大切なあなた

 その日の定例評定は、いつもと違った。

 政宗の右前―――第二位の権力者が座る位置に、愛姫が座している。先日の評定で議題に挙がった『政宗の婿について』の結論が語られるのだと、その場の空気が物語っていた。

「愛」

 全員がそろったところで、政宗が愛姫を促す。うなずいた愛姫は、居並ぶ家臣たちを見渡した。

「先日、殿より仰せつかりましたお務めの結論、皆に伝えます」

 愛姫の言葉に、家臣たちは静まり返ったまま、愛姫に視線を集中させる。

 いまさら知らされるまでもなく、誰が選ばれたのかは、この城に仕える者であれば、みんな知っている。だが、ここで正式に告知されるということは、大きな意味を持っている。その一部始終に立ち会うこともまた、重要だった。

「片倉小十郎景綱」

「はっ!」

 愛姫の硬い声に名を呼ばれ、小十郎は畳に手をついて畏まる。

「殿の伴侶になることを命じます」

 小十郎は平伏して、答礼する。

「謹んで、拝命いたしまする」

 愛姫は満足そうにうなずいた。そして、自分の向かい側の位置を示す。そこには褥が引かれていた。小十郎は小さく一礼すると、そこへ座を移す。その場所は、第三位の権力者が座る位置。この瞬間から、小十郎は伊達家中で愛姫の次に権限を持つものとなったことになる。

 その様子を穏やかに見守ることで、すべてを了承しているのだと、政宗は言外にその場の全員に知らしめる。そして、愛姫と小十郎のやり取りが終了したことを見届けると、政宗は家臣たちに向かって口を開いた。

「みなに言っておく」

 その瞬間、居住まいを正した全員の眼が政宗に集まる。

「これからも小十郎が俺の右目であることは変わらねえ。小十郎は俺の婿である前に俺の右目だ。この意味が分からねえ奴は、この城にいなくていい。心得ておけ」

 全員が平伏し、承知の意を示す。政宗はそれを、冷静な目で見ていた。

 政宗が宣言したことはつまり、小十郎は政宗の婿になっても、それとは関係なく、いままでどおり右目として政宗の傍らに侍する。ゆえに、小十郎に取り入ろうとしても無駄だということだ。

 聡いものなら、わざわざ政宗がそんな宣言をした理由にも、思い当たるだろう。政宗は、自身の周りに起きている派閥争いや権力争い、そしてこれから起こると予測されるそれらのすべてから、この一言で小十郎を守ったのだ。

「それから、小十郎との祝言は挙げねえ。いま小十郎が愛の正面に座した、この瞬間が小十郎が俺の婿となったときだ。これも心得ておけ」

「恐れながら」

 続いた政宗の言葉に、さすがに老臣の待ったがかかった。政宗は「発言を許す」という眼差しを彼に向ける。

「伊達家ほどの家門の婿君となれば、祝言を挙げられ、正式にお迎えになるべきかと存じまする」

「確かに、本来ならそうあるべきだろう。だが、俺はすでに愛と祝言を挙げている。それを反故にするつもりはねえ」

 政宗は言葉を切ると、自分の発言が家臣たちに行き渡っているか確かめるように、視線を動かした。

「また、俺が祝言を挙げるという話が広まれば、近隣の戦国大名が詮索を始めるだろう。祝言の相手が小十郎―――男だと知れれば、俺が女であることも世に広がる。子を孕んで動けねえ時期が遠からず来ると読んで、戦支度を整える奴も出てくるだろう。わざわざ奴らが有利になる情報をくれてやることはねえ」

 そして、政宗はちらりと小十郎に目を向けた。小十郎は平静に端座している。政宗は自分がこれから言おうとしていることが、小十郎にどう聞こえるのか、すこし不安になりながらも先を続ける。

「なにより、俺と祝言を挙げれば、小十郎は伊達家に入ることになり、片倉家は跡目を失う。小十郎の厚い忠義を見ても、伊達の未来を考えても、片倉家は絶えさせちゃならねえ。だから、小十郎は片倉姓のままとし、片倉家の断絶を回避する」

「…しかしながら、片倉殿が片倉姓のままだとしても、殿の婿となれば、片倉家を継ぐ者が現れませぬが…?」

「それについては、俺と小十郎の間に生まれた最初の子を、片倉家の跡目にすることで解決とする」

 その途端、これまで静かに政宗の言を聞いていた場がざわめいた。そんな条件は、これまでに評定に挙がってはいない。小十郎も、意表を突かれて愕然とした顔を政宗に向ける。

「俺は片倉の家も、小十郎自身も、損ねたくねえ。愛が小十郎を俺の婿に選んだとしても、そこは譲らねえ。これは決定事項だ」

 家臣たちは、当初想定もしていなかった政宗の決定に、ぐっと押し黙る。これで、政宗が一人しか子を産まなかったら、伊達家の跡目は成実に託すしかなくなるのだ。場を代表するように、老臣の一人が口を開いた。

「それはつまり、お子を少なくともお二人儲けられることを最優先されるということでよろしいのですかな?」

「That’s right」

 政宗はためらうことなく答えた。その間髪入れない返事に、老臣は安心したように肩の力を抜く。そして。

「承知仕りました」

 老臣が平伏する姿に、他の家臣たちも続く。

 これで政宗は正式に小十郎を婿として、世継ぎを儲ける務めを負った。またひとかけら政宗から自由が失われ、思い描いていた人生とは異なる道行が始まったが、小十郎の子を育てるという遠くない未来を、不思議なまでに素直に受け入れられた。

 あとは、家臣たちに示した将来を実現させるだけ。




 だが、そのために越えなければならない〝こと〟が、本当は、政宗には恐ろしかった。


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