鮮血の紅
アメリアに頼んだ言付け、というのは、『今後のことについてのミーティングをアメリアとあたしの部屋でやるから、図書館が閉館してからででもいいから早く戻って来い』――というものだった。むろん、ゼルガディスが図書館が閉館してから館長に追い出されるまで粘るぐらいな性格だ、とゆーことを考慮しての伝言である。
そのあたしの伝言がちょっと逆効果だったか、アメリアとゼルガディスが宿に戻ってきたのは、もう辺りを夜――とまでは行かないが、空が暗い真っ青な色になった頃だった。
「アメリア、ゼル。遅かったじゃない。図書館で居眠りでもしてたわけ?」
あたしの言葉は図星だったらしく、彼はひどく照れた。
「あー……まぁそういうことだな」
ゼルガディスがそれで話を終わらせようと咳払いをしたが、アメリアがンなもん察するはずもなく、
「ひどいんだからゼルガディスさんったら。耳元で叫んでもなかなか起きてくれないし、起きたら起きたで髪があたしの額に刺さったしっ!」
そのときのゼルガディスの慌てまくった顔が容易に想像できて、あたしは苦笑した。ゼルガディスはそのあたしに一瞬険悪な視線を向けると、こほんっ、と咳払いをした。
「――それで、なにか依頼を引き受けたようだが……?」
「あれ? アメリアから聞かなかったの?」
「聞いたは聞いたが主観的過ぎていまいち容量を得ん。お前が話してくれ……」
――確かに、あの時納得していなくて理不尽な怒りを抱えていたアメリアのことだ、道すがらゼルガディスに自分の正義の心を話しまくったとしても何ら不思議ではない。
「解ったわ」
再度顔に浮かびかけた苦笑をかみ殺して、あたしは頷いた。
さて――どこから話したものか――
…………………………………
「いい――もう解った――」
あたしがそう言われて話を止めたのは、辺りがもう真っ暗闇に閉ざされたときだった。事情を知っているガウリイに至っては、もうぐーすか寝こけている。
そんなに話したかね。あたしは。
「リナ、話しすぎよ――」
「どこがよ? まだヴィリスの家に事情聴取に行くところすら言ってないのに……」
「いいっ! もう事情はわかった!」
ゼルガディスの声で、あたしとアメリアは思わず沈黙した。あたしは怒りの表情でゼルガディスをにらみつけ、アメリアは泣きそうな表情になる。
「……う゛」
あたしの顔かアメリアの涙か、どちらかにそんなうめき声をあげながら、ゼルガディスは硬直した。――多分アメリアのほうだろーな。あたしのにらみで怯むよーなタマじゃないもん。
「ま、まぁそれはともかく、だ。これから一体どうするんだ? 俺としてはこのまま別行動をとらせてもらいたいんだがな。まだ回っていない図書館はたくさん残ってるんだ」
「なぁぁぁぁぁにを言ってるんですかゼルガディスさんっ!」
毎度のことながらアメリアは、ばんっ! と近くにあった机をわざわざ叩いてたちあがった。
「悪人を裁くのは正義の味方の使命ッ! 例え殺された人々が悪人だったとしても、その人たちが街中で殺されたなんて町の治安に関わるわ! さぁゼルガディスさんも正義の心に火をつけて……」
「そんなものはない、と前にも言ったはずだ」
ゼルガディスはきっぱりと言う。
――確かに……あたしもンなもんに火、付けたくないな……
あたしはこほんっ、とひとつ咳払いをすると、肩をすくめた。
「ま、ゼルがそー言うんだったらしゃーないでしょ。
アメリア。ンな冷たいヒトはほっといてこっちでこれからやること話し合いましょ」
「はい」
アメリアはゼルガディスの方をかすかに名残惜しげに見つめてから、あたしの方に向き直った。ガウリイは眠ったままだが、彼が起きていたところでどうなるとも思えない。
「……で、ヴィリシルア、とかってヒトはどうだった? 正義の心構えの一つや二つ、言ってやれた?」
「んー。ちょっと話をした程度だからはっきりしたことは言えないけど――あたしも評議長さんと意見は同じ、ね。
ヴィリシルア――ヴィリスが人を殺すような人間であるか否か、っていうのはよく解んないけど、少なくとも今回の事件の犯人は彼女じゃあない気がするわ――いわゆる直感、ってやつね」
「ふぅん……」
アメリアは納得したのか否かいまいち判別のつかないような声音と顔でそう呟くと、先ほど机を立ってからずっと浮いていた腰をおろした。
「――待て」
ゼルガディスが不機嫌な声を上げた。腰を浮かせ、部屋のすみっこで座り込んで話し込んでいたあたしとアメリアをのぞきこんでいる。
「なに? 事件の話聞く気になったの?」
あたしの言葉に、ゼルガディスは反応しなかった。
――って、無視かい……
「その女の名――ヴィリシルア――ヴィリシルア=フェイトで間違いないのか?」
「え? ――ええそうよ。ゼル。聞き覚えある名前なわけ?」
あたしが頷くと、ゼルガディスは少し考えるようなそぶりを見せ、やがてゆっくりと――やたらと重々しげに――口を開いた。
「……その女。元
暗殺者だ。恐らくな」
――!?
ぴくんっとアメリアが顔を上げた。あたしももちろん、信じられないような顔でゼルガディスを見た。
元暗殺者……ヴィリスが!?
「本当――それ?」
「ああ。恐らく。
使用する武器は手元にあるものなら何でも、という非常識なやつでな。そっちの手の話じゃあ、一時期お前――リナより話題性の高かった人間でもある。
ズーマと同等――あるいはそれ以上の戦闘能力を持っているとも言われていた。俺が足を洗う頃――あんたに会ってから恐らくすぐ、だな。そのころに突然ぱったりと噂がなくなった。
――まさか、この町にいるとはな……」
彼は興味深そうな瞳になる。なんだか尖った耳がときおりぴくんっ、とか動いているのは、言わない方がいいかもしれない。
「あたしより知名度の高い時期があった、ってことね――でもあたし、そんなヤツの話聞いたことないわ……」
「ひょこっと現れてさんざ有名になった挙句、すぐにひっこんだからな。頻繁にそういう情報を聞いているやつじゃないと聞いたこともなかっただろうな」
「じゃ、やっぱりそのひとが犯人なんじゃない! 大変! 新たな犠牲者が出る前に今すぐ彼女を止めなくソゃいけないわ!」
アメリアが声を荒げて立ち上がる。今から成敗しに行きかねない勢いだ。あたしはしばし考える。
「……彼女が暗殺者だった、っていうのは――なんだかあっさり信じられるような気がするわね」
よく考えたら彼女は――室内だったこともあるだろうが、足音一つ立てなかったし、気配も妙に希薄だった。――まぁ、竜族やらと仲の良いという彼女が暗殺者稼業を営んでいた、というのはちょっと変かもしれないが。
「――でも――それでも、それだからこそ彼女が今回の犯人であるとは思えないわ。
彼女が暗殺者だった、っていうのなら私怨で人間を殺す、というのはよけいに似合わない気がするもの」
「確かに。相手がどんなヤツだろうと金をもらえば殺す、という感じだったからな。あの噂じゃ。
私情を出さず感情もない機械人形のようなヤツ、というイメージがおおよそ浸透していた。私怨で殺し、というのはヴィリシルアの名には合わない」
「そうなの――なら、違うのかもしれないわね」
あたしとゼルのことばに、アメリアは座りなおした。ゼルガディスもそれに合わせ床に座り込む。
「――ん?」
それを待っていたかのように、眠っていたはずのガウリイが声を上げた。
「――殺気がする……」
「なんだと?」
「え?」
彼の言葉に、ゼルとアメリアが疑問の声を上げた。あたしは彼のほうに身を乗り出すと、
「――どこから?」
「宿の――外だ! 移動してる。こっちに向けられた殺気じゃないが、確かに殺気だ!」
あたしはそれを聞くなり
飛翔界を唱え出す。窓を開け、ガウリイの手を掴んでゼルガディスとアメリアを振り返って一つ頷くと、あたしは窓から飛び出した。
「
飛翔界!」
『力あることば』を解き放ち、あたしとガウリイは空に舞う。
「ガウリイ! どっち!?」
彼の指示に従って、あたしは術を制御する。ついでにアメリアたちへの目印代わりに『
明り』を闇に浮かばせる。術の制御が難しくなってくるが、戦力を分散させるよりはましだろう。
そして――
「やっ! やめろ! 助けてくれ!」
彼の耳にはろくに届かぬその悲鳴は、そのままそいつの最期の声となった。彼はそいつに――必死の形相で命乞いをするその男に、端整な顔立ちで、ぞっとする笑みを浮かべると、
「
火炎球」
男の周りに張った風の結界の中――つまり密閉された空間で、
火炎球が炸裂した。叩きつけられた火の激しさに石畳が吹っ飛び、剥き出しになった土の地面を抉る。炎が少年の姿をライトアップするように映し出した。金の髪、白い端整な顔立ち――そして、燃え盛る炎を見つめる、赤い瞳。
炎のおさまった後には、そいつは――跡形もなく燃え尽きていた。それを見届けると少年は風の結界を解き、満足げに笑った。
そして身を翻して――
「待て」
暗闇から聞こえる声に、少年は不機嫌そうに顔をゆがめた。
「――僕を止めにきたの?」
「それだけ分かっていれば上出来だ。もうやめろ、と言ったのは何度目だと思う? そいつらは――」
「――ッ!」
声が次の句をつむぐ前に、彼はばっ! と身を翻して空に舞う。声は緊張した声で、少年に向かって叫んだ。
「待て! ……フェイトッ!」
それは偶然にも、リナの耳には届かなかった。
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