――ことの始まりは、『犯人』――フェイトの父親である魔王竜と――母親である人間が出会うことから始まる。
 詳細は省くが、二人は恋に落ちた。
 周囲からは反対の嵐が巻き起こった――当然と言えば当然である。似たような姿かたちのエルフと人間でも、かなりの反対要素はあるのだ。ましてや生活習慣や、姿かたちからしてなにもかもが違う竜と人間などと――
 それでも二人を止めることはできず、そして――フェイトが生まれた。
 竜と人間の子――当然魔族にも注目されることになる。十歳の時に魔族に襲われた時に、二人はいよいよ心配になった。魔族に殺されるかもしれない――もしかしたら、魔族の者に引き入れられるのかもしれない。
 憂慮した二人はフェイトを守るものを探した。竜族でもエルフでも人間でもいけない――なにせ相手は魔族なのだ。
 そして、『守護者』を探し始めてから二年――つまり四年前――特殊な人造人間として『ヴィリシルア』が作られた。『フェイト』をベースとして。
 『ヴィリシルア』とは、フェイトが暗殺者として――自分で戦える法として身に付けていた――活動していたときの名だ。
 が――いかんせん、時が悪かった。魔王の復活によって――強烈な『魔』の波動によって刺激されたヴィリシルアは、暴走し、結果四年前の惨劇を引き起こすことになる。




鮮血の紅




「それで――ヴィリシルアは魔王が滅んだことによって正気に戻ったわ。
 けれどもちろん、死んだ両親は生き返らない――フェイトはでも、ヴィリシルアを自分の『姉』として引き取った」
「なんでそんなことをしたんだ? ビリシ――えーと、そのひとは、フェイト――ってやつにとって親の仇だろ?」
「さぁ――本人でもわかんないんじゃないの。
 その時になってみないとね――」
 絶対来てほしくないが。
 あたしは心中で呟く。体力はまだ十分あり、走りながら喋っていても支障はない。
 今度はガウリイの先導によって、一行は町の中を疾走していた――気配を追っているのだ。
 フェリアさんはその顔と色白で細い体からは想像もできないような体力を発揮していた――まぁ、それを言うならあたしもアメリアも同じようなものなのだが。
「まあ、想像ならいくらでもできるよ。
 たとえば――『親の仇』はあくまで魔王の波動を受けた『ヴィリシルア』だ。守護者であるヴィリシルアじゃないから、とか。
 ――もしかしたら、両親の死より保身が大事だったのかもしれないし、自分がヴィリシルアを倒せるそれ相応の技術を身に付けるまで生かしておきたかったのかもしれないしっ? ま、こっちは推理、って言うより私情入った邪推だけど」
「親の仇――って……フェリアさん? あなたにとってもそうだってわかってます?」
「もちろん」
 解らない、その笑顔が解らない……っ!
 あたしは走りながら頭を抱えた。
「――でも、それじゃあヴィリスがフェイトを犯人として突き出さない理由がわからないわ。
 魔道士協会につかまったからって死ぬわけじゃないだろうし……」
「僕が殺すかもしれないからじゃないかなぁ、と思う」
 フェリアさんが呟く。
「――え? な、なんでですかあっ!」
 あたしは思わず叫ぶ。フェリアさんはぴっ、と人差し指を立てると、
「四年前ね。あれ、僕も現場に居合わせてたんだよ。その時のヴィリシルアって胸なくて背も低くてさぁ。二年前会ったときはすっかり大人だったし。
 僕、ずーっとフェイトが犯人だと思ってたんだよね。行方不明だったし。
 魔道士協会が評議長の息子が犯人だった――っていう事実をもみ消したくて、合成獣キメラの仕業だって言ってたんだ、ってずっと思ってた。
 このことを聞いてすっきりしたよー。ヴィリシルアが犯人だったとは思わなかったけど」
「――頼むからヴィリスは殺さないで下さいよ――」
 あたしはげんなりと呟く。
「いやそんなことはしないよ、きっと」
「きっと……」
 アメリアも絶対どー見ても疑ってる顔で、ぽつりっと呟いた。
「まぁ――ヴィリシルアとは二年も友だちだから。友情に勝てるものなしっ!」
「そうですよね! やっぱり友情は正義だわっ!」
 拳握り締めつつ叫ぶフェリアさんとアメリアから身を何となく遠ざけつつ、あたしとガウリイは、二人でこっそりとため息をついた。
 ともあれ、ヴィリスが言っていた自分の経歴などは――多分絵を描くのが好きとかいったことを除けば――『フェイト』のことなのだろう。おおむねは。
「……あの、フェリアさん、アメリア……?
 友情はともかく、今回の事件の動機っていうのは、やっぱりフィオロって女性ひとの仇討ちなわけ?」
「そうだろう、ってヴィリシルアさんは言ってたわ。
 でも私情で人を殺すような子供じゃないから、少しおかしいって――」
「暗殺者だって――私情を殺しきれないときはあるわ」
 呟くと、ルークとミリーナの顔が脳裏に浮かぶ。――ルークは『暗殺者』の世界からミリーナに出してもらった、と言っていた。
 ――それゆえに、そのミリーナが殺されたことに――彼は耐えられなかったのだろう。
 そう言えば――ヴィリシルアの暗殺者としての技術はどうやって覚えたのだろう。フェイトか、ヨルムンガルドか……考えても仕方のないことだが。
「それで、ゼルガディスさんはッ?」
「多分図書館ッ! この際ほっときましょうッ! どこにいるのかわかんないしっ!」
 あたしはアメリアの言葉に答えると、少しスピードを上げたガウリイに着いて走る。
 嫌な予感が、あたしの中に渦巻いていた。




(当てもないのに逃げ出すなんて、馬鹿な真似したかな……)
 ヴィリシルアは少し自分に呆れていた。馬鹿な真似、と言えばあの姫君に全部話したのも、そうだ。
(よく考えたら、さっさとハーリアにばらしとけばよかったんだよな――自分が、お前の両親を殺したって……)
 自分は壊したくなかったのかもしれない。
 ハーリアと『友だち』であるという関係を。
(だからこんなことになっちまったんだけどな!)
 屋根伝いに人の少ない場所を狙って移りながら、ヴィリシルアは毒づく。
 ――本当に、馬鹿なことをした。
 自分のために――フェイトに辛い思いをさせていた。
 が、悔やんでもしょうがない。
「――!」
 また跳ぼうとして、ヴィリシルアはいきなり方向を転換し、屋根から飛び降りた。その頭上を衝撃破が行き過ぎ、民家の壁にぶち当たって煙を舞い上げた。
 突き当たり――行き止まりである。
「誰だよ――ったく……」
 言うヴィリシルアの口元には、笑みが浮かんでいる。――相手の正体は察せられた。
「ふむ……やっぱり今のはかわせたみたいだネェ」
 馬鹿にしきった口調で出てきたのは、道化師ピエロ)の姿をした青年。見た目の年のころは二十歳前後、端整な顔立ちで、体つきは中肉中背。派手な服装とメイクはセンスを疑うが――その正体はわかる。
 今の一撃、人間の聴力を軽く凌駕するヴィリシルアの聴力でも、呪文詠唱は聞こえなかった――つまり、彼は呪文詠唱などしていない――必要ないのだ。
 なぜなら彼は、人ではないのだから。
「フェイトが仇討ちなんてみょーなことしでかしたと思ったら、そそのかしたのは魔族か……」
「そそのかしたなんて言いがかりダネ。ボクはたいしたコトはしていナイ。
 そう――精神こころをちょっと乗っ取ってみただけサ……」
「乗っ取る――?」
 おうむ返しに問うヴィリシルアに、芝居がかった風に、『道化師』は頷いた。
「そそのかすよかタチ悪いっての……」
 ヴィリシルアは言いながら、昨夜のことを思い出していた。
 ――自分に話しかけたフェイトに、違和感はなかったか?
(そう言えば、何か言おうとした時に慌てて逃げたような――
 今まで気がつかなかったってのかよ、私は――)
 彼女は思考をそこで止め、魔族のほうを見ながら、人ごとのように話し始める。
「獣王さんとか海王ディープ・シーあたりがこんなことするわけないし――やっぱ覇王ダイナストの仕業か?
 それとも存在自体が『金色の魔王』を侮辱している私が憎い、先走った馬鹿ってやつか? あんた」
「あのお方の名を気安く呼ばないでほしいナ。醜い人形風情が」
「お前は美しいとでも言うのかよ。全体的にナルシストな魔族らしいセリフかな。
 ――それともお前、アレ信奉者か? もしかして」
 デンジャーな性格の金色の魔王だが、なぜか魔族の中には彼女を盲信しているものも多い。まぁ、創造者には逆らえないと言う魔族の特性を思えば、あまり不自然でもないのだが――
 鳥肌立てつつヴィリシルアが言ったその言葉に、『道化師』はすぅいっ、と目を細める。
「あのお方を『アレ』呼ばわりするなんて――やっぱり君も消しておいた方がいいみたいダネ……」
「――私『も』……?」
 嫌な予感にヴィリシルアはぴくりっ、と片方の眉を跳ね上げた。『道化師』は張り付いたような微笑を浮かべると、
「どういうことだと思う?」
 電撃が走ったような衝撃が襲う。
 ――これ以上、悠長に話をできる忍耐力は、彼女は持ち合わせていなかった。
「貴様ッ!」
 どこからか出したナイフを構え、呪文を唱えながら跳んだときには、魔族はすでにそこにはいない。
(しまった……ッ!)
 自分としたことが、すっかり熱くなって、空間移動のことを失念していた。
 どんっ!
 わき腹を細い一条の光に貫かれ、ヴィリシルアは声の出ない悲鳴を上げると、路上に転がった。冗談のように大量の血液が、辺りにぶちまかれる。
「ホラ、やっぱり――無様だ」
 薄く張り付いたような笑みを相変わらず浮かべながら虚空から現れた『道化師』は、嘲るようにそう言うと、ふわりとその場に降り立った。
(フェイ――ト……)
 歯を食いしばり、それでも意識が薄れていくのを止めることはできない。
 目が霞むと同時に、一切の感覚が、彼女から遠ざかっていった。




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