息が止まるくらい抱きしめて

 昼休みにカフェテリアの定位置に陣取って、いつものように慶次と幸村の3人で食事していると、政宗に近寄ってくる人影があった。

「あの…、いま、お話ししてもいい?」

 返事もしなければ声をかけた女子学生を振り返りもしない政宗を、慶次がつついて注意を促す。

「政宗」

「ん? ……ああ、悪い。俺か?」

 不思議そうに振り返った政宗に、女子学生は困惑した声で

「うん。……ごめんね、もしかして、いま話しかけちゃダメだった?」

 女子学生は、政宗と同じ経営学部の同級生だった。顔は覚えているが、名前が出てこない。学生の人数が多い上に、クラスという単位が希薄な大学では、よくあることだ。覚えているなら、同じ講義を取っているクラスメイトだろうと見当をつけて、政宗は返事をする。

「いや、そんなことはねえよ。ただ、右側から来られると見えねえんでな。名前呼んでくれると助かる」

 戦国の頃は、意識的に隠していたわけではないが、それでも、右側の視野が極端に狭いことを自分から口にしたりはしなかった。それを、クラスメイトとはいえ名前と顔が一致しない相手に言えるのは、現代の平和さを政宗が満喫しているからに違いなかった。

 政宗の言葉に、女子学生はすまなそうにうなずく。

「あ、そっか。気付かなくてごめんね。次から、名前呼ぶね」

「ああ、頼むぜ。…で? 俺になにか用か?」

「今日、近代経済のクラスのみんなで飲みに行こうっていう話になったんだけど、伊達さんも行かない? もしよかったら、そっちのお友達も一緒に」

 思いがけない誘いに、政宗たちはつい顔を見合わせる。まさか、自分たちが飲み会に誘われるとは、思ってもみなかった。どうする?と目で尋ねる政宗に、慶次と幸村がまかせると合図する。

「俺は酒飲まねえぞ?」

「大丈夫。ほかにも、飲めない子はいるし。飲めないのに無理に飲ませたりとかも、しないし」

 政宗の質問に、嫌な顔一つせずに彼女は答える。どうやら、ただの誘いの使いではなく、彼女自身が幹事のようだ。

「俺、タバコ嫌いなんだけど、その辺は?」

 この質問は幸村。幸村自身は、タバコは吸わないが、周囲が吸っていることも気にしないタイプだ。副流煙を気にするのは政宗だが、政宗にばかりネガティブな質問をさせるのも、という幸村なりの気遣いだったりする。

「それも、ちゃんとテーブル分けるよ。席移動ありだけど、タバコ吸う人も、吸わないテーブルでは我慢するルール。ただし、吸わない人が吸うテーブルに行くときは、煙我慢してね」

「なるほど」

「可愛い女の子、いるかい?」

「女の子はいるけど、可愛いかどうかは自信ないなぁ。別に合コンでもないし」

 慶次の質問に、彼女は苦笑しながら答える。合コンではないなら、うるさく絡まれることもなさそうだ。3人は「行ってもいいか」とうなずきあった。

「そういうことなら」

「何時にどこ行けばいい?」

 参加を伝えた途端、彼女はほっとしたように緊張を解いた。そして、

「スタートは18時なんだ。お店の場所は、URLをメールするね」

 スマートフォンをささっと操作すると、「じゃあまた夕方に」と離れていく。その姿を見送った3人は、誰からともなくため息を吐いた。

「こんなことではいけないとは思っているのでござるが」

「うん?」

「それがし、どうも同級生とは話が合いにくうござる」

「いやぁ、それは幸村だけじゃないよ」

 慶次ががしがしと頭をかきながら同意する。

「命がけで生きてた前世の記憶があって、しかも、あんな強烈な人生だったんだ。いまの人生も平和でいいけど、なんていうか……たまにもどかしくなるよ。どうもどかしいか、うまく説明できないんだけど」

「結局、この人生で命の削り合いをしたり、それで魂の芯から熱くなったりなんざ、期待できねえからな。それでだろ」

 ブリックパックのいちご牛乳にぷすりとストローを挿しながら、冷めた口調で政宗が話をまとめる。

「命の削り合いをしたこともねえどころか、そんな生き方自体を知らねえ同級生と、ギャップがあるのは当然だ。そのギャップのせいで、居心地が悪くなることもある。……けど、いいんじゃねえか、それはそれで別に。こうして、吐き出して共有する相手がいるんだからよ」

「政宗殿」

「……うん、そうだね」

「無理して周囲に合わせることはねえ。てめえはてめえだ。今生も楽しまなきゃ、損するぜ」

 言いながら、政宗は携帯電話を取り出すと、手際よくメールを送信する。小十郎に帰宅が遅くなることを連絡している、恒例の光景だ。

 そして、3人は午後の講義に出るために解散した。

 ふたたび集合したのは、誘われた飲み会の会場である居酒屋だった。禁煙テーブルで固まっているつもりだった3人は、予想もしていなかった展開に見舞われて、散り散りになっていた。

 予想もしていなかった展開。それは、店に入るなり、待ち構えていたほかの参加者たちに、3人がバラバラになるように席を決められたことだ。

 慶次と幸村は女子に、政宗は男子に囲まれて、ドリンクを渡され、あれよと言う間に乾杯も済み、なだれ込むように質問攻めに遭っている。質問に答える間もなく次の質問をされて、政宗は慶次や幸村を振り返る暇さえなかった。

「伊達さんって、独り暮らし?」

「あ、ああ」

「どこから通ってるの?」

「えっと……」

「なにかバイトしてる?」

「いや……」

「いつもすぐ教室からいなくなるのはなんで?」

「携帯番号、教えてよ」

「メアドも。メールしてもいいよね?」

 最初のうちは「質問に答えてから次を訊いてくれ」と言うつもりだった政宗も、矢継ぎ早の質問攻撃に、答える気をすっかりなくしていた。

 ヤバい。楽しくねえ。

 たとえ同級生と話が合わなくても、幸村と慶次と3人で、その場のにぎやかな雰囲気を楽しめればいいか……と思っていたが、これでは1対多数の合コンみたいなものと大して変わらない。小十郎以外が政宗の恋愛対象になることは天地がひっくり返ってもないのだから、そうなるともう、ひたすらにうっとおしいだけだった。

 政宗の事情をよく知っている幸村も慶次も、別々に女子に囲まれてしまって、思うように身動きが取れない。政宗を助けにも行けない状況をどうしようか……と視線を泳がせた時だった。

「政宗さ……あ、いや。政宗」

 不意に低い声が政宗を質問攻めにする男子たちに割って入った。大学生が来る安いチェーンの居酒屋には場違いなほど立派なスーツ姿の小十郎が、うっすらと表情を険しくして立っていた。

「小十郎……」

 まさか来ると思っていなかった政宗は、驚いて、思わずすがるように小十郎のスーツの袖を掴む。小十郎は優しくその手を取ると、腕を引いて政宗を立ち上がらせた。

「迎えに来た。帰るぞ」

「あ、でも、慶次と幸村が」

 優しい中に有無を言わせない強さがこもった口調で言われて、放っては帰れないと政宗は二人を振り返る。小十郎は安心させるように首を振って、

「奴らは男だ。多少遅くなったとしても、どうということもない。心配はいらないから、行くぞ」

 そう言って政宗に帰り支度を促すと、小十郎は内ポケットから出した財布を開き、札を1枚抜き取る。

「これを幹事に渡しておいてくれ。政宗の会費だ」

 手近な学生に渡すと、今度こそ、政宗を抱き込むように引き寄せて小十郎は店を出ていく。

「あ、じゃあ、慶次、幸村。また明日な!」

 なんとかして政宗が振り返ると、慶次と幸村は笑顔で手を振ってくれた。




 小十郎の運転する車で帰宅した政宗は、風呂から上がると、小十郎に忍び寄った。

 ソファで、ウィスキーを片手にニュースを見ている小十郎は、とっくにくつろいだ部屋着姿になっている。その隣に座った政宗は、小十郎がかけているメガネをそっと引き抜いた。

「政宗様」

 悪戯する気だと見抜いていた声で名を呼ばれて、政宗はくすぐったそうに仕方なくメガネを返す。

「なあ、小十郎」

「はい、政宗様?」

「おまえ今日どうして、迎えに来たときタメ口だったんだ?」

 それは別に咎めているとかではなく、ただ純粋な疑問だ。政宗の質問に、小十郎は苦笑して答える。

「普通は、恋人を様付けで呼んだりしませんからね。しかも、小十郎の方が年上なのに敬語を使っているのも、不思議に思われるでしょう?」

「それもそうだな。俺とお前は、普段のままだと普通じゃねえし」

「普通かどうかは、さして重要ではないのですが」

 くすくすと笑う政宗に、小十郎も笑いながら、だがきっぱりと首を振る。

「物の数にも入らねえ連中に無用の詮索をされたくなかっただけです。政宗様のことは俺だけが知っていればいいんで」

 いつのまにか、小十郎の言葉遣いが砕けていた。こうなった小十郎がこの後どうするかくらい、政宗もわかっている。だから、するりと小十郎の首に腕を回して、その唇の端にちゅっとキスを落とすと、政宗は小十郎の胸に頬を寄せた。

「I thank for your help,小十郎。愛してるぜ、darling」


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