「やあ、独眼竜!」
関ヶ原での戦が集結して数か月。
奥州で地盤固めに専心していた政宗の許を、予告もなく訪れたのは、徳川家康だった。
「珍しい客だな。なんの用だ?」
つっけんどんなようで、実はまんざらでもない声が、忠勝の背中から降りた家康を迎える。政宗は自室で小十郎とくつろいでいたところだった。
「ひどいな、用がなくては来てはいけないのか?」
それが政宗流の挨拶とわかっている家康は、笑いながら言い返した。同じように笑う政宗の顔から、思った通りの軽口と容易に知れて、家康は今度は嬉しそうに笑った。
「そうだ。あんた、嫁もらったんだって? Congratulation.」
「ああ、ありがとう。それで、今日は紹介しようと思って、連れてきた」
そう言うと、家康は自分の陰に隠れるように立っていた人影を引っ張り出した。
白皙の美貌、切れ長の翠の眼、白銀の髪、痩身のその人物は……
「石田三成!?」
「ああ。ようやく、ワシの求婚に応えてくれたんだ」
素っ頓狂な声を上げた政宗に、家康が幸せそうに照れながらうなずく。政宗は呆れたようにため息を吐いた。
「いいのかよ。仮にも天下の徳川家当主が、男なんざ嫁にして」
「何を言う。三成は歴とした女子だぞ」
「はぁ!?」
「なんと!?」
思いも寄らない暴露に、思わず政宗も小十郎も叫ぶ。あの神速の太刀筋と卓越した剣碗からは、とても想像がつかない。その二人に、家康は当たり前のことのように答えた。
「それに、正確には、一度嫁に迎えたことがある。秀吉公の命令で、離縁させられたんだ。…もっとも、そのときは『朝日姫』という名で嫁いできたから、三成のことだと知っているのは、徳川の古い重臣くらいだが」
思いも寄らない三成の経歴に、政宗も小十郎も唖然として言葉が出ない。その二人に構わず、家康は三成を振り返った。
「ほら、三成。独眼竜に会いたいと言っていただろう?」
そう言った家康に前に押し出された三成の腹は、ぽこりと膨れていた。三成は照れくさいのか、どうしたらいいのかわからない風情で、そっぽを向いて立っていた。
「その、腹は……」
訊きかけて、驚愕のあまり最後まで言葉に出来なかった小十郎に、家康が「いやぁ」と頭をかく。
「ワシの子なんだ。関ヶ原から数えてだから……いま、六月目か?」
「ええ!?」
「なんと!?」
もう何度目かと思うくらいの家康の衝撃発言に、政宗と小十郎はまたも驚く。その二人に、家康はははは、と照れ隠しのように笑った。
「いやぁ。三河に三成を呼んだら、すぐに子に恵まれて」
「よくも抜け抜けと言えたものだな。着いたその日に私を容赦なく手籠めにしたのは誰だ?」
「だって三成、本気で嫌がっていなかったじゃないか。三成が素直じゃないことは、ワシがいちばん知ってるぞ」
「減らず口を叩くな! 斬滅する!」
「はっはっは。三成、照れているのか? 可愛いなぁ。身重で激しい運動はよくないぞ」
かりかりと怒る三成を、のれんに腕押しとばかりに受け流していく家康。この二人は傍が見て思うよりも相性がいいのかもしれない。
「小十郎」
「はい」
「わざわざ奥州まで来ていちゃつくなっつって蹴り出せ」
「承知」
政宗と小十郎は、呆れたため息を大きく吐いて立ち上がった。