ひとしきり泳いで、休憩しようと、荷物を置いたところまで戻る。そう思うタイミングは誰でも同じなのか、自然と全員が集合した。
「飲み物を買ってくる」
そう言って元就が立ち上がると、元親が慌てて腰を浮かせた。
「待てよ、それなら俺が行ってくる。なにがいいんだ?」
「よい。ずっと我を抱えていて、貴様も疲れたであろう。座っておれ」
「いや、あの程度じゃ別に疲れもしねえし……」
「いいよ、チカ。毛利には俺がついてくから、おまえはここにいろよ」
言い合いになりそうな気配を感じて、割って入ったのは政宗だ。元就が元親から離れたがっているのだと気付いた政宗は、さっさと立ち上がって元就に目配せする。政宗の合図に気付いた元就は、うなずいて応えると、元親に冷たい視線を向けた。
「見たことか、伊達に気を遣わせて。貴様は我の気遣いを素直に受け取ればよいのだ」
「政宗様、小十郎もご一緒に……」
「いや、いい。こういうのは女同士でって相場が決まってるんだ。石田、おまえも来い」
「政宗様?」
政宗の言わんとするところがわからず、小十郎が問い返すのを後目に、政宗は三成を連れて、元就と歩き出していた。
「気遣いに感謝する」
「チカはこういうのわからねえからな」
充分離れ、置いてきた男性陣の視界から外れた頃に、元就がつぶやく。政宗は笑いながらうなずいた。状況が分からないうちに連れてこられた三成は、向かう先に化粧室があることに気付いて、ようやく事情を飲みこんだ。
「さて、それじゃなにか買って帰ろうぜ」
化粧室を出た政宗は、口実を事実にするために、元就と三成を誘う。うなずいた二人は、政宗の後について自動販売機コーナーに向かった。
自動販売機でドリンクを買っていると、ふと人影が差す。大学生くらいの男が3人、順番待ちをする風情で立っていた。
「今日暑いね。これだけ暑いと、冷たい飲み物が美味しいよね」
親しげに話しかけられ、人見知りする三成と高飛車な元就は、それぞれ違う理由できゅっと表情を強張らせる。政宗は、男の毒気のない笑顔に、適当にあしらっておけばいいと判断して、緩い笑顔でうなずいた。
「あっ、いいなぁコーラ。俺もそれにしようかな」
政宗が持っているコーラのペットボトルを見た男は、自動販売機にパスを当てると、コーラを選ぶ。ほかの男たちも、三成が持っているアイスミルクティや元就が持っている冷緑茶を真似た。
政宗に目配せで促され、3人は男たちがドリンクを買っている間に歩き出す。当たり障りなくかわせれば、それがいいと思っていたのだが、予想に反して、男たちはついてきた。
「3人とも学生?」
「まあな」
「朝からいた? こんな時間まで気が付かなくって、損したなぁ俺たち」
「ふうん」
「水着かわいいね。センスいいなぁ」
「どうも」
短い単語で気のない返事をする政宗にめげることなく、男たちは代わる代わる話しかけながらついてくる。三成がカリカリしているのも、元就がイライラしているのも、気付いているがいまは気遣っているどころではない。デッキチェアのところまで戻るのが先だ。
そのデッキチェアがある休憩場所では、小十郎と元親と家康がそわそわしながらパートナーの帰りを待っていた。そんな3人がいい加減うっとおしくなってきた佐助は、待ち人を見つけて小十郎たちを振り返る。
「旦那方、独眼竜たち帰って来たよ。ほら」
佐助が指差した先には、見知らぬ男に話しかけられて迷惑そうな政宗たちの姿があった。
小十郎と元親と家康が、無言で立ち上がり、迎えに歩き出す。
「わぉ。竜の右目覚醒」
「元親殿、鬼神の如し……」
「権現が降臨したねぇ」
その佇まいだけでたいていの者は裸足で逃げ出しそうな威圧感を隠しもしない小十郎たちを、佐助と幸村と慶次は止めるでもなく見送った。
夕暮れ時、遊園地を出た一行は、駅を目指して歩いていた。
「あー、疲れた! やっぱりプールは疲れるよ。楽しかったけどね」
「確かに、それがしも程よい疲労感が……」
日頃鍛えている慶次と幸村でも、一日プールで遊んだ疲れは軽くないようだ。その横で翌日を心配しているのは佐助だ。
「旦那方はいいよね、明日も夏休みでしょ」
「忍、てめえは仕事か」
「仕事ですよー。朝一のバイヤー会議で次のSSのプレゼンして、昼に1軒メーカーに寄ってから、本社で再来月の海外出張の打ち合わせ。夜は新規取引先の接待。もうみっちみち」
そういう右目の旦那は?と返されて、小十郎も難しい顔になる。
「似たようなもんだ。午前中は来期の経営方針の打ち合わせ、午後は新規案件の営業戦略の打ち合わせが3件、合間を縫って来週の会議資料の作成だな」
「うわー。俺様、平社員でよかった」
佐助の心からの感想に、小十郎は苦笑する。
「なんか小腹が減ったな。ラーメンでも食って帰らねえか?」
「いいぜ、乗った」
「ワシはラーメンに餃子をつけたい」
元親の提案に政宗と家康が賛成する。横から元就が「三宝翡翠涼麺なら付き合おう」とつぶやいた。
「三成、三成も来るだろう?」
「……タピオカのココナッツミルクが食べられるなら行ってもいい」
「ちょっと待った、いまの全部食える店って言ったらどこだ?」
途中から町の中華屋では食べられないメニューのリクエストが出たことに気付いた慶次が、あわててスマートフォンを取り出す。それを制止するように佐助がひらりと手を振った。
「いいよ、俺様そういう店ならいくつか知ってる」
「さすがは佐助。いろいろな店を知っているのも営業の実力ということだな」
「そういうこと」
感心する幸村にうなずいた佐助は、帰り道の途中にある高級中華料理店に予約の電話をかけ始めた。