○○でクロサンショウウオの産卵の様子を撮影するには、まず「産卵の最盛期がいつなのか?」を明らかにする必要があります。産卵は、そのほとんどが雪融けと共に始まりますので、産卵の最盛期には数多くの雌雄の成体が、池などの繁殖水域に集まって来ます。しかし、この時期を逃しては撮影も不可能になります。今年は山の積雪が多く、いつもより産卵の時期が遅れる可能性がありますので、とにかく現場に足を運んでもらって、雪融けの状況と「にらめっこ」ですね。
クロサンショウウオの産卵は、夜半から明け方にかけておこなわれるのが一般的です。私の手元にあるデータでは、午後9時〜午前0時に1回目のピークが、午前1時〜4時に2回目のピークがあるようです。但し、昼間でも暗いようなところでは、日中にも産卵がおこなわれます。
クロサンショウウオの産卵は、まず産気づいた1匹のメスが左右1対の卵嚢(たくさんの卵が詰まった寒天質の袋)を体外に産出するため、卵嚢の粘着端を水中の木の枝などに付着させることから始まります。これに逸早く反応した1匹のオスがメスの背中に乗り、総排出口から卵嚢を引きずり出して精液をかけます。それと同時に周りにいたオスが、卵嚢中の卵を受精させようとして何匹も群がり、メーティングボールと呼ばれるサンショウウオの団子を形成します。これが、体外受精をおこなうクロサンショウウオの標準的な産卵様式です。
メーティングボールは10匹前後のオスによって形成されるケースが多いのですが、繁殖水域にオスの数が余りにも多いと、これが数10匹になることもあります。産気づいたメスの中には、オスの関与を待ち切れず、この集団内に自ら飛び込んで、産卵に至るケースもあります。このような場合、メスがオスの集団に埋没してしまい、どのように産卵がおこなわれているのか、皆目見当が付かなくなります。従って、余りにもオスの数が多いような繁殖水域は、撮影には不向きです。
夜間の繁殖行動を観察するには、暗室用のランプ(親子型電球)が最適です。なぜなら「赤い光は夜行性動物の行動を妨げない」と考えられているからです。問題は「暗室用のランプ程度の光量で、充分な撮影が可能なのか?」ということだと思います。もし、そちらの技術をもってしても撮影が不可能であるのならば、繁殖期が始まる前に、撮影に充分な光源を現地に設置しておくことで対処できます。「それを夜間に照射することで、クロサンショウウオの雌雄を光に慣れさせる」という仕組みです。
クロサンショウウオの繁殖行動に関して色々と文献はありますが、すぐに入手可能な日本語の文献としては、下記のものが参考になるでしょう。
・羽角正人. 2002. 生き物の不思議(4). クロサンショウウオの繁殖行動―オスは競争相手がいない!? 遺伝 56(4): 14-17.
夜行性動物ですので、強い光を嫌がります。一旦、産卵が始まってしまえば、ある程度の強い照明をあてても大丈夫ですが、本来の繁殖行動とは異なった反応を示す可能性があります。メーティングボールの持続時間は10分半前後ですので、繁殖行動の途中からの撮影で宜しければ、チャンスは充分にあります。
照明に慣れさせる場合、例えば、満月の月明かりの下でも産卵は見られますから、その程度の光量で撮影できるのであれば、クロサンショウウオの繁殖行動の一部始終を撮影することは可能です。その場合、繁殖期が始まる前から、池などの繁殖水域に照明があたっていることが重要です。
お役に立てるような考えは余り思い付きませんが、この映像を見る限り、確かに尾芽胚が卵膜ごと回転しているようです。これは「卵膜の内部にある尾芽胚の動きが、そのまま卵膜に伝わっている」と考えるしかないような動きです。
ここで分からないのは「繁殖水域に産出されたカスミサンショウウオの卵嚢の中で、ひとつひとつの卵膜はゼリー層に包まれている」という事実です。つまり「このような卵膜ごとの動きは、写真撮影のためにゼリー層を除去したから起こったもので、自然界では起こり得ないのではないか?」ということです。
「サンショウウオは肺で音を感じている」というのは初耳でしたので、そういう文献が存在するのか、検索してみました。どうも、次の文献が該当するようです。
米国「オハイオ州立大学(Ohio State University)」の「Thomas Hetherington」という研究者が、北米に生息する「ブチイモリ(Notophthalmus viridescens)」を使って調べているようです。この研究で、彼が主張しているのは「サンショウウオとトカゲは音を聞くために肺を使用しているかもしれない(salamanders and lizards may use lungs to hear)」という点です。その論理構成は、以下のようになっています。
(1) 音が動物の「胸部振動(chest vibration)」を引き起こす
○○さんの質問にある「肺で音を感じている」仕組みに関しては、この回答で説明責任を果たせたのかもしれませんが、研究者としての私の勘では、どうも眉に唾をつけて考えたくなる研究のように思えます。そもそも「音が動物の胸部振動を引き起こす」という大前提が、間違った発見である可能性があります。なぜなら、サンショウウオの肺は頭尾方向に長く、胸部にだけ存在しているわけではないからです(後肢の付け根まで存在します)。また、この著者も述べているように「肺を持たないサンショウウオでは胸部振動が起こらない」のであれば、世界中に生息する約400種の有尾両生類のうち、およそ7割を占める「プレトドン科(family Plethodontidae)」のサンショウウオでは、音を感じることが出来ない計算になります。それとも、この科のサンショウウオ全種が「ちゃんとした中耳を持っている」とでも言うのでしょうか?
更に付け加えるならば、ブチイモリは、性成熟すると「第二次変態(second metamorphosis)」を起こして水に入り、その後の「newt」と呼ばれる成体の時期は水の中で暮らします。そんな水中で暮らす動物を実験に使っておきながら、この著者は、論文の中で「陸上の小動物では、......」と書いています。この著者は、サンショウウオのことをよく知らないで、実験に使用しているように思えてなりません。
マスコミが取り上げるトピックスの中に、検証不可能な記事が数多く含まれていることは、周知の事実です。これをどう捉えて説明するかは、展示解説員である○○さんの腕の見せ所といったところでしょうね。
(追記): 近年の新種ラッシュで、2013年の時点では、有尾両生類の種数は650種を超えている。
・Hetherington, T. 2001. Laser vibrometric studies of sound-induced motion of the body walls and lungs of salamanders and lizards: implications for lung-based hearing. Journal of Comparative Physiology A: Sensory, Neural, and Behavioral Physiology 187(7): 499-507.
(2) 肺を高酸素濃度の生理食塩水で満たすと、この胸部振動を示さなくなった
(3) 肺を持たないサンショウウオでは、この胸部振動が起こらない
(4) 中耳を欠くサンショウウオでは、肺の中の空気の振動が内耳に伝わって音を感じている
サンショウウオの体の仕組みについて書かれている文献は、日本語では次の本が出ています。但し、この本の訳者が両生類の専門家ではないせいもあって、多数の誤訳が見受けられます。その点を注意して、参考にしていただければ、宜しいかと思われます。
英語ですと、学生の実習書である次の冊子に、サンショウウオの一種である「マッドパピー(Necturus)」の体の仕組みに関する詳細な説明が載っています。
サンショウウオの内耳に関しては「これでもか」と言うくらい、詳細な本があります。
・Frazer, J. F. D. 1976. モダンサイエンスシリーズ「両生類の生活―その行動と生態―」山極隆(訳), 共立出版. (ISBN 3345-493170-1371)
・Chiasson, R. B. 1978. Laboratory Anatomy of Necturus. 3rd ed., Wm C. Brown Company Publishers, Dubuque, Iowa, U.S.A. (ISBN 0-697-04623-0)
・Lombard, R. E. 1977. Comparative Morphology of the Inner Ear in Salamanders (Caudata: Amphibia). Contributions to Vertebrate Evolution. Vol. 2, S. Karger, Basel, Switzerland. (ISBN 3-8055-2408-0)
○○さんも仰ってますが、送っていただいた写真を見る限りでは、エゾサンショウウオの越冬幼生で何の問題もないと思います。厳密に言えば、まだ冬を越しておりませんが、これらを越冬幼生と呼んでも間違いではないでしょう。越冬幼生は、エゾサンショウウオ、トウホクサンショウウオ、クロサンショウウオ、ハクバサンショウウオなどの止水性の種、並びにヒダサンショウウオ、ハコネサンショウウオなどの流水性の種で「ごく普通に」見られます。
さて、ご質問にあるような「確実に確認されているのはヒダサンショウウオだけだ」という記述が、私のサイトに存在するのか、調べてみました。どうも、該当するのは次の箇所のように思われますが、これは「成体」のお話で、越冬幼生について述べたものではありません。残念ですが「大発見」には至りませんので、悪しからずご了承下さい。もし私の勘違いでしたら、またメールして下さい。改めて、お答えします。
良いところに気付きましたね。これは「クロサンショウウオの幼生の内臓を覆う、銀色の膜」です。私は、今から30年以上前の中学生時代に、ずっとトウホクサンショウウオの幼生の観察を続けていましたが、この銀色の膜は見当たりませんでした。腹部にある銀色の膜がクロサンショウウオの幼生の特徴なのかどうかを調べることもなく、今日まで来てしまいましたが、他の種との比較も面白そうですので、是非、調べてみて下さい。
クロサンショウウオの卵嚢は、白色不透明なものは白色不透明なまま、半透明なものは半透明なまま、透明なものは透明なままで、最後まで(幼生が孵化するまで)変化はありません。
ちなみに、胚発生の進んだ卵嚢にみられる緑色は、緑藻が卵嚢内に入り込むからです。クロサンショウウオでは、胚発生に伴って、胚の植物極側が表に出て来るので、胚が緑色がかります。これは「捕食者へのカムフラージュであろう」と考えられています(Hasumi, 1996)。
まず、お断りしておかなければならないのは「サンショウウオの場合、陸上にいる個体の皮膚の表面がヌルヌルすることは滅多にない」という事実です。ご質問のように「体表がヌルヌルする」ということは「これらのサンショウウオが、陸上ではなく、水の中にいる」ということを意味します。もし○○さんが、狭い水槽内の半水半陸の設備でサンショウウオを飼育しているのであれば、彼らが決して水の中に入ることのない非繁殖期でも「水の中に入る」という異常行動が起き、結果的に「体表がヌルヌルしている」という可能性もありますね。
このヌルヌルに対して「皮膚呼吸では、常に体を湿らせておく必要があるから」と、もっともらしい理由付けをする方がいるようですが、前述の事実を考慮すれば、これが回答になっていないことは、火をみるより明らかでしょう。私たち両生類の専門家の間では、体表のヌルヌルは「粘液で皮膚全体を覆うことで、水が体内に侵入するのを防ぐ役割があるから」と考えられています。
また、サンショウウオの皮膚には、粘液腺と顆粒腺の存在が知られています。体表からの分泌物でヌルヌルするのは粘液で、糖タンパク質(酸性ムコ多糖類)が主な成分です。毒、或いはそれに準ずる物質は、顆粒腺から分泌されます。