それは、あたしたちを呼び寄せるに十分な光だった。
攻撃呪文の――恐らく
火炎球の輝き。上空からならほとんどかすかな光、といっても良かったが、民家の明りとは明らかに違うそれは、あたしの目に焼きついた。
「あそこだ! リナ!」
「わかったわ!」
殺気が消えうせる。炎が消える。
その前にあたしはその場所に向かって一直線に突っ込んだ!
そして、あたしと入れ違い様に上空に逃げていく少年と、抉れた地面、暗がりからなにやら叫ぶ金の髪の女性が目に映る。
「ヴィリス!?」
あたしは思わず叫び、術をといてその場に着地した。
「リナか――いいところに来た――と言いたいところだが、一足違いだったな」
「……今のが『
鮮血の紅』……?」
「噂ではそういう名で呼ばれているらしいな」
白地に青チェックのパジャマ姿のヴィリシルア=フェイトさんは、空を見上げてそう言った。
…………うーん。素晴らしくハズしてる気がするぞ。その格好は。
「追わなくていいのか? あれ」
「もうどうせ見失っちゃったわよ……あんたがいなきゃそのまま追ってたかもしれないけど」
「そりゃ悪かったね」
あたしのことばにヴィリスは笑う。そこに、ゼルガディスとアメリアが到着した。彼らは
飛翔界が使えないため
浮遊で来たのだ。
「リナ、その人がヴィリシルアさん?」
ヴィリスのパジャマ姿にちょっと脱力しかけているのか、はたまた彼女の独特の雰囲気に呑まれたか、アメリアが敵意なく問う。ゼルガディスは彼女をなるべく見ないようにしていた。
……やはりパジャマが気になるのかもしれない。パジャマが。
あたしは頷くと、金髪の少年が消えていった虚空を見上げた。
「金髪に、紅い瞳――ゼロスが見たのもあの子ってことよね?」
『ゼロス?』
ヴィリスとゼルの声がハモった。ゼルガディスは嫌な単語を聞いた、とあからさまに顔をしかめ、ヴィリスは恐らく誰だそれ、といったニュアンスを含めて。あいつが関わっているのか? とか言うセリフは幸い聞かなかった。いくらなんでも魔族とまで交流持っているとは思いたくない。
「――ええ。ゼロスよ。魔族。獣王配下の――
獣神官」
「ああ! あいつか!」
ヴィリスがぽんっ、と手を打った。
…………そのセリフは聞きたくなかったぁぁぁぁ!
あたしは頭を抱えた。ゼルガディスは目を点にしている。
しばし経った後―― 彼女はふっ――と笑った。
「――って――
冗談だよ。冗談。知らないって。獣神官が何かも知んないし」
「って冗談かいっ!? ていうかあんたが言うと冗談に聞こえないのよ……」
彼女のぱたぱたっ、と手を振っての軽いことばに、あたしは思わず脱力して呟き、ゼルガディスはなんだかおおげさにコケていた。
「なんか……想像していた人物像とだいぶ違うんだが――」
「……わたしも……」
ゼルとアメリアが複雑な表情で呟く。その気持ちは解らんでもない。
「あんた、私のこと一体どーゆー風に説明したんだ?」
「彼女の名を出したらこの――顔隠した怪しいにーちゃんが知ってたのよ」
あたしはゼルを指していった。そう。彼はここに来たすぐ後、すばやく顔を隠していたのである。
それを聞いたヴィリスは――
「をを。マジか? すごいな、あんた物知りなんだ」
と、拍手。思わず肩を落とすゼルガディス。ヴィリスは親しげにぽんぽんっと彼の肩を叩くと、
「名前は?」
「――ゼルガディス。ゼルガディス=グレイワーズだ」
その名を聞いたとたん、ぽんっ、と彼女の表情が変わった。感嘆したような表情に。
「ゼルガディス? あの、赤法師レゾの孫の?」
「ああ」
ぶすっとした面持ちでゼルガディスは言った。
ヴィリス――あんた博識すぎ。
あたしは密かに彼女に裏手ツッコミをやっていた。無意識のうちに、だが。
ちなみにガウリイはしっかりと寝ている。言うまでもなく。
「そうか。あんたなら知っていそうだな――確かに。
でも私の人物像をどういう風に想像してたんだ?」
「冷徹な機械人形だって」
ぶっ!
あたしのことばに、ゼルガディスが吹いた。恨めしそうにこちらを見てくる彼の視線に、あたしは笑顔で答える。
……本当にそーいったでしょーが……
「……………」
さすがに機嫌を損ねたか、無言のジト目で睨むヴィリスに、ゼルは慌てる。弁解しようもなく、ただ乾いた笑いをあげるのみである。――これこれ、情けないぞ。
「――まぁ、別にいいけどな」
彼女は肩をすくめ、ゼルガディスから視線をはずすと、また少年の去った虚空を見つめる。しつこいようだが、場の雰囲気にあまりにパジャマが似合っていない。
「いずれにせよ、また犠牲者が一人ってことね……」
アメリアは抉れた地面を見る。眉を寄せて、その場で黙祷を捧げた。死んだのは邪教集団の人間だが、死んでしまえば――魂に価値の違いはない。
「そう言えばヴィリス。今の子に見覚えは?」
あたしの思い出したようなことばに、ヴィリスは下唇をかむ。しばし考えてから、彼女は首を振った。
「……いや、ないな」
ぅや?
反応に違和感を覚えたが、まぁ気にしてもしょうがないだろう。あたしはガウリイを小突いて起こすと、他の三人を見回して、
「じゃ、あたしたちはこれで宿に戻って、明日になったらフェリアさんに報告。オーケー?」
「今から行かないの!? 魔道士協会総動員して探せば、見つかるかもしれないじゃない!」
「いいえ。今魔道士協会に行っても誰もいないわ。あたしたちはフェリアさんの家解んないし。
ならさっさと戻ってお風呂入ってご飯食べて寝ましょ」
「飯か!?」
ガウリイがぱっと目を覚ます。――野郎。また寝ていやがったな。
「そ。ごはんよ。じゃ、ヴィリス。あなたも『目撃者』として魔道士協会に来てくれるわよね?」
頷くヴィリスに、あたしは笑むと、くるりっときびすを返した。
――にしても――
いや。
あたしはぶんぶん首を振った。ここで考えても仕方のないことだ。
一瞬だけ見えた、少年のその顔がヴィリスと瓜二つだったなどと……
「また――嫌な事件にならなきゃいいけれど……」
呟いて、あたしは宿に向かって歩き出した。
鮮血の紅
――ふぅっ……
リナたちの姿が見えなくなって、彼女はそこではじめて、疲れたように息を吐いた。
どうやら『あれ』の顔は見られなかったようである――あの顔を見て、自分の方にリナたちの意識が動く、というのは喜ばしい事態ではない。
(――全部自分で抱え込むってことがいかに馬鹿なことかは解ってるんだ。
だが……あいつを魔道士協会に突き出すわけにはいかないからな――)
『あれ』がつかまれば、ハーリアがどう反応するかは目に見えている。
こちらで止めなければ、意味がない。
ヴィリスは心中だけで呟くと、自分の家に向かって歩き出した。
「……夜のお散歩ですか? ――自分が犯人と思われていると言うのに、のんきですねぇ」
家の上から聞こえた声に、ヴィリスは視線を移す。
黒い神官が、その家の屋根の家に腰掛けて、にっこりとこちらに微笑みかけていた。彼女はそれを興味なさげに見ると、
「……一体何の用だよ。私は疲れたんだ。帰ったらすぐ寝る。お前の相手してる暇なんぞない」
「僕の名前」
「あ?」
彼女は神官に聞き返す。思いもよらぬことばだった。彼は今まで、どんなに聞いても名前を教えてはくれなかったからだ。
「僕の名前、ゼロスって言うんです」
神官――ゼロスの表情は、暗がりにまぎれて見えない。
――どうせいつも通り笑っているのだろうが。
彼女はほぅ、とのどの奥から声を漏らす。
「――で?
お前が魔族だなんて最初っから気づいてたさ。今頃それを明かしても意味ないぞ」
ことばに、ゼロスは屋根の上で立ち上がった。
「あなたの『弟』、ですよね? この事件の犯人は」
「……………」
ぴくりっ、とヴィリスの表情が動く。が、すぐに無表情に戻る。
「ああ。そうだよ。調べが早いな」
すぐに認めた。そしてゼロスに背を向け、家に帰ろうと足を踏み出す。
「弟――だというんですね。あくまでも」
「――!」
ざわりっ。
ヴィリスが振り返ると同時、いきなり、殺気が辺りに渦巻いた。気の弱い人間なら、この場に来ただけで気絶するかもしれない。そんな雰囲気がその場に渦巻く。
「……なにが言いたい」
ぞっとするような声音で、彼女は呟いた。リナたちの前では、決してこんな声では喋らないだろう。
「いえ――ただ、あの少年をハーリアと会わせたら――どうなるでしょうか」
「あいつをハーリアに殺させるつもりか!?」
ゼロスはヴィリスのその声に満足そうに微笑むと、ふわりっと屋根の上から降りた。すたすたと彼女の前にやってくると、にっこりと笑う。
「――なるほど。あなたは『弟』さんのことになると、冷静さを欠くようですねぇ――
それだったんですね。あなたがあの少年を魔道士協会に突き出さない理由は」
ヴィリスは答えない。ただゼロスをにらんでいる。
「――それでは、僕はこのへんで帰りますよ。これ以上ここにいたら――あなたに殺されそうだ」
「うるさい!」
いつのまにか手にもっていたナイフを、ゼロスに向かって投げつける。刺さると同時に神官の身体がぐにゃりとゆがみ、虚空に溶け消えた。
からんっ。
乾いた音とともに、ナイフが石畳に落ちる。
「…………」
彼女はぎゅっ、と拳を握り締めた。地に落ちたナイフにはもう目もくれず、じっと、黒き神官のいた虚空をにらみつける。
「魔族の思い通りなんぞ、なってたまるか……!」
ヴィリスは憎悪と怒りをこめた口調で、そう呟いた。
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