Voice 2 〜Reverse〜2回のコールで電話がつながったことに、手塚はいささか驚いていた。 「はい、不二です」 やわらかいテノール。電話を取った相手を半ば確信しながら、しかし手塚は丁寧に自らの名を名乗った。 「青学テニス部の手塚と申します」 「あ、手塚」 廊下で姿を見かけたときと同じ、少し驚いたような声が聞こえる。微笑みと、軽く手を挙げる様子が脳裏に浮かんだ。 「不二か」 電話に出たのは、やはり不二周助本人だった。確かめるわけでもなく呟くと、受話器の向こうに聞こえた息から、不二が笑ったのが伝わってきた。 「どうした」 「うん。──ねぇ手塚、この家の人間はみんな『不二』なんだけど?」 くすくす笑いながら、やわらかい声が意地の悪い言葉を口にする。いつもの穏やかな笑顔とは違う、悪戯好きの子供のような笑顔さえ、眼に浮かぶようだ。 手塚は思わず顔をしかめ、手に持った受話器を睨んだ。そんなことをしても不二に伝わるわけがないのはわかっている。一瞬の後、手塚は諦めて息をついた。 「──周助か」 「うん」 すぐに返った返事は、先刻よりはっきり聞こえた。そして、少しくだけた様子も感じられる。自室にいるのだろうか、手塚は整頓された部屋の中央、ベッドに浅く座って受話器を握る不二の姿を思い浮かべた。 そんな手塚の思考を見透かしたように、不二の声が居場所を尋ねる。家だと答えると、そう、とそっけない声が返った。家からの電話ということで、不二には電話の用件が予想がついたようだった。──不二が期待するような内容なら、家からかけるわけがないのはもちろん、不二の自宅ではなく携帯の方にかけているはずだ。 すぐに用件を切り出すべきか迷ったところに、先に用件を尋ねられた。仕方なく用件を口にすると、話はあっという間に終わってしまった。 「──うん、わかった。じゃあ明日は6時半だね」 耳元で、不二の声が自分の言葉を復唱する。同じ言葉を口にしても、彼の口から紡がれるとまるで別の言葉のようだ。やわらかな、穏やかな。彼を形容するのによく使われる言葉。実際の不二周助は決してそれだけの男ではないと知りながらも、やはり手塚も同じ印象を抱く。 「ああ。──じゃあ、また明日」 もっとその声を聞いていたい。 そう思う心を言葉にしないまま、手塚は自ら会話を切り上げた。手塚の心の一瞬の躊躇を察したかのように、小さな吐息が耳元をくすぐる。浮かんだ不二は、今度はその頬に微苦笑を刻んでいた。 「うん、おやすみ、また明日」 手塚が飲み込んだ言葉は、不二の口からも発せられることはなかった。一呼吸おいて、受話器を下ろす。耳から離したときには、まだ回線はつながっていた。 受話器を戻した左手をそのままに、手塚は沈黙した電話をじっと見つめた。そのまま動けずにいる手塚に、後ろから母親の声がかかる。 「母さん。──すみません、ちょっと出かけてきます」 それだけ返すと、手塚は薄手のジャケットを羽織って外に飛び出した。 fin. |