ずしも投球障害が起こりやすいわけではない。側弯症の選手にファンクショナルテストを用いて評価してみると、動きの中での異常がわずかしか診られず、ある程度は代償作用によりバランスがとれていることもある。したがって側弯症などの姿勢的な問題があっても機能不全や異常な動きがなければ、それでバランスがとれているので選手は側弯について神経質にならなくてもよい。
 つまり、投球障害のリハビリにおいて大切なことは、投球時の上肢の機能性であり、下肢からの力を体幹から上肢へとうまく伝えることで運動学的連鎖をより 機能的に使えるようにすることが大切であることを選手によく説明し、選手との共通理解のうえでトレーニンクを行うことが重要であると考える。
 次回Part3は、ファンクショナルテストを用いた評価を踏まえたファンクショナルトレーニングを紹介する。



表 オーバーヘッドスクワットテストでの異常な運動
異常な運動 硬い筋 弱化筋
頚部の筋 頭が前へ出る 胸鎖乳突筋
斜角筋
頸長筋
頭長筋
肩関節周囲筋 腕が前へ落ちるまたは、腰椎が過伸展する 大胸筋 僧帽筋(中・下)
肘が曲がる 広背筋 僧帽筋(中・下)
肩甲骨が外転(肩甲骨の間が広がる) 大胸筋
小胸筋
広背筋
菱形筋
僧帽筋(中・下)
小円筋
棘下筋
両肩が上がる
(一方の筋に問題がある場合は片方の肩が上がる)
僧帽筋(上)
肩甲挙筋
僧帽筋(下)
翼状肩甲となる 小胸筋 前鋸筋
僧帽筋
体幹部と骨盤安定化筋群 殿部が側方移動する 腓腹筋
ヒラメ筋
大腿二頭筋
内転筋群
腸脛靭帯
梨状筋
中殿筋
大殿筋
腹横筋
多裂筋
腰(背中)が過伸展する 腸腰筋
大腿直筋
脊柱起立筋
広背筋
中殿筋
大殿筋
骨盤安定化筋群
腰が丸まる 外腹斜筋
腹直筋
大腿二頭筋
半膜様筋
半腱様筋
中殿筋
大殿筋
骨盤安定化筋群
腹が出る 腸腰筋 骨盤安定化筋群
膝関節の動きに影響する安定化筋群 膝が内側に入る 内転筋群
腸脛靭帯
中殿筋
大殿筋
膝が外側に開く 大腿二頭筋
腸腰筋
梨状筋
中殿筋
大殿筋
足関節と足底の動きに影響する筋群 足部を回内方向に土踏まずを潰すような動きをする 腓腹筋
長腓骨筋
短腓骨筋
中殿筋
前脛骨筋
後脛骨筋
toe-outしながら足部を回外方向に捻るような動きをする ヒラメ筋
大腿二頭筋
梨状筋
中殿筋








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