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山村若の会からのお知らせ
平成十九年度 文化庁芸術祭参加「第五回 山村若の会」平成十九年十月二日
平成十九年度

第六十二回 「文化庁芸術祭優秀賞」 (舞踊部門)受賞

 

  平成四年に六世宗家を継承致しましてより、十五年が経ち、舞踊家として一つの目標としておりました亡母の年齢に近づいてまいりましたが、母の年齢を越えた後に記憶にあるのは祖母の六十歳ほどの姿しかありません。それまでの空白に、舞踊家として宗家として何をめざしどう生きてゆくべきか、見つめなおしたいと「第五回 山村若の会」を企画構成いたしました。

  私は、自身で振付致しました地歌『融』と上方歌舞伎舞踊で山村流の古曲として扱われます義太夫『仕丁』の二演目を舞わせて戴き、文化庁芸術祭に参加させて戴きました。

  山村流の発展に尽くしました先人達―平成十九年八月に十七回忌を迎えました祖母四世宗家・若、平成二十年二月に十三回忌を迎えた祖父・平太郎、同じく四月に二十五回忌を迎えた母五世宗家・糸、来年七回忌を迎える大叔母・久子、若年の私を宗家として支えてくれました今は亡き高弟や門人達に捧げ心を込めて勤めさせていただきました。芸術祭優秀賞を賜ることが出来、何よりの手向けとなったのではと思っております。
ご支援ご声援に心より厚く御礼申し上げます。

山村流ゆかりの資料展

  ロビーにては、「山村流ゆかりの資料展」に関連資料を展示させて戴きました。
ご指導ご尽力賜りました財団法人阪急学園池田文庫様を初めとする関係者各位様に心より深く感謝申し上げます。
ご来場ご声援誠に有難うございました。心より厚くお礼申し上げます。

六世宗家 山村 若 振付

地歌 「融」 山村 若

嵯峨天皇の皇子として生まれながら源姓を賜って臣籍に下った源融は、光源氏のモデルの一人とされています。能『融』より、四世宗家追善会の為、振付し衣裳付けにより勤めさせていただきました作品を劇場から座敷へと移行していった山村流の特質を踏まえ、座敷舞に仕立て、舞わせて頂きました。

地歌「融」 若
地歌「石橋」 侑、侃
四世宗家 山村 若 振付
六世宗家 山村 若 振付増補

地歌 「石橋」 山村 侑、山村 侃

地歌「石橋」は、四世宗家による振付に六世宗家振付として手事部分を増補致しました作品です。勇壮な能の「石橋」の世界により近づけ、劇場にも即して舞台道具にも工夫致しました。伝承された作品に増補し作品を発展させた代々宗家に倣い、四世宗家の振付作品に六世宗家の新たな振りを付け加えた作品として、次の代に六世の色を残し、伝えて欲しいとの願いからお目だるいことではございましたが、息子達により勤めさせていただきました。

上方唄 「十二月」 山村 光

南地・大和屋では正月松の内は名物『へらへら踊り』の代わりに、黒紋付で盛装の芸妓により『十二月』が舞われていました。上方の花街の匂いが色濃く残る作品で、座敷舞の中でも特に女性によって伝えられてまいりました演目です。山村流として残してゆきたい世界です。光が上演いたしました。

上方唄「十二月」 光
義太夫「仕丁」 若

義太夫 「仕丁」〜吉野山〜 山村 若

義太夫『仕丁』は、天保六年、流祖・友五郎による振付の『同計略花芳野山』に後に入れ事として増補された劇中舞踊(景事)です。平成十四年、流儀として約四十年振りに復活上演いたしましたユーモラスでおおらかな上方歌舞伎舞踊です。市川右団次丈使用の台本と三つ面が当家に伝わり、文楽人形遣い・吉田文五郎師(難波據)の娘で今は亡き高弟・若栄が、義太夫の節を豊澤雛昇師に弾きうつし、若栄の門人が振りを覚えていてくれました事、大叔父・若禄次が実際の舞台を観ていたこと等、多くの偶然と必然によって上演が実現した作品です。

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