セイルーン・シティを出、森の中をしばし走ったところで、ヴィリスたちは見つかった。
 ――といっても、レグルス盤の魔力波動を探ってきたので、探したわけでもないのだが。
 ともあれ、そこにいたのはなにやら哀しそうなゼロスと、不機嫌なヴィリスと――青年だった。
「ヘビッ!? お前今まで一体どこにいたんだよ!」
「それよりも、そちらの青年は――?」
 ヴィリスの叫びを半ば無視して夜さんは問う。彼女は問いに、不機嫌そうに押し黙った。見れば解るだろ、とでも言いたげである。
 空色の髪に明るい黄緑の瞳。白いマントの下に着た濃緑の神官服。一見すると、髪と目の色はともかく、普通の神官に見えるが――その冗談のような目と髪の色と、白い顔立ちには覚えがあった。
「あ、この前の『道化師』」
 ヴィリスが異様に不機嫌なのはそのせいか――なるほど、確かに、自分のことを意識不明の重体に陥らせた人間――もとい魔族が傍にいると言うのに、にこにこ笑っていろ、と言うのが無理と言うものである。
 『道化師』――いや今は道化師の姿をしてはいないが――とにかくその魔族は、殊更に顔をしかめた。
「――ピエロ魔族だの道化師だの、好き勝手な名前をつけないでくれるかナァ。僕にはグロゥっていうちゃんとした名前があるんダシ」
「なるほどグロゥ……って、はッ!? グロゥッ?!」
「なんか露骨に驚いてるけど……知ってるの? リナ?」
 アメリアの問いに、あたしはこくんと頷いた。
「前に魔族の覇王将軍ジェネラルを一人滅ぼしたことがあってね――そいつがシェーラ、なんて安直な名前してたもんだから、ちょっとからかってやって。それで、同僚にグロウだかグラウだかってのが居る、ってのは聞いたのよ。
 でも――まさか、安直ネーミング二号と会うことになるとは……ッ!」
「そーいう言い方やめてくれる!? 僕だってちょっとは気にしてるんだからッ!
 ……ま、安直な名前をした奴は、神官将軍ほとんどそうだケド……
 そうだヨ! 誰も突っ込まないケド、ゼロス様だってそぉじゃないノ!」
「そう言えば……」
「あああッ! そんなこと言うならリナさんだって姉妹でルナさんとリナさんじゃないですかぁッ!」
「言うなァッ! このゴキブリ似神官ッ!」
「…………なぁ、不毛だからやめないか……?」

 ……………………………………

 とりあえずガウリイの台詞で、その果てしなしに不毛な会話は終わった。
 まさかガウリイにツッコまれるとは……あたしたちの顔に驚愕の色は濃い。
 まぁ、ンなあほらしいやりとりはともかく。
「――で、ゼロス様、どぉして、こんな人形ごときに脅迫されたわけ?」
「しょうがないじゃないですか。僕はヴィリシルアさんを殺すことができないんですから――」
 ジト目で言ってくる『道化師』――もといグロゥに、困ったように彼はぽりぽりと頬をかく。
 あたしは深くため息をついて、
「とにかく、まぁなんか引っかかる言葉を聞いたような気もするけど……案内してもらいましょーか」
「――ええ、いいですよ。その代わりこっちの指示にはちゃんと従って下さいね。
 じゃないと死にますから」
 ゼロスの言葉に、あたしたちは眉をひそめた。




僧侶連盟




 ……………はぁぁぁあぁぁ……………
 ゼルガディスは大きくため息をついた。
「……どーして、俺がこんなところで、黙々と書類を片付けねばならんのだ……?」
 その独白を聞きつけて、ハーリアは不思議そうな顔をする。
「何故――って……行きたくない、って自分で言ったでしょ?」
 ぐ、とゼルガディスは小さくうめいた。
「それはだな、その……よーするに……」
「アメリアさんと一緒にいたかっただけだと?」
「…………………」
 沈黙するゼルガディス。
 ――そうなのか。図星なのか。
 とはいえ――
「アメリアさんの頼みとはいえ、こんな膨大な書類を片付けろって言うのは哀しすぎるよ……」
「確かにな……」
 はぁ……
 今度のため息は、二人一緒に唱和した。
 居残り組は書類の始末――まぁ、命の駆け引きなんぞやらなくていいのだから、幸いといえば幸いといえるかもしれなかったが――
 なんにしても、面倒くさいのは事実である。
「僕たちが過労死したら、遺族にお金とか出るのかな」
「……俺は遺族なんかいないんだが」
「あぁ。僕にもいないや。よく考えれば」
 ……はぁぁぁぁぁ……
 虚しい。虚しすぎる。
 そもそも、男二人でデスクワークやれというのも暗すぎる。
 が。
 その不満をぶつけるべき相手がいない――いることはいるのだが、その『彼女』に不満をぶつけるような根性がない――という事実は、かなりの重さで、二人の肩にのしかかっていた。
 アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。
 『彼女』は今、リナたちと一緒にセイルーン・シティの外にいる――




 ――ぐにょ。
 ぅ゛え゛ッ……!?
 足元の嫌な感触に、あたしは顔をしかめた。
 ぬらりと光る肉の壁が、目に大変優しくない。
 周りには、大人の男性の二の腕よりちょっとばかり太い、白い肉の触手がうごうごと動いている。
 まるで、あたしたち――獲物の隙を探っているかのように。
 そこはまさに、シルフィールが言ったとおり、生き物の臓器の中、といったところだった。
 ……あー、気持ち悪い。
 はっきりって、こんな場所五秒といたくはないが、どーやらさっきヴィリスの脅迫……もとい説得で、ゼロスが説明したところ、人間の魔力を片っ端から集めてたのはこのグロゥらしい――ということで、あたしは事件解決のために、ここに入らなくてはならないらしかった。
 グロゥの目的は覇王の回復、それも『人間の黒魔力(仮名)』でなければいけないそうである。
 だが――どーして覇王はこんなところにいるのか?
 さっきから説明を求めているのだが、『見れば解る』の一点張り。
 こればっかりは、脅迫――じゃない、説得しても無駄なようである。
「…………………………それで。
 どーして、私はこの安直な名前と手をつないでないといけないんだあぁッ!?」
「何。その例え」
 険悪な表情と声音と目で言ったヴィリスに、同じような表情でグロゥが言う。
 ――だが、手をつないでいてはお互い恥ずかしがってるようにしか見えない。
 まぁ……この場合、双方本気で嫌がっているのだが――こればっかりはしょうがないだろう。
「だから、さっき言ったでショ? ゼロス様が人間たちに結界張って、僕が君に結界を張ル。竜族の二人は魔力を吸われる可能性がないから結界は張らなくてイイ――って」
「ンなこたぁさっきから解ってるッ! 私が言いたいのは!
 どーして私が貴様なんかと手なんぞつながなあかんのじゃ、ってことだよ!」
「……随分錯乱してるネェ……ま、一応説明してあげるケド――
 よーするに、僕の魔力じゃ君のことをカバーしきれないんだヨ。僕の魔力はゼロス様の四分の一、ゼロス様だって人間三人と君、って言うとちょっとキツいし。
 だから僕が妥協して、君と手をつないでるワケ」
「つないでるわけ……って……」
 はぁぁぁぁぁ……
 納得したのか、それとも周りの触手に魔力を吸われるのがさすがに嫌だったのか、ヴィリスは反論の言葉を途中で止めて、代わりに大きくため息をついた。
「そういえば……魔力を集めているのって、あんただけなの?」
「――覇王様の部下は、みんな魔力集めに行ってル。魔王様から直接出てる、人間を殺すな、なんて命令がなければもうちょっと楽なんだケドネ」
 詳しいが、口調はなにかそっけない――険悪、ともいえる口調である。
 しょうがないのかもしれない。彼らが――覇王が魔力を必要としているのは、恐らくあたしのせいなのだし、彼にとってはあたしは同僚――シェーラの仇である。
 ――魔族に、『仇を討つ』という感覚があるのかどうかは知らないが。
「人間を殺すな? なんで?」
「神族の動向が怖いからサ」
 少々不機嫌そうにグロゥは言った。
 ……しばし、沈黙が降りる。
「大丈夫ですか? 夜さん、辛そうなんですけど……」
「……大丈夫だと言いたいところだが……」
 アメリアと夜さんの会話に、あたしは振り返る――って、
 顔――真っ青なんですけど。夜さん。
「大丈夫じゃないでしょそれはっ! どぉ見ても!」
「だから大丈夫ではないと言っている」
「あああ……どーやら竜族のお二方にも結界を張らなきゃいけないみたいですねぇ――」
 ため息混じりにゼロスは言った。
「多分、ここの異質な魔力とにおいにあてられたんでしょう。ま、人間には嗅ぐことのできないほどの微弱なにおいなんですが……」
 なるほど、人並み外れた嗅覚が仇になったか。
 ちなみにフェイトは、夜さんのように気持ち悪い、とまではいかないようだが、なぜだか鼻をつまんでいる。
「……………………くさい」
 フェイトの短く単純な、だが確かな不満に、ゼロスは半ば頭を抱えた。魔力は感じとれぬまでも、臭いは敏感に感じ取ったらしい。
「ああああああ。解ってますって。今結界を張りますから……どっちにしろ僕が苦労することになるんですね……」
「もうちょっと経ったら楽ができると思うケド」
「――どういうことよ?」
「すぐ解ル」
 あたしの問いに、『人間なんかが質問するんじゃねえぞオラァッ!』とゆーあからさまに嫌そうな顔をしながらもグロゥが答える。
 その問いの答えは、すぐ返ってきた。
 ただし、グロゥが答えたわけではなく、通路の向こうから。
 ――前方に、全身真っ黒の女性が歩いている。
 黒い髪、こちらに背を向けてはいるので瞳の色はわからないが、服装は真っ黒、といっていい出で立ちである。
 このひとは――
「ノースト」
 グロゥの呼びかけに振り返る。瞳は黒い。美人ではあるのだが――
 なんというか……無意味に迫力があると言うか……
「グロゥ」
 そこまで言って、彼女はかすかに顔をしかめる。
「――ゼロスはともかく、その人間たちと竜二人は何だ?」
 あたしたちはともかく、夜さんとフェイトの正体を見抜くとは、それなりの魔族か。
「ああ。紹介するヨ。リナ=インバースとそのおまけ」
「ちょっとッ! おまけってどういうことよッ!」
「おまけ……リナのおまけ……」
 グロゥの説明に声を上げるアメリアと、呆然と呟くガウリイ。だが彼は無視して、
「それと人間の作り方真似した贋作人形と」
「待てコラ」
「あと最後に魔王竜二匹」
「せめて僕には一人って言って欲しかった……半分人間なんだし」
「待てフェイト。お前は異母兄弟が一匹二匹と数えられてもいいというのか」
 だがグロゥは無視。そればかりかノースト、と呼ばれた女性は頷いて、
「――なるほど」
「あんたも納得すなぁッ!」
 あたしのツッコミにも彼女は怯まない。というか……
 何か、無表情で無言で睨まれると怖いんですけど……
「――それで、このひとは……」
「ああ、これは覇王将軍ジェネラルのノースト。シェーラと同格だネ」
「あら? どこかで聞いたような……
 ――図書館だったかしら……」
「ダイナスト、でノースト――うーん、ちょっと凝ってるかも……」
 アメリアとフェイトが交互に呟くが、今はそんなことはどうでもいい。
「あんたも魔力を集めてたの?」
 つっぱねられるかとも思ったのだが、彼女は意外にもあっさりと頷いた。
 ……って、こっち睨んだまま頷くのはやめろっつーのっ! 怖いッ! 凄く怖いッ!
「あ、気にしない方がいいですよ。リナさん。この人、無意識に人を睨んじゃう癖があるんです」
「魔族がそういう癖つくっていいの?!」
 あたしのパニック寸前の必死の叫びに、ゼロスはただただ、困ったように首を傾げると、
「さぁ……僕にはわかりませんけど、覇王様の神官・将軍の方たちって、シェーラさんを除いて個性的な方々ばかりなんです」
「ちょっと、それって僕も入れてるワケ!?」
 全然自覚ナシ――まぁ、このノーストに比べればまともともいえないことはないだろうが――の台詞を呟くグロゥ。
 ノーストはこくりと頷くと、
「それほどでもない」
「誉め言葉じゃないって! なんも考えないで頷くのはやめてヨ!」
「そんなことはない」
「頼むから真顔で嘘つかないデッ!」
 ………何かあたし、頭が痛くなってきた……
 これが永遠に近い時を生きる、高位魔族の会話か……!?
「……とにかく、結界を張るのを手伝って欲しいんです。この方たち二人の分の」
「解った」
 これまたあっさり頷くと、ノーストは夜さんとフェイトの方を見る。
「――名前は?」
「ヨルムンガルドだ。こっちがフェイト――フェイト=フェイトだ」
 眉をひそめながらも、夜さんは説明した。
 ノーストは首を傾げて、
「――名前も苗字もフェイトなのか?」
「そうだけど――」
 答えるフェイトに、
「そうか。エフエフ」
「エフエフッ!?」
 とーとつな言葉に、フェイトが叫ぶ。
「イニシャルがエフとエフ。ということでエフエフ決定。そっちはヨル」
「いや、私の方は別に構わないが――」
 現にあたしも夜さんと呼んでるしなぁ……
 けど――エフエフ……って……
 ……………………
「――意外に呼びやすそうね」
「だなぁ」
「そうね」
「ですねぇ」
 あたしの言葉に、頷くガウリイ、アメリア、ゼロス。
「……って、ちょっと待ッ!?」
「と、ゆーわけで、フェイトのあだ名がエフエフで異存ない人ッ!」
 あたしの言葉に黙って手を上げる、フェイト以外全員。さっき何も言わなかったグロゥ、さらに身内であるはずの夜さんとヴィリスも、なぜか手を上げている。
「と言うわけで、エフエフ決定ッ!」
「ちょっと待ってマジでッ!?」
 フェイトが叫ぶ。その肩に、グロゥがぽむ、と手を置いて、
「言い忘れてたけど、ノーストは人に妙なあだ名つけるのが得意なんで気をつけてネ」
「遅いよッ! ……って言うか、気をつけろってどうやって……?」
 ツッコんでから呟くフェイト。いやエフエフ。
 ……お気の毒ではあるが、まぁ良しとする。
「ところでおまけその一」
「……俺か?」
 唐突な呼びかけに、ガウリイは思わず自分を指さす。ノーストはこくりと頷いて、
「そう。その金髪のでかい方」
「……俺はガウリイ=ガ……」
「ストオォォォォップッ!」
 あたしはガウリイの腕を引っつかみ、隅っこに連れてきてしゃがみこむと、声を潜めて、
「――ガウリイ、不用意に名前なんか言ったりしたら、よく解らんあだ名つけられかねないわよッ!
 フェイトのエフエフは確かに気の毒だったけど……」
「気の毒ってお前積極的に勧めて……」
「とにかく! ヘンなあだ名つけられたくなかったら、ガウリイで通しとかないといけないわッ!」
「……わかった」
 さすがに『ガウリイ=ガブリエフだからGGでじじい』とか、ひたすら泣きたくなるような名前を付けられるのは遠慮したいのか、ガウリイは素直に頷いて立ち上がると、
「俺の名前は、ガウリイだ」
「――? そうか。ガウリイ」
 これはあだ名をつけてもつまらないと思ったのか、首を傾げながらもノーストは頷いた。
「ガウリイ、お前、魔族の匂いがするぞ。少しだけど」
「……はぁ?」
 あたしは眉をひそめた。ガウリイと顔を見合わせる。
「――ああ――ノーストさん、この人、前、烈光の剣ゴルンノヴァ持ってたんですよ」
「そうか――」
 ゼロスの説明に、なるほど、とあたしは思った――ノースト、鼻がいいようである。
「それで、覇王はどこにいるわけ?」
「――正確には、この奥にいるのは覇王様じゃナイ」
「どういうこと?」
「……見れば、解るサ」
 あたしの問いに、グロゥは少し――答えにくそうに呟いた。
 ―― 一体……どーいうことなのだろぉか?




「……なぁ」
「何。人形」
 あまりにもそっけない返事に、ヴィリシルアは顔をしかめながらも、自分と手をつないでいる高位魔族に問い掛けた。
「あのノーストとかいう魔族、頭悪くないか?」
「悪いヨ」
「……………………………………」
「どうしたノ。人形」
 思わず沈黙した彼女に、グロゥは振り返らずに問う。
「………………いや、ンなにあっさり肯定されるとは思っていなかったとゆーかなんというか……」
「僕と――リナ=インバースたちが滅ぼした、覇王将軍ジェネラルシェーラが、覇王様の擁する四人の神官、将軍の中で『頭脳ブレイン』の役割を持ってたんダ」
 いきなり説明し始めるな。ついていけんぞ。
 心の中でツッコミながらも、彼女は理解しようと必死に聞き取って、それから眉をひそめる。
「後の二人は?」
「『パワー』――僕とノースト、シェーラともう一人が組んでタ。結構上手く働いてたヨ。
 ――ま、シェーラが死んだ後は、『頭脳労働と実力が中度半端でもいいから、こんな風にはしないで欲しかった』って言うヤツが増えたけどネ。僕も含めテ。
 ディノとノーストの下についてる奴は特にひどかったナ」
 解るような気がする。グロゥも変だが、ノーストはさらに変だ。ディノという魔族も、ノーストと同じくらい変なのだろう。
「しかし……魔族の神官プリーストとか将軍ジェネラルってのは、変人ばっかなのか――?」
「僕は少なくとも違うヨ」
 不機嫌そうに自覚ゼロな台詞を呟いたグロゥに、ヴィリシルアはあえて反論しなかった。
「……あと、私のこと人形人形いうの止めろよ」
「だって人形でショ?」
「気分の問題だ。私にはちゃんとヴィリシルアとゆー名がある」
「……そう。『人形』」
「……………………………」
 今度は一文字一文字、区切るようにはっきりと言われ、ヴィリシルアは沈黙した。
(……ああ、やっぱりこいつは腹立つな……)
 再確認しただけで、何ら新鮮味もない。おまけに新鮮味があったところで嬉しくない。
 とにかく、暗い道を、白い触手に囲まれながら、彼女たちはゆっくりと歩いてゆく――




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