後進を育てるって......???


2006年1月2日〜9日、モンゴルのウランバートルに滞在した。モンゴル教育大学で5日〜6日に開催されるダルハディン湿地シンポジウムのための滞在であった。今回は経費節約のため、調査隊長の◯◯さん(金沢学院大学)が借りているアパートに、◯◯さんを含む日本人6名全員が宿泊することになった。朝晩の賄いは、通訳のウンドラさんのお母さんであるジャロンスクさんにお願いした。賄いの費用として一人当り15,000円を徴収し、余ったお金をシンポジウム終了後のパーティー費用に充てる算段のようであった。

2日(月曜日)は、搭乗便の関係で、入国審査を終えて空港の外に出たのが午前0時44分、◯◯さんのアパートに着いたのが午前1時7分であった。客間は3つで、それぞれにベッドが2つずつ配置されていた。各自の部屋割りを済ませ、軽い食事の後、順番に風呂を使わせてもらった。風呂上がりにダイニングテーブルで各自くつろいでいると、午前2時を回った頃から、◯◯さんの話が始まった。それが、いつしか私への説教に変わり、説教は午前3時20分の就寝時刻まで続いた。このとき◯◯さんの年齢は66歳、私は45歳である(誤解なきよう断わっておくが、お互いに主従関係も、上下関係もない。それぞれの所属も金沢学院大学と新潟大学で、あえて例えれば、国と地方自治体のような関係であるが、◯◯さんのほうには「自分が上だ」という意識が有り有りである。しかし、だからと言って、◯◯さんは、私の師匠でもなければ、共同研究者でもない)。◯◯さんの説教は、2005年11月末〆切りの英文の報告書著者順に関するものであった(1)。

◯◯さん、いわく「なぜ、ズラをファースト(第1著者)にしない!?」とのことで、ここに来て、研究に対する考え方の違いが浮き彫りになってしまった。他の人たちの目の前で、研究の「け」の字も知らず、まともな学術論文も書いたことのない◯◯さんから「お前は研究者じゃない」とまで糞味噌に言われ続ければ、少しは反論したくなるのも道理だろう。但し、反論というのは、相手が聞く耳を持っているときに有効な手段で、政治屋の◯◯さんの耳に私の反論がどれだけ届いているのか、はなはだ心許ない。まずは、根本的な誤解を解かねばなるまい。

ズラさんからは当初、英文と和文の両方の報告書を求められていた。「これを元にズラさんがモンゴル語で報告書を作成して、モンゴルの文部省に提出する」という話であった。これに先立つこと一ケ月前、2005年10月末〆切りのダルハディン湿地調査に関する和文の報告書2篇を、ズラさんにもPDFファイルで送った。ズラさんがメールを読むのに使用しているPCには日本語フォントがインストールされているので、和文の報告書は文字化けすることなく表示されたはずである。ところが「何が書いてあるのか分からない」と来た。ズラさんは、日本語の話し言葉は多少なりとも理解できるが、書き言葉は、ひらがなと簡単な漢字、或いはローマ字でないと理解できない。話し言葉でも、例えば「倒木」は「倒れて地面に横になっている木」と説明する必要がある。この一件で「専門用語を使用する和文の報告書は、ズラさんにとって意味を為さない」という判断を下すことになった。英文の報告書も、専門用語の関係で、時代遅れの生化学(食肉の成分分析)が専門のズラさんが、モンゴル語に翻訳するのは難しいだろう。そこで考え付いたのが、論文形式で書いた英文の原稿をそのまま報告書のサプリメントとして提出してもらうことであった。これなら、ズラさんが提出する文部省の科研の報告書は、彼女自身がファーストで書けるはずであった(2)。

そのサプリメントとしてズラさんに送った英文原稿で、私が第1著者になっていることに、◯◯さんは激怒しているのであった。いわく「お前くらいになったら、後進を育てることを考えろ!!お前(の著者順)は、ラストでいいんだ!!それをしないんだから、お前は研究者じゃない!!」と......。「ズラさんを第1著者にすることが、後進を育てることになる」という、◯◯さんの論理が今ひとつ理解不能であったが(食肉の成分分析が専門の生化学者のために、動物生態学の論文を書いてやることのほうが、倫理的に問題があるのではないのか?)、それにも増して「まだ定職にも就けていない研究生をつかまえて、この科白(せりふ)はないだろう」と思った。◯◯さんは教授(金沢学院大学)、ズラさんは准教授(モンゴル教育大学)、私は研究生(新潟大学)である(准教授を第1著者にして、研究生が学術論文を書いてやらなければならない組織が、一体、どこの世界にあるというのだろう?[3])

今回のシャーマル調査は、現地での本調査も然ることながら、その後始末が大変だった。ウランバートルに戻ってからは水棲動物の計測に時間を費やさなければならなかったし、日本に戻ってからは水棲動物の種の同定作業が必須だった。それらを元にデータを解析し、提出期限までに英文原稿を書かなければならなかった私は、少なく見積もっても全体の7割〜8割の貢献をしているはずであった。だからこそ、私が第1著者になることは当然の権利だと思っていた。そのことを◯◯さんに問うと「それでもズラをファーストにするのが、お前の勤めだろう」と言われてしまった。研究に対する私の考え方からすれば、到底、受け入れ難い意見であったし、それ以上に「まともな論文を書いたことのない人に言われたくはない」と思った(4)。

今回、ズラさんが全体の半分、5割以上の貢献をしていたと仮定して、彼女が自分でデータを解析し、それを基に自分で英文原稿を書くことが出来るのであれば、彼女は充分、第1著者に値するし、私も喜んで彼女の原稿を直すだろう。だが、5割以上の貢献をしていたのは、紛れもなく私自身であった。それでも「ズラさんを第1著者にしなければならない」と言うのであれば、こういった共同研究そのものが成り立たなくなってしまう(doi: 10.1643/CP-07-237; doi: 10.1007/s10201-010-0319-z)。

[脚注]
(1) セレンゲ県シャーマルの調査は、◯◯さんとは無関係に遂行されたものである(モンゴル国立大学のTerbish教授との共同研究)。◯◯さんは最初から「金銭的な援助は一切しない」と明言しており、少ないプロジェクト資金のせいでホテルに泊まることも出来ず「ウランバートルでの私の宿泊場所が、渡航直前まで決まらない」といった不便をかこっていたわけである。常識的に考えて、この件で◯◯さんが、とやかく言う筋合いはないし、私に説教をする権利もない(1)。
(2) 私が英文原稿をサプリメントという形で提出したもうひとつの理由は、ズラさんがモンゴルの文部省に申請したタイトルに「生化学的」という単語が使われていたからである。今回は「キタサンショウウオの隠れ家として小動物が掘った地下穴が使用されている」という生態学的な調査が主体で、生化学的なことは一切やっていなかった。「このタイトルで報告書を作成するのには無理があるけれど、サプリメントとして提出するのであれば、生化学的という単語を使わなくても大丈夫だろう」という判断が働いたわけである。考えてもみて欲しい。日頃から深謀遠慮な私が、軽々しい判断を下すはずもない。
(3) 事務方を除いた大学組織を会社組織に例えると、学長は社長で、学部長は専務や常務、教授は部長、准教授は課長、助教は係長といったところである。そこに主任である教務職員が続き、ポスドクやティーチングアシスタントは平社員ということになる。研究生や学生・大学院生は、無給であることを考えなければ、派遣社員やパート、またはアルバイトといった身分になるだろう。学術論文は、差し詰め、会社の新商品といったところだろうか......。つまり、今回の件は、それぞれが所属する教育・研究機関がバラバラであることを考えなければ、派遣社員の企画・立案のもとに、派遣社員が中心になって新商品を開発したのに、ただ手伝っただけの課長名義で、その商品を発表させようと、部長が威圧的な態度で派遣社員に圧力をかけているようなものである。
(4) たかが報告書のサプリメントで、著者順にこだわる必要もないとは思うのだが、日本の文部省(当時)に提出した科研の報告書で代表研究者になっていたばかりに、今だに(この文章をアップした時点では、もう鬼籍に入っているが......)「私の論文」とか「私の研究」とか、行く先々で吹聴し、更には私の悪口まで言って、自らの正当性を主張して回っていた人物を知っているだけに、将来的に学術論文にする可能性の高い英文原稿の「著者順(著者名ではない。共著者を決めるのは、責任著者の仕事である)」は、最初から明確にしておいたほうが、後々のトラブルは少ないものと思われる。

[脚注の脚注]
(1) この人物の最悪なところは、編集と称して、プロシーディング用に提出された論文原稿(MSワードファイル)の著者名を勝手に変更することである(これをやられたら、まともな研究者は、たまったもんじゃない)。


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