定例の評定で、いちばんの議案として持ち上がった案件は、やはり世継ぎについてだった。
「殿におかれましては、先日我らが言上仕った陳情書にお目を通していただきましたかな?」
上座寄りに着座している老人が口火を切る。政宗はうんざりした口調を隠しもせずにうなずいた。
「Yes」
「では、推挙仕った男のうち、どの者をお選びいただきましたか、お聞かせ願いたく……」
「I choose nobody of them as a partner. 俺は誰とも結婚しねえ」
「なんですと!?」
表情を険しくした老人に、政宗は淡々と続けた。
「俺がいまガキ孕んでみろよ。ほぼ一年は俺は戦場に立てなくなる。いまの情勢で、俺が戦場に立たなくても奥州が安泰でいられる期間を確保できるのは、何月だ? 足りねえだろうがよ」
「そのような際は、成実殿でも片倉でも、采配をお命じになればよろしゅうございましょう」
「いや、そいつは無理だ」
政宗と老人の会話に、成実が割って入る。むっとした老人の視線を受け止めながら、成実は理由を説明する。
「先代の頃はともかく、いまの伊達軍は、政宗が大将であり、一番槍だ。政宗が先陣切って斬り込んでいくことで、全軍の士気が上がり、その勢いで敵軍を蹴散らす。それが必勝の戦術だ。政宗なしの合戦は、伊達軍にはあり得ない」
「大将が先陣を切ることが、そもそもの間違いなのだ。本来の在り様に戻す好機ではないか」
すかさず、別の老人が成実に反論する。政宗は声の方に目を向けると、成実を擁護した。
「成実が言ってるのは、そういう話じゃねえ。俺がいなきゃ、伊達はあっというまに飲み込まれるって話だろ」
平行線の論議が始まり、老臣たちの何人かがちらりちらりと小十郎を窺い見始める。なにか、政宗を説得するようなことを言えと、そういう合図なのだろう。老人たちの意図には気付いたが、小十郎はそれを無視する。
「第一、跡継ぎなら別に、俺の子じゃなくても構わねえだろうが。成実でも、成実の子でも」
「確かに、いよいよとなれば、その方法もございましょう。けれど、殿にはぜひとも、ご自身の御子をお世継ぎにされるよう、まずご努力いただきたく……」
「だから、それが無理だって言ってるんじゃねえか」
溜め息とともに吐き捨てた政宗は議論を打ち切ろうとする。その気配を察した、発端となった老人は、政宗を引き留めた。
「お待ちくだされ。殿が戦場に立てぬことの危険は、充分伺いました。我らも、お世継ぎの重大さをできる限りご説明いたしました。どちらも同じように重要で、それぞれに見過ごせぬ懸念事項を生じさせること、互いに理解したと存じまする。されば、両者の案をどちらも採用するのが、公平と言うものではございませんかな?」
「どういうことだ?」
「殿は、婿を取り、世継ぎを産む努力をなさってください。その代りと申してはすこし違いますが、結果として御子に恵まれず、成実殿の血筋からお世継ぎを立てることになったとしても、我らは承服いたします。…それでいかがにございましょうか」
「結局、お前らは希望通りじゃねえか」
政宗は老人の提案を取り下げさせようと、隻眼で圧力をかける。だが、老獪な彼が、それに怯むことはなかった。
「婿君をお迎えくだされば、これまでどおり合戦に出陣遊ばされて結構でございます。そのために御子になかなか恵まれなかろうと、咎めは致しません」
政宗と老人のにらみ合いが始まり、広間に背筋が戦慄くような緊張感が満ちていく。誰かひとりくらいは、この空気で胃を痛めるのではという気がしてきた頃、沈黙を破ったのはやはり成実だった。
「あ、じゃあさ。政宗、条件付けたら?」
「What?」
「だからさ。あの婿候補の山、いったん白紙にしよう。そんで、当初候補に挙がってたかは関係なく、政宗の出した条件を満たした奴を、政宗の婿にしよう。それでどう?」
「勝手に決めるんじゃねえよ」
「そう? 落としどころだと思うけど。条件は政宗が好きにつければいいわけだし」
「Hum……」
成実の提案に、政宗は顎に手を当てて考える。やがて、ゆっくり顔を上げると、控えていた小姓に声をかけた。
「愛を呼んで来い」
「はい」
小姓が奥御殿へと向かうと、広間はざわりとさざめいた。
「殿。奥方様を評定に呼ばれるとは、いったい…?」
「黙ってろ。愛が来たら話す」
問いかけた家臣にそっけなく答えると、政宗は愛姫が来るまで口を開かなかった。
「奥方様がおいでになりました」
程なくして小姓が障子を開くと、廊下に愛姫が平伏している。政宗は手招きをすると、愛姫を自分の隣に着座させた。
「愛にひとつ、務めを申し渡す」
「はい」
「俺の婿を決めろ」
「承知いたしました」
とたんに、老臣たちがざわめいた。
「殿! 何をお考えか!」
「奥方様の御立場というものが…!」
「Shut up!!」
一喝して彼らを黙らせると、政宗はぎろりと座を見渡した。全員が黙ったのを見届けると、発端の老臣に目を向ける。
「お前の言うことももっともだ。その進言、採り上げよう。ただし、成実の提案を飲んでもらう。そして、俺の出す条件は『愛が選んだ男であること』だ。ほかに条件は付けねえ。…愛が俺の婿になるにふさわしくねえ男を選ぶはずがねえ。文句はねえな?」
あっという間の展開に、老臣は数瞬黙り込む。だが、この機を逃しては、政宗に婿を取らせることはできないと判断したのだろう。彼はうなずいて平伏した。
「異存ございません。奥方様におかれましても、何卒よろしくお願い申し上げまする」
「お任せくださりませ」
愛姫がうなずいたことで、この話は成立した。解散の合図が出され、家臣たちがてんでんに広間を退出していく。
結局、評定の間中、小十郎が口を開くことはなかった。
早々に小十郎が割って入って、政宗に婿取りを勧めなくてはならないと、座の老人たちは小十郎にそうさせたがっていると、頭ではわかっていた。けれど、これが精一杯の反抗とばかりに、小十郎は口を噤んだままだった。