――守ろうと思うことは罪か?
    身内を守りたいって気持ちの、どこが悪いんだ?
    本当の身内じゃないんだったらなおさらだ。
    私が彼を傷つけてしまったことがあるってんなら、なおさらだろうが……?




鮮血の紅




 翌日、魔道士協会を訪れたあたしたち――あたし、アメリア、ガウリイ、そしてゼルガディスの四人は、評議長室に来た瞬間に険悪な雰囲気にぶち当たった。
 一人はヴィリス。こちらはこの前のようなラフな格好でも、むろん昨晩のようなパジャマでもなく、黒装束に身を包んでいた。こう見ると、普通の人間が見ても暗殺者か魔道士にしか見えない。
 そしてもう一人は、見たことのない、二十歳前後の男――である。痩せた身体に、白いローブを纏っている。全体的に色の薄い――と言うか闇が色褪せたような感じの男で、髪は灰色。瞳だけが、意思を彼の強い意思を表すかのような深い黒だ。
 一方的にヴィリスが男のことを険悪な目で、雰囲気で――殺気すら飛ばしてにらみつけているが、男の方はそれを平然と受け止めている――というか、半ば無視しているようだった。
「ヴィリス。おはよう――誰? このひと」
 あたしはその雰囲気に呑まれないよう、さりげなくヴィリスに話しかけた。ヴィリスはこちらに初めて気がついたようで、少し驚いたような表情をする。
「あ――ああ。おはよう。リナ」
 すこし固い笑みを浮かべると、片手をあげて挨拶した。男は、ちらりっとこちらを見やる。
「初めて会うな。リナ=インバース」
 かすかに口元に笑みを浮かべて言った男の声は、思いのほか威厳――というか、こー言っちゃあなんだが、なんか爺むささに満ちていた。
 ――あたしの第六感……とかゆーたいそうなもんでもないが、ともかくあたしのカンは、この男の正体を告げていた。
 乾いた声で、あたしは呟く。
「……竜――ね。あなた」
 男の顔に、驚きと感嘆の色が浮かんだ。彼は頷くと、
「そうだ。よくわかったな。
 私の名は、魔王竜デイモス・ドラゴンの、ヨルムンガルドだ。呼びにくければ夜、と呼んでくれ」
 なんてことだ。
 ゼロス――魔族の絡んでいる気配、そして元有名な暗殺者のヴィリシルア――そしてしまいには、魔王竜まで出馬もとい出竜してくるとは!?
 何なんだ一体。この町わ。
 というより、こんな連中がうろうろしてる上のこんな時期にこの町にくるとは――あたしって、相当ついてないんじゃないだろーか。
「……魔王竜?」
 疑問の声を上げたのは、アメリアだ。
 彼女はじーっと、疑わしげな表情で、ヨルムンガルド――夜さんの姿を上から下まで見る。
「どう見ても人間にしか見えないわよ。それは変身呪文で何とかなるとしても、魔王竜って――本当にこの人がそうなら失礼かもしれないけど、知能はそんなに高くないはずよ」
「お前らが通常術で呼び出す魔王竜は、いずれも年若い、というよりはほとんど赤子といってもいい、生まれて数日から一週間程度しか経っていないものだ。
 年を取れば、我々魔王竜とてそれ相応の術を用いる。
 私たちが黄金竜より実力が勝っている、ということは、より高度な術を操る、ということだろう?」
「なるほど……」
 アメリアが納得の声を上げた。あたしは無表情なヴィリスのほうに視線を移し、
「――で、なんでさっきあんな険悪な空気振りまいてたわけ? あんた」
 ヴィリスは不機嫌そうな顔に戻って、
「こいつは私の従兄だ。と言っても、もう百年は生きているそうだけどな」

 ……………………沈黙。

『従兄ぉッ!?』
 むろん、ガウリイ含めあたしたち全員が驚愕の声を上げたのは言うまでもない。
「ちょっ……嘘ッ!? じょーだんでしょヴィリシルア! だったら何でミルガズィアさんと仲がよかったりしてんのよ!」
「言わなかったか? 確か昨日言ったはずだけど」
「昨日――?」
 あたしは眉を寄せ、顔をうつむかせて瞳を閉じる。記憶を探って――
「あ。」
 ――私の家系には代々竜族やらエルフやらの血が結構混じってるらしくてさぁ――
    ばーちゃんの話では魔族と合成された奴とかもいるとかいないとか――よーするに、とんでもない家系なのさ――
 確かにヴィリスはそう言っていた。昨日の夜のことですっかり忘れていた……
 ん…………?
 あたしはばっ! と顔を上げる。
「――って、ちょっと待てぃッ! ってことはンな家系の人間が暗殺稼業なんてやってたんかい!?」
「ああ。まぁね。小遣い稼ぎってやつ。こづかい。私の親は放任主義だったからなぁ」
 あたしは頭痛に頭を抱えた。子供に暗殺者やらせるっつーのは、一体どこの国の放任主義なのだろうか。
 ヴィリスはあたしの内心の葛藤に気づいているだろうに、それをあえて無視して夜さんを睨みなおすと、
「ちなみに私はハーリアに面会を求めてきたんだが、今ちょっと会えないらしくてな、代わりにこのヘビが評議長の仕事をしているらしい。
 こいつ石頭なんだ。会わせろって言っても会わせてくれないんだぞ!」
 連鎖するように、夜さんも仏頂面を作ると、
「ヘビ言うな。いくら長い名だからとかお前が馬鹿だからといって覚えられんほどでもないだろう。
 それに――会わせられぬものは会わせられん。ハーリアは今は誰にも会えぬ。私が話を聞こう」
 ……ん?
 あたしは夜さんに詰め寄った。
「ちょっと待って。どーして会えないわけ? フェリアさんは昨日は元気そうだったし、彼はあたしたちの依頼人よ?
 あたしたちにも会わせることができないってのはどーいうこと?」
「……ヤツが風邪ひいてまで仕事しようとする人間だと思うか? 今頃家のベッドで寝てるだろうな」
「あの男ぉぉぉおッ! どこまでヒトのことおちょくりゃ気が済むんだぁぁぁぁっ!」
 ヴィリスが突然爆発したように、髪をかきむしって叫んだ。
 ……なるほど。評議長にあるまじき体たらくと言えるが、フェリアさんならやりかねない。
 魔道士協会が警備隊と仲の悪かったことがわかるような気がする。アリド・シティの警備隊は真面目なことで有名なのだ。
「だが、それにしても先ほどのは苛立ちすぎだ。ヴィリシルア。
 ……一体、なにがあった?」
 確かに、昨日の夕方、はじめてあったときに感じた、ヴィリス特有の余裕、というものが欠けているような気がする。神経の糸が張りきっていて切れそうだ。
 ともあれ、彼の問いに、ヴィリスは不機嫌な顔のまま、
「……昨日の晩、リナたちと別れたあと、魔族に、会った。それだけだ」
「ゼロスのヤツか」
 ゼルガディスがこれまた不機嫌そうに言う。彼女は頷いた。
 ――しばし、沈黙が落ちる。
「して、お前らはなんの用で来たのだ? 例の事件のことだ、ということは疑いようもないが」
 夜さんは、ちらりっとヴィリスに意味ありげな視線を送った。
「昨日、犯人を目撃したわ。――犠牲者が、また一人増えた、ってことね」
 ――そう言えば、ヴィリスは昨晩、何故あそこにいたのだろう。
 あの時は、気にも留めなかったが――
 夜さんはそれを聞いて眉を寄せた。
「これで、四人――だ。ヴィリス。どうする。これでもまだ、黙っているつもりか。あいつ大事さに、みすみす人を殺させていいのか?」
「黙れ」
 殺気。
 冷たい、刃のような――静かな殺気だ。魔族の瘴気のような感じとはまた違う、密やかな殺気。
 ヴィリスから、それが、夜さんに向けて溢れ出す。
「――私に任せると、お前も、親族の者たちもみなそのことばに同意した。今さら撤回するなど言わせない」
 声がすこし震えている。もう後がない、といった、追い詰められたものの声だった。
 どうしてそんなに動揺している?
 ヴィリスはもしかして、あたしたちに対してまだ何か隠し事でもしているのか?
 ――ごず。
 なんかそーゆー感じの鈍い音が、あたしの思考をストップさせた。
 顔を上げると、夜さんが、ヴィリスの頭を思いっきり殴りつけていた。
 うぁ――今のはかなり痛そうだったな……音が。
「いっ……てぇぇええっ!? なにするんだよ! このヘビッ!」
 悲鳴を上げる彼女に、夜さんは冷ややかな視線を向ける。
「お前は少し、頭を冷やす必要がある。よく考えろ」
「…………………………」
 ヴィリスは答えなかった。
 代わりに、踵を返して評議長室から出て行った。ばたんっ、と扉の閉まる音が、重苦しい沈黙の落ちる部屋に響く。
 彼は眉を寄せ、しばし扉を見つめていたが、あたしたちの方を向いて、
「すまない。恥かしいところをお見せした」
「なに言っているの! 女性の頭を殴りつけるなんて! そんなの最低だわっ!」
「……解った。解ったから黙ってろ。ちょっと」
 ここぞとばかりに叫んだアメリアを、ゼルガディスが引き寄せた。
 ちなみにガウリイはゆーまでもなく、寝ている。
 今回が頭脳労働ばっかりだからといって、食って寝てるばかりだと太るぞ! 絶対!
 夜さんはアメリアがしぶしぶながらも黙ったのを見ると、再度、あたしの方に向き直った。
「――失礼なことを言うようだが、今日は――もう帰っていただきたい。話は、聞いた」
「解りました。――また、何かあったら、来ます」
 あたしは言って、ヴィリスのあとを追うように評議長室を出て行った。




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