君を抱き締めたい

「おはようございます、政宗様。お目覚めですか」

 間近からそう声をかけられて、政宗は眠っていた目を開けた。

 充分睡眠をとって明瞭になっている頭に、最近当たり前になった光景が飛び込んでくる。身支度を完璧に済ませた小十郎が、きちんとたたんだ布団一式を背に、政宗の枕元に座って起床の挨拶をしている。

「Good morning,小十郎」

「おはようございます」

 身を起こした政宗に応えながら、小十郎はすっと手を伸ばすと、寝ている間に崩れた政宗の寝間着の襟を手早く整える。

「まもなく朝食の支度が整います。お着替えを」

「OK」

 政宗が立ち上がると、小十郎は一礼して部屋を出た。政宗はその背中を見送ると、次の間に控えている侍女を呼び、着替えを始める。

 小十郎と祝言の真似事をしてから、政宗と小十郎は寝室を一緒にした。戦場での野営はもちろん、平時の城内でも同じ部屋に布団を並べて眠りにつくのは初めてで、すこしどきどきしたが、すぐに慣れた。

 すこしだけ残念なのは、小十郎が政宗よりも早く起きること。日課の朝稽古のためだが、だから政宗は小十郎の寝顔を見たことがなかった。

 戦場や城表ではいつも険しい小十郎が、あの日からは、私室で二人きりになるときだけ、包み込むように甘く優しい顔をするようになった。はじめは照れくさくて仕方なかったが、いまでは自分を一人の女として見てくれている実感がして、嬉しい。

 そんなふうに、いままで知らなかった小十郎の新しい面をもっと知りたくて、だから政宗は、いつも眉間に力の入っている小十郎がどんな顔で眠るのか、とても興味があるのだけれど。

 寝顔に限らず、小十郎は、どこか政宗に対して一歩引いているところがある。物理的にではなく、心理的に。それは、家臣だからとか、右目だからとかではない。これ以上先には近づかないと決めてでもいるように、一定の距離を保っていた。

 泣くことさえあったほど恋した小十郎の恋を手に入れて夫婦になったはずだった。なのに、いま、政宗の心はどこか寂しかった。小十郎は優しく大切にしてくれるけれど、その分、小十郎の背中に拒絶を感じることが増えて……。

 どうしようか。そう考えかけて、政宗ははっとした。奥州筆頭が、夫の心を量りかねた程度で、弱気になってどうする。

 きゅっと袴の帯を締めると、政宗はまっすぐに顔を上げて部屋を出た。




 就寝前の日課である畑の見回りを終えた小十郎は、自室で寝間着に着替えると、政宗との寝室に向かった。

 政宗と一緒の寝室に、実はまだ慣れることができていない。閨事の知識を持たない政宗に触れることへの罪悪感と、今生ただ一人この女と想い定めた政宗がすぐ隣にいることで掻き立てられる情欲が、小十郎の中でせめぎ合い、理性を苛むからだ。

 毎晩、結局は罪悪感が勝って、小十郎は政宗に無体を働くことなく朝を迎えられているけれど。

 いままでもできたのだ。今晩もできる。そう自身に言い聞かせ、深呼吸をした小十郎は、寝室の障子戸を開ける。すると、まだ来ていないと思っていた政宗が、端座して小十郎を待っていた。

「ま、政宗様。声もかけずに、失礼しました。まだいらしていないものとばかり……」

 慌てて詫びながら、小十郎は部屋に入り、政宗の前に畏まる。

「お待たせして、申し訳ございません」

「かまわねえよ。それより、話がある」

「は」

 もう少し近寄れと手振りで示されて、小十郎は政宗のすぐ近くに寄る。すると、政宗の服の裾が視界に入った。それは、いつもの寝間着ではなかった。

 はっとして確かめると、それは小十郎が贈った白打掛だった。あの日のように、寝間着の上に羽織っている。

「お前の妻として、話がある」

 政宗は小十郎が打掛に気付いたと察したのだろう。政宗は小十郎がなにか言う前に口を開いた。

「知っての通り、俺は姫として……女として備えていて当然の嗜みさえ、心得ちゃいねえ。お前がそれを理解して、俺の気持ちを尊重してくれていたことは、感謝してる。けど、小十郎。俺たちは、本当に、それでいいと思うか?」

「政宗様」

 真剣な表情の政宗が切り出した話に、小十郎は息を飲んだ。もしかしたら、見抜かれているのかもしれない。小十郎の劣情の葛藤を。

 だが、政宗は小十郎の動揺に構わず、話を続ける。

「俺ばかり、お前に守られてる気がする。俺がお前に大事にされてるばかりで、お前のことを俺は大事にできてねえ気がする」

「そんなことはありません!」

「でも、お前、俺に言うのを我慢してることがあるだろ?」

「!!」

 予想通り核心を突かれて、小十郎は絶句する。やはり、小十郎が屈託を抱えていることに気付いていたのか。小十郎のその反応を見て、政宗はすまなそうに目を伏せた。

「それを口に出せるような状況を、俺は作ってやれなかった。お前の気性を考えたら、お前が自分から言うはずなんてねえってのに、な。夫婦になったなんて言って、その様じゃ、子供のままごとと変わらねえ」

「そんなことは」

「なくねえだろ。形だけの夫婦でいいと思ってねえんなら。そして、少なくとも俺は、形だけの夫婦なんざ望んじゃいねえ」

 そして、政宗はなにかを決意した目で、小十郎を見つめる。政宗が何を決めたのか、なんとなく予感を覚えながら、小十郎は政宗の次の言葉を待った。

「お前は俺の夫だ。お前が俺にしてくれるように、俺もお前を大事にしてえ。だから、お前が考えてること、思ってることを、俺にも教えろ」

「政宗様」

 小十郎はようやく、政宗が祝言の時と同じ格好をしている理由に気付く。自分は小十郎の妻なんだと、その覚悟の表れとして、妻になったときの衣装を纏っているのだ。

「お前が望むことなら、俺は喜んでそれを受け入れてえ」

「それは……つまり」

 小十郎がそう言うと、政宗は頬に朱を登らせてうつむいた。そして、小さくつぶやく。

「なにされんのかわかんねえのは、正直怖え。けど、お前が望むなら、俺は拒まねえ」

「政宗様」

「俺はお前の妻だからな。信じる」

 そう言いながら、小刻みに震える手を袖で隠すのを、小十郎は見逃さなかった。

 本当なら、その恐怖を思いやって、安心させるべきなのかもしれない。だが、その健気さは、小十郎の理性を粉々に壊すには、充分すぎた。

 衝動的に腕を伸ばし、政宗を抱き寄せた小十郎は、欲求に突き動かされるままに政宗に口づける。荒々しく奪うようなその所作に、政宗は助けを求めるようにすがりついた。だが、もう、どんなに怖がられても、止めてなどやれるはずがなかった。




 そして政宗は、小十郎にそれはそれは丁寧に貪りつくされたのだった。


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