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戦国大名とは守護大名を乗っ取って自らが大名になった人達がほとんどですが、実際は三通りのパターンに分類できると思います。
第一に佐竹氏のように守護がそのまま戦国大名化した例、次に浅井家のように主家から独立した例、そして第三に毛利家のように豪族がこつこつと勢力を拡大していった例が挙げられると思います。
農業生産の増加によって非農業従事者の増大が引き起こされました。そのような環境のもと彼らは自己の能力の可能性を確かめる人生を選択することが可能になりました。
しかしそうした人達が例え一国一城の主になろうとしても成れるわけではなかったのです。
武士はいずれも血縁関係によって勢力を拡大してきました。そこには赤の他人が入り込む隙間はありませんでした。(骨肉の争いもこうして発生したわけです)
信長は「人を機能的に見た」という意見がありますが、これは一面事実だとしてもあまりにも否定的すぎる意見だと思います。
織田家中でも歴史に燦然と輝く実績を残しているのは、後から傘下に加わってきた秀吉や光秀達です。譜代の家臣ではかろうじて柴田がいると言ったところでしょうか。信長は人材活用の面でも当時の限界を超えていたのです。