フェリアさんから聞くところによると、その彼女――ヴィリシルア=フェイトは、親友をその宗教団体に殺されたらしい。
 その宗教は魔王信仰だとか言うどっかで聞いたようなことやっていて、彼女の親友は、恋人をその宗教団体から抜けさせるために色々説得していたようである。
 しかし――
 ある日、彼女が自分の家で、恋人と一緒に冷たくなって横たわっていた。
 壁には血文字で『背約者には死を』とだけ書かれていたという。
 その第一発見者が、ほかでもない彼女だと言うのだ。
 アメリアなどは『そんなのけしからん。どーしてその宗教団を罪に問わないんだ』と激怒して、彼に正義の怒りをぶつけようとしていたが、フェリアさんの答えはいたって単純、彼女のことと同じように『証拠がない』だった。おそらく、のらりくらりとかわされて、逆に名誉毀損で訴えられることを恐れたのだろう。
 アメリアはいまいち納得していないようだったが。
 彼女の家は、さっきの魔道士協会に勝るとも劣らずひっそりと佇んでいた。
「何だか――不思議な雰囲気のする家だな……」
 ガウリイがぽつりっ、と呟いた。
 あたしもその意見にほぼ同感だった。
 白い家――何だか不思議――というよりは変な感じのする家だった。ここの家だけ、表通りで人通りの結構多いところに立っているのにもかかわらず――かなり静かだった。
 ちなみにアメリアはゼルガディスに事の次第を伝える為に図書館に行ってもらった。ここの町は図書館がやたらと多いが、ゼルガディスが持っている、アメリアがいつも着けていたアミュレットの片割れの魔力を探ればすぐ見つかるだろう。
 ちなみにゼロスは――フェリアさんとお茶するとか言っていたが。
 あたしはガウリイに目で促され、ドアをノックした。
「――どなたですか?」
 返ってきたのは、高く透き通るような女性の声だった。
「――すいません……魔道士協会の使いできました……」
 敬語を使っているにも関わらず、少しぶっきらぼうな声に、あたしは思わず声を潜めて呟く。
「魔道士協会……? ハーリアの使いか。解りました。すぐ開けます」
 言うとほぼ同時に、木の扉はかちゃりっと開いた。
 なるほど――
 ――あたしは……なぜか心の中で納得していた。
 流れるような金の髪。鋭い紅の瞳はそらすことなくまっすぐにこちらを見つめている。間違いなく、絶世の美貌がそこにはあった。白いTシャツとGパンといったラフな服装で、それがまた似合っている。年齢はあたしと同じか、一つから二つ上だろう――この姿が、年を取るのか、といった疑問が湧いてくることに、あたしは心中だけで苦笑した。
 彼女が犯人だとするならば――その姿を自在に変えられる魔族や、例外なしに美しい容姿をしたエルフの血筋のものだという噂が立ってもおかしくはないだろう。
「あたしは魔道士協会からの使いできました、リナといいます。
 よろしく」
 あたしの自己紹介に、彼女が無表情だったその顔をふっと和らげた。ほとんど苦笑に近い表情を浮かべながら、片手を差し出す。
「私は――ま、一応今回の殺人事件――だっけ? の、容疑者になってるヴィリシルア=フェイトってものだ。
 知ってるかもしれないけれどね」
 女性にしては妙にぶっきらぼうな口調でヴィリシルアは自己紹介をした。お世辞にも女らしいとはいえない彼女の物腰に、あたしも思わず苦笑を浮かべる。
「よろしく頼むわ。ヴィリシルアさん――ほら、ガウリイ。あんたも挨拶っ」
「――ガウリイ、です――これでいいのか? リナ?」
「あたしに聞いてどうすんのよ……」
 あきれた声を出すあたしに彼女は苦笑すると、ふと子供が何か妙案を思いついたような表情になる。
「リナに――ガウリイ?
 もしかしてあのリナ=インバースとガウリイ=ガブリエフ? そうか――あんたらが……」
「え?」
 言われてあたしは変な顔をした。
 自慢じゃないが、たしかにあたしは有名である。そのせいで一部の輩から『盗賊殺し』だのと不名誉な二つ名をつけられていたりするが――
 ガウリイはごくふつーの傭兵である――まぁ彼自身に傭兵だという自覚はとんとないが。
 とにかく、彼の名は今まであたしたちが関わった事件の関係者である人間(人間じゃない場合もあるけど……)を除けば、知っている人はあまり多くないはずなのである。
 彼は確かに腕の立つ傭兵だし、結構有名ではあると思うが――あたしたちをセットで知っている人間となると、笑えるほどにあまりいない。関わった奴と言えば魔族(しかもほとんど滅んでいたりする)やエルフ、竜などがほとんどで、関わった人間はかなり少ないのである。
 あたしの目での問いに気づいたか、ヴィリシルアは笑みを浮かべながら、
「ま、立ち話もなんだし、入りなよ――第一傭兵姿のにーちゃんにそこで立ってられると、注目されてしょうがない」
 見れば、きょとんっとしたガウリイに注目する人々(主に女性)の姿があった。
 あたしは妙に腹立たしくなって、
「お邪魔します――行くわよガウリイッ!」
 と、乱暴に彼の腕を引っ張った。




鮮血の紅




「――じゃあ、あなたはあくまでも、自分は犯人ではない、と?」
 ふかふかの白いソファーに腰掛けながら、あたしはお茶を一口こくんっ、と飲んだ。
 もちろん、ヴィリシルアに出されたものである。
 毒物が混入されているかも知れない、という危険性は考慮しなかった。あたしたちがここで行方不明になれば、真っ先に疑われるのは彼女だからである。そうなれば、証拠だのの問題もすっ飛びかねない。
 あ。おいし。
 あたしは声には出さなかったものの、正直にそう思った。
 ちょっと前知り合いに出された甘いハーブ茶とは、また趣の違う美味しさである。
 ヴィリシルアはあたしの問いに、テーブルに肘をつくと、
「ああ。私はやってないよ?
 第一、やる必要がないからね。私の情報収集能力は――自慢じゃないけど結構ある。犯罪の証拠をさっさと掴むさ。私だったらね」
「んで犯人たちをねちねち脅し、散々搾り取った挙句に役所に突き出す、と?」
 真顔で問うたあたしに彼女はジト目を向けた。
「……誰から聞いたンなこと――まぁ大体予想はつくけど。
 ま、そういうことだな。脅すうんぬんはともかく」
「ふぅ……ん。
 じゃ、質問を変えるわ。どうしてあたしのはともかく、ガウリイのフルネームまで知ってるわけ?」
「ああ。そのこと?
 あんたらのことは色んな奴から話は聞いているんだな。
 あ、そうそうミルガズィアのじいさんとか、メンフィスのお嬢ちゃんとかは元気かな? もう半年も会ってないけど」
「はい?」
 あたしは一瞬、彼女が何を言ったのか解らなかった。
 ――えぇぇぇっと。
「ミルガズィア? ああ、あのでっかいトカゲの偉い人かぁ――」
「うだぁぁぁぁぁぁぁっ! どぉしてあなたといいフェリアさんといい、妙なのと知り合いなわけっ!?」
 ガウリイの間の抜けまくった声をバックに聞きながら、あたしは思わず叫んでいた。
 一方、ヴィリシルアの方はにこにこしながら、ぴっと人差し指を立ててみせる。
「ハーリアの方はどうだか知らないが、私の家系には代々竜族やらエルフやらの血が結構混じってるらしくてさぁ。
 ばーちゃんの話では魔族と合成された奴とかもいるとかいないとか――よーするに、とんでもない家系なのさ」
 両の腕をばっ、と広げて、彼女は陽気に言った。
 ――いや『とんでもない』って……
 めちゃくちゃとんでもないぞそれ――あんた……
「ミルガズィアじいさんの話だと降魔戦争の頃からうちと竜族は結構交流があったらしいけど……ま、私には関係ないし。
 ああ言っとくけど、別にあの二人だけからあんたらのこと聞いたわけじゃないから♪ 他にも色々いるぞ? ワイザーのおっちゃんとかケレスの旦那とか、あの存在感薄いマイアスとか。アルス元将軍にも聞いたし……」
「うわ……マジで色んな人と知り合いなのね――妙に女ッ気ないけど」
「ほっといてくれよ。私と同じぐらいの女とは――解ると思うけど、反りが合わないのさ。向こうはやたらと話し掛けてくるが、こっちは相手の話していることがよく解らない。
 ま、代わりにこっちの話題も相手にとっちゃつまらないものらしい」
 なんだか妙に納得できることを言い訳がわりか呟いて、ヴィリシルアは肩をすくめ、椅子に寄りかかった。
 話が一段落したこともあって、あたしはぐぃっとお茶を飲み干し、カップを置きながら部屋の中を改めて見回した。
 彼女の家の中は、魔道士協会のあのやたらと質素な評議長室に比べれば、かなりマシな内装だった。
 まぁ、本が多いとかいった共通点はあったりしたが、彼女のあたしたちに対するもてなしも、フェリアさんよりはマシだった。彼はそういう待遇の仕方がよく解らないだけだったのかもしれないが。
 白い壁は外装と同じで、不思議な――静かな感じが漂っていた。彼女の性格なのか、飾りっ気なくすっきりとしていて、片付いている。
 壁はほとんどが本棚で占められていた。少ないスペースにかけられたコルクボードには、あたしたちが普段使っている文字のほか、色々な言葉で書き殴ってあるメモが溢れていた。竜、エルフ、ドワーフ、このあたしにすら読めない文字まで――もう何でもあり、といった感がある。彼女の交友関係の広さがうかがえた。どのくらい広いのかは聞く気がしないが。
 部屋の中央には木のテーブルと、今あたしたちの座っている白いソファーがある。ちなみに彼女が座っているのは壁際の机から運んできた椅子で、テーブルをはさむようにしてあたしたちは話をしていた。
「んー――じゃあ、そうね……前の満月の夜、あなたは何をしてた?」
「絵を描いていたよ」
 彼女はあっさりと答えた。
「――絵?」
「ああ。趣味でよく描いてるんだ。あの日描いてたのは確か――そこのだよ」
 と、ヴィリシルアは壁にかかった、夜の街並みが描かれた絵を指さした。
 改めて部屋を見回すと、たしかに結構絵がかかっていた。
 彼女が描いたものなのか、買ってきたものなのかは彼女の言葉や、その絵のタッチがほとんどみな同じことから考えれば明白だったが。
 ちなみに芸術品に結構詳しいあたしの目から見ても、かなり上手かった。
 大体の絵は、山や海――そう言った風景が描かれている。写生しに出かけたりしているのだろう。
「写生は得意なんだ。芸術なんてモノはあんまり解んないけど」
「ふぅん……一人で描いていたってことはつまり――証人はいないってことよね」
「そういうことになるな」
 彼女はまたあっさりと答える。あっさり過ぎて、逆に怪しい。
 ――まぁ、あたしには相手をそう言った印象で疑うような事はしないし、そういう風に疑ってかかっても、逆にこちらが疲れるだけである。相手は一応重要参考人、被害者の親友であったこと以外は、あまり事件とかかわりがない一般人なのだから。
 ……まぁ……動機があるだけでも十分だ、というような意見もあるにはあるが……
「じゃ、次の質問ね。
 ――あなたは親友を、今回の事件の被害者の関わっていた宗教団体に殺されたそうね」
 もちろん『殺した』という確証があるわけではないのだが、こう質問することで彼女がそのことに対してどのように考えているか、ということを掴むにはこう質問した方がいい。
「……まぁね、完全に『そう』だという確証はないが」
 少し不機嫌な表情で彼女は呟いた。
「そのことについて――どう思う?」
 あたしの問いに彼女はしばし考えると、
「誰が殺した、ってぇのはわからないけど、『殺したやつのことを』どう思ってるのか、って質問なら――やっぱ憎い、憎いね」
 言ってから彼女は軽く肩をすくめた。手に顎を乗っけて、空中で肘をつくような体勢になると、
「でも――そうだな。あれだ。誰が殺したか、ってのはわからんだろ? こっちだって持てる情報網全部駆使して探してる。見つかるのはおおよそ時間の問題。――そいつを殺したりはしないからご心配は無用さ。
 ちゃんとあんたらに突き出すよ」
「殺したのは邪教集団ではない、と思うのね?」
 あくまでそこをツッコむあたしに、彼女は頷いた。
「ああ。それらしいセリフは書いてあったようだけど、フィオロ――殺された私の友人だ――彼の、彼女――名を私は聞いていなかったんだが、彼女はフィオロの話だとあの宗教にかなりハマっていたらしくてね。だったら『背約者』なんて銘打たなくてもオッケーなわけだ。わざわざ自分たちがやりました、なんて世間に言いふらさなくてもいいだろ?」
「そりゃそうかもね――」
 ――それだけ推理力残ってれば冷静な判断もできるだろう。
 しかし――友人を殺されてそこまで冷静、というのはすごいかもしれない。
 窓から差し込む光が、赤みを帯びてきた。
 彼女の紅の瞳が、一瞬光を帯びたような気がして、あたしは眉をひそめた。それからソファに寄りかかって楽な体勢になると、ふっと微笑んだ。
「フェリアさんが、あなたが『人殺しなんて愚を犯すとは思えない』――って言った理由、解ったような気がするわ」
「そりゃどうも」
 彼女の返事が耳に届くと同時に、あたしは立ち上がった。
「そろそろ帰るわ。
 ――これからまた色々と迷惑かけるかもしれないけど――よろしくね。ヴィリシルアさん」
「ヴィリスでいいよ。その方が覚えやすいだろ?」
「……じゃあヴィリス。また会いましょう」
「じゃあな。リナ」
 あたしは身を翻して、彼女の家から出ようと――
「あ。おい! 忘れモノだよ」
「へ?」
 あたしが振り返ると、彼女はソファーに寄りかかって寝こけているガウリイを指さしていた。
 こっ……
「こぉぉぉぉおおぉぉおの腐れ味噌ガウリイッ! 人様ン家で寝るんじゃないわよっ!」 
 がすぅっ!
 全速力で舞い戻り、あたしの放った右ストレートは、ガウリイの顔面を見事に捕らえていた。
 一瞬気絶したあと、意識を取り戻して彼は首を振った。
「ッ――ああ、リナ――話し終わったのか?」
「ええ。帰るわよガウリイ」
 鼻にあたしの拳の跡を作って目を覚ましたガウリイの問いに、あたしはこくんっと頷いた。
「何だか妙に鼻が痛いんだが」
「気のせいでしょ」
 あたしの言葉に首を傾げながらもガウリイは立ち上がった。
 視線を転じれば、苦笑をかみ殺しているヴィリスの姿があった。




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