あなたが淹れたミルクティーみたいな甘い午後

 朝食の片付けを終えた政宗は、エプロンを外してキッチンから出てくると、リビングのソファに座っている小十郎に目を向けた。

 前世から染み込んだ習慣なのかどうかは知らないが、政宗も小十郎も、休日でも平日と同じ時間に起床する。まあ、たまに政宗がベッドから出てこられない週末もあるにはあるが、その場合は必ず小十郎が原因で、決して寝汚いわけではない。

 今日も、いつも通りに起きると、小十郎が新聞を読んでいる間に朝食を整えて、二人で一緒に食事した。

 食事を済ませた小十郎は、書斎に戻らず、ソファでタブレット端末を手に難しい顔をしている。よく晴れた土曜日、小十郎の休日出勤もないと聞いていたから、どこかに出かけようかと思っていたのだが、タブレット端末を睨んでいるところからすると、仕事のメールでも入ったのだろう。外出は無理そうだ。

 休日の小十郎はメガネをかけている。黒縁のセルフレームは、とても頭がよさそうなのに(いや、実際いいのだけれど)、冷たくは見えなくて、ひどく似合っている。そして、ずいぶんと寛いでいるように見える。そのゆったりした風情に、政宗はうっかりときめいた。

 政宗はその場でスリッパを脱ぐと、足音を忍ばせて、そろりと踏み出した。

 小十郎は昔から、左利きのくせに右側の気配に聡い。だから、そぉっと反対の左斜め後ろから近付いて行って……

 いきなり抱きついて驚かせようと思ったら、いきなり振り向いた小十郎にちゅっとキスをされた。

「~~~~~!!」

 不意打ち返しされて、政宗は思わず言葉にならない声を上げる。小十郎はにやりと笑ってタブレット端末をソファに放り出すと、政宗をぐいっと引き寄せた。バランスを崩した政宗はソファの背を乗り越えさせられて小十郎の膝に転がる。

「ちょ、こじゅろ…っ!」

「可愛いことをする政宗様がいけないんです」

 突然の手荒い行いに抗議すると、小十郎はしれっと政宗のせいにして、膝の上の政宗に唇を落とした。

「仕事あるんじゃないのか」

 小十郎が一瞬唇を離した隙をついて痛いはずのところを指摘する。だが、小十郎は抵抗する政宗の手をやすやすと捕らえると、その掌にも唇を落とす。

「部下が作った資料のチェックですから、すぐに済みます。それよりも、珍しく可愛い政宗様を堪能する方が、ずっとプライオリティは上ですよ」

「ば…っ、てめえ、まだ朝だぞ。先に資料のチェック済ませちまえよ」

 真っ赤になって小十郎の腕の中でじたばたする政宗をやすやすと抑え込み、キスの雨を降らせながら、小十郎は心配いらないと笑う。

「明日の朝いちばんに確認できるように返信すれば、期限には充分間に合います」

「おいこら、このエロ十郎!」

「ひどい言われようですな。では、政宗様のご期待には応えなくては」

 そして、政宗は2時間ばかり前に出てきた部屋に連れ戻され、その日一日、その中で過ごすことになったのだった。




「信じらんねえ。1日潰れた」

 夕方、マンション近くのピッツェリアで、政宗は恨めしそうに日が暮れた空を見上げた。

 とてもよく晴れて、さわやかに過ごせそうだった土曜日は、甘く爛れた土曜日に豹変して、過ぎてしまった。これから夕飯を作るには遅すぎる時間にバスルームを出てきた二人は、身支度を済ませると、行きつけのこの店に食事しに来たのだった。

 腹いせのように勢いよくピッツァ・カプリチョーザに噛みつく政宗を眺めながら、小十郎はビールジョッキを傾けた。

「仕方がありません。この小十郎が可愛らしい政宗様を前にして、大人しく仕事などできるはずがないのですから」

 臆面もない台詞をさらりと言われて、政宗は愕然と小十郎を見つめる。

「おまえは、本当によくそんなことを言えるよな。恥ずかしくないのかよ」

「本心を正直に申し上げているだけですので、恥ずかしいなどと思ったことはありません」

「ふぅん……」

 相槌を打った政宗は、ピッツァの残りの欠片を口に放り込むと、咀嚼して嚥下してから口を開いた。

「おまえ、400年前と変わったな。400年前は、あんまり言わなかっただろ、そういうの」

「そうですね。あの頃は、決して口にしてはいけないことだと思っていましたから」

 意外そうな政宗に、ジョッキを置いて小十郎は微笑んだ。

 あの頃は、こんな風に思うままに気持ちを伝えるなど、できなかった。いくら政宗が望んでも、それだけはできないと心に誓っていた。だから小十郎は、誰にもはばかることなく自分の気持ちを口にできる世に転生した今生が、とても嬉しかった。

「いまは、気にすることねえって?」

「ええ。今生では小十郎は政宗様の家臣ではありませんし……、小十郎が政宗様を心から愛していることをまめにお伝えしておかないと、いつ誰が政宗様に言い寄ろうとするか、知れたものではありませんしね」

「Ha! それはおまえの気にしすぎだろ。俺は昔も今も右目の潰れた醜女だぜ。誰が俺に言い寄るってんだよ」

 思わず笑う政宗に、小十郎は一瞬、食い下がろうと口を開く。400年前は、真田幸村や前田慶次とこんなに親しく毎日顔を合わせることはなかった。だから、政宗の周囲に政宗の心を奪いそうな者がいないかどうかを心配する必要さえなかったけれど、今生は違う。

 だが、わざわざ敵に塩を贈ることもないと思い直して、小十郎は口を噤んだ。幸村や慶次が、政宗を女の子として見ているかどうかはわからないが、政宗に彼らを意識させて、いらない火種を起こすこともない。

 なにもなければ、政宗は変わらずに……いや、もしかしたら400年前以上に、小十郎だけに恋焦がれ続けてくれるのだから。

「右目があってもなくても、政宗様は天下一の良い女です。政宗様をお慕いする男は、小十郎の他にも星の数ほどおりましょう」

 まっすぐに政宗を見つめ、手を伸ばしてテーブルの上に乗っている政宗の手を握り、小十郎はきっぱりと告げる。直球ど真ん中の小十郎の言葉に、政宗は思わず息を飲んだ。

「が」

 政宗の手を握る手にきゅっと力を込め、小十郎は続ける。

「小十郎は、この小十郎に惚れている政宗様が、いちばん美しいと思います」

「……っ! てめえ……!」

 どストレートな言葉の連発に耐えられなくなった政宗が、ついにぎりっと歯を鳴らす。

「ほざいてろ!!」

 耳まで赤く染まった政宗は、完敗した悔しさで八つ当たりを口にすると、ピッツァ・カプリチョーザをもう一切れ取って、かぶりつく。

 けれど、小十郎が握る手は振り解かれることもなく、そのままテーブルの上に乗っていた。


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